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少女は至る、夢の国

「うにゃ~。つかれたにゃ~」

 ボフリと寮の広間にある、ややくたびれたソファの上に倒れこんだ。

「おつかれさま~。今日はすごかったね」

 寮友の一人が私に向かって声をかけてくる。

 観戦に来てた子たちだ。

「結局、どの部にも入らないってホント?」

「もったいないよ~。あれだけすごかったんだから、どの部でもエース間違いなしなのに」

 褒めちぎりながら部への勧誘をする友人たちに、けだるく返事をしてごまかした。

「にゃ~」

「あははは。ほんと猫みたい」

 笑いあう皆、私も微笑んだ。


 つけっぱなしのテレビは場面が切り替わりニュース番組を映している。

 各地の小動物の惨殺事件に特集を組んで放送していて、寮生たちは痛ましいといった表情で視ている。

「これ、模倣犯ばっかりじゃないの? こうやってテレビで大々的にやるから増えてるのかもよ?」

「ひどいよね。なんでこんなこと出来るのかな?」

 ソファに寝そべりテレビのほうを見やる。

 凶器の解説をしたり顔でコメンテーターがしている。

 まるで自分が使って使用感がわかっているのか、異様に詳しく演技めいた声色でさも恐ろしいもののように語っていた。

 もう一方の司会は心の闇がどうのとか、ゆとり教育がどうのとか、人のつながりが希薄な現代社会がどうのとか、とにかくこの世界のあらゆるものが憎いかのように、全てにむかって罵倒をしているようだった。

 いや、実際罵倒していた。そして最後は現政権に対して、まるで彼らが犯人であるかのように罵るのだった。

 クッションに顔半分うずもれ、テレビをにらみつけている片目が怒りに満ちる。

 同胞たる猫を殺められ、さらには政党に所属している母たちのことを犯人扱いし罵られて、怒りを抑えろというのが無理な話だ。

 そして次のニュースに移り変わった。

 この近くの市立中学の校長と教頭が自殺したらしい。

 この学校には盗聴器が仕掛けられていたらしく、それを苦にして自殺したのではないかといわれている。

 そして、それに乗じて鑑識官が一名殺害され、証拠品が盗まれているということで、大事件となっている。

 状況も事細かに報道され、鑑識官の持っていた携帯端末の情報まで消失しているとの事だった。

 コメンテーターは先ほどとはうって変わって、死人に鞭打つようなことを言う。

 自殺は自業自得のようなことであると言い、殺害された鑑識官に対しても同様で、警察内部の腐敗と決め付けているようだった。

 まだ何も判ってなどいないのに、まるで決定したかのように内部犯の犯行であると仄めかす様に報じている。

 狡猾な物言いで、決して断言はせず、誤認させるような言い方であった。

「物騒だねえ。葉子ちゃんの犯人も見つかってないのに、次から次へと事件が起きて」

「こわいねぇ」

 やはり近場で立て続けに不穏な事件が起き、皆不安になっているようだ。

 私は皆に気づかれないように音も気配も無くその場を去り、私室に戻る。


 夜の帳はすでに落ちているが、まだ浅い。

 部屋の中は暗く明かりを一切つけていないが動くのには支障が無い。

 私は私室の窓から身を乗り出し、隣の木々に音も無く飛び移った。

 そのまま、林を抜けて学園の外壁の上に立つ。

 飛び移れるビルを探してあたりを見回し、ちょうど良いビルを見つけほくそ笑む。


 タッ!


 一足飛びでビルへの跳躍は誰にも見られることなく成功した。

 ビルの屋上で街を見渡す。

 学園の方も見た。

 あらためて見る学園は、やはり広大で、歪な円の中心にある修道院を軸に放射状に道が広がっているのが、等間隔に灯っている街路灯で見て取れた。

 さらに超常的な感覚で見る修道院は、強固な結界の張られた城塞といっても過言ではない代物だった。

 霊的な障害は決して到達できぬ神秘の領域、さらに機械的なセキュリティも完備されているし、近づくだけならまだしも中に入れば瞬く間に見つかるだろう。

 他にも図書館や大学の研究室らしき幾多の部分に同じような結界が張られていた。

 ここは普通の学園ではなく、魔術要塞であったのだ。

 そんなことより深刻な問題に気づき、独り言をつぶやいた。

「にゃあ、これじゃあ姫様の寝顔が見に行けないにゃ」

 あれを突破出来る者はそう多くはないだろう。少なくとも私には無理だ。

 しょんぼりとしてつぶやき、ため息をつくが学園に変化は見られない。

 まあ、逆に考えればそこらの有象無象が姫様に近づけないというとこなので、それはそれで安心である。

 そう思い気を取り直して、今度はビルの森を飛び移り、ある目的地へ向かう。

 途中では団地の公園で愛の逢瀬をしている命の恩人たちを見つけた。

 彼らはベンチに座り込み、手を重ね愛を語らっているようだ。

 お礼を言う隙は無い。

「にゃあ、馬に蹴られるのは勘弁にゃ」

 急ぎ足に私は音も無く飛んだ。

 また、ビルの谷間から路地裏を除くと、今度は担任の金山先生が誰かを追っているのか、すごい速さで駆け抜けていった。

「人は見かけによらないにゃ」

 そして、ひときわ高いビルの上に立ち、月の無い夜空に飛び込んで、夢の世界を通り抜け近道をする。

 とある住宅街に降り立った。

 ここからは路地裏を駆けることにする。

 猫のように塀の隙間を抜け、人の通らぬ場所を走るが、奇妙な点に思い至った。

 人では気づけない妙な忌避感がある。

 猫の力を身に宿さなければ、恐らく気がつかなかった感覚。

 不気味に這い廻る『何か』は街一帯に漂っているようだ。

 そしてもうひとつの違和感。

 私がこの地に居たときは、お手伝いさんにお願いして物を買ってもらっていたので不便はなかったが、この町には商店が無いのである。

 どんな街でもコンビニくらいはありそうなものなのに……

 最寄の商店は駅前だ、そして駅の裏は繁華街でありそちらは繁栄しているようだ。

 この街は繁華街の裏手にあるということか……よく知らなかった。

 そういえば駅裏には行ってはいけないと言われていたことを思い出す。

 好奇心に駆られ、本来の目的の前に駅に向かうことにする。


……………………


「にゃ~……これはにゃんとも……」

 駅裏の商業ビルの屋上から繁華街の様子を観察していたが、なんとも言えない気分になる。

 下品に輝くネオン看板に威勢のいい呼び込み、繁華街は風俗街であった。

 子共行かせたくないわけである。表側とはまったくの別世界だった。

 かつて己の住んでいた街の裏側を見ていると、そこには思わぬ人物が居た。小学校の時のかつての担任と幾人かの教師が、きらびやかな商業ビルのひとつに入っていったのである。

「あいつらは教師じゃにゃかったにゃ。とんだ助平どもにゃ。さしずめここは男共の夢の国って所かにゃ?」

 男の本性を見てうんざりとしながら、本来の目的を思い出し住宅街に戻ろうと風俗街に背をそむけると、そこには見覚えの無い女がいた。

「こんばんは」

「にゃ。こんばんにゃ」

 年のころなら十四、五で、お下げ髪の先を風で揺らしながらこちらを睨みつけている。

 紺色のセーラー服を身にまとい、特筆すべき点の二つのうち一つは巨乳であるが、それ以外に印象は薄い女。

 逆にその印象の薄さが警戒に値する。

 だが、相手に事を構える気はないようで、両手を前に出してこちらに話しかけてくる。

「あんたをどうこうする気は無いわよ。警戒しないで頂戴、探し物してたら変な反応を見つけただけだから」

「……私のにゃまえ(名前)は北越葉子にゃ。お前はにゃにもの(何者)にゃ? 姫様……柊さんに蜘蛛の魔術をかけたのはお前かにゃ?」

 少しためらいがちに彼女は名乗った。

「淵田光……あんたのとこの学園長の姪よ。なんであの子に魔術をかけたって思うの?」

 彼女は私が何者なのか見定めているようだ。

「お前を覆う蜘蛛の巣は、姫様にもまとわりついていたにゃ。知恵ある猫の目は、この世あらざるものを見通すにゃ」

 そう、もうひとつの特筆すべき特徴は、蜘蛛の巣の呪力がその体にまとわりついていることだった。

「……あんた、身も心も猫になるつもり? そんな邪法、どこで知ったのよ?」

 彼女の態度が少し硬くなった。苦々しい顔で私をにらみつける。

 私が悪いことをして力を得たと思っているようだ。

「バテスト神様に助けられたにゃ。ウルタールの猫たちの守護者にゃ」

 私は弁明のために女神様と会った経緯とその後の顛末を語った。

 すると彼女は何か思案をするように目を閉じ考えこみながら、ため息まじりに言った。

「猫憑き……なのかな? 叔父貴に聞いてみないと」

「私のことはもういいにゃ。今度はお前の番にゃ」

 私の言葉に彼女はジト目でこっちを見ながら言う。

「私達が調べてるのは、とある本の在り処についてよ。結構危険な混沌魔術の魔道書なんだけど、一般人には何の価値も無いものなの」

 そういいながら駅のほうを見る。

 駅から大量に降りてくる人々が見えた。

「混沌魔術?」

「そう、いろんな魔術のいいとこ取りやら、ツギハギして使う魔術。近代魔術のひとつよ。あんたのそれも混沌魔術でしょ?」

 何かを勘違いしているが答えなかった。

 降りた人々が繁華街へ消えていく様を二人で眺めた。

「当初の予定では買取るつもりだったんだけど、相手に存在自体を否定されたわ。本を処分したって言うけどそれは嘘、魔道書の魔力が健在なの。合法手段だと、これ以上は探れなくてね。困ってるところよ」

 こちらを振り返り、再度問いかけてきた。

「それであんたは何しに此処に来たの? 好奇心だけじゃないわよね?」

「友達に聞きたいことがあったのにゃ」

「友達?」

 聞き返してきたが、時間もなくなってきたので短く挨拶をして、その場を去る。

「友達は友達にゃ。じゃ、さよならにゃ。時間がないにゃ」


 タンッ!


 残った足音はそれだけで、私は再び静かな住宅街に向かった。

「あっ! こら! 待ちなさい!! まだ話は終わってないわよ!!」

 後ろから声が聞こえてくるが気にしない。

 どうせついてこれないのだから。


……………………


 どうやらいつの間にか眠り込んだようだ。

 浅き眠りの七十階段らしきものが目の前にある。ある種の感覚が『それ』が夢の国への階段であると認識させていたが、その違和感はぬぐえない。

 今まではこのようなことは無かった。常に階段は石畳で、塵ひとつ無く、私のほかに何者も足を踏み入れぬ場所であったはずだ。

 だが今目の前にあるものは、鉄骨と縞鋼板で出来た作業用の通路のようなものであった。

 何が起きているのかはまったくわからないが、何者かが呼び起こした変化であろう事だけはわかる。

 銀の鍵は夢の世界へ渡るのに使用しているので使えない。

 私は、やや不安になりながらも意を決して階段を降り始めた。


 カーン、カーン、カーン


 ローファーが階段をたたく金属音のみが響き渡る。

 半月前から着始めた私立セントホリィ学園中等部の制服に身を包み歩く様は、通学途中のような気分になった。

 初等部の制服を着ていても違和感の無い四フィートの背丈と歩幅で降る階段は、下がるにつれて微かにに泥で汚れていた。

 足を止め、身を屈めて段を仔細に調べる。

 縞鋼板についたその泥は足跡の形で、複数の足跡が読み取れ、まだ乾いては居なかった。

 泥が少なく靴の種別は判別できなかったが、それほど大きな足跡ではなかった。少なくとも大人ではなく、また私の足よりも大きく、恐らくは同年代であると推察する。

 また、下がるほどに泥の量は多くなるようで、足跡も複数になるようだった。

 この先に何者かが居る、それは間違いないだろう。

 そしてこの変化の元凶である可能性が非常に高い。

 戦いに備え、いくつかの呪物を階段に並べた。

 まさか、移動中に遭遇するという事態は想定外であるため、チクタクマンから授かった呪物で対抗するしかない。

 真鍮と鉄で出来た指輪と真鍮製の壷、いくつかの羊皮紙を取り出した。

 準備をしていると後ろから声をかけられた。


「魔術闘争でも始めるつもりか? 小さき魔術師よ?」


 振り返るとそこには鉢割れの黒猫が居た。

 見覚えのある猫だ。

「油断できぬ相手です。一度は捕らえそこないました」

 吉原モドキの態度を見る限り交渉は不可能だろう、金山先生が追い詰めているはずだが、結果は明日にならないとわからない。

「……次は捕らえるつもりはない、と? 顔の傷と関係があるならばさもありなん」

 彼は、かすかに痕跡が残るのみの顔を見ながら深いため息をつき、女とは恐ろしいとつぶやいていた。

 何かの勘違いがあるようだが、あながち間違いでもないので否定はしない。

「猫殿よ、この現象に心当たりは?」

「我が名はフェルナンデスという。これは世界が侵食されたのだ。小さき魔術師よ」

 鉢割れの猫、フェルナンデスが私の後ろから言う。

「これは予想外だった。我らが女神も彼奴らの目的を測りかねたが、これは無謀であると断じるしかない」

「無謀ですか?」

「うむ、無謀だ。幻夢境を統べるものは二柱の神である。一柱は汝が師事する千の無貌、もう一柱は大帝ノーデンス。どちらも一筋縄ではいかぬ神だ。彼奴らの領域を侵食して無事に済むわけが無い」

 確かにその二柱を相手に戦うなど正気の沙汰ではない。

「だからといって、大小二つの鍵を扱うまでのことは無いがな。この様子だと支配も弱い、せいぜい四大呪具を振りかざす程度で事足りよう。彼奴らはおそらく混沌魔術のさらに外道。彼奴らならば汝の神聖なる祈りでさえ貫くことは出来ぬであろう」

「四大呪具は扱えません。銀鍵の魔術を少々と師より学んだ古の魔術をいくつかです」

 片手で数えるほどしか扱えないので、列挙するのも簡単であった。

 銀鍵を利用した召喚術と退散術。

 銀鍵を扱わない、守護術と召喚術、退散術で、これはエジプトのファラオの一人、ネフレン=カが神託を得てあみ出し、他のファラオを介し古代イスラエルの王に伝わり、のちに秘術と称されたものである。

「ふむ、古の魔術のみか……彼奴らとは対照的であるな」

 混沌魔術、字面からなら這い寄る混沌に近しいように思われるが、かの神とは無縁であるそうだ。

 新時代を築いた近代魔術師が作り上げた概念だそうた。

 さまざまな信仰、思想、伝統の海賊行為に扱う魔術ごとに矛盾すらも飲み込み行使する。

 フェルナンデスは、ならばと静かに区切ったあとこう言って来た。

「ふうむ、このような魔術はいかがかな? 戦うだけが能ではあるまいて」

 そういって目を細めながらこちらを見た。

 私は彼の指示に従い準備を続けた。


……………………


 カーン、カーン、カーン


 ローファーが階段を鳴らす音が響き続けている。

 こちらは既に臨戦態勢である。

 大きな鍵による惑星の呪符により霊的守護を高めている。いかなる呪詛も退けることが出来よう。

 小さな鍵による七十二の悪魔を使役することにより相手を呪的攻撃する準備も万端である。

 己の体質を利用し、最小限の労力で最大限の効力を発揮する防御と反撃の手段は、あくまで保険である。

 フェルナンデスは隠匿の魔術を使い完全に存在を隠した。何があっても現れず、交渉が終わるか、決裂した場合は速やかに退散するという。

 こちらも中々に用心深い。だが、猫との接点を隠さねばならないの仕方が無い。


 カーン、カーン……


 階段は終わり、炎の洞窟と神殿が見えた。

 番人たる神官の二人が死亡し、無人となった神殿は前回の時とはまったく別物であった。

 鉄骨が組み合わされ、まるで建設途中のビルめいた風貌で、神聖な神殿の面影を一切残しては居なかった。

 その冒涜的建造物の前に幾人かがたむろしていた。

 彼我の差はおおよそ六ヤードといったところで、こちらは階段の出口に立っている。

 彼らは年のころなら予想したとおり中学生くらいで背丈は五フィート前後、その服装は点でばらばらだった。

 学校の制服らしき者も居れば、私服のものも居る。

 皆、意外という表情をしてこちらを見ている。

 そのうちの一人がこちらに話しかけてきた。

「……なんだよ、お前は。ソロか? どうやってこのポイントにログインしてきたんだ?」

 警戒さえしていないようだ。どうやら同類と思われているようだ。

 吉原モドキとはまったく違う対応であるが、術が効いていると見てよいだろう。

 その場の星気体世界(アストラルサイド)に呼びかけ精神を支配する魔術。

 交渉を少し有利にする程度ではあるが、それで十分である。

 魔術的闘争はそれだけ反動も大きい、必要の無い消費は避けるべきだというのはフェルナンデスの談である。


「…………」

 しかし、彼らは一体何者なのだろうか?

 場は沈黙が支配した。まさか警戒されているのか? 術は失敗か?

「あーっ! その制服! セントホリィの子でしょ?! 初等部の子かな?」

 集団の中の一人が素っ頓狂に声を上げる。新緑色の珍しいセーラー服を着ていた。

「え? マジ?! 有名校じゃん!!」

「へえ、進学校の子にも裏ユーザーが居るんだ」

「あの制服、白地に目立たないように同じ色で刺繍がしてあるんだよ。たぶんこの子は中等部だよ」

「あ、ホントだ。よく見たら刺繍してある。凝ってるなぁ。てか何でお前はそんなに詳しいんだ?」

「あそこは初等部がすごい地味で中等部から制服が段違いに可愛くなるんだよ。女の子にはかなり人気があるんだよ」


 口々に驚きの声を上げる彼ら。その中に気になる単語がひとつ含まれていた。

 『裏ユーザー』、吉原モドキの口にした言葉である。

 どうやら『幻夢境』のゲームプレイヤーを指し示す用語ではあるようで、混沌魔術を使うものたちのようだ。

 私は警戒を緩めず、彼らに声をかけた。

「こんばんは。はじめまして、私は柊みやこといいます」

 私が挨拶をしたとたん、シンと静まりかえった。

「どうしました?」

「いや……普通はハンドルネームを使うだろ?」

 何を言っているのかわからない。

「こういったことは、何分初めてなもので。ハンドルネームとは、偽名ということでよろしいのでしょうか?」

「偽名って……ストレートだね」

 新緑色の制服の少女は言う。

「初めてって、チクタクマンからレクチャーを受けてないのかい?」

 灰色のトレーナーとデニム生地らしきズボンをはいた少年がこちらに問いかけてくる。

 いきなりチクタクマンとう単語を聞いたのは驚いた、早くも本懐に飛び込めるのではと思い、はやる気持ちを抑えてゆっくりとした口調で聞き返した。

「どういうことです? チクタクマンとは誰ですか?」

 再び沈黙。

「もしかして、何も知らない?」

 しばらくしてのち、つぶやかれた言葉である。

「この世界、えーっと幻夢境(ドリームランド)はどのくらい知ってるの?」

 今度はピンク色のフリル付スカートと同じくフリルのあしらわれた同色のブラウスを着た少女聞いてきた。

 その口調には戸惑いの色がありありと見える。


「知っているのは、アールピージーというものが生物を殺害してレベルとやらを上げる、ということ程度です。幻夢境がそうであるということも知っています。こういったテレビゲームというものは使用したことがありませんので、あっているかどうかはわかりませんが」

 丁寧に答えると、全員がなにやら思案している。

 楓からわかりにくいと指摘されたので自分なりに簡略化してみたのだが、通じただろうか?

「間違っては無いなぁ……間違っては。いやレベル制のゲームじゃないけどな」

「イマドキ貴重な子だよね……ゲームまったくしないって」

「きっとお嬢様って感じなんだよ。みやたんは」

 最初の話した彼はためらいがちにこう言ってきた。

「どうやってここに来たんだ? ゲーム世界に入り込むには、あのアプリを使わないと、だめなはずだろ?」

 敵に手の内を知られるのは、あまり良くないのだが嘘をつくわけには行かない。

「銀鍵の魔術を用いてドリームランドに入り込みました」

「銀鍵? アプリじゃなくて?」 


 これを皮切りに、さまざまな質問が飛び交うこととなった。

 彼らは好奇心を刺激されたのか、興奮気味に質問を投げかけ、静かな口調で私が答えを告げるのを待つという事態になった。

 銀の鍵の魔術、夢の世界について、ほんの片鱗ではあったが彼らに教えた。

 かのゲームの起動アプリの待ち受けはまさに魔術であったということが、彼らには今更ながらの驚きであり、また、この世界には様々な魔術があることに驚きを隠さなかった。

「みやたんは本物の魔法使いなの?!」

「つか、この世界は夢の世界って、ちょっと頭こんがらかってきた」

「うはー! すげえ! まだ世界には秘密があんのかよ!!」

 万事このような様子で、少々話しにくいが通じないわけでもなく、邪な考えはあまり持っていないようだ。

 だが彼らには言わなかった、蕃神の蠢くこの世界の真実を。知らぬほうがいい、知れば今も正気であるか定かではないが、正気ではいられまい。


 ある程度興奮が収まった後、私は彼らに聞くことにした。

「あなた方はどうしてここに?」

「表の掲示板でこの場所のことが書いてあったんだ。なんだかテイマーの子が友達と見つけたらしいんだ」

 彼らは気前よく教えてくれた。だが少々論点がずれている。

「質問の仕方を間違えました。ゲームからどのようにして魔法を得ることになったのですか?」

「ああ、そういうこと。それなら簡単だよ! ゲームをしてたらチクタクマンからお呼びがかかったのさ!」


 彼らは饒舌に語ってくれた。

 偽チクタクマンにこう言われたという。

 曰く自身のゲーム世界にこちらの住人の魂が入り込んだので、救出してほしいとのことだ。

 ゲーム世界に入り込み、リスト通りにさまよっている人物を見つけ、保護する。

 見返りに現実世界でも使える魔法の提供を、携帯端末を通して行っているようだ。

「マジックポイントを消費するから、おおっぴらには使えないし、目立っちゃだめだって言われてるからね」

 だが、彼らのような善意の人間だけではなく、それを悪用するものも居るらしい。

 当然マジックポイントが足りなくなるために、残忍なことをするようだ。

 そのマジックポイントとやらを効率よく溜めるために、小動物を殺害し生贄にささげるとのことだ。

 彼らも出来るらしいが、カルマとやらが下がり色々不都合があるらしい。

 これも偽チクタクマンからレクチャーされたのだという。

 ゲームの構造にはあまり興味が無いので、それ以上は聞かなかったが、彼らも嫌悪していた。

「そんな邪道なやりかた良くないよ!!」

「他にも他人に成り代わるってのもあるんだ」

 聞きたい情報が出てきた。

「成り代わりとは?」

「うん、そのまま。他人の魂を吸収しちゃって、その人に代わるんだよ! 元のほうはどうなるか知らないけど……」

 どうやらそれが、ネックとなって成り代わりには消極的なようだ。

 まあ、彼らが現状にそれほど不満を抱いていない、というのもあるのだろうが。

 しかし、吉原モドキのカラクリが読めてきた、どうやら彼は吉原の魂を確保せずに成り代わったということなのだろう。

 ということは吉原が無事であるということでもある。

 とりあえず、善意のグループと悪意のグループらしきものがあるのはわかった。


 この炎の洞窟に関しては先のとおり『表』の掲示板に記載されていたということだ。

 好奇心に駆られ訪れると案外心地よくなったそうで。

「そんで拠点にちょうど良いと思って、ホームポイントにしたんだ」

「スキルも上がってパークもとったからね」

 これ以上は聞いても仕様が無いようだ。

 彼らに私の名を伏せるようにお願いすると、快く応じてくれた。

 時間が無いことを理由に別れを告げ、階段を上り始めた。

「さようなら~。また今度ね~」

 新緑の制服の少女が手を振る。

 それに応じ手を振り、得た情報を整理し始める。


 いろいろと情報を聞くことが出来た。

 おそらく彼らは隠れ蓑に過ぎず、偽チクタクマンの傀儡であるのだろう。

 そして、それは他にも数多く居る。

 彼が何をしているのかは知らないが、穏便に済ませようとする一方で大胆な手口も用意している。

 何を意味しているのはわからないが、這い寄る混沌と議論すべきだろう。


「これ、掲示板に書いとこうよ!! すげえよ!! マジスゲェ!!」

「うん、みやたんみたいな本物の魔法使いがいるなんてびっくりだよ!!」


 まだ、後ろからは元気な声が聞こえている。今、気がついたが『みやたん』とは私のことなのか?

 階段を上るたびに私の意識は薄れていき、目覚めの世界へと至っていく。


……………………


 ジリリリリ


 朝です。どうも楓です。

 修道院の朝は早いです。

 起きると同時に部屋から出ます。着替えが下の階にありますからね。

 え? 部屋には外から鍵がかかってるんじゃないかって?

 いえいえ、そんなことはありませんよ? 

 それはねーさまだけのようです。

 昔の家出騒ぎは大変だった見たいですね。でもちょっとやりすぎではないでしょうか?

 でも、ねーさまが居なくなったらすごい大変なので、鍵をかけてしまって置くぐらいがちょうどいいかも知れません。

 うーん、しまうだけではもったいないような気もします、ショーケースに入れて展示も……

 いやいや、盗まれたら困りますのでかっぱり保管一択かと…………


「古馬さん、おはようございます」


 ちょっと考え事をしていると後ろから朝の挨拶が聞こえました。院長先生です。

「おはようございます」

 まずは朝のご挨拶から、次に今日の予定を聞きます。

 なるほど、今日はお勉強の後はお掃除とお買い物ですか。

 あ、火曜日の特売はなんげしたっけ? 小麦粉? 魚? ちょっと後で調べましょう。

 院長先生と別れたらねーさまの部屋に行きます。

 まずは沐浴です。

 その前にねーさまを誘います。

 熱烈にアタックしているのですが、成果が上がってません。

 今度こそは、とねーさまの部屋のドアを開けまして、挨拶します。

「おはようございます」

「楓さんおはようございます」

 ねーさまは机に向かって座っていて、なにやらノートに几帳面な字で書き物をしていました。

 机の上には他にも外国語の辞書や、古い外国語の本があって勉強中だったのでしょう。

 修道女には勉強がいっぱい必要なのでしょう。ねーさますごいです。

「ねーさま、いっしょにお風呂入りましょう」

「今のうちにやっておきたいことがありますので、先に入ってください」

 撃沈でした。

 しょうがないので一人で入りました。くすん。


 さて、沐浴を済ませましたので今度はお料理です。

 今日の料理はちょっと凝って精進料理にしてあります。

 昨日の仕込が大変でしたが、皆さん喜んでくれました。


 学校に行くねーさまを見送った後、お勉強の時間です。

 お勉強のお部屋に行きますが、年季の入った廊下はよく軋みますね。

 お勉強はマンツーマンでやってくれるのでメキメキ学力が上がったような気がします。

 気がするだけです、残念ながら。

 午前中はお勉強で終わります。

 お昼ごはんを食べてからお買い物に行きます。

 チラシで下調べしてますから、あっという間に終わりました。

 商店街も近いですし、すぐに修道院にもどって、次は更衣室の掃除をします。

 通常の掃除とは別に毎日あちこちを少しづつ掃除しています。

 なので暮れの大掃除とかはしないそうです。

 とっても合理的ですね。

 唯一外の窓拭きとかは、業者に頼んで五月の連休中にするそうです。

 自分たちじゃ、二階のはめ殺し窓はふけませんから。

 ここの掃除が終わったら後は自由時間です。

 まあ、することは特に無いので修道院の敷地内を見て回ろうかと思ってますが。

 床にモップをかけたり窓を拭いたりしますが、毎日掃除をしているのでそんなに時間はかかりません、というかすぐに終わっちゃいました。

 だいぶ時間が余りましたので更衣室内を詳しく見てみます。

 運動部系の部室に似ていますが、ここのロッカーはかなり大きいです。

 私なら三人くらい詰め込めそうなくらいの大きさです。

 規則でここに全部衣服を入れているので、これくらいの大きさが無いと不便なのです。

 あ、私のロッカーもあります。ねーさまの隣です。

 鍵はかかってませんので好奇心に駆られて、ねーさまのロッカーを開けてみました。

「ねーさま、ほとんど服持ってない……」

 ねーさまのロッカーの中には修道服と中等部の制服、運動着に寝巻きしかはいってなかったです。

 まあ、ひとつづつ見てきましょう。

 まずは制服です。

 中等部の白いブレザーは随分と手の込んだ作りになってます。一見するとただの白いブレザーなんですが、白い糸で刺繍がしてあります。

 光の加減で煌いてすごくおしゃれです。これを着るために受験する子もいそうです。

 ですが、そんなに簡単に合格できる学校ではないのが残念です。

 かく言う私も受験しようとしましたが、成績が悪すぎてだめでした。


「あ、この学校、体育着はブルマなんだ」

 ねーさまらしく下着類もきちんと整理されていて、どこに何があるかも一目でわかるようになってます。

 ……なってますが、どうにも味気ありません。

 いえ、今の私も似たようなものなんですが、十数年暮らしててこれだけというのは少なすぎます。 

 ねーさまあれだけ可愛いのにおしゃれ要素が皆無なのです。

 最大のおしゃれが制服なのは如何なものでしょうか?

 年頃の女の子の衣装じゃないです。いや、年頃の子の必須アイテムですが、必要最低限ではないですか。

 生まれてからずっと修道院暮らしでは、そりゃあ家出したくもなりますね。

 あ、『しゅっけ』じゃないですよ『いえで』です。

 学校でもクラスメイトと話が合うんでしょうか?

 ちょっと不安になります。

 さて、下着なんですがソフトブラですか……これ…………その、パッドが入ってます。

 盛ってますね。AAからAくらいには……

 手製のそれはきっちりと繕われていて、ねーさまの性格が出ているようです。

 唯一といっていい見栄がこれですか、ちょっと涙が出てきます。

 そこは頑張るところじゃないですよ、ねーさま。

 そっと元に戻しました。


 あれ? これは、この制服は……ねーさまとはサイズが合いませんね。

 むしろ私にピッタリです。ブラウスにベスト、リボンもそろってます。

 ……ちょっとだけ着てみたいですね。何せ憧れの制服ですから。

 どうしてねーさまのロッカーに入っているのかは知りませんが、ちょっとだけ借りちゃいましょう。

 コソゴソと着替えます。見ちゃだめですよ。

 あっという間に着替え終わりました。

 部屋に隅に姿見がありますので、そこで身だしなみをチェックです。

 タータンチェックの赤いスカートがふわりと動きます、白いブレザーは白い刺繍がキラキラしておしゃれです。

 ブラウスにも刺繍がしてあるとは驚きでして。さりげないお洒落が素敵です。

 ひときしり満足して、このままの姿で掃除用具も片付けます。

 さて、今日は自由時間が終わるまでこの格好でいましょうか? そう決めて出口に向かいます。


 カサリ


 更衣室から出ようとしたときに、後ろに気配を感じました。

 この部屋、窓にカーテンが無いんですよね。

 そういえば最近覗きが居るとか院長が言ってました。

 窓に近づきましたが誰も居ません。目の前には庭と林が見えます。

 鳥が飛んでました、音の正体はこれのようでした。

 取り越し苦労というやつでしょうか?

 

 ま、気を取り直してこの姿のままお散歩しましょう。

 学生証の代わりに、修道院の身分証がありますから怪しまれることは無いと思います。

 修道院から出て、外壁の門を開けます。

 ありゃ? 外に人が居ました。

 メガネをかけて、お下げ髪で、同じ制服を着てます。腕章に風紀委員って書いてあります。

「なっ?! あんたどっから入ってきたのよ?!」

 このままだと怒られそうなので、すかさず身分証を提示しました。

 すると半眼でにらみつけられました。

「……なるほど、修道院の関係者ね。わかったわ、皆にあんたのこと伝えとく」

 そういうと携帯端末で写真を撮られました。風紀委員で共有するそうです。

 一応、お礼を言って立ち去りました。

「別にあんたのためじゃないわ」

 そっぽ向かれました。

 まあ、それはそれでいいとして、ねーさまを迎えに行きましょう。

 きっと驚くはずです。

 そう思って中等部校舎に向かって歩きはじめました。


 ゴツッ!! ドサッ!!


 あれ? 後ろから何かが倒れる音がしました。

 なので振り返ってみると……


「え…・・・どちらさまですか?」


 そこには黒ずくめの人たちが居まし……ゴン!

 後頭部に衝撃が……


……………………


 どうやら気を失っていたようです。

 もう空が星空になっています。

 あたりを見回すとなんかよくわかりませんが、建物の屋上のようです。

 軽く頭を振ってから立ち上がります。

 なんか変わった建物です。

 楕円状になっていて中が吹き抜けていて、その中心に塔が建っているんです。

 わかりづらいですか?

 えーとなんかこんな形状の建物をテレビで見たことがあります。

 何でしたっけ? パノ……パノプ…………


「パノプティコン」

「そうそう、それです」

 やっと出ました。で、どんな建物でしたっけ?

「中心の塔で周囲の建物の監視を行う刑務所だ」

「へ~。そうなんですか」

 って誰ですか?

 声のするほうを向いて見ますと、黒いローブを着た人がいます。

「それを学校に応用したのが、うちの学校さ」

 どう言おうか迷っていると彼? は勝手に話を続けます。

「ようこそ、僕らの学校の複製物へ。君が携帯端末を持っていないから、探すのにちょっと手間取ったよ」

 今は私も携帯端末を持っていませんので、電話をかけるのは難しいでしょう。

「糞忌々しい鑑識もぶっ殺したし、しばらくは大丈夫と思ったんだけどなぁ。まったく面倒ごとばっかだ」

 何気に物騒な科白です。

幻夢境(ドリームランド)のことをあまり嗅ぎまわられたくないんだ。だからドリームランドに招待したんだ。さ、色々話してもらうよ柊君。君が何をしようとしてるのか、全部ね」

 彼の後ろを巨大なお月様が通過しています。

 ……何が起きたのかさっぱりです。


 ただ、わかるのは。私がねーさまに間違われたということだけです。

 まったく、困ったもんです。




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