少女、焦る。
私はとある一軒家の前にいる。
その家は建売の住宅で同じようなデザインの住宅が
一軒家の二階窓を見る。
私が話したい人物が居る部屋だ。
まだ、夜は浅いが明かりは消えていた。
少し懐かしく思いながらつぶやく。
「みぃちゃん。信じられないにゃ、あんなことをしたにゃんて」
あいつらの言ったことは、本当だったのか。それが知りたい。
私の親友であった三角百合がいじめに加わっていたのが事実なのか、彼女から聞くまでは信じたくない。
私は彼女の部屋に飛んだ。
猫の跳躍は総てを超える。如何なる場所にも、我等は足を踏み入れることが出来る。猫の神秘たる力の一端である。
降り立ったその部屋はピンク色を基調とした内装の部屋で、昔に訪れた記憶のままであった。
だが、その部屋の主は不在だった。
においを嗅ぐ。部屋全体の匂いが薄い。
最近はこの部屋に誰も入っていないようだ。
それを実証するように勉強机には、うっすらと埃が溜まっていた。
きれい好きな彼女ではこんなことはありえない。
よくよく見ると、その机には違和感があった。
「んにゃ? 小物がないにゃ」
勉強机には何も無いのだ。
引き出しを漁っても、鉛筆、消しゴム、ノートなどの文具が見当たらず、教科書の類も見受けられない。
ベットも使用した形跡が無く、この部屋はしばらく使われていないようで、外から鍵もかかっていた。
「………………」
これはどういうことだろう?
そのときに私は気づいた、この家全体に灯りがともっていなかったことに。
人の気配が無い、まだ家族団らんの時間だろうに誰も居ない。どういうことだろうか?
ここで考えても埒があかない、場所を変えよう。
私は外に飛んだ。
……………………
はてさて、私は今、近場の公園にて悩んでいる。
外灯の上というのは明るすぎて目立つなぁと思いつつも、周囲を見張るのには好都合なので己の身をおいている。
むう、困った。においが薄くて辿る事が出来なかった。
これは最近、彼女は家に帰ってきていないということである。
行方知れずならば両親が騒ぎ、ニュースくらいにはなっているだろう。
家族全員で長期旅行も考えられるが、あいにくと彼女以外の人間のにおいは濃かったのでその線は薄い。
ここは学校に忍び込むという選択肢も視野に入れるか……
『アレ』はかなり変わった建物である。
なにせ敷地のほとんどが建物という代物なのだ。
楕円形の内側に何があるのかまでは知らないが、外側の窓には鉄網が張られていて、そこに通う生徒の様子もあいまって牢獄のような印象を持っていて苦手なのだ。
気分の問題だし、そこまで探し出さなくてもこまることはない。心残りではあるけれど……
公園に居てもしょうがない。
外灯から飛び降りて音も無く地面に降り立ち、そのまま公園の出口に向かう。
「どーも、こんばんは」
そこには岩下さんが居た。
制服姿ではなく、スポーティなダークブルーのスパッツにオレンジのTシャツを着て、傍らには競技用の自転車らしきものがあった。
「にゃ? どうしてここにいるにゃ?」
「携帯端末の位置情報アプリ、寮の子には皆入ってるよ。それの仲間に入れてもらったの」
岩下さんは自分の携帯端末を腰のポーチから取り出し、私の目の前でプラプラさせながら言った。
なるほど、画面には私と岩下さんの座標が重なって映し出されている。
携帯端末を持ってきてしまったのは、失敗だったようだ
「それで? どこ行こうとしてたの? 移動軌跡が目茶苦茶なんだけど」
「にゃ~友達の家にゃ。友達居なかったにゃ」
半眼でこちらをジト~という感じで見てる岩下さん。
「当たり前だよ。あの学校の生徒は今年から全寮制だもん。元から寮があったのを増築したんだよ」
いや、その前に当たり前とか言われても困る。
「にゃ?! 公立にゃのに?!」
「コーリツじゃなくてイチリツだよ~。でも随分厳しい学校だねぇ~。校則って言うより拘束って言ったほうがじゃないかな?」
チグハグな発音で、何が可笑しいのか笑ってる岩下さん。
「ここの教育委員会って派閥に分かれて真っ二つなんだよね。中学は超キビシくて高校は超ユルユルなんだよ」
ハバツ争いって大変だね~、コドモの事なんか何にも考えて無いよ、とさっきとは打って変わって不機嫌な顔になる岩下さん。
「そ、それでみぃちゃんはどこに居るにゃ?」
「ストップ!! こんなところで話してるとマズイ!! 場所、変えるよ!」
ついてきて、と言うが否や彼女は自転車に跨るとすごい勢いで走っていった。
「ちょ!? 待つにゃ~!!」
私は必死になって後をついて行く。
私は住宅を飛び越えたり、電線を渡ったりしながら彼女を追いかけているが、岩下さんは案内する気がまったくないのか平然と自転車で夜の住宅街を進んでいった。
普段のダラダラした態度とは違い、動きに恐ろしいほど無駄が無かった。
勘も鋭く、巡回者らしき教師たちを巧みに回避して移動していた。
その様は上からの俯瞰だとゲームの上級者プレイのようである。
猫の神秘の力が無ければ、引き離されてしまうほど彼女は早かった。
彼女は本当に人間なのだろうか?
やがて一つの建物に到着した。
化学薬品の臭いがまだ完全に抜け切れていない、新築の寮のようであった。
「灯台下暗しってやつかな。お金をケチるから最低限のセキュリティしかないのよ。街中の巡回やら就寝前点呼は馬鹿みたいにやってるのにね」
笑っちゃうね、と彼女は言う。
「どうやってそんな情報を知ったのにゃ? お前は探偵かにゃ?」
「ふふふ、人の口に戸は立てられないのよ。知り合いを辿れば誰にだって到達できるもの。その気になればアメリカの大統領でもアポが取れるんじゃない?」
なるほど、まさに探偵と言って差し支えない彼女の行動に感心する。
「さて、どこから話そうかな? まずここは市立中学の新寮なんだよ。ちなみに全寮制ね。市内の人に限ってお金が払えない人は市が持つみたいだね」
「興味が無いにゃ。それよりみぃちゃん……三角百合がどこにいるが知ってるかにゃ?」
「まあまあ、話は最後まで聞いてよ。この寮はね一部屋八人で生活するんだって。びっくりでしょ!」
確かにびっくりだ、普通多くても四人程度だろう。ウチの寮だと一人一部屋という破格の待遇で、驚いたのだけれど。
まあ、どちらも一般的ではないという点では共通している。
「それで外出は許可制なの。休日も出るのは厳しいんだ」
なるほど、話を総合すると彼女と会話するチャンスはほとんど無いということか。
「にゃ~……困ったにゃ、話すのは難しそうだにゃ」
腕組して悩んでいると、岩下さんがこう言ってきた。
「一端、体勢を立て直したほうがいいよ。やり方としては電話でアポとって会……」
途中まで話して彼女はポカンとした表情で私の後ろを見ている。
振り向くとそこには、あろうことか私の最も会いたかった人物がいるではないか!!
「みぃちゃん……」
彼女に近づこうとしたが手でさえぎられる。
「話は一人だけ、別の場所で聞きます」
感情のこもっていないその声、友人に再会したというのに完全な無表情は、まったくの別人を思わせた。
「わ、わかったにゃ」
記憶にある彼女の態度と全く違うことに戸惑いを覚えながら同意する。
ちらりと岩下さんを見ると、まるでそれが当たり前のような顔をしている。
「明日の朝、七時に中等部の正門前で話きかせてね~」
そして当たり前のように事後報告を待つようだ。
自転車に跨り、岩下さんは軽い口調で別れの挨拶をする。
「じゃあ、あたしは帰るね。また明日~」
軽く手を振り彼女は颯爽と自転車に乗って帰っていった。
岩下さんが居なくなると、三角百合は機械のように無表情な声でこういった。
「こちらです。ついてきてください」
そういうと彼女はスタスタと歩き出した。
私はその後をついて行く。
路地裏へ入っていく。
不意打ちを警戒したが彼女のほか誰も居ないようだ。
住宅の隙間を縫う小道の真ん中あたりで彼女は振り返ってこういった。
「ここなら大丈夫でしょう」
そう言うと彼女は一呼吸置いてある言葉を口にした。
「テレポート」
浮揚感を感じて景色が移り変わった。
……………………
そこは寮ではあったが相違の異なる場所、夢の世界と呼ばれるものであった。
「ここなら話ができるよ。今日は誰も来ないから安心して」
振り返り憂いを帯びた表情でこちらを見るみぃちゃん。
「ごめんなさい」
「にゃ?」
一番に発せられた言葉は謝罪だった。
「貴女への嫌がらせ。私がやりました。ごめんなさい」
泣きそうな表情でそう告白した。
彼女が私に対して行った様々な嫌がらせを語った。
嫌がらせの理由は、やはり先生からの命令だったようだ。
だが、もう興味は無い。だからこう言った。
「もういいにゃ、終わった事だにゃ」
すると彼女は私に抱きついて泣いた。
もう一つ知りたい事がある。
「聞きたいことがあるにゃ。みぃちゃんはどうしてドリームランドへの門を開けるのにゃ?」
「それは……」
彼女は言い淀むんだが、私から離れ正面を向き語ってくれた。
「ゲーム世界を行き来できる方法を彼が見つけてくれたの。動物を殺すことによって魔力を得て魔法が使えるようになったの」
「じゃあ、私が会ったのは狩りの途中だったのかにゃ? 他に『魔法』を使えるのは誰にゃ?」
私が問いかけると彼女は頷いた。
「あとで皆に聞いたの、とっても驚いたわ。彼から魔法を貰ったのはクラス皆よ」
そうか……彼らはやはり元クラスメイトだったのか……
「本当に犯人だったのかにゃ……」
みぃちゃんはうつむいてごめんなさい、と小さくつぶやいていた。
「しかも仲間を殺した犯人の一味だったにゃんて……」
「……え? 仲間?」
ゆるすことは出来ない。
「しょうがないにゃ、さよならだにゃぁ」
「へ?」
別れの言葉を口にし、彼女に近づく。
同胞を無残に殺めた罪は重い。それは死をもって償わせなければならない。
こいつは我らが同胞の敵であり、私一人の敵ではなく、猫たち総ての敵なのだ。
私は神秘の力で知恵ある猫達を召集した。
「にゃおおおおおおおおん!! にゃああああああ!!」
これで猫たちは追々やって来るだろう。
「え?」
私の猫語に素っ頓狂な間の抜けた声を出す彼女に、不意打ちを喰らわせた。
カプッ!!
「イダッ!? や、やめて!! い、痛いよ!!」
私は彼女を押し倒し、その肩に喰らいついた。
しかし、肩は骨ばっていて肉が少ない。
「いやっ!! やめて!! 痛いよ!! どうして!?」
逃れようと大暴れする彼女に対し私は一端肩から口を放し、腕を押さえ、柔らかそうな二の腕に噛み付きなおした。
そのまま、力を込めて食いちぎる。
血がドクドクと噛み千切った腕から流れ出る。
「あぎゃあああああああ!!」
うるさい悲鳴が聞こえる。
だがその食いちぎった肉は想像通り柔らかく、口の中にその旨みが広がる。
獲物を食う。初めての経験だったが、それは原始の始まりからの不変の法則であり、摂理である。
そしてそれは素晴らしいことで、同胞たちへの弔いでもあるのだ。
咀嚼するごとに旨味の増すそれは、今まで食べたどれよりも最高のご馳走だった
飲み込み、もう一度獲物に喰らいつく。
「ひぎゃあああ!!」
収まった悲鳴が再び響く。
それをBGMに血の滴る肉をかみ締めながら、次はどこに喰らい付こうか考える。
ほっそりとした白い腕は、柔らかく喰らい応えはあるのだがいかんせん量が少ない。
二口で骨が見えてしまっている、このまま食べてしまうと皆の分がなくなってしまいそうだ。
この二の腕は一品だ、皆にも味合わせてあげたいな。
ふうむ、そうなると次は太ももにしようか。
量もそこそこあるし、よく締まっていて噛み応えがありそうだ。
よし、そうしよう。
私は獲物の太ももに喰らい付くべく体勢を変えようとしたが……
「い、インパクト」
不意に聞き覚えのある科白とともに強烈な衝撃が体を駆け抜け、私を獲物から引き剥がした。
「んにゃっ?!」
勢いよくすっ飛び、何とか受身をとる。
「あがっ、はぁ……はぁ……」
「おい! 大丈夫か?! ッ!? こいつはヒデェ!!」
獲物に駆け寄ってきたのは、私を磔にした黒衣の元同級生だった。
「リジェネレイトヒール!」
そう叫ぶと、獲物の腕が再生した。骨まで見えていた噛み付き痕が跡形も無く消える。
こいつらの不可思議な術はこういったことも出来るのか。
増えた獲物とあの味が再び楽しめると思うと自然に笑みがこぼれる。
「にゃあああ」
笑みを浮かべたまま威嚇を込めて唸りながら、いつでも襲いかかれるように体勢を整える。
獲物が二つ、寄り添いながらこちらを警戒している。
「おい! 北越!! ミスミに何してんだよ!! お前は!!」
黒衣の獲物が言う。
「にゃあ? 獲物に喰らいついただけにゃ」
黒い方はちょいと痩せていて肉つきが良くないな、と思いながら私は油断せず短く答える。
柔らかい獲物のほうは恐怖からなのか顔は青ざめ、ビクリと大きく震えた。
うん、いい表情だ。そのまま喰らい付きたくなる。
舌なめずりをしながら、さらに言う。
「お前にも借りはあるにゃ。だから狩で返すにゃ」
この前は私が大怪我をしてたから、皆が危ない目にあったけど今度はそんな失敗はしない。
猫の仇敵を打ち滅ぼしてやる!
「あん時は見られちまったからな。ああするしかなかった」
冷静さを装い、黒い方が言う。
「お前も幻夢境の裏ユーザーだとは知らなかったんだよ。リストにも載ってなかったしな。あの猫達は何だ? あんな召喚知らないぞ?」
妙な単語が出た。だがもうそんなことは関係ない。
彼らが有罪であることがわかったのだから、彼ら全員をジワジワと食い殺さなければならない。
「にゃああああああ」
彼の言葉に耳を傾けずに再度、威嚇をしながら隙を窺う。
このまま時間稼ぎをして援軍を待つのもかまわないが、それでは面白くない。
それに不可思議な術のこともある。
使われる前に倒すのもひとつの手だ。
柔らかいほうは顔を青くして震えているだけのようだ。
今、脅威なのはどうにかこちらと交渉しようとしている黒衣の方だけだ。
私はすばやく黒い獲物に飛び掛った。
風よりすばやく、地を這うように駆ける!
眼前の獲物は反応が遅れているのか、呆けてピタリとも動いていない。
黒いガリガリな獲物の咽元に喰らいつき、そのまま押さえ込む。
ジタバタともがいているが、それにかまわず顎に力を込めた。
ピュシャ!
案外、首を切られても血は噴き出ないようだ。
「ガハッ……」
不可思議な術を警戒したが術はこない。
「……! …………!」
必死に何かを叫ぼうとしているが、ヒューヒューと息をするだけにとどまっていた。
どうやら術は声に出す必要があるようだ。
これはいいことを知った、皆に教えてやらねば。
しかし、今は目の前のやせた獲物をおとなしくさせることにしよう。
私はさらに力を込め、食いちぎる。
喉は柔らかかったが大部分を皮が占めていたので、噛み応えがあまりない。
「ゴポッ! ゴボ!」
黒い獲物の口から血があふれ出た。
ビクン、ビクンと全身が痙攣している。事切れたようだ。
では、この獲物は後で食べることにしよう、次は柔らかいご馳走のほうだ。
「あ……ひぁ……」
隣の柔らかいのが何かうめきながら失禁したようだ。
股間がぬれ、湯気が出ている。
私はゆっくりと油断無く、彼女に近づいた。
「ひゃめて……」
ろれつの回らぬご馳走の舌がうまそうに動いて見えたのが、もう我慢ならない。
ご馳走を組み伏せるが、それはほとんど抵抗しなかった。
「にゃああ、ごちそうがいっぱいにゃ。皆よろこぶにゃ」
そう言ったのと前後して声が聞こえてくる。
我が同胞達の声だ。
さあ、食事の時間だ。
「ひぃやあああ!」
私は叫ぶご馳走の咽元に喰らい付き、止めを刺した。
この食事が終わったら、次の獲物には元凶の『彼』について話してもらおう。
まだまだ、ご馳走はいっぱいあるのだ、あせらずゆっくりと事を進めよう。
……………………
起床した。
私は修道院の私室で心地よく目が覚めた。
そしていつもどおりにノートに出来事を記していく。
今日は特に魔術について記述が多い。
ウルタールの猫フェルナンデス、炎の神殿を侵食したものども、彼から発せられた言葉。
それら総てを書き留めていく。
ほぼ総て書き終えたところで鍵のあく音とともにドアが開く。
朝の挨拶とともに夢の話をする。
「ふむ、銀鍵の力というのは興味深いですね。応用が利くでしょうが本来は時空を超えるためのものです。無意識とはいえ使用に関しては十分注意するように」
彼女はさらにこういった。
「ですが問題はそこではありません。今、世間を騒がせている動物虐待の事件とそのゲームが関連している点です」
院長は深くため息をつき、話を続けた。
「ゲームのほうは別件で既に禁止を通達していますが、目覚めた生徒も要注意ですね」
「はい、吉原君の異常な行動もこれで説明がつきました」
柏原院長は私の頬に触れながら言う。
「金山先生の報告では逃げられたようで、昨日は家に帰っていないそうです。出会ったら知らせてください」
「はい、院長」
彼女は机を見て関心を示したので、夢のことを書いたいくつかのノートを見せると、満足そうにうなづきながら言った。
「ちゃんと記録してあるのですね。感心です」
しかし、と言葉を続ける。
「勉学もおろそかにしてはいけませんよ。身を守るものは魔術だけではないのですから」
「はい、院長」
確かに、正論である。
使える手札は多いに越したことはない。手札を自ら捨てるような愚かな真似はすまい。
むしろ手札を増やすことも考えるべきであろう。
健全な体には健全な魂が宿るとも言うし体も鍛えようか、楓も修道院にばかりに篭っていては運動不足になるし、彼女もさそうのもよいだろう。
すぐにではないが修道院の外壁を、運動部員に混じりながらランニングでもしてみようか。
そのことを柏原に言うとあまり良い顔をしなかった。
「今はやめておいたほうが良いでしょう。北越さんの事件の犯人がまだ捕まっていませんし、警察署のほうも物騒な事件が起きているようですからね」
結局、もう少し時間がたってからならば行っても良いという許可を得た。
予定もそれを考慮にいれて組むという。そうならば今は勉学に励むことにする。
柏原院長が去った後、私は中等部の宿題と予習を行う。
しばらくすると楓が朝の挨拶に来た。
「おはようございます。ねーさま」
最初のうちは寝ぼけ眼でこちらが起こしに言ったものだが、最近はきちんと起床できているようでなによりである。
「おはようございます」
挨拶を終え楓が去った後、教科書などを片付けシャワーを浴びるために階下に下りる。
そこでもまた楓に会った。
何が彼女をそうさせるのかわからないが、とにかく私と一緒にシャワーを浴びたいようだ。
見せられる体ではないので、丁寧にお断りをしていつものように帰っていただく。
その後も別段何かあったわけではなく、普段どおりに朝の祈りと朝食もを済ませて私は登校をする。
「いってらっしゃい。ねーさま」
挨拶を済ませると北門を抜け、中等部へ至る道を通る。
朝早く誰も居ないと思ったのだが、どうやら違ったらしい。
中等部校舎の校門で女子生徒二人が言い争いをしていた。
それはよく見ると、岩下と北越だった。
ひどく苛立っている岩下に困惑気味に応対している北越、どうやら岩下が説教をしているようだ。
やがて私が近づいてきたのに気がつき言い争いをやめて二人がこちらを向いた。
「おはよー柊さん」
「おはようだにゃ」
彼女はぎこちない挨拶に私に向かってした。
「おはようございます。お二人ともお早いですね」
その挨拶に二人はしどろもどろになって答えた。
「あ、ううん。な、なんでもないよ今日はたまたま早く来ただけなの」
「にゃ、にゃはは。偶然にゃ~」
またまた、ぎこちなく返答する二人。
二人はそのままそそくさと校舎へと入っていった。
私も教室へ向かったが二人は居ない、どうやら別の場所で話の続きでもしているのだろう。
私は教科書とノートを広げ、予習をすることにした。
すると金山先生が入ってきた。
「おはよう、柊」
「おはようございます」
先生はいつに無く真剣な様子で事態の説明をした。
「吉原が逃げた。それだけならいいんだが、アイツは混乱して自分の婆さんに怪我をさせちまったんだ」
例の『魔法』を使ってな、と低い声で言い、さらにこう続けた。
「完全に他人が入り込んでいる。俺はこれから吉原を追う。しばらく俺の授業は他のヤツに任せることになるだろう」
懐からなにか細長い筒状のものを取り出しながら言う。
「もし、ヤツがお前に接触してきたらこいつを刺せ。使い捨ての注射アンプルだ皮膚に押し付けて、ここのボタンを押せば注射できる」
「中身は何ですか? 毒物ですか?」
さすがにそんなことは無いだろうが、毒薬であったら殺人の片棒を担ぐことになる。
「魔法の薬さ、深きものを人間の姿にする。魔術も常に進歩しているのさ」
つまり深きものに変化した、吉原モドキが私に接触する可能性があるということか……
「念のためだ。あと、北越にも注意しろ。ヤツも魔術の使い手だ」
驚いた。いつもにゃあにゃあ鳴いている北越も魔術師だったとは。
「混沌魔術らしいが、本人が解ってないみたいだ。猫の神の加護とか言ってるらしい」
危険はなさそうだが、注意すべきではあるようだ。
「ま、どうにかなるだろ。じゃな」
短く別れの言葉を告げると、教室から静かに出て行った。
入れ替わりに生徒が入ってきて、挨拶をする。
私も挨拶を返した。
予鈴までは大分時間がある。私は予習を再開した。
……………………
全ての授業も終わり、修道院へ帰る道を歩いている。
件の猫女、北越葉子を注意して見ていたが特段おかしなところは無かった。
ただ、授業の合間にまどろむことが多いのと、昼食を摂らず昼寝していたのが少し気になった程度だ。
それよりも岩下が北越に付きまとっていたのを不思議に思った。どうやら朝の喧嘩の続きなのだろうが、始終北越が困惑していたのが印象に残った。
吉原モドキは現れなかったが、どこで何をしているのだろうか?
まあ、不幸な彼は入れ替わった相手が悪かったと諦めてもらうしかないだろう。
今頃、金山先生が追っている頃だ。捕まっても悪いようにはされないだろう。
何にせよ、私の仕事はとりあえず終わりだ。
次の命令が這い寄る混沌から来るか、柏原院長から来るか、あるいは淵田学園長から来ない限りはいつもどおりの生活である。
今日の夕飯は何であろうか、今から楽しみだ。
そう思いながら岐路についていたが、事態は急変する。
修道院北門前に人だかりの山が出来ている。
普段なら学園の門番をしている警備員がこの場に来て、路上整理を行っている。
自動車用の通路を通り救急車が門の前に止められていた。
顔見知りの警備員に事情を聞くと、どうやら日射病か何かで倒れたらしい。
運び出されている生徒は、先々週あたりに私を捕縛した風紀委員の女子生徒だった。
金髪の風紀委員が今にも泣き出しそうな表情で、彼女の名を呼びながら彼女に寄り添い、救急車に同乗していた。
嫌な予感がする。
……………………
楓がどこにも居ない。
方々を探し回ったが、見つけられなかった。
ここに来てからの彼女の行動範囲は狭い。
商店街と近場の教会、修道院以外に行く場所は無い。例外は中等部校舎ぐらいなものであり、実家にも帰っては居なかった。
柏原院長は家族と、学園長は警察の上層部と話をしている。
病院からの報告だと例の風紀委員は、誰かに後ろから殴打され気絶したというのだ。
さらに楓がその場に居て、今もなお行方不明なのだ。
誘拐としか言いようが無い。
連絡を聞きつけた楓の叔父は、目に隈を作っていた。
どうも例の事件は混乱の最中にあるらしい。
関係者や証拠が次々と隠滅され八方塞りだという、捜査はまだ県警が行っているが、じきに警視庁に管轄が移るという。
その隣にいたこの前私の取調べをした刑事も警視庁所属だったようで、彼曰く、もう県警で手に負える事件ではないそうだ。
「外圧で切り開くしかない、内部はもう誰が敵かわからない。場合によっては公安も動くかもしれん」
沈痛な表情で言う刑事。
「まだ、例の傷害事件の手がかりすらないってのに……」
つぶやくその言葉には疲労の色が濃い。
妹を連れ去られた姉の気持ちというのはこういうものなのか。
私は居ても立っても居られない気分で、すぐにでも探しに行きたい。楓が無事でいるか、一刻も早く探し出したいと思った。
実行に移さなかったのは、目の前の楓の叔父がそれを察して釘を刺したからだ。
「私たちが探しますから」
だから下手に動いて、木乃伊取りが木乃伊になるのだけはやめてくれ。そう言われた。
必死な声に幾分冷静になった私は、うつむいて泣いていたように思う。
警察の幹部らしき男と話していた院長がこちらに近づいてきた。
「みやこさん、彼らを警備室に案内してあげてください」
「はい、わかりました。こちらです」
院長からの命令で、院長室の隣にある警備室に案内する。
修道院のセキュリティは外部とは独立していて、学園のセキュリティネットワークには一方的に送信のみで干渉は出来ないようになっている。
古めかしい外見の修道院の唯一、歪ともいえる設備だ。
そこには幾つものモニターがあり、修道院の外周をくまなく監視している。
センサー類の状態もここで一目でわかり、昼間は警報を切ってあるが侵入者はすぐにわかるようになっている。
最近、柏原院長が言っていた無断侵入者を見つけ出したのはこの設備だ。
もっとも監視カメラの映像に映る制服から、本学園の生徒複数であることが判明しているが、同様に顔が映っていなかったので、犯人はわからずじまいだった。
風紀委員が説教をされてしまったのは、彼らにとって不幸であった。
犯人を捕まえるつもりが、私を捕まえるという本末転倒な事態は院長にも責任の一端があるように思う。
不法侵入者対策に珍しく焦っていたのだろうが、私の存在を周知するのを忘れては困る。
だが、彼女の心配は的中した。
私は端末を操作して事件があったであろう時間帯を写す。
監視カメラの映像は別の画面に映り、刑事たちはそちらを注視する。
北門から出た楓はなぜか制服姿で、風紀委員の少女に呼び止められていた。
楓が身分証を提示すると今回はおとなしく引き下がったようで、携帯端末に付属しているカメラで楓を写したようだ。
おそらく、他の風紀委員に情報を回し、前回の二の舞にならぬようにしたのだろう。
その直後、修道院の監視カメラに黒ずくめの集団が映った。
彼らは風紀委員を後ろから殴り気絶させ、その音に振り返った楓の不意をつき同じく気絶させた。
そして楓だけを連れ去ったのだ。
明らかに誘拐されたとわかる。楓の叔父の表情が一気に硬くなる。
「顔は映ってないな……画像を鑑識に回しておいてくれ」
一緒に来た、警視庁の刑事が鑑識官と思われる人物に指示を出した。
すると彼らが装置から記録情報を複写し、丁寧に持ち込んだ装置を片付けた。
「すぐに尻尾切りされるかもしれんが、ようやく尻尾が掴めたってところか」
「…………」
古馬の叔父を方を見ると、怒りで顔が歪み執念の形相が浮かんでいた。
食入るように何度も、何度も見返しているが、相手の顔は一切映っていない。
「他の監視カメラの映像は見られるか?」
「修道院の周囲でしたら見ることが出来ますが……」
黒づくめ達は校舎の方に向かっていったので、ここの管轄外である。
ここからは監視カメラは校舎の所まで行かないと存在しない、その旨を伝えると彼らは残念がり他のカメラの制御管轄を聞いてきた。
「それらのセキュリティには詳しくありませんので、学園長に聞いてください」
「そうか、ありがとう」
短く礼を言うと、学園長の方へ向かって行った。
話し合いが行われ、双方納得したようで刑事がこちらに来た。
「ここの監視カメラの映像データを貰う了解を得たんで、すまないがもらえないかな?」
「はい、マスターデータをお渡しします」
刑事はしばらく悩んでから、ゆっくりとため息を吐くように言って来た。
「いや、複写をくれ。内部も信用できないんでな」
そう言うと鑑識官に命じて、複写の手配をする。
私は渡された書類に署名し、手続き上必要だそうで証拠写真を撮っていた。
「よし、署にもどろう。協力感謝します。ありがとうございました」
礼を言い彼らは警察署へ戻っていった。
彼らを見送った。
この件に関して私は無力である。
魔術を行使して探すという手段も無くは無いが、確実性にかける上、動揺した私の精神状態では失敗の可能性が高い。
彼らを信頼するより他無いのだ。
……………………
「どうだ? 何かわかったか?」
俺は新しく来た鑑識官に進展がないか聞いた。
「全然っす、わかったのは背丈くらいっすね。フード付コートってだけじゃなくてマスクもしてるってのは、用心深いっすね」
「そうだな。だが、ここまでする意味がわからんな」
「警察関係にうらみがあるとかっすかね? あるいはすごい陰謀だったりして」
おどけた風に言う新人。
いかんせん言葉遣いが悪いが、その分有能ではある。
「まあ、それは冗談としても素人じゃなさげですね。カメラの位置を計算してるのか、偶然なのかしらないっすけどカメラを避けてるみたいですし」
ひとつの画像を拡大させる。
「マスクしてるのが判ったのだって、ホンのちょっと顎が映ってたのが解析出来たからっす。結構大変でしたよ」
さらにコンソールをいじり画面に映る背景の大きさから身長などを割り出す。
「ま、背丈から中学生から高校生くらいだとは思うっすけど、あんま当てになんないっすね。最近の子は成長早いっすから。あと、使用した武器っすけどマニアックっすね」
古馬楓の後頭部を殴りつけた武器を拡大する。
「袋に重しを入れて振り回しているのか?」
「そうっす。ブラックジャックっていうんですけどね、これ。ちょいと捜査記録引き継いだときに面白いことがわかりましたよ」
にぃっといたずらっ子のような笑顔を見せる。
「なんだ、早く言え」
少しイラつきながら言ったが、ヤツは意に介さなかった。
「なんと! 北越葉子の証言にも同じ武器があるんですよ!! しかも、証言にあった服装も一緒っす!!」
ドヤ顔で言ったそいつに俺は拳骨を振り下ろした。
ゴッ!!
「イタッ!! なにするんすっか?!」
「そいつは証拠にならねぇだろうが!!」
くだらないことを言うな。俺はゆっくりとした口調で目の前の馬鹿に言う。
「あのな。その証言はあいまい過ぎなんだよ。そんで、容疑者と思しき人物には完璧なアリバイがある。彼女の妄言でしかないんだよ。医者も幻覚を見ていたって所見を出してる。それに、そのブラックジャックってのは袋に石つめりゃ同じもんが出来るだろうが! お手軽暗器じゃねぇか!」
「でもぉ……」
涙目で頭をさすりながらまだ反論しようとするが、そいつは別の声にさえぎられた。
「でもも、しかも、もありません。類似点は黒い服くらいですよ。もう少し要点を整理しましょう」
「古馬さん、事情聴取が終わったんですね。どうでした? 彼女たちは」
古馬は首を振ってこう言った。
「全然だめですね。知らぬ存ぜぬです」
「だろうな。いじめの方もか?」
「ええ、そうです。全部知らないで押し通されました。これ以上の聴取は無理ですね。弁護士が厄介です」
「証拠品が盗まれて、鑑識がやられたのが痛いな」
人権、人権とうるさい弁護士のせいで盗聴器の入手経路もわからない上に、この状況で内部犯まで居るかもしれない、というのは厄介すぎる。
下手をすると公安部が動く可能性も非常に高い。
最悪『高度な政治的判断』で捜査が中止する場合もある。
「クソッ! 手がかりも何もねぇ! 聞き込みも無駄だった!」
そう、目撃者皆無なんだよな。
これだけやらかしたのに誰も見てないときたもんだ。
学園のセキュリティだと修道院の監視カメラにしか犯人は映ってない。
「あのぉ……ちょっといいっすか?」
「なんだ? 言ってみろ」
ボンクラ新人鑑識にイラついた調子で聞き返す。
「これ、動機ってなんなんすか? いじめの後始末にしちゃ規模大きくないっすか? つかフツー、盗聴器も記録にあるような馬鹿みたいな数、置きませんよ」
「実際見つかったんですから動機云々じゃないですよ」
古馬が反論するが意に介さず続ける新人鑑識。
「こんだけの数、盗聴拾う方だって大変っす。たぶん大半は機能しないっすよ、確実に混線するっす」
「無線LANとかいうのを使ったんじゃないですか?」
古馬の言葉に首を振って否定した。
「ネットワーク使うなら処理がまにあわないっす。絶対バレるっすからこれでもやっぱり全部は機能しないっすよ」
腕を組み、盗聴器に関する残された資料を見ながら彼は言った。
「用法としてはたぶん無線LANっすが、電波を弱くして混線しないようにして近くに受信機を置いたんだと思うっす。たぶん必要なときに本人が近づいて無線接続、盗聴してたんだと思うっすよ?」
なるほど、現実的だが疑問が残る。
「だが、最初に戻るが盗聴器の数が問題だぞ? 子供にそろえられる金額じゃない」
「それはたぶん子供は便乗しただけでしょう。何らかの方法で盗聴器の存在に気がついて利用しただけで、設置はたぶん関係がないんじゃないでしょうか?」
古馬が結論をまとめると入り口に人影があった。
「課長どうしました?」
刑事課の課長が神妙な顔で立っていた。
「おう、北越葉子暴行事件でアリバイ確認した生徒の学校、覚えてるか?」
「ええ、それがどうしました? 何があったんです?」
言葉を区切り、言いづらいようだが、古馬はそんなことお構いなしに急かし、課長はためらいながら口を開いた。
「実はそこの生徒が……昨日の夜から二人ほど行方不明なんだ」
「ありえねぇっすよ!」
バカが真っ先に口を開く、古馬と俺は開いた口がふさがらん。
「やっかいごと増えてないっすか? これ収拾つくんっすか?」
お前に同感だ。
だが空気読め、皆イラついてんだから。全員にらんでるぞ?
俺はこのちょっと抜けてそうな新人鑑識を見てそう思う。
俺……この事件終わったら休暇とるんだ……どっか風光明媚な旅館にでも行こう。




