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少女の夢は塗りつぶされて

 真っ暗な闇のなかで部屋の中心に私は居る。いや、閉じ込められている。地面から一フィートほど宙に吊られた人型の牢獄――ジベット――の中に裸で私は居る。この檻は私を完全に拘束腕一本どころか手の指、足の指に至るまで動かすことさえ出来ない。私の口は飢餓のマスクと呼ばれる拷問具でふさがれ、のどの奥まで入れられたへら状の金属板が、口を閉じることも、しゃべることも許さなかった。

 体を揺らすこともできず、暗澹たる恐怖の中で今にも泣き出しそうだった。ここは修道院の地下室で今は暗闇で見えないが、部屋には中世の様々な拷問器具が史料として保管されている。

 その史料を私の体で実践的に展示されているのだ。私は自身がとった、軽はずみな行動を、心の底から後悔していた。もし戻れるならばその時の私に言ってやりたい。決して外の世界を望むなと。

 音のない史料室という名の拷問部屋に不意に小さな音が鳴る。

 ギイ、と音を立ててさび付いた重い鉄のドアが開き、蛍光灯が点けられる。

 その眩しさに目がくらむが手は動かせないためまぶたを硬く閉じることしか出来ない。しかし、それでも強すぎる光はまぶたの内側に透過して私の目を痛めつける。

 幾ばくかの時間、侵入者は黙っていた。姿が見えないが大体の想像がつき、それは正解だった。

 目が慣れようやくまぶたを開くことが出来、その目の前に居る人物――柏原院長――が口を開いた。

「淵田は随分といい趣味をしているようで、彼のコレクションの中に面白いものがありましたよ」彼女のその左手には、一個の鈍く光る小さな銀色の輪をもって、右手には金属製の注射器のようなものとペンチのようなものを持って、私に近づいてくる。

「さあ、もうあんなことをしたりしないように『お仕置き』をしましょう。これは貴女のためなのですよ」その太った体を揺らしさらに近づく柏原。

「これでもう修道院の外で暮らしたいなんて願望はなくなるはずですよ」私は狂気に血走った笑みを浮かべ語りかける柏原の目が、私の右胸一点を見つめ、そこから想像されるものがどんな冒涜的でおぞましいものなのかを、狂気に近い恐怖で感じ取り、声を上げようとしたが飢餓のマスクによって、それは小さなうめき声にしかならなかったはずであった――


……………………………


「うああああああああ!」

 自身の絶叫で目を覚ます。荒い息をつき、全身からふきでた汗により、びっしりと濡れている。

 張りついたネグリジェが気持ち悪い。外を見るとまだ日が昇っていない。目覚ましよりも早く目覚めたのだ。

 あの恐ろしい現実を再現する悪夢、思い出したくもない私の心に刻まれた傷跡をえぐりだし、私が普通の生活を決して望まぬようにする宣誓書。

 寒さだけではない体の震えがとまらず、自身の体を抱きすくめる腕が右胸にあたり、それが先ほどの恐怖を執拗に蘇らせる。

「うぅ、ぐうぅうう……」声にならぬ呻き声をあげるが、何の慰めにもならない。

 それほどまでに脳が見せる幻覚。夢が私の心にその獰猛で鋭利で容赦のなく喰らいつき、その後起こったことを鮮明に思いださせる。私の脳は、壊れたビデオデッキのように思い出したくない記憶を延々と再生し、そのときの恐怖と身体感覚を再生し続けている。

 あんな夢を見るのは初めてだ。いつももならもっと違う、とても素晴らしい夢を見ていたのに。

 夢? 私は一体どんな夢を見ていたというのだ? 思い出せない、あれほど素晴らしく、美しく、名状しがたく、冒涜的で、深宇宙的で、刻み込まれれば二度と忘れないほどの夢の内容を。

 私は思い出せない。それが何であったか思い出せず、しかし、それが素晴らしいものであることは心の奥底で理解している。

 まるで、素晴らしい、現実であると信じたくない、という感情だけが私に刷り込まれているかのようだった。現実であると信じたくない? これもまた不思議な感覚だ。夢は所詮夢だ、現実では無いのに。

 私が少しばかりの悲しさと言い知れぬ恐怖に打ちのめされていると、ドタドタと廊下を駆ける音がし、乱暴に鍵が開けられ、ドアが開け放たれる。

「どうしたのです!? みやこさん! 大丈夫ですか?!」柏崎院長以下同居人の修道女三名が、驚きと不安の表情でこちらを見る。

 私は柏崎の姿を見、先ほどの恐怖を思い出し何も言えなかった。

「どうしたんです?!」柏原が心配そうに近づく。だがそれは私にとって恐怖以外の何者でもない。

「ひっ!」短く悲鳴を上げ後ずさってしまうが、柏原はそんなことお構い無しに近づいてくる。

 肩をつかまれ、正面から見据えられ、奥歯がガチガチと噛み合わず音を鳴らし、全身に力が思うように入らなかったが、それでも声を振り絞り幾つかの単語を漏らす。

「ゆ、夢……怖い……夢……」それを聞くと柏原は理解したのだろう、私が怖い夢を見て自身の絶叫で目が覚めたことを。

「そうでしたか。よほど怖い夢を見たのですね。でも、もう大丈夫ですよ。」そういいながら優しく抱きしめる。それが恐怖に繋がるとも知らずに。

 震えの収まらぬ私に、厳しい彼女にしては珍しく、優しい提案をする。

「こんなに汗をかいて、このままだと風邪を引いてしまいますよ。私がお風呂に入れてあげます。体の芯から温まれば震えも止まりますよ」私に抗う力はなかった。他の修道女は私のことは院長に任せるとして、それぞれ自身の職へと戻っていった。

 私はなすがままに風呂に入れられ、体を洗われ、全身をまさぐられた。そして彼女はこう言った。

「傷一つない、きれいな肌ね。みやこさんとそっくりだわ」何を言っているのだ? 私の左腕には昨日の痣がまだ残っているはずだ。夜に湿布を剥がした後、新しいものを貼り付けるのも、なんだかもったいない気がしてそのまま寝たのだ。そのときにはしっかりと痕があり、数日は残るだろうと思ったのだが……見ると左腕には一切の痕がなく白い滑らかな肌があるのみだった。

 昨日のことは夢だったのであろうか? 今朝の夢と今までの内容すら覚えていない夢から現実と幻覚の区別がつきにくくなってきた。私が戸惑い立ちすくんでいると、柏原はまだ寝ぼけているのだと思ったのか、私に丁寧に服を着せていく。

「はい、これでよし。それじゃあ、朝のお祈りの時間ですよ」そういうと私を礼拝室に連れて行き。お祈りを済ませた後、発明者に問い詰めて極刑に処したい――マッシュポテト――朝食を摂ると学校へ行く支度をした。

「行ってきます」そう短く告げ、修道院を出る。出かけ際に柏原はこう釘を刺した。

「わかってると思いますが、今日の講義内容はきちんとレポートにするんですよ。後で確認しますからね」言われなくてもわかっているし、昨日借りてきた本で予習もして、その際に幾つかの事項はまとめてある。レポートは問題なく書ける。

 修道院を出て北門に向かう。道の両脇には木が植えられているが、残念ながら桜でなないので花は咲いておらず緑色に茂り、春を気温と湿度のみでしか体感できなかった。

 門の外に出るといきなり声をかけられる。

「おはよう、柊さん」声の人物は謎の保健委員、岩下であった。その他にも数名人影が在る。

朝の挨拶をする人影たちは、昨日の筋肉質と細身の風紀委員の高校生二人と北越の三人であった。

「ほら! ちゃんと言いなさいよ」岩下が風紀委員二人をけしかける。無礼とも取れる扱い、それに対し彼等は意外なほど素直に従いこう言った。

「わ、わかってるよ! あー、えーっと、その……」歯切れは悪いが岩下に促され、二人そろって同時に言う。

「「昨日はすいませんでした!!」」二人の風紀委員は私に向かい、頭を下げた。

 ああ、昨日のことか、それでは昨日のことは夢ではないということである。

「べつに構いません、しかたのないことですから」私は許した。別に実害をこうむったわけではない。精々、遅刻ギリギリに来たことと、腕に痣が出来たくらいだが、その二つは既に過去のものとなった。

「あの、柊さん。私もごめんなさい。貴女のことをよく知らないであんなこと言って」これは北越、あんなこととは『ママと呼んで』ということか。私が孤児であることを知ってしまったか。

「いいんですよ、気にしてませんから」本当に気にしてない。それよりも夢でもがいていたときの寝言の『まだ』が『ママ』に聞こえたほうが問題である。


 夢でもがいていた?


 どんな夢であったのだろうか? 何か重要なことのように思える。しかし、思い出せない。

「親の遺言でこの修道院に預けられたんです。ただそれだけのことですよ」そう言うと北越の好奇心がくすぐられたのか、私に質問を投げてくる。

「修道院に……みやこさんの両親ってすごい人だったんですか? そうじゃなきゃ入れないんですよね」絶対に修道院を勘違いしてる。北越以外が呆れ顔になった。

「修道院って言うのはね、戒律を守って祈りと労働を共同で行う場所のことだよ」細身の風紀委員が説明をしてくれた。

「別に偉いから入れるとかそういのじゃねーんだ。神様の教えをものすんごく守りながら日常生活を送れる人だけ入れるんだよ。そんだからそこの嬢ちゃんは、規律正しい修道女見習いみたいなもんだよ」筋肉質がわかり易く補足する。人は往々にして私が修道女とほぼ同じ生活を送っていると知ると驚きと賛辞を私に送るが、返って鬱陶しく感じる。自身で望んだものではない、生まれたときからこの生活なのだ。どこがすごいのかわからない。

「……にゃあ……姫様……」しかし、北越は違った。その目に映るのは憐憫であった。

「ひどいにゃあ! 親の遺言でずっと規律でがんじがらめは、酷すぎるにゃあ!」いつもの猫口調に戻り、そしていきり立つ北越。そういう考え方もあるのか、編入生の意外な回答は、皆がはっ、と我に返ったような反応をもたらした。約一名、岩下を除いて。

「自分で選んだならともかく強制なんて酷いにゃあ!」怒れる北越。岩下が私に目配せをする。この話題は私も避けたいのでうなずく。初等部三年のときの悪夢はもう見たくない。

「別に不自由しているわけでもありませんから、問題ないですよ。私はこの生活以外知らないので、どうと言う事はありませんし。お心遣いは感謝しますが現状のままでいいですよ」北越を諌めるように私は嘘を言った。皆のように着飾ることに無関心なわけがない。テレビゲームとやらをやってみたい。テレビを見て次の日の話題を皆と話したい。

 この生活の唯一の良かったと思うことは、虫歯が一本もないということだけだ。

「にゃ? にゃあ」出鼻をくじかれたような顔をしている北越。釈然としないように言う

「姫様、なんか我慢してないのかにゃ?」じっ、とこちらを悲しそうな瞳で見つめてくるが、私はそれに取り合わず。

「別に大丈夫です。腕だってほら、この通り一日で治りましたし」言いながら上着を脱ぎ、ブラウスのボタンをはずして脱ぎ、腕を見せる。

「ちょ?! 一日で治った?! って待って! 脱いじゃだめだってば!!」岩下があわてて止めに入る。二人の風紀委員は即座に後ろを向く。

「にゃあ!ほんとに治ってるにゃあ! でもって姫様、ソフトブラしてるんだにゃあ。胸、ペッタンコじゃなくて、ほんのちょっぴりあるんだにゃ」のんきに実況する北越。三年前の仕置きの痕を隠すために薄くパッドの入っているものだ。このまま勘違いをさせておく。私にも女の矜持がある、虚勢くらい張りたい。たとえそれが微かであってもだ。そして今の話を聞き、前かがみになる風紀委員の二人、男とは想像力たくましい。筋肉質が「制服の半脱ぎ破壊力高すぎ」というが、こちらも放っておく。

「ったく、いつもそうだけど羞恥心無さ過ぎ。」そう言いつつ私に服を着せる岩下。胸の痕さえ見せなければ、別に見られても問題ないし、減るものでもない……いや、見せたら減ってしまうのだろうか? だから私は発育が遅いのか?

「男は狼なんだから簡単に脱いじゃだめだからね!」何が減るかを思案する私に向けて説教する岩下。その岩下に質問を投げかける北越。

「姫様いっつも裸ににゃっちゃうのかにゃ?」岩下はそれにあきれながら応じる。

「うん、暑いと下着まではわりと簡単に、そっからは鉄壁だけど」さらに前かがみになる風紀委員二人。岩下に釈明を加える私。

「最低限の布地は残していますので、法的には問題ないかと」その答えに即座に。

「大有り、法的にアウト。日本の法律なめんな。」手を振りながら言う岩下に素直に疑問を口にする猫少女。

「うにゃ? 下着姿はどんな罪かにゃ?」うむ、私も知りたい。

「公然わいせつ罪、このケースで大雑把にいうとスケベ心を芽生えさせたのでアウト」腕を組み片目をつぶり、ふん、と鼻息をだしつつ前かがみの男二人を見る保健委員。それにつられて私と北越もそちらを見る。

 なにやら、気まずそうにそっぽを向く筋肉質と細身。

「そういうことだからね。気をつけなさいよ?」こちらを向き諭す保健委員。法的にアウトならば仕方が無い、気をつけよう。

「そ、それじゃあ俺たちはもう学校にいくよ。本当にすまなかったな」筋肉質と細身はそういうと、そそくさと高校と大学に続く道へ行った。

「それじゃ、私たちもいこっか」岩下が私たちにそう呼びかけた。

「そうにゃ、そうするにゃ」それに答え私たちは歩き始める。私がこの道を歩くときは、常に一人なので、何ともなく軽やかな気分になる。

「そう言えば北越さん、一つ疑問があるのですが」せっかくの機会のなので、私は昨日から疑問に思っていることを質問する。

「にゃ?にゃにかにゃ?」猫少女は軽やかにこちらを振り向き、にこやかに応じる。

「人形姫とはなんですか?」単刀直入に聞く。固まる岩下。聞かれた北越は朗らかに答える。

「みんにゃいってるにゃ。人形姫様かわいいにゃって、姫様のあだにゃにゃ」なるほど、それは何時からの話なのだろうか? それは固まった岩下が知っていそうだが。

「それでにゃ。ひみぇ! むが! むがが!」突然、隣の保健委員がしゃべりすぎだ、と言わんばかりに猫少女の口をふさぐ。

「あはは、そ、そんなことよりさ。今日の放課後空いてる? さっきの風紀委員のことなんだけど」岩下が露骨に話題をそらそうとしてきた。しかし、風紀委員の話ならば聞かずにはいられない。

「あのさ、柊さんのこと知らない人結構いるんだよね~。そんで、最低でも風紀委員には柊さんのこと知らせとかないと、昨日みたいなことまた起きると思うんだよね~」大人しくなった猫少女を放しながら言った。確かにその通りだ。修道院を抜け道に利用されて迷惑しているのは、何も柏原だけではない。私もそこに住んでいるので勝手に入られては困る。柏原が風紀委員に発破をかけたのは、正解であると私も思う。

 しかし、だからといって、そこに住んでいる住人まで追い出すのは本末転倒だ。柏原にもう少し配慮があれば、このようなことをしなくて済んだのだが……

「そんで今日、風紀委員の会議があるから、柊さんも一緒に来てもらえれば、顔覚えてもらえるし、昨日みたいなことは起きなくなるはずなんだよね~」そう言うと岩下は一人でうんうん、と頷く。

「それなら大丈夫です。ただ十七時半以降には、用事があるので帰らせていただきます」恐らくは、そこまでかからないだろうが念のため言っておく。今日は食事会があるのでボランティア活動も、トレーニングもないから、それまでは自由時間だ。

「うし! これでオッケー! よし! 早速、連絡、連絡!」そういうと岩下は携帯端末を取り出し、なにやら操作するが、通話するそぶりはなかったので、メールとやらで連絡をつけたのだろう。まことに便利な代物であり、ほしいが柏原からは許可が出なかった。曰く連絡ならば、同居人に頼むか内線電話ですむから、とのことだ。

「お、返信きた。ありゃ? ミーティング、今からやるって。夕方じゃないんだ。どうする?」岩下は首をかしげながら、私のほうを向いてどうするか聞いてきた。まだ十分時間がある、私は承諾し風紀委員のミーティングに参加することにした。


……………………………


「なるほど、それは大変でしたね。とりあえず周知はしときます」やや手狭だが整理の行き届いている風紀委員会議室で、背の高い坊主頭の高校生がいう。彼は高校の風紀委員の委員長である。この学園の風紀委員は中学と高校の合同で委員がつくられている。

 大学の付属学校で殆どの生徒が高校に進級し、また通う場所もほぼ同じがゆえの特色だった。

「へ~、あそこに住んでんのババアばっかりかと思ったぜ。そりゃ無関係なヤツが入ったら院長も激怒するわな」やや茶髪気味の目の鋭い男が言う。彼も風紀委員だが、制服のシャツを今風にだらしなくズボンから出していて、とても高校の風紀委員には見えない。

「しっかし、カワイコちゃんたちだねぇ! どう、放課後遊ばない?」ついでに軟派でもあるらしい。

「シュウジ!! なにナンパしてんのよ!」怒れるのは昨日私を最初に捕縛したメガネをかけた中学の風紀委員だ。それに対してシュウジと呼ばれた人物は釈明を彼女にする。

「ワリィ、別にナンパじゃねえって!」頭をかきながら軟派な男は彼女をなだめる。そしてメガネの彼女は私のほうに振り向き。

「昨日はごめんなさいね。ほんとに中学生だったのね。」謝罪の言葉を口にする。それに対し私は、別に気にしてないといい。

「いつもはもっと早く門を出るので、会うことはないですから知らないのは仕方ありません」許しの言葉を口にした。それよりも気になるのは、いつも見ている夢の内容である。そのことに比べれば昨日のことなど些細なことに過ぎない。私の夢の世界はどこへ消えたのであろうか? 昨日も見たはずであるが……

「ん~、ゲンム更新されてるね~。ソックスちゃんが戻ってきた」場違いにのんきな声をだしているのは、ウチのクラスの保健委員、岩下である。携帯端末をしきりにいじり画面が変化するさまを楽しんでいる。

「お? お前もウルタール拠点にしてんの? そんでソックスどこに行ってたんだ?」茶髪が身を乗り出して内容を聞いている。どうやら同じゲームをしているようだ。

「さあ? 銀鍵の使い手がどうのとか、小さき未熟な魔術師とか言ってる」さらに携帯端末を操作し、詳細に情報を得ようとしているらしく、いつになく真剣な表情になっている岩下。

「ふうん、ヒアデスってところに遊びに行ってたみたい。私達もいけるのかな? 次回の拡張内容だと思うけど……う~ん、NPCの会話パターンがイマイチなんだよな~。」ポリポリと頭をかき、悩む保健委員に対し、茶髪の風紀委員は思案顔で。

「だよな~。作者はイベント的なこと考えてんだろうけど、毎日PCとPCの土地以外リセットはきついぜ。せめてNPCとの会話フラグは残してほしいよな」それに対し、坊主頭の風紀委員はゴホン、と咳払いをしつつこう言った。

「君も、シュウジもゲームはミーティングが終わってからにしてくれないかな?」そう言われて周囲を見る二人。周りの風紀委員から視線を浴び、あわてて携帯端末を仕舞う二人。

「さて、とりあえずこの問題に関しては、先生方にも言っておいたほうがいいかな? 一応、先生方も見張りに来るからね」風紀委員長は皆のほうに向き直り同意を求める

「でも今日ってどっかの大学の先生が講演来てんじゃん。対応で忙しい先生も居るから、明日まとめてでいいじゃん」茶髪で軟派な男がまともなことを言う。

「そうですね。ミスカトニック大学のシュリュズベリィ名誉教授の講演会です。」私が言うと、皆やや驚いた様子で私を見た。

「中学生は必須じゃないけど行くのかい? 勉強熱心だね」先ほどから黙っていた細身の風紀委員が私に向かっていう。

「はい、表題に惹かれまして」嘘だ。自分でもよくわからない。きっかけが思い出せない。だが目の前の彼はそれには気づかず感心したふうに言った。

「ふうん、やっぱり修道院で暮らしてても、他の宗教も勉強するんだね。僕も講演を聴きに行くんだよ」それを聞いて岩下が警戒をする。無理もない、私の腕に痣をつけたのは彼だ。

 不穏な空気を感じ取り、周囲に緊張が走る。しかし、風紀委員長は落ち着いた様子で岩下に言う。

「うん、岩下さんだったっけ? 彼が柊さんに謝罪して、僕らに柊さんのことを教えた。ほかに用件はないかい? 要望があれば聞くよ」それに岩下はないわ、と答えると風紀委員長は坊主頭を掻きながら。

「それならミーティングはこれで終わりだ、解散して修道院の各門に配置について」それに風紀委員たちは応じて立ち去っていく。残るのは私達三人と風紀委員長のみだ。彼は私を真っ直ぐ見ながら言った。

「色々言いたいことはあるだろうけれど、本当にすまなかった」岩下は不機嫌そうにそれに答えた。

「だからって暴力ふるっていいわけじゃないよ、アンタに言ってもしょうがないけどさ」彼女はそう言うと窓の外を見る。かなり奥の方に修道院の壁が見える。岩下は風紀委員長に向きなおり。

「そんじゃ、私達も戻るわ。じゃね」短く別れの言葉を告げ部屋から出る、私と北越もそれに続き礼と別れを告げ退出した。


……………………………


「そんじゃ、私達も戻るわ。じゃね」岩下さんがそういうと会議室から出て行く。私と姫様もそのあとを追い部屋から出る。地元の高校とはまったく違う、掃除の行き届いた割れたガラスの一枚もない校舎を出て、皆、足早に高校を出て中学校への道を歩く。

 裏門へ続く道は、緑の茂る並木で桜ではないのが残念だ。桜であれば今頃の季節なら美しい桜吹雪が見られたというのに、この学園は桜の木が一切植えられていないのが唯一の欠点といえよう。

 欠点がその程度なのだ。これは誇るべきことだろう。私の地元の高校では暴力沙汰など日常茶飯事だった。小学生だった私は親から絶対に高校生に近づくなと厳命され、事実その命令通りに危険な連中が多かった。だがこの学園は違う、先ほどの一件にしても、姫様に暴力を振るったのは柏原院長による理不尽とも言える、叱責があったからなのだ。昨日の岩下さんは昼に高校へ赴いて、姫様の腕に痣をつけた犯人を捜しに行ったそうだ。

 そして、放課後待ち伏せして問い詰めたのだ。なぜ私がそのことを知っているのかというと、私も放課後、彼女に説教を受けていたからだ。そのあとそのまま彼女についていき、風紀委員二人相手に説教をしたのだ。その剣幕足るや高校生相手に一歩も引かず、どちらが年上なのかわからなくなるほどだった。彼女を絶対に怒らせないようにしよう。

 実際に彼等の言い分もわかる。しっかり職務を果たしているところに、説教を食らえば、その元凶に八つ当たりしたくもなるだろう。

 柏原院長の説教は受けたことがないが、皆がそこまでいうなら相当酷いに違いない。怒らせてはいけない人物はこれで二人目だ。私がこれ以上、怒らせてはいけない人物が増えないことを願っていると、姫様から唐突に質問が来た。

「ところで質問なんですが、北越さんは何故語尾に、にゃ、がつくのですか?」そういって首をかしげるその仕草がかわいい。そしてその質問は私の根源的なものでもある。

「それはにゃ、個性だにゃ!! アイデンティティだにゃ!! うにゃにゃにゃにゃ!!」清々しく言い切り姫様に抱きついた。

「姫様かわいいにゃ!! その仕草にメロメロだにゃ!!」そうすると彼女は困惑しながら言った。

「ア、アイデンティティ? そ、そこまで重要なのですか?」そうなのだ、私という個人が個を保つために、必要なことなのだ。

 前にも話したが、私が進学するはずだった中学は、酷く厳しいところで全てががんじがらめの生活を送らなければならない。あのときはちょっとした好奇心で、通学路から逸れて噂の中学校を見ようとしただけだった。その時私は見たのだ、中学に通う先輩となるはずだったものたちを。

 それは生ける屍、目に生気は無くただ列を成して通う姿。彼等を見たときの恐怖は今でも覚えている。私には全ての生徒が、寸分狂わずまったく同じに見えたのだ。

 話し方、歩き方、服装、髪型、全部同じ。無論、今にして思えば錯覚以外の何物でもないが、そのときにはそう思えたのだ。

 そして、私もああなるのだ、と思った瞬間、自身の全てが消されてしまう感覚に陥ったのだ。その恐怖は言葉では言い表せない。私はその場から逃げるようにして走り去ったのを覚えている。そして家に逃げ帰って自分の部屋で震えた。ああなりたくないと思った。

 私は自由を欲した、だから自由に生きる生き物を真似ることにした。その結果が猫口調なのだ。猫は自由に生きている、それに少しでも近づきたいがための口調なのだ。

 そして私は将来を考えたのだ。あの学校に通い、卒業しその後何が残るかを考えた。だからこの学校に編入することを望んだのだ。私の自由意志で決めたのだ。

 だから、後悔は無い。むしろ最高の選択肢を選んだとさえ自負している。なにせ目の前にものすごくかわいい同級生が居て、遠慮無しに抱きついて頬ずりできるのだ。文句があろうはずが無い。

「むが、むががが」私が過去の回想をしていると、胸の中でもがく声が聞こえる、抱きしめていた彼女が、苦しそうなので反対に回して後ろから抱きしめることにする。

 私の腕を彼女の正面に回し抱きしめて持ち上げる。彼女はとても軽く持ち運びしやすかった。

「ふぁ~。ねむいや、ちょっと早起きしたからなぁ~」あくびをしながらつぶやく岩下さん。

「そうだにゃ、ちょっと眠いにゃ。ふにゃぁ~」私もつられてあくびする。ふと、その時猫の泣き声がした。

「北越さん? ……ではないですね、本物ですか」私に抱えられている姫様が言った。岩下さんも鳴き声のしたほうを見ると、歓喜の声を上げた。

「おお~! ソックスのそっくりさんだ!」その猫は体長は三十センチほど、四つの足と尻尾の先、さらに鼻から下と腹が白く他は全て黒かった。なるほど靴下を履いているように見えるからソックスなのか。

 じっ、とこちらを見る猫、警戒してるのかな? 私は姫様を降ろし猫に近づいた。

「にゃ~にゃ~。だいじょぶにゃよ。こわくないにゃ」そういいながら手を近づけるが、するり、と避けられてしまう。猫の興味は姫様にあったようで、姫様に近づき、クンクンと匂いをかいでいる。姫様が屈んで手を伸ばすと気持ちよさそうにゴロゴロと、のどを鳴らして目を細めた。

「おお~、柊さんになついてるね~。ソックスちゃん」岩下さんはそう言いながら、ソックスと呼んだ猫に近づいた。

「ほんとウルタールのソックスに似てるなぁ」ソックスと呼んだ猫を撫でながら言う。猫は今度はじっ、と岩下さんを凝視する。姫様が岩下さんに質問をした。

「岩下さん、ウルタールとはなんですか?」こころなしか、何かを考え込んでいるようにも見え、彼女の中でその単語に心当たりがあるのだろうか?

「ん、ネトゲでね、そういう町の名前があるんだよ。ほら、これ!」そういうと携帯端末を取り出して姫様に見せる。そこには如何にもRPGのような町並みがあり、目の前にいる猫そっくりなキャラと岩下さんのプレーヤーキャラが隣同士並んで表示されている。

「なるほど、ありがとうございます」姫様は興味を無くしたようで、再び猫に視線を戻した。

 しかし、注目された猫のほうが携帯端末に興味を示したようだ。にゃあ、にゃあと鳴きながらしきりに画面を見ようと岩下さんに登ろうとする。

「ちょ、ソックス?! そんなにゲームしたいの?!」岩下さんは困惑しながら画面を猫に見せる。

 ソックスは画面を見ると、次に姫様を見る。姫様が不思議に思い首をかしげると猫は再び携帯端末を見て、やがて飽きたのか私達に向かい、にゃあと声をかけると風のように走り去っていった。

「ふしぎな猫ちゃんだったね~、まさかほんとにソックスだった?」ありえないことを口にする岩下さん。しかし、すぐに否定する。

「いや、そうだったらこっちに居ないか」携帯画面を見ながらつぶやき、携帯端末をブレザーの内ポケットにしまう。

「猫の気持ちは猫にしかわかんにゃいにゃ」本当にそうだ。私たちは猫の去った方向をしばらく見ていた。

 そして、私たちは通学路を歩き始めた。



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