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少女の知らぬところで事態は動く

 扉を開け、礼拝室に出るとそこには柏原も居た。神父が連絡をしたようだ。

 私はすぐさま彼女、古馬楓を修道院で保護することを願い出た。

 それは柏原も渋り、楓の両親もまた、なかなか許可を出したがらないようだった。

 私は彼女に耳打ちをする。

「ご両親に本当のことを話してはどうです? それとも私から話しますか?」

「うう……」

 しばし悩んだあと、楓は了承した。

「うん、お願い」

 まだ幼さの残る顔の、その大きな瞳が潤みながら、こちらを見て懇願する。

「では、私から話します」

 一歩前に出て声を上げる。

「ちょっとよろしいでしょうか?」

 全員から注目される。私は彼らの知らないことを知っている。

 その優位性を利用して私は交渉を進める。

 私は彼女の現状について話した。

 一年前から続くいじめのこと、それが徐々にエスカレートしていること、彼女にはやり直す意思があること、それらすべてをその場に居る皆に伝えた。

 理解されたかはわからない。両親は不安そうな、いや、自身の至らなさを悔いたような面持ちで、彼女の叔父も悔しそうな顔を隠そうとしていなかった。

 神父とシスターも同様である。

 柏原は黙し、目を瞑り何かを考え込んでいるかのようであった。

「楓さんは今の状況から離れたほうがいいと思います。進学に大事な時期とは思いますが、勉学をするのに良い環境とはいえません」

 さらに私は言葉を続ける。

「時がすべてを解決するとは言いませんが、彼女には時間が必要です」

「勉学なら問題ありませんよ。私どもが教育します」

 柏原が目を開け、覚悟を決めたように話した。

「ただ、休学ということになりますから、出席日数には含まれませんが……」

 出席日数にならないというところで悩んでいるようだ。

「しかし……」

「このままでも引きこもることになると思います。 楓さんは学校に行きたくないといっていますし」

 さらに私は言葉を続ける。

「規律の中で暮らすのも良い経験になるかと思いますよ」

「…………確かになぁ、でも楓に出来るか?」

 確かに、あの自堕落ぶりでは疑われるのも当たり前か。

「あううう……がんばる……」

 自信が無いのか、情けない声を上げる楓。

 か細い声ではあったが、やる気ではあるようだ。

 楓は私にまとわりついて、袖口を握り締めていた。

 寄り添いあう彼女の体温が私に伝わり、また、その震える身体が庇護欲を誘い、打算抜きで彼女を守りたいと思わせる。

 逆に彼女を抱きしめるとサラサラとしたショートヘヤーが揺り動き、身体を預けてきた。

「本当に大丈夫ですか?」

 彼女の情けない声に苦笑しながら彼女の叔父は言う。

「ううう……だいじょうぶだもん」

 ちっとも大丈夫には聞こえないが、なぜか叔父に対しては強気な楓である。

 そこからの交渉は一進一退があったが、両親としては代替策が無い以上従わざるを得なかった。

 柏原も説得にまわり、私たちの味方になったのが功を奏したようだった。

「それでは、楓をよろしくお願いします」

「ちゃんと娘さんをお預かりしますわ」

 古馬夫妻と柏原院長の挨拶も終わり、楓は正式に柊修道院に入院することとなった。

 とりあえず明日は、入院の準備のために諸手続きを行うことで解散となった。


……………………………


 日曜日の朝、古馬楓の通う市立中学の会議室には古馬の両親と叔父に楓、柏原院長と私にセントホリィ学園の総務課長、市立中学の校長、教頭、担任が同席していた。

 校長、教頭、担任の特徴は、ちょび髭、スダレハゲ、細顔丸めがねで十分であった。

 なお、課長が同席しているのは、一応修道院が学園の付属施設だからである。

 緊急に呼び出された市立中学の校長、担任は、刑事である叔父も同席していることに目を丸くして驚いて、萎縮しているようにも見えた。しかし、萎縮したのは、ほんの数瞬で、今は冷静さを取り戻していた。

 二列のテーブルを対面に、お互いが向かい合うように座り、会合は始まる。

 会合の目的は、楓の休学といじめグループについてである。

 彼女の保護は当然として、いじめグループの野放しは非常に危険であるからだ。標的が変わるだけでは意味が無い、よってそれについての説明もかねての会合である。


「……というわけで一時的にですが、柊修道院でお預かりたいと思いますが如何でしょうか?」

 柏原の長々しい説明の後、校長と教頭の下した判断はありえないと思えるものだった。

「いや、しかしですねぇ。 私どもといたしましてもぉ、もう少し別の方法があると思うのですよ」

 ちょび髭をいじりながら、ふざけたことを言う校長。

「まずは、話し合いで解決を行うのが筋でございますでしょう? その努力もなしではちょっと性急すぎやしませんか?」

 スダレハゲは腕を組み、首をかきながら寝言を言っている。

「遊びの延長線上でしょう? そのことを注意してあげれば良い訳ですし」

 丸めがねが光を不快に反射させながら言う。

 三者は事ここに至って、まったく状況を把握していないようであった。

「休学は本人にとっても、ご家族にとっても大変なご負担となりますでしょう?」

「進学に大事な時期なんですから、もう少し冷静になっては?」

 どうやら波風を立てたくないようで、随分と悠長なことを言うものである。

 校長、担任が口を開くたびに楓の両親は信じられないといった表情になっていく。

 楓もまた、驚きと失望に満ちた顔で彼らを見ている。


「こういうことはもっと協議してですね。教育委員会とも連携をとりませんと」

「じゃあその間はどうするんですか!! 何もしないんですか!?」

「いえ、何もしないとは語弊があります。まずは当該生徒に対して口頭注意をしてですね、それから経過観察をしてですね」

「観察って……何を悠長なこと言ってるんですか!!」

「生徒たちの環境が急激に変化するのは好ましくないと……」


 両親と相手側が口々に言い合うが、どうもかみ合っていない。

 事なかれ主義ここに極まれり、と言わんばかりの市立中学三人衆に、あきれ返っているのはセントホリィ学園の総務課長である。

「あの……。ご本人が学校に行きたくないと仰ってるんですが、そのケアについてはお考えなのでしょうか?」

 課長が言うが、それには胡散臭いと言わんばかりの言い方で担任は答えた。

「その必要はないとはいいませんが、気に病み過ぎなんですよ。 大変失礼とは思いますが自意識過剰と思います」

 問題意識のまったく無い、担任である。ちゃんと昨日の出来事を柏原から聞いていたのか、非常に疑問である。

 担任の無神経な言葉を聞いて、うつむき泣きそうになる楓を見て、叔父が怒気を孕んだ声で言う。

「では傷害事件として捜査を行うことになりますが、よろしいでしょうか?」

 切り札を切った。楓の叔父が同席していたのはこのためだ。

「それはちょっと困ります。 たかがお遊びでしょう? 怪我をしたわけでもありませんし」

 うろたえもせず、何を言ってるんだとばかりに刑事に向かって言う。

 怒りが沈黙となって場を支配するが、空気を読めていないのか校長、教頭、担任は涼しい顔ですましている。

 しかし、私は違和感を感じた。彼らがここまでいじめっ子グループを擁護するのはおかしい、何か意図でもあるのだろうか?

「話が平行線ですね。 すこし休憩を挟んだほうが良いと思いますが、如何でしょう?」

 私は正直な感想と、とりあえずの提案をしてみた。

「……まあ、良いでしょう。 一時間ほど休憩しましょうか」

 しぶしぶといった表情で同意する市立中学三人衆であった


……………………………


「まったく困ったもんです」

 控え室で開口一番、刑事が言う。

 楓よりこれが彼の口癖であると聞いた。なんとも困ったものである。

 控え室は会議室であり、窓の飾り棚には時計や置物が置いてあり、テーブルと椅子も折りたたみ式の簡易のものではなく、やや豪華な作りの物だった。

「随分と豪華だな。こんなのあるなんて知らなかったよ。貧乏学校だと思ってた」

 楓が意外そうに言った。どうやら生徒の使う備品は質素なもののようだ。

 私はおもむろに腕時計を見る。その仕草に柏原が気づいたようで話しかけてくる。

「おや、それが博士からの頂き物ですか? 昨日、渡すといっていましたが」

 どうやら昨日、彼女らが私に会いに来たのは、何かを渡すためだったようだ。

 結果は渡せず終いだったが、ここは口裏を合わせよう。

「はい、機械式の腕時計だそうです」

「ほう、随分と高いものをもらいましたね。後でお礼を言っておきなさいよ?」

「はい、わかりました」

「あ、そうだわ。携帯電話がありますから、今したほうが良いでしょうね。こういうのは早いうちに済ませるべきですから」

 そう言うと柏原は、旧式の折りたたみ式携帯端末を取り出し、アドレス帳から学園長の番号を呼び出した。

「今は淵田学園長と一緒に居るはずですから。 事件の対応も大体終わりましたし」

 携帯端末を手渡され、私は廊下に出て電話をかける。

 数度のコールのあと、電話口に現れたのはシュリュズベリィ博士だった。

「ふむ、柊君かね? あの本の内容はわかったかね? 君に勧めなかった理由も理解しただろう?」

「…………」

 絶句した。何故、いきなり私だと解ったのだろうか? 

 それに対する答えは無く、彼は自分の話を進める。

「なあに、あそこに隠した物を探すついでに、もう一度書架を確認したのだよ。 どちらも無かったがね。君が持っているのだろう?」

「…………」

「混沌を呼び出す宝石だが、彼は復活したようだな。 私について何か言っていなかったかね?」

 彼は一方的に私に語りかけてきた。

「忌々しいと……」

 搾り出すように小声で答える。

「くっくっくっ……確かに、結果はそうだがね。彼と敵対する気は無かった。

 だってそうだろう? 彼は人類に直接敵意はない。

 核兵器を作る手助けをしたのも知っているが、それを利用したこともあるからね。

 結果は芳しくなかったが……

 まあ、甘言を聞き、破滅するのも自己責任というやつだ。

 混沌と破滅を望むのは結構だが、邪魔はしてくれるなよ?」

「邪魔とは?」

「ふむ、お互い何も知らないな。どうだろう? これを気に少し話し合おうじゃないか?」

「……」

 私が戸惑っていると、彼は勝手に話を進めていく。

「即答が出来ないのも無理は無いがね。 別に君をどうこうするのが目的じゃない。

 君に意思があるのなら、協力を請いたいほどには忙しいな。

 探し物があるのだよ。いや、輝くトラペゾヘドロンではない。少々特殊な本だ。

 それを探している。君には心当たりは無いだろうし、接点も無いのは知っている。

 私の贈り物はまだ届いていないようだが、混沌からの贈り物が、柏原君に勘違いされたのだろう?

 だから電話してきた。そうだろう?」

 ほぼすべてをお見通しのようだった。かの盲目博士からは逃れられないことを知った。

 私は素直にニャルラトホテプについて話した。

 彼の目的、彼からの加護、贈り物について、すべてを話さねばならないような錯覚に陥ったのだ。

 あるいは魔術でもかけられたのであろうか、それほど素直に話していた。

「ふむ、興味深いな。だがこちらには関係がない。それならば、私の贈り物はいらないようだな。

 だが口裏は合わせてあげよう。あとは君の好きにしたまえ。

 ああそうだ、言い忘れていた。君の書いたレポートは中々のものだ。精進したまえ。

 それではまた。近いうちに」

 それきり、不意に電話は途切れ、ツーツーツーと受話口から聞こえるのみだった。

 携帯電話を顔から離し、呆然としたまま控え室に戻る。

「どうでした?」

 柏原が尋ねてきたので、私は彼が私のレポートを褒めていた事を告げるにとどめた。

「そうですか、それは良かった」

 微笑んでそういうが、すぐに表情を変えため息をついた。

「しかし、あの三人は困ったものですわね」

「どうしたのですか?」

 私が聞くと、刑事が言う。

「いじめグループの子達が、教育委員会とかのお偉方みたいなんです。まったく困ったもんです」

「それで大事(おおごと)にしたくないらしいですね。まあ、教育委員会の娘さんたちが、そういうことやってるって知られたらちょっと問題ですからね」

 課長があきれ返って、苦笑しながら言う。

 ため息をつくより他無い。

 泣きそうになっている楓の近き、肩に触れる。

 はっと驚き彼女はこちらを見る。

「ううう……もうやだよ……こんな学校行きたくない」

 それはそうだろう、何せ担任でさえ問題を解決する気が無いのだ。

 たとえ自殺をはかったとしても、彼らは自己の責任など感じないだろう。

「だめなら、転校も考えたほうがいいな」

 両親も先ほどのやり取りを通して、ここにかよわせたくは無いようだった。

 腕時計を再度見やると約束の一時間に差し迫っていた。

「そろそろ時間ですね。最悪、休学を強行するか、転校ということで」

 その提案に皆が同意し、再び会合に望む。


……………………………


「あなた方は問題を放置するというのですか?」

 勤めて冷静に言う楓の父。

「ですからぁ、そう言ってるわけではなくてぇ」

 間延びした口調で、言い訳を繰り返す校長以下三名。

 再開した会合の口火を切ったのは楓の父であるが、三人は始終このようなのらりくらりと言い訳を繰り返していた。

 いじめがあるということを認めず、休学も認めない。

 まだ、最終手段の転校や休学の強行という切り札を出してはいないが、このまま平行線をたどればこちらから切り出すことになるだろう。

 特徴といえば、ちょび髭ぐらいしかないのに印象にはやたらと残る校長は、さらにとんでもないことを言う。

「学校にこさせないのは、虐待の一種でもあります。休学の強行は児童相談所の案件になる可能性もりますよ」

 言外に学校に行かせなければ、児童相談所に訴えるということだ。

「転校も手続きに時間がかかりますし、一々こんなことのために手続きするのは迷惑でしょう?」

 細顔があまり手入れされていないメガネを光らせて言う。

 書類の一枚二枚増えたところで、何が変わるというのか?

 スダレハゲもそれに乗って言う。

「いいですか? 楓さん、あなたの我侭なんですよ? そんな程度はお遊びです、少し友達の好意を考えではどうですか?」

 彼女が何も言わないことをいいことに、責め立てるやり口に怒りを覚えた。

「気絶させて下着姿で目隠しをして、ロッカーの中に閉じ込めることがですか? もし発見者に悪意があったらどうなっていたかわかりますか?」

 私は堪らずに、早口で怒りに任せまくし立てた。

「ちゃんと場所を考えているでしょう? 教会の中なんですから、実際何も起きなかったじゃないですか」

 何も起きなかったのだから、問題にするなといわんばかりだった。

「それは結果論に過ぎません、何か起きてからでは遅いんです」

 詭弁を弄する担任に正論を叩き付けた。

「話になりませんよ! あなたたちは何を考えているんです!」

 楓の父も声を荒げる。無理も無い、誰だって怒る。席を立たなかっただけまだ冷静だ。

 もう言葉は通じないとばかりに、お互いが押し黙ったままになる。

 楓はこの雰囲気に耐え切れず、さめざめと泣き始めた。

「うぐっぐすっ……」

 私は彼女に寄り添い、頭を撫でてやる。

 身長の低い私では、少し伸びをしないと彼女の頭に手が届かない。

 見様によっては、小さな子が姉を慰めているようにも見えるだろう。

 伸ばした左手の袖は捲くれ、腕時計が見えた。

 何気なく腕時計をみると盤面の小円針の一つが痙攣したように動いている。

「?」

 時計を水平に保つと、一つの方向を指し示した。腕を動かし方角を変えても、常に一定の方角をさして振るえているのだ。

 何であろうか?

 指し示す方向には何も無い、いや、そこには掛け時計があった。

 ために腕時計の盤面を掛け時計に合わせると小円針はピタリと時計を指し、止る。

 掛け時計に何かあるというのであろうか?

「君、動き回るなら、すぐに部屋を出なさい」

 ちょび髭が私を注意するが、楓の叔父は刑事の勘が働いたのか、私の見ている掛け時計に興味を持ったようだ。

「ちょっと失礼」

 言うと同時にすばやく掛け時計に近づき、壁から取り外す。裏面を見ると彼はしかめっ面をする。

 そして音も無く掛け時計を突き出し、人差し指を唇に近づけ、『静かに』と合図する。

「!!」

 皆が息を飲み込み驚いた。 

 掛け時計には、本来その機能に不要なものが取り付けられていたようだ。

 電池ケースから伸びる二本のコードは明らかに製品のものではない。

 そこから類推されるのは、盗聴器以外の何物でもないだろう。

『ここから先は筆談で』

 メモを書いたのは、楓の叔父で頼もしい刑事だ。

 それを見たチョビ、スダレ、メガネの三人は、とたん情けない泣き顔になる。

 どうやら何者かに脅されていたらしい。

 意味が不明である。いや意義が不明というべきか。

 この、気弱な娘一人に対して幾らの対価と労力を支払うつもりなのか?

 損益分岐など、とうの昔に過ぎ去っているだろう。

 筆談で進む話の流れをかいつまむと以下のようなものである。

 彼らは古馬楓に対してのいじめに一年前から既に気がついていた。

 当然、対策をとろうした。だが、それは断念せざるを得なかった。

 彼らの携帯端末に一本の電話がかかってきたのだ。

 それは彼らの会議が盗聴されたものが延々と流れていた。その直後のメールには『何もするな』と書かれていたという。

 そして、メールはいつの間にか消去され、証拠も残っていなかった。

 無論、アドレス変更も電話番号の変更も行ったが無駄だったという。

 三人は監視者に怯えた。それが真実だ。

 そして今日の消極的な態度も、脅迫の延長線上であり、驚くべきことに我々の居た、控え室にもあるらしい、彼らの携帯端末から音声が流れていたという。

 盗聴は、刑事である楓の叔父が事件として取り扱ってくれるそうだ。

 これにより、楓の休学の許可は得ることが出来た。

 紆余曲折はあったが明日から、彼女との共同生活が始まる。


……………………………


 姉さん事件です。

 いえ、私に姉はいませんが、言ってみたかったんです。

 小さいシスターさんが、気がついた盗聴器の件ですが、かなり厄介な事件ですね。

 ええ、盗聴は犯罪ですが、一週間経っても足がつきません。

 仕組みは鑑識さんに調べてもらったんですが、ネットワークを利用する物だそうですね。

 弱い電波でローカルエリアネットワークを形成して、携帯端末の電波を拾ったらネットワークに接続、データのアップロードを行うという、盗聴器としてはちょっとハイテクっぽいものだそうです。

 先生方を盗聴できたのは、先生方の携帯端末を介在していたからだそうで、証拠品として提出してもらいました。

 なんでも鑑識さんによると、トロイの木馬とやらが入り込んでいたそうです。

 要するに、自分で自分を監視してたということらしいです。良くわかりませんが、まったく困ったもんです。

 さて、犯人の動機ですが、姪っ子が標的であり、不愉快ですが長くいじめるために、こんな手の込んだことをしたのか? ということが争点になりました。

 ええ、アレから学校中を調べたんですが、結構なところに仕掛けてありましたね。

 これ、姪っ子一人陥れるのには、ちょっと考えられない規模です。

 報道管制敷いて、本庁から応援も当然呼びました。

 え? 縄張り争いで仲が悪いんじゃないかって?

 無茶言わないでください。こんなの一地方警察署や県警で、どうにかできるもんじゃないです。

 ただでさえ、殺人未遂事件があったんですよ、これ以上は手に負えません。降参です。

 鑑識のマサさんもこの一週間ほとんど休まず解析してるんです。正直限界です。

 アップロードサーバーはすぐに止められたんですが、装置の出所がわからないと嘆いています。

 掛け時計への組み込みは、相当簡単だそうです。

 盗聴器から出てる二本のコードを正しく電池ボックスにつけるだけ。お手軽簡単。

 で、肝心の盗聴器の部品がまったく持って出所不明、メーカーも不明でお手上げ状態です。

 抵抗も、コンデンサも、トランジスタも全部です。

 ね? 本庁から応援呼びたくなる理由、わかったでしょ?

 今も入手経路特定のために同じものを作ろうと、鑑識のマサさんが頑張ってます。

 ホームセンターに行って来て、同じ掛け時計、十個買って来ました。

 あのホームセンター、やっと公費買い出来るようになったって、マサさん喜んでました。

 今まではなんか、面倒な手続きが必要だったらしいですね。

 まあ、そんなことより応援ですが、そろそろ来ると言っていました。

 あ、うわさをすればなんとやら。来ました。

 さっそくご挨拶。よろしくお願いします。では早速、鑑識のマサさんの所に行きましょう。

 こっちがマサさんの部屋です。

 マサさーん。本庁の人がきまs……

 マサさん? マサさん! しっかりしてください!!

 マサさん!! マサさーーん!!


……………………………


「よろしくお願いします」

 某県の地方警察署の刑事、古馬の案内で署内を歩き回る。

「鑑識の方へご案内いたします」

 このあたりは少々厄介な事件が連続で起きているらしい。

 報道管制が敷かれている案件が二件。

 一つ目は元総理大臣の孫娘への殺人未遂事件。

 二つ目は市立中学盗聴事件。

 どちらも犯人の手がかりが少なく、解決への糸口が掴めない。

 そこで助っ人として俺たちが来たわけだが……

「マサさーん。本庁の人がきまs……」

 鑑識の部屋には初老の男性が倒れてやがった。

 案内した古馬が、鑑識の男の体を揺り動かすが反応が無い。

 呼吸を見るが、無い。

 脈は診ないでそのまま人工呼吸と心臓マッサージを行う。

 あ? なんで脈を診ないのかって? マニュアルが変わったんだよ。

 呼吸がねぇのは心臓も動いてねぇからだ。この状態で心臓だけが動いてる率は一パーセント以下だ。

 診るだけ無駄だったんだよ。クソッタレ!

 んで気道を確保したときに、首元に絞められた痕があったのを確認した。

「おい! 救急車だ! あと鑑識を呼べ! 現状維持だ!」

 現状維持のため俺は指示をだした。

 古馬はちと混乱してやがる。

「鑑識はその人です!! 他の人は今、別件で出払ってます!!」

 俺も混乱してやがる。

「マサさん!! しっかりしてください!! マサさん!!」

 懸命に蘇生処置をしたが、効果が無かった。

 それもそのはずだ。

「おい! 血が出てる!! 脇から血が出てるぞ!!」

 別のやつが床についてる血を見つけ、さらに脇から流れているのを確認した。

 左脇から凶器をブスリ、それが死因だった。

 首のは押さえつけただけだったようだ。

 もう何をやっても、こいつは生き返らないのがわかった。

 まだ、古馬は止血とか応急処置を懸命にやってるが、やつも無駄だとわかっているだろう。

 だが俺は止める気にはなれなかった。

 その代わり殺人現場となった鑑識室を調べて回った。もちろん、物には触らないでな。

 やつの作業してたらしい、机の上にゃ同じ壁掛け時計が何個かと、工具に……精密秤に乗った掛け時計があった。

 重量を測ってたみたいだな。

 古臭いノートに色々と書いてある。時計の製造年月日に製造番号、型番、メーカー、その他諸々。

 だが、一部が千切られている。

 俺は再び、マサを見るが両の手にはノートの切れ端なんてなかった。

 切れ端は犯人が持ち帰った可能性が高いな。

 だが、鑑識のマサってやつの手に何か握られているのを見た。

 こいつは携帯端末だ。同僚へ連絡しようとしたんだろう。

 こうなると犯行後に持ち去ったのか。

 何が書いてあった? 

 俺はノートを再び見て、筆圧を確認した。

 馬鹿な犯人だな、隠滅が甘い。

 千切ったノートの下のページにも筆圧が高いから跡が残っている。

 どうやら重量を隠したかったらしい、なぜだ?

 そこで俺は壁掛け時計の重量を確認する。別段おかしな重量ではない。

 ノートに記載されている重量と同じだ。こちらもおかしくない。

 違和感を感じる。

「うああああああ! マサさああああん!」

 古馬の泣いている声が聞こえる。

 可哀相だがやつの声を無視して、もう一度時計の重量を確認する。

 三百十二グラム。

 ノートも同じ、三百十二グラム。

 ただし、ノートの重量は改造され『五十三グラムの盗聴器』が取り付けられた重量だ。

 メーカーを確認する。同じだ。

 型番を確認する。同じだ。

 重量を確認する。どちらも『同じ』だ。

 これはどういうことだ?

 まったくわからなかった。改造前と改造後がまったく同じなどありえない。

 俺は呆然と立ち尽くしていたし、案内もされていないから、気がつかなかった。

 証拠品の盗聴器とそれが取り付けられた時計が、すべて無くなっていた事に……


……………………………


 彼女との生活も一週間を過ぎ去った。

 ここ一週間で特筆すべきことは、一緒に北越の見舞いに行った吉原が、ずっと休んでいるということだけだ。

 原因は知らない。どうやら金山も病気としか知らされていないようで、来週まで休むなら見舞いに行くといっていた。

 話が変わるが、楓は初日こそは戸惑いもあったようだが、ゲームや漫画の無い生活にも慣れたようで、特に文句は無いようだ。

 修道院に居る他の修道女たちも、彼女を歓迎してくれた。

 この古馬楓、修道院で暮らすには非常に有用な技能があったからだ。

 料理が出来る。その腕、実にすばらしく、毎日のマッシュポテトから開放されたのは僥倖である。

 そうである、あの修道院は私を含め全員が料理を出来なかったのでマッシュポテトだったのだ。

 最初、院長たちからその告白を受けたとき、実にあきれたものだった。

 実際、彼女の料理は非常に出来も良く、材料も無駄にしないため全員が喜んだものだ。

 よってそれ以来、彼女が料理係となり台所を一手に引き受けることとなった。

 今日は食材の買出しで、いまだ事件の影響で人通りの少ない商店街を、私と一緒に回っていた。


「おっ! 古馬の嬢ちゃん、シスター姿が様になってきたねぇ」

「あううう……」

 鉢巻をした八百屋の店長にほめられ、顔を真っ赤にしてうつむく楓。

「あうう、だ、大根ください」

「おうよ! 一本でいいのかい?」

 大体このようなやり取りで買い物は進んでいく。

 商店街の方々も以前は『中学生の一人』という認識であったが、今では『新しい修道女』として認識されている。

 いじめで学校を休学したということを、彼らは知っていて、それでも歓迎をされているようで、一安心といったところか。

 だが、招かざる客もいるようだった。


「あれ~? 楓ちゃん、なに学校サボってそんな格好してるの~」

 その集団は、あのいじめグループであった。今日は土曜日なので遊びに来たのであろう、私服でたむろっていた。

 彼女らは、事件を公にしないため注意などは受けていなかった。

「シスターのコスプレ? ダッサイ~」

「隣の子は誰? 親戚の子?」

 口々に囃し立てる楓の同級生達。

「ねぇ? そんなコスプレやめてさあ。あたしたちと遊ばない?」

 意地の悪い笑みを浮かべている。楓の袖口をかなりきつく引っ張っているようだ。

「い、いや……やめて……」

 私が、その手を外そうと手を伸ばしたら、逆に別の子につかまれた。

「あなたも一緒に行かない?」

「いやです。放してください」

 つかまれた手が痛い。先週の高校生につかまれたときと同じぐらいの異常な握力だった。

「いいじゃない、ねぇ?」

「やだ……」

 押し問答が続きそうであったが、それは案外早く終りそうだ。

「オジサン何? なんか用?」

「…………」

 商店街の住人が私たちを守るように、彼女たちの間に割って入ったからだ。

 彼らは敬虔な信者たちでもある。

 前述の通り、楓が修道院に入った事情を知っている。

「なあ、あんたら。シスターさんが嫌がってる。放してやってくんねぇか?」

 五十代の厳つい男はいじめグループを、にらんだ。

 それだけではない、後ろから買い物途中のオバチャンも、薬屋の店員も、呉服屋の爺さんも商店街の様々な人がジワジワと集まってきた。

「な、なんだよ! わかったよ!」

 さすがに囲まれると、怖気づいたのか逃げるように去っていった。

 彼女らが去ってから、少しの間、楓は震えていたが、やがて落ち着いた。

「あうう……ありがとうございます」

「皆さん、ありがとうございました」

 私たちは彼らに一礼し、彼らも「どういたしまして」とにこやかに立ち去っていった。

 これで彼女らも危害を加えることは自粛するであろう。

 そう思いながら私たちは帰路についた。

 今日の晩御飯を楽しみにして……

「柊さん、おねーさまって呼んでいいですか?」

「別にかまいませんが、貴女の方が年上でしょう?」

 何か妙な事になりそうだ。

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