池袋北口
池袋の北口はなんだかよそよそしい。
彼女と待ち合わせる時は必ずここだ。
北口には、風俗店が沢山ある。派手なホテルも沢山ある。そんな場所で待ち合わせてる男女なんて、目的は一つしか無い。
喫煙所でタバコを吸う女の子はなんとなく皆派手だ。体を使って日銭を稼いで全てブランド物か男に費やしてそうだ。
男の人は、すっきりした顔をしているか仕事で疲れているか、携帯を見つめている人ばかりだ。
未だに自分だけはこの場所にふさわしくないと思い込んでいる。実際端からみたら同じなのはわかっているのだけどどうしても同じにしてほしくない。
「ごめんねぇ、電車間違えちゃって。」
彼女が折りたたみ傘を綺麗に畳みながら喫煙所に近寄って来た。
「雨なんか降ってないのに。」
「うん、でも降ってると思って慌ててさしたんだけど、降ってなかったねぇ。」
彼女はどこか抜けている。頭も育ちもいいのに、こうやって抜けているのだ。
もう夜なのに、空が灰色なのがわかる程どんよりしていた。確かに、いつ降ってもおかしくない。
「行こうか。」
僕はお酒を飲まない。でも、行きつけの店はある。北口からすぐの、お洒落なバー。女の子はこういう所に連れてくれば喜ぶ。
座り心地のいいカウンターチェアを引いてあげると、彼女は嬉しそうに座った。
「ねぇ、今日は何か良い事あった?」
彼女はカウンターの向こうから出てきたビールを少し持ち上げて僕のコーラに傾けるとゆっくり聞いて来た。
「うーん、あったかなぁ。どうして?」
彼女は突拍子もない質問を僕にしてくる。一生懸命答えを探すけど、たまにしか見つからない。
「だって、いい事があった日になんとなく私を呼んでくれてたら凄く嬉しいじゃない。」
彼女はにっこり笑う。
僕は彼女が好きだ。
なんとなくこういう仕草や言葉で思ってしまう。
でも彼女と休みの日にデートをしたりお互いの家を行き来したりする事は考えられない。
きっと僕は疲れてしまうし、彼女を嫌いになってしまうだろう。
それでもこういう彼女にとって何でも無い言葉でどうしても自分の物にしなければならない様な気がしてしまう。
嫌いになりたくないから、こうやってたまに会うだけでいい。
たまに会ってこうやって彼女にときめいて、好きだと思えればそれでいい。
会う度に、まるで付き合いたての恋人の様になれればいい。
だから僕は、彼女と池袋の北口でしか会わない。
バーで一息ついて、その後二人でホテルに向かうだけでいい。
他の場所で会ってしまえば、きっと彼女の深い所を知る事になる。
彼女の好きな食べ物、彼女の好きな映画、彼女の好きな音楽、彼女の好きなブランド。
それを好きになれない自分が怖い。きっと好きになれないのが目に見えている。だから知りたくない。
彼女が、僕とずっとこんな関係で居るのが嫌なのも知っている。
でも彼女が僕と居て幸せだろうと幸せでなかろうと関係ないのだ。
僕がいいと思えればそれでいい。所詮その程度。
そう何度も言い聞かせる。
彼女の突拍子もない話と、普段の何でもない話と、もしかしたら過去にもした事あるかもしれない話をして店を出る。
「あ、雨だ。」
僕がドアを開ける時にそう呟くと、彼女は嬉しそうに傘を出した。
「持って来て良かったね。」
「そうだね。傘、貸して。」
僕は小さい折りたたみ傘を開いて、彼女が濡れない様に体を引き寄せた。
そして、派手なネオンが光るホテル街へ二人でまた何でもない話をしながら歩いた。