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少女は己が夢に邂逅す

 ベットの上、煤けた蛍光灯が見える。 約百スクエアフィートの部屋で、窓ははめごろしとなっているため開かない。華氏百度を超えるサウナ室めいた暑さの部屋に居るのはそれだけで苦痛である。

 普段ならば寝るとき以外はドアが開け放たれているためさほど苦にはならないのだが今はドアが閉じられており鍵がかけられている。

 私はコウノトリと呼ばれる拘束具で拘束されている。足と手、そして首を体育座りのように拘束する鉄製の頑丈なもので長時間拘束されれば筋肉が痙攣を起こし最悪死に至るものだ。お尻の筋肉が痙攣し息苦しく意識が朦朧とするくせに、痛みだけは容赦なく脳に信号を伝えてくる。排泄物でベットを汚さないために着けられたオムツが屈辱的で、人格を冒涜的にまで否定していた。

 舌を噛んで死にたいと思うが、口の中には自殺防止の飢餓のマスクが括り付けられていて、それをすることはできない。

 空腹で腹が鳴り惨めな思いで涙が自然とあふれ出てくる。飢餓のマスクをつけられてから丸二日水以外は口にしていない。

 鍵が開く音がする。入ってきたのは柏原のようだ。拘束した元凶は日に幾度か現れては拘束をはずし筋肉をほぐし、私が死に至らずに延々と責め苦を受け続けるようにするのだった。

 彼女が私の耳元で(ささや)くのは、私の母に対する歪んだ愛情と私が逃げ出したという事実がどんなに悪しきことであり、これは愛情であると刷り込む悪魔の囁きであった。

 そして日は暮れ私は資料室という名の拷問室に再び入れられるのであった。もう二度と家出のような彼女に対して背信行為をしないという誓約を誓わされるのである。

 私の体力も精神も限界であった。心から折れ完全に服従するのも時間の問題だろう。

 そうならないために必死の抵抗をしようとするが体は動かない。それでもなお逃げ出そうと懸命に全ての力を振り絞る。

 もがく、もがく、もがく…………


……………………


「むぎゅ」

 苦しさに目を覚ませば目の前には二つのやわらかい何かが私の顔をはさんでいた。

 何者かに抱きつかれているようで視界は肌色一色であり、夢の続きのように拘束されている。

 私は下着姿だった。気絶する前に破られたソフトブラも身につけている。そして大体想像がつくが謎の人物に両手両足を使いがっしりと抱き枕を抱えるように締め付けられていた。

「ヒロくぃんだめだよぉ。ヒロくぅん」寝言より相手が変身化け物女であることがわかった。

 何とか拘束を引き剥がそうとするがそんなことはお構い無しに締め付けてくる。

「んんっ。ヒロくんらんぼうすぎぃ~」

 夢の相手と何をやっているのかは知らないがろくなことではあるまい。

 ヒロ君とやらも不幸である、酔って暴れ、顔が化け物に変身する女に夢の中とはいえ襲う羽目になるとは。

「えへへ~。私たちまだ中学生だよ~。だめだよぉ~。んん~」

 そうして私の頭にキスをする。これはひどい。

 先ほどの悪夢などよりもこちらのほうがよほど悪夢的な状態である。それが何の気休めにもならず、ただ己の心には恐怖が重ね塗られただけではあるが。しかしさすがハゲ親父の姪、いかがわしいことをさせれば右に出るものは居ないであろう。

 私が夢の続きのごとくもがき、逃げ出そうとすると部屋の隅で何かが動く気配がする。その気配はだんだんと近づき私の背後でとまる。

「起きましたか」

 変態に拘束されているので姿を見ることはできないが、声の主は日野だった。

 そのたくましい腕でいまだ卑猥な夢を見る変態から私を引き剥がし朝の挨拶をする

「ご気分はいかがですか? 飲酒は勧められませんよ」

 そういいながら収納机の上にある瓶に視線を向ける。

 私が何かを言おうとすると日野は即座に言い切った。

「幻覚です」断言である。

「まだ何も言ってませんが」

 私は飲酒をしていない。それははっきりとしているしちゃんと記憶がある。

「飲みすぎによる幻覚です」

 私が口に出す前に再度きっぱり言う日野。

「ですからまだ何も言ってませんが?」

 決め付ける日野に反論を試みようとする。

「ですから、あなたの見たものは幻覚です」

 何故見たことを知っているのか?

「酩酊したときの呟きから判断しました。幻覚です」

 質問する前に回答が出た。

「ですが私は飲んでいませんが?」

 しばしの沈黙のあと日野は再度壊れた何かのように同じ文言を繰り返す。

「飲んでないということが幻覚です」

 切り口を変えよう。このままでは埒があかない。そのためには証拠が必要だがその証拠はすぐに見つかった。ソフトブラである。昨日身につけていたものとは違うものであった。

「ソフトブラのことですが」

 再度、回答を求めるがここでも日野はボロを出さなかった。

「同じく光さんも酔って暴れてあなたのを破いたんです。記憶がなくてよかったということにしてください。幻覚です」

 私の胸のピアスについては気にしないらしい。

 隣ではまだ架空存在であるヒロ君と戯れている学園長の姪が居るが、起きる気配がない。

 しぶしぶながら化け物に襲われたことは幻覚として認めよう。では蜘蛛型機械は?

「私が撤去しました。なくなったように見えただけです」

 その筋肉なら可能だろう。ここでようやく納得の行く答えが出てきた。私がその答えに納得すると、彼女は少し遠い目をして悲しそうにつぶやいた。

「そこは否定しないんですね」

 怪力女はほうっておき、壁にかけられた時計を見ると五時であった。

 私はまだ下着姿のままであったが、日野が替えの衣類を修道院から持ってきていたようで、そちらに着替えるべく風呂場へと向かった。

 着替えついでにシャワーを浴び、あの変態女に抱きつかれた痕跡をきれいさっぱり洗い流す。

 着替えを終え廊下に出ると日野と鉢合わせた。食事の用意をするのでリビングで待っていてほしいと告げられる。学園長と教授の姿が見えないので問うと、既に外出をして今日はもう戻らないそうだ。大学裏手の山を越えたところにある、研究施設に向かったらしい。

 確かにあそこにいくならば少しでも早いほうがいいだろう。学園は修道院を中心に円状に広がっているのは前にも話したと思うが、その外側までは話していなかったと思う。

 西から南にかけては南正門前の道は駅に向かって伸びており、そこから学生用アパート、商店街が広がっており西は商業ビルの立ち並ぶオフィス街である。東から北にかけては小高い山が連なっており道も整備されていない。つまり北東に伸びる山と近代的な町並みの間に挟まるように学園は存在する。

 だから多少距離があっても南の正門か西口の門から入らねばならないのだ。駅のあるのは南なので寮に入らず遠くから来る生徒は真っ直ぐ正門に向かい修道院を迂回し学校に行かねばならない。修道院はかなり大きく、敷地自体の面積は直径千五百メートル程度の円状で建物は三階建てのコンクリートで二百坪程度である。ショートカットしたい気分もわかる。

 そして山の反対側にも町があり、共同研究だったか付属施設だったか忘れたが研究施設があるので西側から山を迂回していかなければならない。そしてそこに二人がいったという。

 あそこは化学の研究所であったような気がするが多分見学にでも行ったのだろう。

 そう思案しているとダイニングからは香ばしい匂いがこちらに漂ってくる。 

「出来ました。お口に合うかわかりませんが」そういって出されたものは口に合う合わない以前の問題であった。

 ただ四等分に切られたトマトに、極薄切りにして焼いてあるベーコン、そして白い粉のかかった乾パンである。簡素なものである。

 なるほど調理時間が短いはずである。しかしこれが口に合わないとなると、どれだけ料理が下手なのか疑問に思う。

 そして修道院の朝食よりはマシであると考え口にする。

 トマトはただ切られたわけではない、その表面に謎のドレッシングが薄く塗られ、まるで毒殺をするかのようである。ドレッシングが苦く甘くしょっぱく酸っぱく不味い。

 ベーコンを口にする。塩味が無く、使われた油は学園長のキッチンにあるとは思えない代物で、エグイ味のする油など食用で存在するとは思わなかった。

 最後、乾パンには謎の白い粉が盛られている。これもまた尋常ならざるものだろう。勇気を出して口にする。がすぐに吐き出す。辛い、名状しがたき辛さである。

 白という色に対してのイメージが変更されるほど辛い。あわてて水を飲むがそれでも辛さは引かない。

 訂正、修道院の朝食のほうがマシである。食べ物に対してここまで冒涜できるとは思わなかった。

 毒物を作り出した女は、心配そうに私にがっつかなくても良いというが、私はそれを聞き流し調理法を聞く。

 にこやかに答えたそれはおぞましく、地獄めいた調理法であった。

 トマトのドレッシングは栄養豊富な青汁ベースのオリジナルドレッシングであった。ベーコンは塩抜きし塩分控えめとなっており、栄養価の高い亜麻仁油(あまにゆ)を使用したものだった。謎の白い粉は眠気覚ましにハバネロエキスを粉状にしたものであった。曰く刺激的で栄養価の高い朝食を目指しつつ、見た目は普通というコンセプトだそうだが、朝食にインパクトは求めていない。

「え? もう食べないんですか? 小食にもほどがありますよ?」余計なお世話である。

 その時、光が寝ぼけ(まなこ)でやってくるが朝食の内容を知らないらしく、日野が作る朝食を食べたいと申し出ていた。

 私は実に惜しまれながらも丁重におかわりを辞退し、足早に修道院に戻る。幻覚について光にも問いただしたいところであるが、それは別途機会を設けることにする。

 学園長の家を出るとき悲鳴が上がったような気がしたが、被害者への祈りのみで済ませることにした。

 修道院の憎たらしいマッシュポテトを食べ。ああ、食べられることが幸福である。私が食べたとき、思わず口から漏れてしまったらしいこの言葉が、柏原の耳に入ったらしく彼女から。

「ああ、貴女もようやく神の教えに目覚めましたか。昔は食事に対して愚痴ばっかりだったのに」と昔話が長くなりそうなので、レポートを学校で書きたいと申し出て快く許可を貰い、いつも通りよりやや遅く学校に行くのだった。

 教室には北越がただ一人不気味なほどニコニコして己の席に座っていた。

「にゃは~、おはようだにゃ~。うふふふ。にゃは!」

 マタタビでも嗅いでおかしくなったのであろうか? 一人席に座って時折身をよじり、にゃあにゃあ言っては微笑んでいる。その首には昨日の夕方も身につけていた黒い革のチョーカーが光っている。

 中身が猫に入れ替わったのであろうか?

 そんなおかしなテンションの彼女を横目に私はレポートの続きを書くのであった。


……………………


 私は姫様よりも早く学校に来て昨日の夕刻にあった出来事を回想していた。


「まったく、人騒がせな人ね」岩下さんが呆れ顔でこちらを見る。

「にゃはは、ごめんごめんだにゃ」照れ笑いでごまかす私。

 女子生徒にぼろぼろになってしまった携帯端末を手渡し、謝罪する。女子生徒は泣きながらお礼をいい、事件でなくて本当に良かったと心から安堵していた。

「んで、どこまで行ってたの? 結構あちこち探したんだけど」その問いにはごまかすしかない。

「にゃ、にゃ、追いかけっこで工事現場とか路地裏とか人の家の塀とかにゃ」 

 女子生徒達はそれならば見つからないと納得した様子であったけど、岩下さんは私の答えにふ~んとなにやら言いたげなようすだったが、結局これ以上聞かれずにすんだ。

 女子生徒は携帯端末はカバーが傷ついただけだと確認すると、カバーなら買い換えれば問題ないとピンク色のカバーとはずした。なるほど本体にさらにカバーをかけていたのか。画面にもフィルタを張っていたようでこちらも問題ないようだ。

 携帯端末自体は黒い色をしていた。本当は別の色がほしかったそうだが色がなく仕方なしに選んだそうだ。

 夕日が沈みかけあたりも暗くなってきた。時間も遅いので皆帰ることにした。

「それじゃ皆解散ってことでね。さよならね~」

 私以外全員が校門から出て行く。私は寮生活なので寮への道を歩く。途中学園長の家があるがその庭には高さ三メートルほどの謎の蜘蛛型機械がある、その天辺には風車が取り付けられておりクルクルと回っていた。

 昨日の朝も見たが学園長の趣味の品だそうで運動場で動かしたりもするが、歩く姿が不気味で生徒からの評判はすこぶる悪い。

 アスファルトで舗装された道を歩くが薄暗く、なんとも言えず不安な気分にさせる。

 街灯はあることはあるのだが間隔がやや広くちゃんと道を照らしてはくれていない。その道を駆けるように通り過ぎ去り、学生寮にたどり着く。寮の手前でブレザーやスカートについた泥を落し、入っても問題ない程度にする。

 私は管理室に居る寮長に事の次第を説明したが、四十台半ばのやせぎすな女性の寮長は大笑いをしながら私が遅れた理由に納得をした。

「いやあ、アンタならいつかそんなことするんじゃないかと思ってたよ!」

 笑いながら言っていたが、次の瞬間神妙な顔つきになって心配するように言ってきた。

「だけどさ、気をつけなよ。猫追っかけて大怪我でもしたらそれこそ一大事だ。今回はなんもなかったけど、次もそうだとは限んないかんね」

 そして、恐ろしいことを口にする寮長。

「この近くじゃないけどさ。猫とかカラスとか小動物が悪戯(いたずら)に殺されてるってんで、あちこちの学校じゃ、先生方がピリピリしてるんだよ。自分とこの生徒じゃないかってね」

 私もそれに憤る。犯人が捕まり被害に歯止めがかけれればと、願う。

 そこで寮長は私の首の装飾品に気づく。

「おんや? そのチョーカーはどうしたんだい? 買ってきたのかい? 猫の首輪みたいじゃないか、よく似合ってるよ」にこやかに言う。

 私はそれに曖昧に答えると寮長はさして興味も無いようで私に食堂へいくことを勧める。

「そんじゃ早いとこ食堂にいってきな。八時には閉まっちまうからね」

 私は食堂に向かった。食堂は五時半から八時までの自由な時間に食べてもいいことになっている。部活動の生徒のためにお弁当を作り置きもしてくれる中々良心的なところである。

 これは各校に設けられた食堂の職員さん達がこちらにきて作ってくれるためだ。どうやら各校の食堂の仕込みついでに、こちらのほうも作っているようで、殆ど調理されたものを持ち込んで簡単に調理するだけで、短時間に美味しく食べられるようにしてある。

 メニューは日替わりで数種類しかないがここで贅沢を言うのは筋違いであろう。 

 ここの調理場は寮長に事前に許可をとれば寮生なら誰でも使えるという非常に便利なもので、土日には料理部の寮生が料理やお菓子などを振舞ってくれたりする。

 美味しい夕食を平らげると私は食堂からでて廊下を真っ直ぐ進む。私室へと続く階段の手前には広間があり、大きなテレビや観賞植物、革製のソファー、ガラス板のテーブルなどがしつらえてあり、掃除が行き届いていて実にリラックスできる快適な空間である。そこには数人の寮生と寮長がテレビを見ながら会話をしていた。

 私が食事をしている間に、先ほどの話が皆に広まったようで皆に笑われながら、先にお風呂に入ったほうが良いと勧められる。

 気の利いた寮長が私の部屋からパジャマを持ってきてくれたようだ。私はそれに対し礼をいい階段手前の入浴室に入る。ここは朝の五時から夜の十一時まで自由に入浴できる。シャワールームは別にあり、そちらは二十四時間自由に入ることができる。

 広い浴室で湯船も広い、一度に十数人は入れるだろう。今は私一人だが。

 体を清め湯船につかるが早々に上がり部屋に戻ることにする。自分のパジャマに着替え、制服を用意されたバックにつめ、クリーニング注文書を書き所定の場所に入れる。

 明日の朝にはクリーニング屋が来て制服を回収し、その日の午後にはクリーニングされてくるというシステムだ。じつに便利で本当にここに入学してよかったと思う。

 スリッパまでは用意されていなかったようで私は裸足のまま二階に上がる。フローリングの床の冷たい感触が、十分に暖まりきっていない体にはちょっと冷たすぎだった。

 私室の鍵を開け中に入ると中から私を歓迎する声がかけられた。

「うむ、遅かったな。お前の部屋に他人が入ってきたときには驚いたぞ? とっさにベットの下にもぐりこんで事なきを得たがな」

 その声の持ち主は銀灰色の毛に覆われ、ピッと立った三角の耳、緑色の針のような瞳孔の目を持ち、太めではあるがしっかりとした体のシャルトリューという品種の猫だった。

「なっ?! 何でここに居るの?! ウルタールに帰ったんじゃないの?!」

 私は驚いて声を上げ、目の前の猫に質問を浴びせた。

「ん? ああ、お前が我等との約束を果たすか見届けるのだ。事前に言わなかった非礼は詫びる」

 そういうと近くにあったクッションに寝そべりそっぽを向く。

「だからそれは週末に向こうからお母さんが来るからそれで解決でしょ! 電話の内容聞いてたでしょ?」

 この猫を見られたら寮長になんと説明しようか言い訳を考えながら彼に言う。

 しかし、彼はこの答えに満足しなかったようでさらに尊大にこう言い放つ。

「聞いている。保険に(まじな)いもかけた。約束を破ればその首輪は貴殿を(たちま)ちのうちに猫に変えるぞ?」隊長、それはご褒美です。というかこの首輪にはそういう意味があったのか。

 リン、と首輪の鈴が鳴る。

「しかし貴殿が跳躍の際に輪の中に躍り出たのは仰天したぞ? このプロスペール、斯様(かよう)なことは果敢(かかん)にして聞かぬ」

 そうなのだ、あの時、空き地に居た猫達を捕まえ端末を取り戻すべく飛び掛ったのだ。その瞬間私は見たこともない場所に飛ばされたのだった。そこは映画で見たローマの神殿のようなところでこちらも映画で見たような古代エジプトの貴族の服を着た猫顔の女性が多量の猫とともに居たのだ。白い猫、灰色猫、黒猫、三毛猫、黄色に縞、種類も多種多様でペルシャ、ロシアンブルー、ジャパニーズボブテイル、マンチカン、コラット、数え上げれば(きり)が無く雑種ももちろんたくさん居た。

 そして猫顔の女性とは読んで字のごとく猫そのもので首から下は人間の女性のものだ。

 その女性がこちらを向いたとき、私は直感的にここが猫の国で、目の前の女性が猫の神様であると思い、すぐさま(ひざまづ)く。

 突然の闖入者に驚いた猫達だったが、猫の神様は冷静で私の態度に気をよくして、顔をあげるように言った。

 彼の女神様の名前はバテストといい、なにやら調べなければならないことがあるという。私は一も二も無く、すぐさま手伝うと協力を申し出たのだ。

 猫の頼みである、聞けないわけが無い。そうすると傍らに居た私たちがソックスと呼んでいる猫が私に説明をしてきたのだ。

 ソックスは今朝の猫であった。彼が異様なほど携帯端末に興味を示したのは、ゲームの地名が彼等の街の名そのものであり、そこにあったものもほぼ同じものであったからである。

 ようするにゲーム世界はこの猫達の住んでいる世界『幻夢郷(ドリームランド)』そっくりだったのだ。偶然には出来過ぎている。なればなにやら仕掛けがあるはずと、端末を持っている生徒から拝借して検分しようとしたのだ。

 そして猫達は待ち伏せをしていたというわけだ。彼等は太古の昔から様々な不可思議な力を持っていて、睨みを利かせて相手をひるませたり、時空を超えて移動をしたり出来るのもその力のひとつだそうだ。

 首尾よく端末をせしめた猫達は、その不可思議な力で猫の神殿に跳躍をしようとしたときに、ちょうど私が乱入し巻き込まれたというわけだ。

 ゲームを調べるというならば話は早い、私が携帯端末を契約しゲームに登録すればいくらでも調べられる。

 そう話すと信じられないといった表情で一部の猫たちがいう。疑り深い猫の一派が私に首輪をつけ、私は携帯を返してもらい空き地に戻してもらったのだ。

 私はすぐさま今や絶滅危惧種の公衆電話から母に電話し、携帯端末の契約をする約束を取り付け学園に戻ったのだ。

 そして今に至ったわけだが、一つ疑問がわき好奇心を抑えきれず聞く。

「そういえばこっちの世界でしゃべって大丈夫なのかにゃ?」

 その疑問に対し最もシンプルで適切な答えを出すプロスペールという名の猫。

「貴殿は猫がしゃべったといって信じるかね?」確かにこの目で見なければ信じない。

「まあそういうことだ。貴殿が約束を守れば我等は貴殿の友として傍らに居よう」

 失敗しても猫になるだけだ。むしろ失敗したほうがご褒美なのでは?

 私はベットにもぐり眠りにつく。ああ、早く週末が来ないかと待ちわびながら。


……………………

 

 ああ、猫の国。夢想でしか存在し得ないと思っていた。彼の国の猫達のことを思うとこの身などいくつささげてもいい。

 私がトリップしていると本鈴が鳴り、金山先生が来てしまった。

 担任のやる気の無い点呼にもどかしく思い、早く放課後になり、さらに時間が過ぎ明後日、土曜日にならないかとそわそわしているのであった。

 当然授業も気がそぞろで何回か教師に注意されてしまった。クラスメイトからはらしくないと言われ、当然首輪との関連をつけられ、さては彼氏が出来て、その首輪はプレゼントではないかと勘ぐられた。

 違うと反論しても、どこで買ったのか、いくらであったのか具体的なことなど何一ついえない上に貰ったのは事実なのだから、彼氏という架空の存在を否定するのは事実上不可能であると思われた。

 このままでは囃し立てられ、彼氏を紹介しろと言われるのは時間の問題であるが、ふと私は名案を思いついた。昨日の夜のプロスペールの話を思い出しながら事実を言う。

 昨日の夕方、猫の集会の輪に入り込んだらいつの間にやら、猫の国に居てそこに居た猫の神バテストから貰ったと言ってのけたのだ。事実は多少違うが概ねあっている。

 当然そんな与太話を信じるはずもなく、私が煙に巻こうとしているのは明白であると詰め寄るが、それ以上のことを言わなければクラスメイトたちも話す気が無いと見てこれ以上詮索は出来なかった。

 そしてお昼休み、ふと姫様を見るとなにやら寝不足のご様子で一昨日(おととい)と同じように自分の机で眠り込んでしまっていた。

 岩下さんが携帯端末を取り出しなにやら操作し始めた。恐らくは件のゲームであろう。

 ふむ、よく考えればゲームについて何も知らない、インターネットで検索すればいくらでも情報は出るだろうが、携帯端末を契約してから調べるのでは遅すぎる。

 私は岩下さんに近づき話しかける。けだるそうに岩下さんが答えるが、私が幻夢郷(ドリームランド)をやりたいというと、すぐさま同志を見つけたと言わんばかりに嬉々として手取り足取りゲームのインストールや登録のやり方を教えてくれた。

 その中で意外な事実であったのは、携帯端末以外でもゲームが出来るということだった。

 なるほどインターネットにつながる環境ならばどんなものでも出来るとはすごいゲームだと感心する。

 料金は月五百円の月額料金のみ。もやはこのクラスで遊んでいないのは私と姫様のみだった。私って遅れてる?

 ふうん、これならインターネットカフェでも出来るね。料金はウェブマネーをコンビニで買えばいいのかな?

 よし! これなら放課後すぐに出来る!! 

 今日は当番も補習も何もない。そうだ、お姫様も誘おうと岩下さんに相談すると今日は姫様は英語の補習があるということでダメだった。むう、補習って大体の生徒が受けてたのか…… それは知らなかった。

 と、そのときだった。姫様が絶叫をあげたのだ。何事かと思い視線がそちらに集中する。

 姫様は脂汗をかき、はぁはぁと荒い呼吸で目を見開いていた。流石の事態に皆が駆け寄るが、姫様はなんでもないと繰り返すのみだった。

 姫様はペットボトルに残った水を全て飲み干すと、空になったペットボトルを捨てに教室を出て行った。私もそのあとを追う。それに吉原君が続く。

 すぐに追いつき話しかける。

「姫様、大丈夫かにゃ? 体調が悪いんじゃないのかにゃ?」

「いえ、なんでもないです。心配ありがとうございます」

 先ほどと同じ問答を繰り返すのみだ。だが、私はもっと強い調子で言った。

「なんでもなくないにゃ! 悪い夢でも見たのかにゃ? だったらその内容を話してほしいにゃ!」

「ボクもそうです。柊さんが苦しんでいるところを見たくはありません。どんな夢を見たんです?」

 吉原君はどのような夢を見たのかしきりに聞きたがっていたが、姫様は頑なに拒否をしめした。

 身長差で見下ろす形になってしまうので、説得のため私は屈んで彼女と目線を合わせた。

「姫様の力になりたいにゃ! だから話してほしいにゃ!」

 さらに強く言うと姫様は私から視線をそらす。間の悪いことに予鈴が鳴る。

 結局予鈴を口実に姫様には逃げられてしまった。しょんぼりな気分である。

 吉原君がしょうがないですよ、彼女から言ってくれるまで待ちましょうと、慰めの言葉をかけてくれた。

 しかし出来ることはやっておこうと、休憩時間を利用して説得をするべく奮起したが、続く五時限目の授業と六時限目の休憩時間で、どこかに雲隠れされてしまい話すことができなかった。

 授業終了後姫様は補習に行ってしまった。待つという手もあるが、猫達との約束がある手前そういうわけにも行かず、私は寮に戻った。

 私服に着替えるながら、プロスペールにゲームが今日にもすぐに出来ることを告げると、なにやら神妙なことをいう。

「それだけ広がっているということか? 案外根は深いかもしれぬ」

 私は考えすぎだと楽観的に言い、彼をリュックの中に入れ駅の近くにあるネットカフェに行くことにした。


……………………


 補習も終わり修道院に戻った。昨日といい、今日といい悪夢ばかりである。

 まるで失われた素晴らしき夢を全て悪夢に塗りつぶすかのようである。

 昼休みのほんのひと時でさえ悪夢という死神が舞い降り、地獄の鎌を振り回し私の精神を切り刻むのであった。

 まだ三回、いや既に三回。もう精神が持たない、足元から崩れ落ちてバラバラに砕け散るような感覚が私の心の中でひしめき合っている。

 家具と言うべきものはベットと机ぐらいしかない私室。

 私は自棄になって引き出しを乱暴に引き出す。壊れれば柏原に説教を喰らうだけではすまない。もう全てがどうだっていいと思った。だがそれは意外な方向に向かった。

 乱暴に引き出され勢いあまって机からはずれ、中の物が全てひっくり返された。

 その引き出しの中には教科書とノートが数冊入っているのみのはずであった。しかし違った。二重底だったのだ。

 厳重に秘匿された二重底が乱暴な所作によって暴かれ中にあったものをさらけ出した。

 それはノートであった、幾冊かのノートは全て私の字で書かれており表題が書いてあった。

 『クトゥルフ:ル・リエー』『ハスタァ:星団ヒアデス:知識』『千の無貌:ニャルラトホテップ:秘儀』

 『地下神殿:ラーン=テゴス』『森の宴:シェブ=ニグラス』『擬似六角形の台座:ヨグソトース、アザートス:門と鍵』『クトゥグア:フォーマルハウト:星界の守護』

 そして最後に『夢の日記覚書:その他』と書かれたノートが出て来た。全部で八冊。


 そう、恐らくこれらは夢の内容を記したものなのだ。なぜ私はこの存在を今まで忘れていたのだろうか?

 これだ! これこそが私の求めた居たものだ! 私の几帳面な性格にこれほどまで感謝したことはない!

 ああ、私は震える手で片付けもそこそこに、そのノートたちを手にとってページをめくった。

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