少女の友は何者か
永らくお待たせしました。
到着した病院は私立の病院で、その五階建ての総合病院は真っ白な壁で覆われており、まさに白亜の城といった風情だった。
病院の入り口に不法駐車された車をよけて駐車場に入る。中では女性が化粧をしているように見える。
何もこんな場所で化粧直しをしなくても良いだろうに……
駐車場には高級車がずらりと並び、貧相な藤谷の車は酷く場違いに見えた。
「な~んか、センセのだけ場違いだねぇ。新しいの買ったら?」
ふざけ半分で岩下が言う、が藤谷は一蹴する。
「うるせえよ。俺はこの車がすきなんだほっといてくれ」
そんなことよりよ、と私の方を振り返りながら藤谷は疑問をなげかけた。
「この病院、あんまりよく知らねぇんだよな。しっかしなんでこの病院なんだ? 公立病院が近くにあるだろ?」
その問いかけに私はいきさつを答える。
「最初搬入されたのは近くの公立病院でしたが、午後にこちらに転院したそうです。古山さんからそう聞きました」
確かに、近くに公立の総合病院があり、そちらのほうで入院していれば問題がなんさそうだが何故わざわざ転院したのかは私もよくわからない。
駐車場に車を止め、車から出ると即座に警備員が来て私たちを呼び止めた。
「すみませんがお見舞いの方でしょうか? 患者さんにアポはおありですか?」
いきなり呼び止められるなど想定をしていなかったようで、たじろぐ藤谷だったが、その点については古山が手配している。
私の名を出すと素直に警備員は引き下がり受付に案内をしてくれた。
受付で面会について照会をするとすぐに地図をプリントアウトしてくれた。
それは質のよい紙にカラーの印刷がなされ、彼女の病室までの順路が記入されていて非常に分かり易かった。
この病院は外から見てもまさに白亜の城であったが、内部もまた新品同様に磨き上げられており、待合室の少ない来院者も身なりもそれに合わせたかのように上品なものだった。
病棟へ向かう扉のエアシャワーを受け病室へ入るが、普通の病院で見られるであろう廊下を歩く入院患者も、リハビリがてら廊下を歩く者も、病室に入っているのかあまり見かけない。
ときおり、見舞い客らしき人物達が廊下を歩いているが、その姿は見るからに高級そうな服を身に纏い裕福そうで、入院患者も同じ裕福なものたちであろうことは想像出来た。
病室もすべてが硬く閉ざされており、開くためには暗証番号をドアの隣のコンソールに入力するか、インターホンで応答しなければならないようだった。
病院特有の消毒液の匂いがする磨き上げられた廊下の横、ナースセンターを見やるとそこは整然と物が整理され、カルテは全てコンピュータで管理されているようだった。
ヒューマンエラーを起こさないよう細心の注意を払っているようで、いつも忙しそうにバタバタと動いている公立病院のナースセンターとはかなり違うとは藤谷の弁である。
そして、件の彼女が入室している部屋の扉は一際豪華で、本当に彼女が居るのか疑うほどのものであったが、はたして彼女はそこにいた。
「にゃ~! 皆来てくれてありがとうだにゃ~! にゃあ! 姫様のシスター姿、かわいいにゃあ! にゃああ!」
顔や体中に包帯を巻きながら元気にそういった彼女は、その個室に居た。
この個室は厚いカーテンで閉じられ薄暗かったが、目が慣れてくると室内の様子が見て取れた。
室内はやはり一般的な病院の病室と違い、床はフカフカな絨毯でエアコンに大型の液晶テレビ、冷蔵庫、高級そうな調度品などが置かれ、医療機器が無ければホテルと見間違うような豪華さだった。
ベットの周囲に設置された様々な医療機器は、全てコードで彼女につなげられモニターされており、さながらミイラ女がスパゲティの中に埋もれているかのようであった。
彼女は手元のリモコンでベットをリクライニングさせ上体を起こし、こちらを爛々とした目で見ていた。そのギラつく様は猫の目のようで、反射しているのが室内の薄暗い照明のせいなのか、それとも他の要因があるのかは判断がつかなかったがまるで本物の猫の瞳を移植したかのような光具合だった。
「なんか想像してた病院と違う……」ここにきて今更ながらにつぶやく吉原。
他のメンバーも同じで室内の豪華さに誰も口を開けないで居た。
「くつろいでいいにゃ。テレビでも見るといいにゃよ」
そういう北越がテレビのリモコンを指し示した。
「……これ、カード入れるとこないけど?」岩下がテレビを観察しながら北越に問いかける。
どういうことなのだろうか? 私は岩下に聞いてみたるとやや驚きながらこう答えた。
「あ、柊さん知らないんだ。うんとね。こういう所のはね、お金払わないとテレビ見れないようになってるんだけど、そのときに使うのが専用のプリペイドカードなの。それを入れるスロットがないのよ、このテレビ。ちなみに冷蔵庫もそのはずなんだけど……」
その答えに不思議そうに北越が言う。
「にゃ? そうなのかにゃ? こののテレビ見放題にゃ。お爺ちゃんが入院したときもそんなの無くても見れたにゃ。冷蔵庫だって使い放題だったにゃ」
その答えに岩下は首をかしげる。吉原はおもむろにテレビのリモコンを操作しチャンネルを切り替え、驚きの声を上げた。
「これ……ケーブルテレビ入ってるよ……」
「そうにゃ! 映画も見放題、アニメも見放題にゃ!」自分のことでもないのに自慢げに言う北越。
「どこのお嬢様だよ、おい……病室というより高級ホテルじゃないかよ!」どこのお嬢様だよ、とようやく口を開いた学級委員長に北越はのんきに答え。
「うにゃ? 父さまは銀行の頭取だにゃ。母さまは国会議員にゃ」なるほど確かにお嬢様だ。
「北越……参議院議員のか? まさか爺さんって篠崎?」聞き返す藤谷。
「そうにゃ。優しいおじいちゃんにゃ。この学校に頑張って入るって言ったときスッゴイ喜んでくれたにゃ!」目を細め思い出に浸る北越。薄暗がりの中で異様に光る目が細くなったのが見えた。
「それじゃあ前々回の総理じゃねぇか。確か引退したんだっけか? そういや引退直前ぐらいにぶっ倒れてたな」藤谷があごひげをいじりながら言う。
「……元総理のお孫さん?」岩下が様々な情報から導き出された結果を聞く。
「そういうことになるのかにゃ? ところでそっちの先生は誰にゃ?」
「小学校の方で先生をやってる藤谷だ。こいつ等の元担任だ」藤谷はいつもと同じ態度で北越に答える。
「それはどうもだにゃ。はじめましてだにゃ」のんきに挨拶をする北越。
「と、とりあえず。はい、これお見舞いの花……あの花瓶に入れていいのかな?」
学級委員長が指し示したのは如何にも高そうな花瓶だ。もしかするとただの調度品で、そういった用途のものではないかもしれない。
「入れていいにゃ。そっちに水差しがあるからその水使ってにゃ」
花と花瓶にはさほど興味を示さず、ぞんざいに言う北越。
「北越さんの怪我の具合はどうなんだい?」
予想外に元気そうな北越に安心した委員長はのんびりとした口調で問いかけるに対し包帯ぐるぐる巻きでミイラのようになっている少女が明るい声で答える。
「うにゃー、当分は流動食にゃ~。手とかに障害が残るかもしれないにゃ」
「いや~ホント参ったにゃ。磔にされて革の棍棒みたいので滅多打ちにされて、弩で撃たれたときは死んだと思ったにゃ。知ってるかにゃ? 出血が多いとナイフで切られても痛みなくて、体温がどんどん下がってくるのがわかるんだにゃ。そんで走馬灯が見えるんだにゃ」
死ぬと本当に見えるんだ、勉強になったと、ガーゼで覆われた顔で笑う北越。
当人はのんびりと世間話のように話しているがこちらは皆、その内容にすこし引き気味である。
「……もう殺人未遂だよね。そこまでいくと」
「臨死体験すると走馬灯が見えるってマジか……」
岩下と委員長がつぶやくとそれに呼応して北越が言う。
「そのあと猫さん達に猫の国に連れられてバテストって女神様に魔法の巻物で生き返らせてもらったにゃ」
なぜかうれしそうに、一般に走馬灯と呼ばれるものとはまったく違うことをのたまうミイラ女である。
「うわっ、猫に幻想抱きすぎじゃね? 魔法の巻物ってのがさらにゲームっぽくて胡散臭さ炸裂って感じ」
吉原の感想に皆が同意する。走馬灯もまた彼女の手にかかれば猫風味になるのであろうか。
しかし、はっきりと殺意が感じられるその犯行に、薄ら寒いものを感じる。
これで小動物を狩る延長線上であり、もうすでに人間を襲っているのだから悪戯で済むものではない。このままでは犠牲者が出ることは避けられない。
彼女が犯人の顔を見ているならばそれだけでも逮捕に近づくのだが、このような証言では……
「午前中は別の病院で検査をいっぱいして疲れたにゃぁ」
そういうとあくびをしつつ、手元のリモコンを不慣れな手つきで彼女は操作して部屋の光量を上げる。
カーテンは開けないのか、という吉原の問いは藤谷が答えた。
「開けたら下世話な週刊誌に写真を撮られるから、開けられないんだろ?」
なるほど。これでも元総理の孫娘である。衝撃的な事件である上に被害者の話題性も十分と来れば、マスメディアが放っておくはずがない。
つまりここはそういった富裕層の患者を専門的に扱う病院なのだろう。この猫は気づいていないようだが……
「おい? 何の冗談なんだ、それは?」
部屋が明るくなると、吉原が北越の顔を指差し、素っ頓狂な声をあげる。
「にゃ? ああ、さっき瞳孔がおかしくなったっていったにゃ。これもそうにゃ」
そういうと自身のまぶたに包帯だらけの手をやり大きく開く。私が気づいたのはそのときだった。
彼女の瞳孔は人のそれとは違った。その異様さに気づき皆が息をのむ、彼女の瞳孔は光を受け針のように細くなったのだ、さながら猫の瞳のように。
「にゃ~、やっぱり気味が悪いかにゃ?」
ばつが悪そうにうなだれる北越に、即答する岩下。
「いや、本性を表したって感じ」
それに矢継ぎ早に付け足す委員長。
「むしろ今までそうじゃなかったのが不自然」
そしてあきれながら、しかし後ろめたそうに言う吉原。
「あ~、うん……まあ、コンタクトレンズつけてる様に見えるね」
むしろこれで化け猫になったのではなかろうか? 猫は九つの命を持つという民話はどこの国のものだったか……
「お前等、言いたい放題だな」藤谷の突込みが入る。
「にゃ、にゃはははは……」皆のはげましに乾いた笑いをしながら、私を見る猫目少女。
目線が会うと彼女はやや逸らしぎみに言う
「にゃ~、それにしても姫様、掃除でもしてたのかにゃ? 蜘蛛の巣があちこちに張り付いてるにゃ」
言われて自分の体を見るが当然そんなものはついていない。
「そんなものは見当たりませんが?」
「こっち来るんだにゃ。とってあげるにゃ」
私の言葉など聞こえてないかの、私を猫のようなしぐさで手招きしている。
実害はないだろうと私は言われるままに近づく。
「にゃ!にゃ!にゃ!」
腕を猫のように振り回し、服に触れるか触れないかぐらいのところで、ちょうど体に張り付いたものを落とすような動きをして見せるのだった。実際には何もないにも関わらず……
「これでいいにゃ!」
どうやら蜘蛛の巣は落ちたらしい。
「どうもありがとうございます」一応礼を言っておく。
「にゃ、気にしなくて良いにゃ!」
一仕事を終えたかのような彼女の表情に、皆が気味悪さを覚えているようだ。
「ところで、検査ってやっぱり頭の?」
単刀直入。吉原はまさにその言葉通りに聞いた。
一瞬の沈黙の後、北越から声が漏れる。
「にゃ? にゃぁぁ?」
吉原を見る北越が首をかしげる。そしてジッと見つめる。それはまるで警戒している猫のようでもあった。
「な、なに?」
「ウロコ?……魚? 吉原、魚だったのかにゃ?」
ビクリと震える吉原に、クンクンとにおいを猫のように嗅ぎならの意味不明な一言である。
「ぼ、僕は魚じゃないよ!」及び腰で叫ぶ吉原。
「そうかにゃ~? そんな感じがするにゃよ」
まるで獲物を狙うかのような目つきをする北越は、吉原を手招きしてる。
吉原は困惑の極みで少し後ずさる。
そこで北越は、捕まえようとさらに腕を伸ばすが、自身の体が固定されたベットに邪魔をされ、そこで状況は膠着した。
彼女のその仕草が不気味で誰も言葉を発しなかったが、不意に後ろから電子音と扉の開く音がする。
ピッピッピッ、カチャリ
「葉子ぉ。いるかのう? わしじゃ、おじいちゃんじゃぞぉ」
猫撫で声でいう老人男性の声。
振り向くとそこには仕立てのよい背広を身に纏った、身長百六十センチほどの中肉中背の老人が花束を抱え立っていた。
「ん、お友達かの? 小さなシスターさんとは珍しいのう」
柔和な顔つきで私を見る。
「はい、クラスメイトの柊みやこです。はじめまして」
お辞儀をし、再び老人の顔を見ると私のことを値踏みするかのような厳しい目つきだったが、一瞬で元の柔和な顔に戻り。
「うむ、わしは葉子の祖父で篠崎源一じゃ。孫がおせわになっておるのう」
一礼をする老人に対しこちらも礼で返す。
皆、それぞれ短く挨拶をする。
元総理というがその老人の存在感は、私がボランティア活動をするときに共に行動する老人たちとなんら変わるところがなかった。
街で見かけたとしても気づくことはないだろう。それくらい普通の、どこにでもいるありふれた老人のようだった。
「お爺ちゃん! お見舞いありがとうだにゃ! すっごくうれしいにゃあ!」
元気いっぱいに答える北越を見て篠崎老人は今にも泣きそうなくらいになって彼女の手をとり。
「おお! 葉子!! なんと痛ましい!」
そういって涙を流し、痛くはないか? 怪我の具合はどうか? などいくつもの質問を投げかけ、それに彼女は元気に大丈夫だと答える。
世間一般では祖父というのは孫に甘いらしいが、この家族も例外ではなかったようだ。
「よし、それじゃあ私たちは、そろそろお暇させてもらいます」別れの挨拶を藤谷がすると私たちもそれに習い、別れの言葉を口にする。
「うむ、そうかの」
「またきてほしいにゃ~」
短く別れを告げる優しそうな雰囲気を持つ老人と、名残惜しそうに何度も手をふる子猫のような少女に見送られながら私たちは病院を後にする。
……………………………
僕等は豪華な私立病院から帰宅の途につく。結局何の検査だったかは聞けず仕舞いだった。
低い振動音を鳴らしながら動く車の中で真っ先に口を開いたのは助手席に座っていたおしゃべりな岩下さんだった。
「猫憑きかな?」
キンキンと高い声を上げながら喋る彼女は享楽主義的でちょっと変わり者で、気まぐれで、僕から見れば時折意味不明な行動をとる人物だ。だが女子からの評判は悪くないようで、頼みごとをされているところをよく見かける。
「自分が猫だと錯覚してるってこと? でもいつもあんな感じじゃなかった?」
中性的な声の委員長が聞き返す。さらりとひどいこと言ってるような気がする。
「だね、あの病気とかになると妙にテンション上がっちゃうのと同じじゃない?」
「確かにそうかも、あの目のせいで錯覚したのかな?」相槌を打つ委員長。
二人の議論は結局、あの場の雰囲気に飲まれたということで落ち着いて、そこまで深刻ではないだろうという結論に落ち着いた。
「でもあの様子じゃ当分戻ってこれそうにないね。勉強とかどうするんだろ?」
そう、ウチの学校は結構厳しい、何日が休んだだけで、ついていけなくなるほどだというのは、休みがちな僕は身にしみて実感している。
しかし、そういった生徒に優しいのも特徴で、放課後に懇切丁寧に教えてくれる補講があるのでそのまま落ちこぼれる生徒も少ない。
「土日の間に対策をする。ぶっちゃければ入院中のプリントとか作るんだけどな」
ダミ声の藤谷先生が説明する。
「あとは担任がプリントを渡して、あの子がそれをやってそれを回収して採点、出来てないところをフォローする」
「ふーん」話を振っておきながら、興味なさげに返事をする岩下さん。
「それにしても、あの子がソーリダイジンの孫だったなんでびっくりだよ。人は見かけによらないねぇ」
「まあ確かにね、北越さんもセレブとかそんな素振り全然みせないしね」
僕も頷き同意する。
「むしろ野生児とか言われたほうがしっくり来るのにね」
その言葉で柊さんと藤谷先生以外の三人が爆笑する。
ひときしり笑ったあとで一息つくように委員長が話題を持ちかける。
「そういや吉原んところは確か親戚が外国人とか言ってたね?」
「えっそうなの? 初めて聞いたよ どこの人なの? 吉原って思いっきり日本人顔だけど、実はハーフとかなの?」
委員長と一緒になって質問攻めにしてくる岩下さん。
あまり聞かれたくないから積極的には言わなかったんだけどなぁ
「あ~。うん。そうだね……」
どう話そうか迷い、歯切れ悪く答える。
「まず国はアメリカ、でもそんな有名なところじゃないよ。すごい田舎のとこだよ」
頬を掻きながらゆっくりと話しだす。
「うんと、マサチューセッツ州の田舎の漁村だよ。なんか……鉄鋼か何かの工場もあったみたいだけど、すごい寂れてるんだって」
実際は金の精錬工場だ。まだ稼動している。寂れているのは本当だが……
「なんだ、そうなのか。外国人って言ってたから隠れセレブかと思ったのに……」僕の答えに残念がる一般家庭の委員長。
「マサチューセッツのどこです?」
僕の隣に座っている等身大人形のようなシスター姿の少女は、ハスキーボイスといっていいほどのミスマッチした低い声でそう尋ねた。
これは常々思っているのだが、姫様……柊さんの声は結構低い、そのミスマッチが中々に色気があって奇妙な魅力がある。自身が特殊な環境に
「どうしました?」
僕が思考し沈黙していると、それをいぶかしみ彼女が首をかしげた。
人形のように整った美少女、その仕草に一瞬見とれてしまう。
「う、うん、なんでもないよ。エックス郡のインスマスって町で、移動手段はバスだけだって、ド田舎の港町だよ」
しどろもどろになりながら僕が答えると、彼女は目を見開き驚いたようにつぶやいた。
「そうですか……」なぜか怖がるように震える彼女。……知ってるのか?
いや、そんなことは無いはずだ。彼女が知るはずが無い。
彼女は押し黙り、うつむき、目を閉ざして、そのまま不自然に会話が途切れ、残りの質問にも答えるのが、はばかられるような沈黙が支配する。
微妙な雰囲気に耐え切れなくなり強引に話題を変えるため、僕は気になっていることを聞いた。
「僕の話なんてどうでもいいじゃないか。それで事件、北越さんには聞けなかったけど、犯人の姿とかってわかってるのかな?」
僕が一番知りたい事は案外簡単に回答が得られた。
「古山さんからここに来る前に聞きましたが、彼女の証言に信憑性がないようなので捜査は難しいようです」
静かな口調で気を取り直した姫様が説明をした。
古山さん……彼女と一緒に住んでいる修道女だっけか? よく覚えていないがボランティア活動で会ったような気がする。
「ふうん? やっぱり走馬灯が見えるくらいの怪我だと、記憶もあやふやになるのかな?」
岩下さんが頭にはてなマークを浮かべていそうな表情でそう言い、それに柊さんはうなずきさらにこう告げる。
「はい、彼女の証言した人物には、ほぼ完璧なアリバイがあるようで、暴行を受けた際に見た幻覚であるという見解で動いているようです」
そして彼女は言いよどみ、一呼吸つく間を空けて再び話を続けた。
「ただ、受けた傷の証言はほぼ一致していますから、複数人に暴行を加えられたということで間違いはないようです。現時点で不明なのは、犯人の逃走経路と十匹程度の猫の行方だそうです。……猫については本当に居たかどうかはわかりませんが。あるいは本人が猫であると勘違いしているのかも」
「そうかもしれないね」委員長がさもありなんとうなずきながら言う。
岩下さんは頭を振りながらウンウンうなると、何かを思いついたようにピタッと動きを止めてつぶやくように喋りだす。
「複数人……最低でも三人以上ってこと?」
「そのようです」
短い返答に不穏な空気を感じたのか、藤谷先生が口を出す。
「おい、探偵の真似はやめとけよ。ろくなことにならねぇぞ。マンガとは違うんだからな」
しかし、その程度でやめる岩下ではないし、僕も犯人に興味がある。
「いいじゃん、いいじゃん。考えるだけタダなんだし」
岩下が明るい声で言う、が目は笑っていなかった。もしかしてものすごい怒ってる?
「犯人が未成年だと本名すら報道されないってのは卑怯すぎ。何やっても数年もしないで釈放か悪けりゃ無罪じゃ、ちょっと釣り合わないわよ」
「同感です」
岩下さんのきつい口調に同意する姫様。まさか姫様も怒ってる?
それはちょっと意外なことだと思った、姫様は法律を遵守するほうだと思っていたがどうやら違うらしい。
「悪いやつにはきっちり報いを受けてもらわないと、インガオーホーだよ!」
「だからやめとけっての!」
やる気満々の岩下さんをたしなめる藤谷先生。
「いいか、これ以上余計な詮索すんじゃねぇぞ! 犯人は武器持ってんだからたたじゃすまねぇんだからな!」
さらに強い口調でしかりつけられ、不承不承にうなずく岩下さん。
「そういうのは警察にまかせとけ。大怪我をしないうちにな」
低い声で念を押す先生。
しばらくは街を走行する騒音がその場を支配した。車窓から流れる風景は事件のせいかどことなく澱んでいて活気がないような雰囲気をかもし出している。
この周辺では工事をしていたはずだが、今日は中断しているのかアスファルトを砕く音や重機のエンジン音、発動機のうなり声も聞こえなかった。
幾度かの信号にひっかかり止まったときに再び岩下さんが話し始めた。
「そういえば最近の小動物惨殺のやつって大量に殺してたのかな?」
「どうしてです?」姫様がすぐさま聞き返す。
その疑問に意外なところから回答が出た。
「いや、一匹づつだ。もしかして同一犯だと思ってるのか? やり方は違うが恐らくそうだろうよ」
藤谷が不快そうに続きを言う。
「元々、ちょいと遠くの街で起きてたことなんだよ。事件の範囲がデカイから高校生か、それより上かって話になってた。近所の公立の先生方とも話をしてな」
待つうちに、信号は青になり藤谷先生は車を発進させる。
「んで、警察とも話して、エスカレートするんじゃないかってことで対応を協議してた最中にこれが起きた。来週も集団登下校だな。悪けりゃ休校だな」
「む…」
そこで岩下さんは何かを言いかけてやめた。
「岩下さん? どうかした?」
僕は気になって話しかけた。
「ん、ああ。あの子の地元ってどこかなって思ったの」
狭い車内で窮屈そうに伸びをしながら彼女はキンキンした声で言った。
「どこなんだっけ? 柊さんは知ってる?」
僕は姫様に聞いてみた。
どうやら彼女は知らないらしく、首を横に振った。
「寮の子なら知ってるかもね。聞いてみようか?」委員長が携帯端末を取り出すが、岩下さんはそれを断ると、そのままあくびをして両目を瞑りだんまりを決め込んで、話はそこで終わった。
「そういえばさ、寮の子はお見舞いにこないのかな?」沈黙は委員長によって破られた。
「寮生は今回外出禁止となりました。寮母は教師ではないので引率は出来ません」素朴な疑問に答えたのは隣の姫様だった。
「ふ~ん。そうなんだ」委員長はその答えに興味が薄れたようでそのまま携帯端末をいじりゲームをしようとしたが、車のミラー越しに藤谷先生に睨まれて、あわてて引っ込めた。
車は目的地に近づいてきたので車線を変更し、中央により右折の準備をした。
そして幹線道路から離れ生活道を分け入ったすぐのところで、岩下さんの住んでいるアパートに着いた。彼女の住む二階建てのアパートは築三十年は経つであろう、長い年月を経て罅に覆われた灰色の壁とくすんだガラス窓は人が住んでいるような気配が薄く、入居しているであろう住人は、まだ仕事から帰っていないようで一階の右隅に明かりが灯っているだけで、静寂に包まれていて、独特で、なんともいえない寂れた雰囲気をかもし出していた。
よくは知らないが、彼女はそこに両親と三人で暮らしていて、自分たち以外の入居者が全員いなくなった時点でこのアパートは建替えられるらしい。その後彼女とその家族がどこへ行くのかは知らない。
「一気にエスカレートした犯人が自暴自棄になってるかもしれん。絶対出歩くなよ」
車から出た岩下さんに最後別れの挨拶とともにもう一度藤谷先生が忠告をした、それに彼女は取り合わず藤谷先生に、意外なことを耳打ちをする。
「先生、いまドアミラー越しに見た。あの車、病院の入り口に止まってた車だよ、ナンバー覚えてる。追けられてるよ。病院からずっと追けてたみたい」
「「へ?」」
間の抜けた声が僕ら全員から漏れた。
僕らは後ろ十数メートルの交差点に停車している車を見た。確かに見覚えがあるきがする。
「たぶん見たとこ、雑誌記者じゃない? 警察とか報道規制かけてると思うし、週刊誌あたりだと思うな」
そう彼女が言ってるそばから、件の車は僕たちを追い越して猛スピードでどこかに立ち去ってしまった。
車を見ると窓をあけていて、後部座席の人物は何か、長い棒のような機材を持っていた。
わかったのはそれだけで、運転手の人相などはわからなかったが男であったような気がする。
「その車はどっかいっちまったけどな」
ため息をつきながら藤谷先生は前を見つつ、あきれながらこう言った。
「ついでに乗ってたのは男だぜ? 病院の時は女性で一人だ。探偵ごっこはほどほどにな」
そうして運転を再開した先生は彼女が抗議する前に車を発進させた。
彼女は後ろでは何かを言っているようだったが、僕らには聞こえなかった。
まあ、その後は特に何もなく帰宅できたので、岩下さんのことはただの妄想ということで落ち着いた。
そんなわけで無事に帰宅した僕は家のドアを開ける。
「ただいま」
「おかえり、とおる」
僕の声にすぐにしわがれた僕のおばあちゃんの声が聞こえた。
「今日はお友達のお見舞いに行ったんだって? どうだったんだい?」
僕はキッチンから聞こえるおばあちゃんの声にのんびりとした口調で答えた。
「うん、一応命に別状はないみたいだけど、学校に来るのはしばらく後になりそうだよ」
「そうかい、可哀想にねぇ」
僕はキッチンに入ると料理をしているおばあちゃんの後ろを通り、冷蔵庫を開け飲み物を取り出しながらながら聞いた。
「お父さんとお母さんは?」
「二人ならPTAだよ。その子のことで話し合いさね」
「それでおばあちゃんが作ってるんだ」
「そうさね、かわいい孫のためじゃきに、腕が鳴るわい」
ケタケタと笑うおばあちゃんに、僕は少し気恥ずかしくなった。
「僕もなにか手伝うことはある?」
宿題はほとんど出ていないので、僕も手伝うことにした。
別段、何もなく一緒に作った夕食を食べ、宿題に悪戦苦闘し最後に携帯端末でゲーム……幻夢郷で遊ぶ。
藤谷先生も金山先生も、このゲームについて、やるなと言っていたけれど別に失神するまでやるわけじゃない。
そもそも心配しすぎなんだよ。失神なんて早々あるわけがないじゃないか。
だから僕は携帯端末の画面を叩いてアイコンを呼び出すといつものようにゲームを起動させてログインさせた。
よく見慣れた複雑な文様のログインエフェクトを見ながら僕の意識は暗転した。
翌日、起きてこない僕を不審に思い、二階の僕の部屋に入った両親は携帯端末を片手に気を失っている僕を見て、大慌てになったようだ……
この事で僕は、先生の言うことを聞いていればよかったと心底思ったものだ。




