そのころ、王宮では
おまたせしましたm(__)m
門番小屋の中でピノが小躍りしていたころ、街の中央にある城の奥深くでは、重臣と女王が深刻な顔で会議を開いていた。
『もはや、万策つきましたな…』
真っ白な髪に長いひげを蓄えた老人は首を振りながら呟いた。
『宰相ビクトよ、まだ、手は残っておる。救世主召喚じゃ、わらわの命を贄として、今宵、召喚の儀式を行おう』
きらびやかな金髪に王冠をいただき、凛々しく眼差しをあげ女王ニレイヤは宣言する。
『なりません、陛下!陛下にもしもの事があれば王家の血筋が絶えまする。このモンドー、たとえアンデットに成り果てようと、一兵でも多くの帝国人を道連れにいたしますゆえ、陛下は頭蓋山脈へと落ち延び王国再興を期してください』
日に焼け浅黒い禿頭の眉間に大きな傷のある大男、将軍モンドーは胸を叩きながらいう。
『ばかもの!国民を見捨てて逃げるなど、できるわけがない。民なき王など無意味だ!!』
女王は金髪を振り乱し椅子を蹴り立ち上がる。
『やれやれ、堂々巡りですな。魔導王の城壁が破れぬとして、街の食糧はもってあと一月、食糧が少なくなれば帝国に寝返る者もでるでしょう。同じ議論を繰り返す事ができるのもあとわずかしかありません』
財務大臣ロイフォは白髪混じり青い髪をかきながらため息をつく。
『建国より538年、ウィンディアの命運も尽きたということか。陛下、召喚の儀式を行うならば、近衛に突撃の許しを先にくださりませ。我ら近衛一同もはや主君に先立たれる恥辱には絶えられませぬ』
銀髪隻眼の近衛隊長サイゼリスは血を吐くような面持ちで、女王にひざまづく。
『サイゼリス、突撃など死者を増やし、怨みを買うだけじゃ、そなたらは我が召喚する勇者とともに、帝国を蹴散らし国を救え。そして、勇者を王に迎えるのじゃ。王家は民を護るためにある。これは建国以来の掟じゃ』
女王はテーブルを叩き熱弁を振るう。
『自由魔力さえ、尽きてなければの、100万の大軍とて蹴散らしてくれるのじゃが…』
宰相ビクトはまたも、深い深いため息をついた。
民を護り国を護り王を護りたい者たちの議論は迷宮に迷いこんでいた。
今でこそ、城塞都市一つに押し込められてしまったが、かつてウィンディアは大陸を制覇していた。
今より538年前、建国王ディドパーンと3人の弟達が、冒険者として培った実力と財力を背景に戦乱とモンスターに苦しむ民の支持を受けてウィンディア王国を建国。
周辺の国々からの侵略をはね除け、平等な法と公正な統治のもと、商売と産業を盛んにし、富を蓄えしだいに国力を増し、圧倒的な魔法技術と民の熱意により国を拡げていった。
兄弟のゆるぎない結束のもとに、有能な人材が数多く集まり、38年の歳月と数多の戦いを勝ち抜きついに大陸を統一するにいたった。
武勇も知略にも優れた兄弟たちのなかで、末弟ユーブリックは、一軍に匹敵する魔力を持ち、強力な魔法と便利な魔道具を次々と開発、駆使し兄の覇業を助けた。
卓越した魔法の力から、魔導王の称号を得た彼が、終生をかけ魔導の粋をこめて作り出したのが難攻不落の城塞都市ユーブリックである。
もっとも、世界に満ちていた自由魔力がほとんど枯渇している今では、その力を充分に発揮することは出来ない。それでも、魔力を結晶化させた魔晶で使うことができる、不滅の城壁、消える城門などの力により、人口の10倍、兵数の100倍という絶望的な数の差に抗い持ちこたえている。
女王と重臣たちによる、落としどころのない、堂々巡りの議論を断ち切るように、半鐘の音が鳴り響いた。
魔晶を用いた通信の魔道具で連絡が入る。
『帝国軍、全軍が渡河を開始しました。消える城門を発動、不滅の城壁に魔力を充填、防御天蓋の展開は魔力不足のため断念、投石機や火矢による攻撃を避けるために、民に頑丈な建物への避難を勧告』
兵の声を聞き、ニレイアは会議の間を駆け出し、儀式の間へと向かった。
城の中心の最上階に、かつて魔導王が数多の儀式をおこなった儀式の間がある。そこは、10人ほど入れば手狭にかんじるほどの小さな部屋で、滑らかな黒曜石の床には魔方陣が刻まれ、中央の五芒星の先端には五色の宝玉が嵌め込まれている。
階段をかけのぼり息をきらせた女王ニレイアは儀式の間に入ると、慌てて追いかけてくる重臣たちに邪魔されぬように内側から閂をかけた。
追いついてきた重臣たちが扉を叩き騒いでいるが、無視して魔方陣の中央へと進む。
王家の証でもある小剣で左手の薬指を傷つけ、血を一滴、陣の中心にある小さな窪みにたらすと、ひざまづき手を組み頭をたれ目をきつく閉じ祈るように詠唱を始めた。
自由魔力が枯渇しておよそ30年、生まれてから一度も自由魔力にふれたことのないニレイアは、なぜか部屋に自由魔力が満ちていることに気がつかないまま、詠唱を続ける。
『・・・我、ニレイアは請い願う。この国を救う存在の召喚を!!代価求むならば我命を捧ぐ!!』
長い呪文の詠唱の後に、ニレイアは叫び召喚の魔法を完成させた。
儀式の間に沈黙が訪れた。城下の喧騒も届かず、扉の外の重臣の声も聞こえない。
自分は死んでしまったのだろうか?
ニレイアがそう考えてしまうほど、時がとまったような静寂が訪れる。
その静寂を打ち破り、魔方陣から光が溢れ出る。
暖かい日差しのような光の奔流がまたたくまに儀式の間を満たした。
『主の血をひく娘よ。盟約に基づき汝が敵を滅ぼしてくれよう。代価は不要』
甘くささやかれたら腰が抜けてしまうような、低く艶やか声が響き渡り、光がさらに強くなり、天井から空へとほとばしってゆく。
お読みいただきありがとうございました。
今回、主人公がでてきませんでした。たまに、こんな回があります。