プロローグ
初投稿です。お目汚しかもしれませんが、楽しんでいただけたら幸いです。
ゆっくりと目を開けると、涙に濡れた愛妻澄江の顔が見える。その後ろには子供や孫たちもそろっている。
苦しかった呼吸も、締め付けられるように痛む胸も不思議な穏やかさに自分の死期を悟る。
『澄江、おまえのおかげで私は幸せだった。ありがとう。悲しませてすまない。あちらでしばらく独身生活を楽しむから、なるべく長生きするようにな(笑)』
ちゃんと笑えたかわからないが、言いたいことは言い残した。満足だ。
耐え難い眠気に吸い込まれるように、私は息を引き取った。
『田中さ〜ん、田中太郎さ〜ん、起きてくださ〜い』
平凡すぎてあまりない私のフルネームを呼ぶ声がする。
目をさますと、小料理屋のカウンターで、私はそこで酔いつぶれて寝てしまったような感じだったが…
『田中太郎さん、長い人生お疲れさまでした』
小料理屋の板さんといった感じの青年が声をかけてきた。
『次の生に向けた微睡みのなかでおくつろぎのところ、お呼びして申し訳ありません。まずは、一献どうぞ』
そういえば、私は天寿をまっとうしたのだった。と、いうことは、ここはあの世というやつかなのだろうか?そんな事を考えながら、ぐい飲みに口をつける。爽やかな辛さと芳醇な味わいが口の中に広がる。これは佳い酒だ。
『宮城のお酒ですよ。実は田中さんにお願いがありましてね。
異世界に転生して欲しいのですよ』
異世界?転生?なんのことかわけがわからない。
『通常であれば、魂はひとつの世界の中を巡り続けます。田中さんにはその枠を越えて、異世界にいってほしいのです。異世界ウィンディアを救うために、魂を一つこちらの世界からウィンディアに送る必要があるのです』
板さんのような青年は、まるで転勤を勧める上司のように異世界転生を勧める。
『なぜ私が?私は救世主になれる非凡な男ではないよ?』
戦争では北海道で塹壕を掘っていただけだ。終戦後も、大きくも小さくもない会社に入って、飛び抜けず落ちこぼれず勤めて、バブルの頃に定年を迎えた。書店で出会った妻と一男一女をさずかり、孫にも恵まれ年金と退職金を少しづつ使いながら余生を過ごした。幸せだが、ごくごく平凡な人生を送ったと思う。
まぁ純文学からラノベまで読む乱読癖のせいか、口調が若々しい以外はいたって平凡な男だと自覚している。
そういや、入院中によく見ていた「読もう小説!」ってサイトにも、異世界転生の話はよくあったな。でも、主人公はなにかしら非凡なものを持っていたよなぁ〜
『田中さんが世界を救う必要はありませんよ。田中さんはウィンディアで好きに暮らしてくれればいいです。田中さんの存在を通じてこちらの世界からウィンディアに干渉できます。それに、非凡天才な人ほど功罪どちらかに片寄るので、そんな魂が世界を渡ると反動が大きいのですよ。
魂を通じて干渉する場合も同じです。奇跡の平凡、功罪見事につりあったニュートラルな田中さんが適任なんです。なんとかお願いできませんか?』
青年は深々と頭をさげた。
平凡だからこそ、望まれることもあるのか。そういえば、この青年は何者なんだろう?
『君は何者なんだい?そして断ったらどうなるのかな?』
疑問は聞いてみるしかない。
『私は、この世界の管理人のような存在です。神ではありませんよ。信仰の対象である神もまた世界の一部です。田中さんが断った場合、おそらくウィンディアは滅びます。田中さん以外の魂だと干渉の反動に世界は耐えきれないでしょう。反動を押さえた干渉では救うに至らぬでしょう。滅びた世界は、数多の魂もろともに虚空に散る。摂理ですが悲しいものです』
自称管理人は、悲しげに首を降りながら言葉をかさねる。
『もちろん、田中さんが知らない間に、勝手に送ってしまうこともできるのですが、魂が異世界を受け入れず崩壊してしまう可能性が高いのですよ。向こうで生きていくために十分な能力は授けます。要望があれば可能なかぎり叶えます。どうか、助けると思ってお願いします』
土下座も辞さない雰囲気でまた頭を下げる。
義を見てせざるは勇なきなりか…気にかかるのはひとつのだけだな。
『なにしろ年寄りだから、なるべく楽に生きていけるようにお願いします。異世界に転生してしまうとこの世界には戻ってこれませんよね?澄江に妻に二度と逢えなくなるのだけがこころ残りです』
来世もまた添い遂げようという誓いを破るのが心残りだった。
『行っていただけますか!?年齢については、向こうの成人である15歳となります。今までの記憶や経験は薄く曖昧になりますが、魂も体もリフレッシュしますよ。でも能力に関しては可能な限り授けます。生きているうちに戻ることは、かなり難しいですが、転生後の人生を終えたあと選べるようにします。奥さんに関しては、通常であればもう一度逢うのは天文学を越えた確率でしか叶いませんし、逢えてもわからない場合がほとんどですが…報酬として、田中さんが望むかぎり、何度でもめぐりあえるように計らいましょう。これでいかがですか?』
輝くような笑顔で管理人は言う。
『では、それで』
私は覚悟を決めて頷く。
こうして、私は異世界に転生することになった。
お読みいただきありがとうございました