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傘立て

横になるだけの毎日が続ている。する事がない。

でも、隣に女が寝ている。まだ起きない。起こして帰すべきか。別に帰す理由もないから、そのまま寝かしておくべきか。かといってずっと家に居られるのは嫌だ。

自分が寂しがりやな事にはずっと前から気付いている。それでも誰かと一緒に住みたいとは思わないし、四六時中誰かと一緒に居たいとは思わない。同級生や身内の結婚した話や同棲話を聞いても全くうらやましいとは思わない。帰ったらその人が居て、決められていた事の様に一緒にご飯を食べ、一緒にテレビを見て、順番に風呂に入り、何となくセックスをして、一緒に寝る。そんな生活は想像しただけでも恐ろしい。

女はたまに会う位が丁度いい。別に一人の人を愛せない訳ではないが、いろんな女と遊べる様にそれなりに努力をしてきた。モテたいから始めたわけではないのだが、ずっとギターを弾いてきた。良い頃合いに、昔からそれなりにお客がいるバンドに入れた。ゴールデンタイムの音楽番組にも出たし、大きな所でライブも出来た。「俺はロックスターだ」と言っても馬鹿にされないぐらいの成功は出来たのだ。今だって、音楽の仕事だけでやっていける。


「おはよう。」

女が起きる。おはようじゃない。もう昼だ。昨日を思い出す。呼んだのは自分だった。別に冷たくするつもりはないが、もう何をするつもりもない。

「今日は休みなの?何もないの?」

一応聞いておく。

「ううん、夕方から仕事だからもう帰るよ。」

遠慮してるのか、本当にそうなのか。頭がそれなりに良い子だ。付き合いもそれなりに長い。なんとなく、質問で俺の心境を読み取ってくれる。

「じゃぁ駅前でご飯でも食べようか。」

外は晴れていた。昨日は鬱陶しい程雨が降っていたのに。

「傘、置いて行くね。」

頭はいいのに、明らかに女物の傘を家の傘立てに刺して帰る。他にも何本もあるのに、それを見ようとしない。

ご飯を食べて、どこに住んでるか思い出せない女を送った。別にどうでも良い女ではない。でもいちいちそんなの気にしてられない。

また一人になった。凄く久しぶりに一人になった気分になる。駅から近い自分の家に戻る。また横になる。明日は、仕事が入ってるからなんとかなる。外が灰色になって、また雨が降り出した。傘持って帰ればよかったのに、と一応心配しておいた。




たまにくる変な女が居る。若いのに昔のロックに詳しい。だから俺ら世代にモテる子だ。

本を良く読むと言って、よく俺の部屋に転がっている本を持って帰る。その本がいつ返って来てるのか、俺は気付かない。

俺の部屋は汚い。引っ越しの次の日みたいな部屋だ。でも誰も文句を言わない。きっと俺自身、そういう人間なんだと普段からにじみ出ているのだろう。

変な女は焼きもちを焼かない。他の女の話をしても怒らない。むしろ楽しそうに聞いている。でも俺の話と同じ位、男の話をする。見た目も悪くないのにそこが残念だ。中には俺の知ってる人の話をする。どうとかじゃなく、自分の知り合いのそう言う話は聞きたくない。

きっと変な女は、俺の事が大好きだ。だからそう言う話をするのだろう。俺はとりあえず、そこに触れない様にする。ずるい事はしたくないが、面倒も避けたい。

俺の様な男に慣れているようだった。きっと、帰ったらその人が居て、決められていた事の様に一緒にご飯を食べ、一緒にテレビを見て、順番に風呂に入り、何となくセックスをして、一緒に寝る。そんな生活も出来る子だろう。むしろ望んでいる。でもそれが俺にとってどれほど恐ろしい事なのかもわかっている子だった。だから、俺の深い部分には入り込んでこない。一番楽だけど、一番恐ろしいタイプだ。そう言う意味では、少し賢い子なのかもしれない。でも、本当は好きなフリをしていて別に俺の事などそんなに興味が無いような気もしてきしまう。

女は、俺がギターを弾くと凄く喜ぶ。ギターを弾かないのに、凄く詳しくマニアックな要望をぶつけてくる。誰々みたいに弾いてくれ、誰々みたいなタッピングが好きだ、誰々みたいに溜めるギタリストが好きだ。そこも俺がちょっと好きな人物の名前を出す。一番好きな人物も知ってるのに、少しだけ好きな人の名前を出すのだ。一番好きな人の真似はしないけど、少しだけ好きな人の真似をしている事をわかっているかの様に。そして全く聞かない人の名前は絶対出さない。ただ、初めて会った時に

「貴方が居たバンドが大好きだったの。メンバーが好きなバンドは全部調べて聞いたわ。」

と言って来た。それ以来女は自分からその話はしない。もしかしたら調べ倒してるのかもしれない。俺よりも女の方が下心だらけでずるいのかもしれない。

「あ、雨が降ってる。」

カーテンは閉まっていた。俺は話をしていて窓を叩く雨の音に気付かなかったのに女は気付いていた。

「私、雨降ったから帰るよ。」

女はさっと服を着て、さっと立ち上がった。

「傘持って行きなよ。」

「ありがとう。」

一回女物の傘に手をとり持ち上げる。でも気付いて隣にあるビニール傘を取った。

「やぁね、相変わらずモテモテね。」

それだけ言って、女は俺に手を振った。





背が高くて、細いロングヘアーの女が好きだ。彼女は割と完璧な見た目だ。セックスも上手い。でも、彼女にとって俺が何よりの遊び相手でしかないし、女の子もそれなりに紹介してくれる。下品な色恋の話はしない。ただ彼女は自分の満足すぎる見た目とそれなりの頭で男をお金に変える事しか考えない。本を読む事もテレビを見る事も、音楽を聴く事も人と話をする事も何もかも、それを知って知識を手に入れれば、その先金にかわると言って吸収する。

でも俺には全くそんな事を求めなかった。ご飯を食べても、ホテルに行っても、必ず自分も出すのだ。普段だったら財布すら出さないのだろう。別に見栄を張ってるわけでもないし、甘えたくないとかそういう事でもない。

「自分の誠意をそう言う所でしか見せれない。」

と彼女は言う。それを聞いて何だか凄く寂しくなったが、少し安心した。俺はこの子にそれ以上の感情を抱く事はないと。

彼女は多分、俺が望めば望むような女になる。実際もの凄く都合のいい女の時もあるし、もの凄く甘えてくる時もある。俺が投げかける話全てに適切な答えを投げてくる事もあれば、全く知らないと言い、おかしな質問をしてくる時もある。男達がそれなりに彼女にお金を落とす理由がわかる。彼女は会うたびに違う女の様に振る舞う。黙って俺の話を熱心に聞く日もあれば、ずっと自分の話しかしない日もあった。変に甘えてくる日もあれば、変に愛想無いときもあった。天然なのか、狙っているのかわからない。今日はどんな日なのか探るのが大変だった。少し疲れる女だ。でも俺と同じ位、彼女も俺に疲れると思っているのだろう。たまに俺の自分勝手さ加減に呆れる。

「やっぱり貴方は遊び相手以上にはならないわ。」

と面と向かって言う。なんだか彼女のペースで凄く気に入らない時がある。

「雨降らないなぁ。」

そう言えば最近降ってないなと思ってふと呟いた。

「そうねぇ、もうそんな季節じゃないpかもね。」

きっと彼女の頭の中には、一週間先の天気まで頭に入っている。

「雨、結構好きなんだけどな。」

「私も好きよ。でも雨上がりは嫌い。だって傘を持って一日過ごさなきゃならないんだもの。」

「そうだね。荷物になるもんね。」

「そう、荷物になるのは嫌なの。その場で捨てて帰りたくなるわ。」

彼女はそれでも、バックの中に必ず折りたたみの傘をいれている。雨の日はもちろん、晴れている日も降るか降らないか五分五分な日も。

だから家から傘を持って行く事はない。





この子はかわいらしい子だ。いかにも女の子って感じの子だ。カメラが好きだと言っていた。俺は写真にもカメラにも全く興味が無い。たまに俺が仕事をすると、他のバンドのスタッフとしてライブハウスで会うときがある。業界の子だ。でもかわいらしいのだ。

家に来ると、何をする訳でもなく一生懸命テレビを見ていたり、俺の話を聞いてくれたりする。素直に俺を好きだという。俺は別にこの子が居ても居なくてもどちらでも良いので適当にあからさまにごまかす。それでも健気に着いてくる様が可愛い。

普段ライブハウスで会うときはジーンズにスニーカーに薄化粧だ。でも外で会うと、少しフリフリな服を着てくる。化粧も濃いわけではないが、いかにも女の子な化粧をする。会ってすぐホテルに行っても嬉しそうな顔をする。俺と会えただけで十分だとその顔からにじみ出ている。

俺はわざと、酷い事をする。でも少し、その子にはかっこをつける。あんまり心の底からの話はその子にはしない。俺が恐ろしいと思っている物を全て持っている子だ。

俺が他の女の話をすると凄く悲しい顔をする。他の女と居ると凄く嫌そうな顔をする。優しいセックスなんて絶対しない。冷たいセックスしかしない。まるで精液を出すためだけのセックス。キスさえしないプレイが終わると、何となくその子はやりきれない表情をしていじける。

そういう子の、そういう顔を見るのは嫌いじゃない。むしろもっと見たい。その為だけにこの子は自分の側に居る気がする。

今日ははっきりと、

「もう帰ってくれ」

と言った。気分だった。別に用事もなかった 。その子は寂しそうに、でもはっきりと

「わかった。」

と言った。

別に大したドアじゃないのに、重たそうにドアを開ける。雨。まるで静かに泣いてるように、建物に滴る雨。一番嫌いな雨だ。

「傘、持って行っていい?」

振り返らずに聞いてきた。

「いいよ。」

その子は暫く傘立てを眺めながらまた一段と寂しそうに言う。

「どれ持って帰っていいの?」

傘立てには、ビニール傘2本と女物の傘3本。俺は無意識なフリをして女物傘をわざと渡す。

「気をつけてね。」

タバコをくわえながら、ぶっきらぼうに言った。

多分、傘が家に戻ってくる事はない。





結局俺は、皆の傘のような男なのだ。

雨の日は必ず必要だけど、晴れている日には邪魔でしかない存在。家にもある時は何本もあるのに、無い時は全くない。

傘立てに無いと不安だけど、無ければないでなんとかなってしまう。

俺自身が女に対してそう思っていたのに、気付いたら自分がそうなってしまった。

今日は誰も来ない。もう三日雨も降っていない。暫く降らないと天気予報は俺に伝える。傘を手に取る事も暫くないだろう。

寂しくなって、また横になった。


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