10. モモの反撃
セフォラとセナ夫人そしてモモを乗せたエレベーターは、王宮の地下の奥深く降りていった。新王に会うためだ。
夫人の装いは上品でシンプル、腰の締まった紺色のロングスカートのスーツで、結われた髪に同色系の羽の髪飾りがゆらゆらと揺れている。変わってセフフォラの衣装は、色とりどりの糸で刺繍され豪華なのに、まるで鎧か甲羅の寄せ集めのようだ。緊急に準備されたのでサイズが合わず、召使たちはセナ夫人の助けを得てあちこちを詰めなんとか着れるようにした。更に、うず高くもられた髪にはゴテゴテの飾りが付き、化粧といえば、真っ白に塗られた上に目・鼻・唇が描かれたお面のようで、これでは誰なのか分からない。そもそもセフォラは新王に会うなんて気が進まないので、誰か召使の一人にでも身代わりにと思ったのだけれど、自分の背が低いことが仇となって諦めるしかなかった。
モモはセフォラの丸太のような安定感のある肩に乗っていた。しかも蛇腹が重なった襟巻きの中に埋まり、座り心地はいい。セフォラは、服や髪が重いしモモさえ乗っているのだけれど緊張しているので重く感じない。感覚が麻痺してしまっているらしかった。
セナ夫人は、「あなたに将軍の夫人の代役をしてもらうことになったのです。作法も気にする必要はありません。将軍の後ろに立っていればいいのです」と言う、
モモも「そうだよ。下手に動いたらひっくり返ってしまうよ」と言った。
セフォラは「またモモは余計なことを」と思うが、実際、この格好では立つかそろそろと歩くぐらいが精一杯で、座るとしてもスカートの下に椅子でも入れてもらわなければならない。とはいえセフォラはなぜモモがこの夫人の前で喋れるのか不思議だった。
「あの、私のロボット犬のことですが」
「ああモモね。モモは私の夫のセナ公爵が作ったのよ」
驚いたセフォラはモモを見る。いや見たかったが襟巻きが邪魔して見れない。そしてモモに初めて会ったのはいつだったか思い出そうとする。
「では私は公爵夫人に、モモが連れて来られた時に会ったのですね」
「それよりも前よ。モモは箱に入れて送られたから、それ以前の記憶はデータにないはず。それから私のことは公爵夫人と呼ばなくていいわ。他人行儀ですもの。皆は私をセナ夫人かアデライドと呼ぶわね。元々私は貴族の出ではなく平民、商人の娘だったのよ」
その時、エレベーターが止まり、ドアが開いた。
ドアの向こうには暗くて長い通路があり、彼女らがドアを出て正方形の床に乗ると、その床はゆっくりと滑るように動き始める。通路の出口では将軍といく人かの者達が待っていた。将軍は正装しており、その姿には威厳がある。セナ夫人は将軍といくらかの言葉を交わした。セフォラも挨拶したかったけれど頭を動かすことすらできない。そうして彼女は彼らの中に迎えられた。
スラリとし上品な装いのセナ夫人、風格のある軍服姿の将軍、精鋭の兵士達。まるで厳かな雰囲気の林のように背の高い高潔な者達に囲まれ、着ぶくれして団子のような自分の姿にセフォラは恥ずかしさを覚えた。どう見ても異質だ。本当にこれがこの国の正装なのだろうかと心配になる。そしてふと目をやると、自分を見ている一人の兵士と目が会う。
セフォラは「私の首をしめた少年だわ」と思った。
少年とはいえ他の者たちと同様に勇ましい、というか格好いい。首を絞められたとはいえ、ハンサムな男の子に見つめられるとどうしていいのか分からず胸がドキドキする。目を反らそうとすると、彼がふっと笑った。いや、嘲笑ったと言った方が良いかもしれない。すると突然、モモが飛び出し、なんと彼の腕に食らいつくではないか。皆は「あっ!」と驚き、セフォラはコロンと転がってしまった。
次の瞬間、セナ夫人は「大丈夫です」と言って、セフォラを起こそうとした兵士たちを止める。そして素早く彼女を起き上がらせる。その時セフォラは「この夫人はなんと力持ちなのだろう」と思った。あのスラリとした体に似合わず大女のアイメのように力強い。モモはと言えば、さっさとセフォラのスカートの下に隠れてしまった。
セフォラはころんだ時に周りを見ることができた。そこは天井が見えないほど高く広い部屋、というか場所で、その中央に大きな球体がある。球体は何にも支えられず、床からも人が通れるほど浮かんでいて、色は銀色のようで青くもあり別の色が現れては消えていく。そして微かに振動している。セフォラは、朝感じた振動と同じような気がした。
「ゾルファの球体よ」とセナ夫人が言った。
突然、皆は慌ただしく整列した。
「ゲルノア陛下のお越しです」と誰かが言うと、別の通路から厳かな一行がやってきて、その中央に次の王となるゲルノアの姿があった。




