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ミラはこうして笑い出す

ちょっと一章は自分の文章や心情変化とかの練習したいので結構遠回りします。

迷宮や最強になるのはまだ先になるのでそれを期待してくださる方はすみません。

あと、何分小説を書くのは初めてなので心情とかおかしい所あるかも知れないですけど練習なのであまり気にしないでください。


ミラ・ローライト。

それが彼女に与えられた名前だった。

この国で、苗字があるということは貴族の証であるが、奴隷となった今ではただのミラである。

もっとも、彼女の母親はこの地方を治める領主の妾であるために、貴族と言っても末席であり大した権力を持たなかったが。


そんな生まれであったからか、彼女の人生に自由はなく生活はまさしく窮屈と呼べるものだった。


正妻や他の妾達との間に起こる醜い女の争いに巻き込まれた。

表に出れば日陰の女とその子供として後ろ指を指された。

時には父の政敵相手から内偵にならないかと遠まわしに誘われ、母がその誘いを断ったことで誘拐されそうにもなった。


だが、そんな辛い時でも母がいれば耐えられた。

暗君として名高い父は噂どおり頼りにならない状況の中、母だけがミラの支えだったのだ。


……母が殺されるあの日までは。


変化が起きたのはミラが九歳の時であった。

父の正妻が流行病で亡くなったのだ。

貴族の息女特有の高慢さと横柄な態度持ち合わせていた人だったので一時期は妾の間でも密かに吉報として伝わったのだが、それは間違いだったとミラ達は知る。


貴族の正妻が死ぬと、妾のうちの誰かが正妻になるのか、と言うとそうではない。

貴族はあくまで貴族同士との婚礼を重んじ、血による絆を強めることを優先する。 勿論、稀に平民から妻になる人も現れるが、多くは周りの人間の反対があったり社交場での貴族からの陰口や嫌がらせに妻の方が耐えられなくなってしまうこともあったりとデメリットが多いためほとんど事例がないが。



そしてまだ若い領主には新しい貴族の女が嫁いできたのだが、これが酷かった。


伯爵の娘とかいう触れ込みで、前妻よりも輪をかけて高飛車な性格だったのだ。

その性格は一言でいえば苛烈。

まず非常に嫉妬深い。

無駄に傲慢な性格をしているため、夫が他の女に目を移すのが許せないのだ。

そしてお金にうるさい。

ただでさえ財力が乏しい辺境領主が無駄なお金を使うことを嫌った。


故に、妾達が追い出されるまでに時間はかからなかった。

妾を養うのもただではない。

見栄で貴族の甲斐性も見せなければいけないので、中々に費用がかさむのだ。

正妻はそれを嫌い、伯爵の娘という後ろ盾をちらつかせ一喝して妾たちを追い出したのだ。

ただ一人、ミラの母を除いて……。


ミラの母は特に領主の寵愛を受けていた。

妾の間で子供がいるのもミラの母だけだ。

そのため領主が妻の要求に例外として、ミラの母を追い出さないことを条件にしたのだ。

これに妻は渋ったがあまりに懇願してくる領主に難を示しながら承諾。

ミラとその母親だけは屋敷に留まったのだった。


――母が倒れたのはその一ヵ月後だった。


あまりにも急な母の変容。

医師の診断では母は現代の医療では治せない病らしい。


だがミラは見た。

あの苛烈な後妻が、父が母の病室を退室した後、ミラが幼いのをいいことに目の前でこっそりと医師に袖の下を渡したところを。


九歳の頭では、優秀であるといってもそれが賄賂とはおよびもつかない。

母が無き今では想像しかできないが、恐らくあの女は母に徐々に毒を盛り医者と結託して病名と原因を父にごまかしていたのだと。


母は次第に痩せ、具合は日に日に悪くなっていった。

それを涙ぐみながらただ見つめるだけしかできないミラに、母は微笑みながら「笑って」とだけ告げる。


笑っていれば、どんなに辛くても世界は美しくみえるものだと。


母の口癖だった。

それは父に見初められ、ほぼ強制的に妾にされた母のかくされた想いだったのか。

そんな、大人にとっては陳腐に聞こえる言葉であっても母しか頼るものしかいなかったミラに大きな影響を与えるのは必然といえた。


毎日、「笑って」と告げる母のために、ミラは精一杯笑いを作る。

その笑顔を見て笑顔になる母のために、また笑う。

その繰り返し。

やがてミラは常に笑みを作るようになっていった。


結局亡くなる最期まで母は「笑って」とミラに囁き続けた。



だがミラの苦難は終わらなかった。

むしろこれからが本番であった。


母という後ろ盾を失ったミラに後妻からの虐待を防ぐ術は無い。

後妻はミラも殺そうと考えたらしいが、ただでさえ母が倒れたばかりなのだ。

ミラにも毒を盛ってしまえば、領主や周りに勘付かれてしまうかもしれない。

それを嫌った後妻はミラを虐待することでうさを晴らしていた。



余程、領主お気に入りのミラの母に嫉妬していたのか、彼女の面影を色濃く残すミラに対する虐待は激しいものだった。

床に無理やり座らされ、撒き散らされた残飯のような食事を犬のように食べさせられることがほぼ当たり前になった。

冬空の下、紅茶をこぼしたミラに教育という名目で裸で放り出したこともあった。

その度に涙がでそうになった。

口から怨嗟の声が出そうになった。


そんな辛い日々の中頭に浮かんだのは母の口癖だった。


゛どんなに辛くても笑ってさえいれば耐えられるから。゛


幼いミラはその言葉に縋るしかなかった。

何度も何度も口のなかでその言葉を転がし、呟く。

笑っていれば辛くないから、と。

それは口癖を通り越して自己暗示の領域まで達していた。

次第に彼女の中で世界はかわる。

世界の中に辛いものはないんだと。


父は薄々虐待に勘付いていたらしいが妻に逆らえないのか、何も干渉してこない。

前妻の忘れ形見である、ミラの二つ年上の領主の息子もも昔は遊び相手として仲が良かったが後妻のとばっちりを受けるのを恐れて話しかけてすらこない。



だが、そんな周りに味方がいない孤独な状況でもミラは笑っていた。

いや、辛いからこそ笑っていた。


物置小屋に閉じ込められた時でも。

散歩と称し、魔物が生息する森に連れて行かれた際に置き去りにされた時も。

ただ、ミラは笑っていた。

時には、その笑みが気持ち悪いというのが原因で暴力を受けたこともあった。


それでもミラは笑うのをやめなかった。

亡くなる間際まで聞かされた母との約束を守るために。

絶対の存在である母の言うことは真実なのだと証明するように。

しかし僅か十歳の少女が酷い虐待に耐えられるはずもなく、むしろその行為が彼女に歪を作っていったことに気づかぬまま。




またもや事態が変わったのはミラが11歳の時だった。

とうとう痺れを切らした後妻が虐待で弱ったミラに療養という名目で近くにある大きな村の村長の家に預けたのだ。

その頃から飢饉の気配があり、正直貴族の娘を受け入れるのは迷惑だったが領主からの頼みに村長も断れず、ミラを受け入れた。


最初はミラの器量の良さとその愛想の良さに、迷惑ながらも内心孫ができたみたいだと喜ぶ村長夫婦。

将来有望な容姿の彼女に唾をつけようとしている男性が多くいたのだが、その異常性に気づくのは早かった。


村に魔物が入り込んだときがあったのだが、その際運悪く、年が近い男の子に誘われ共に出歩いていたミラは襲われたのだ。

常駐している領主の騎士団員が魔物を切り伏せたのだが、不幸なことにミラは軽症、友人は重症を負ってしまった。

急いで駆け付いた村長は血をだらだらと流す男の子、次にミラに目を移したがそこにあったのは――目の前で友人が瀕死だというのに薄い笑みを浮かばせるミラの姿だったという。


その日から、ミラは不気味な子供として村から恐れられた。


そして、運命の日。

飢饉に喘ぐ村は、村長を筆頭として領主に税の軽減や各種援助を求めていたが中々返事は返ってこない。

このままでは大人たちはいいがまだ幼い子供達は死ぬ者も出てくるだろう。

村長がそう考えたときそこにあらわれたのが、丸々と太った奴隷商人を名乗るものだった。


商人は、今からでもその美貌の片鱗をうかがわせるミラを売ってくれれば成人男性の十倍は出すという好条件を村長に持ちかけた。


村長はすぐにその商談に飛びつきたかったが、ミラは貴族から預かった子である。 売るなんて真似は到底出来ない。

そのことを話すと、奴隷商人は笑いながら魔物に襲われたとでも言えばいいじゃないかと村長を諭した。

遺体を渡せと言われても、もうほとんど食い尽くされた後であり証拠は服ぐらいしかない、と言ってしまえばこっちのものであると。

嫡子なら確かにまずいだろうが所詮ミラは妾の子。

新しく領主の妻になった女の噂を聞けば、責任問題など有って無きに等しいと商人は言葉巧みに持ちかけた。


その言葉を聞いて村長は熟考する。


ミラは不気味な子として村では気味悪がられている。

奴隷として売っても一部から反対は出るだろうが、多くは無言で受け入れるだろう。

成人男性十人分ということはその分人を売らなくていいということだ。

労働力が少しでも欲しい今、村の利益とミラ一人の命どちらが重いかは明白だった。

村長は決断を下す。



奴隷になるということを聞いてもミラは変わらなかった。


「すまん。悪いとは思うがこうするしか方法がないんだ……許してくれ」


ミラに頭を下げる村長。

その内容は一方的に奴隷にするという通告だった。

普通の人間ならばここで抵抗なり罵倒なりするのであろうが、ミラはただ一言。


「分かりました」


とだけ言って微笑んだ。


ミラの様子に安堵する村長。

内心喚き散らされてにげだされるかととひやひやしたが、ミラは相変わらず無表情にも近い笑みをうかべるだけだった。


翌日、奴隷商人に連れて行かれるミラの姿があった。

微笑みを浮かべながら連れて行かれる姿を見て村人達はやはりどこかおかしいんだと噂する。

村長もすまない、とつぶやきながらミラを見送った。




ミラは奴隷になると聞かされても何も感じなかった。

いや、感じなくなっていたというべきか。


長年の虐待に笑いながら耐えてきたミラの心は疲弊し、ただ笑みを浮かべる人形のような存在と化していた。

目の前で、村では随分話かけられていた男の子が血を流しても、ミラの目には一枚フィルターが掛かったように見え、どこか遠いものとして感じていた。

今のミラは馬鹿みたいに笑顔を貼り付け、周りを不快にさせないよう最低限の応答を繰り返すだけである。

何故笑うのか、それすらミラは忘れていた。



だが、そんなミラの心の歯車がずれ始めたのは奴隷が乗る馬車に連れられ、檻に入れられた時からだった。




目に入ってきたのは三人の子供だった。


自分とほぼ同い年ぐらいだが、貴族の娘という称号を持ち食事には困らなかった自分とは違いやせ細ってはいるが、奴隷になったにも関わらず悲壮感を漂わせない三人の子供だった。

周りの雰囲気が雰囲気なだけに仲むつまじい兄妹のような様子を見せる三人は馬車の中でも浮いている存在になっている。


ミラがその三人に目をやると丁度、二人の女の子が、顔中を腫らして寝そべっている男の子を挟みどちらが膝枕するかで争っている所だった。

その様子は見ていて実に微笑ましい光景だった。


始まりは静かに赤髪の女の子が自分の順当性をときだしたことだった。。

赤髪の子は自分が悪いからと薄い緑髪のやせ細った女の子を説き伏せようとする。

が、それにびくともせず緑髪の女の子は見た目は幼いというのに少ない言葉数で赤髪の女の子の痛いところを的確に付いていき反撃した。



思わぬ反撃に赤髪の女の子は額をぴくぴくとさせるが、それをこらえ今度は自分の身体つきと緑髪の女の子の肉つきを比べ、肉付きのいい方が男の子が喜ぶということを主張した。

確かにガリガリに痩せた女の子はこちらが気の毒になるくらい骨が浮き出ている。

膝枕は少し痛いかもしれない。

さりげなく酷いことを言った赤髪の子の言葉に緑髪の子は怯むかと思ったが彼女は思いもよらぬ行動に出た。

一瞬にやりと口を吊り上げたとおもったらなんと、いきなり泣き出したのである。

赤髪の子が虐めると泣きながら、眠そうにふらふらしていた男の子の身体におもむろに抱きついたのだ。

これに対して赤髪の女の子はわなわなと震えたと思ったら、とうとう激怒した。


緑髪の女の子にのしかかり、離れなさいよと叫びながら男の子から引き剥がそうと試みる。

だが、緑髪の女の子も負けじと踏ん張り返す。

不毛な攻防が始まった。


しかし、そこで今まで何も喋らなかった男の子がとうとう我慢できなくなったのか眠そうな顔をこすりながら喧嘩に介入した。


大人でも手を焼きそうなこの喧嘩をこんな小さい子が止められるのかと思ったが、男の子はいきなり女の子二人の手を片方ずつ握るとくるっと身体ごと捻る。

すると、ぽすっという音を立て女の子二人は男の子の両腕の中に納まった。


え、と無意識に吐息が漏れる。


それはもう見事な動きであり、正直何が起こったのか分からなかった。

そのまま両手にそれぞれ赤髪の女の子と緑髪の女の子を抱くと男の子は寝転がる。

いつの間にか腕の中に納まっていた女の子達もこれには驚いていたが、男の子が耳元で二、三言呟くと少し不満顔を見せながら三人仲良く馬車の床で寝息を立て始めた。

素晴らしい腕前であった。


奴隷という立場に落ちたというのに三人の寝顔は健やかなものだった。

それはどこにでもある兄妹、親子にも似た光景で、『家族』という単語が頭の中をよぎった瞬間、胸の中が少しちくりとした気がした。


……自分の様子をあの男の子が伺っていたとは夢にも思わなかった。




ガタ、という音で目が覚める。

どうやらいつの間にか寝ていたようだ。

壁によりそって寝ていたため腰が少し痛む。

あの三人につられて眠ってしまったのか。


鈍くぼやける視界が晴れると、目の前にあの男の子の顔があった。

どうしたんだろう、とミラが疑問に思っていると。

可愛い顔立ちをした彼はミラの身体の足の方からじっくりと胸まで目線を逸らしていき、胸の辺りで顔が止まった。


そして急にぱっと顔を上げ、ミラの顔を見るなり一言。


『おっぱい揉んでいいですか?』


とたずねてきた。


…………………………。


正直意味が分からなかった。

初対面でこんなことを言われたのは初めてだった。

こういう時は恥じらったり、男の子の顔を叩いたりするのが正しい反応なのだろう。

それが正しい反応。

だけど、心は何の反応も示さなかった。


ただ一つ反応したのはミラの中に染み込んだ言葉だった。

どんな時も笑ってさえしてればいい……。

機械的にミラの顔は笑顔を刻みこむと、口は勝手に少年に告げる。


『いいよ』


と。

それは傍から見たら異常な行為かもしれない。

だがミラの中では等しく無意味な行為だった。

どんなことをされても、求められても彼女の身体は勝手に笑顔を浮かべ従順に要求を承諾する。

世界に辛いことなどないのだから。

それはミラが二年間の虐待の中で見つけた逃避術なのかもしれないし、彼女なりの抵抗なのかもしれない。


すると少年はすっと一瞬だけ目を細めるとまたぱっちりと開き、


『こんな状況でも笑顔なんだ』とだけ言ってきた。


……見透かされたと感じたのは気のせいではないだろう。

彼は今確かに自分の歪を覗き込んだ。

長く隠し通せるとは思っていなかったが、まさかこんな早くからばれるとは思わなかった……それもこんな小さな男の子に。


今まで、ミラのこの歪みを知った人は彼女から離れていった。

気持ち悪い、何を考えてるか分からないと。

この男の子も私から直ぐに離れていくだろうか。

悲しみは感じなかったが、何故か胸がざわめいた。


この胸のざわめきは久しく彼女が感じなかったものだ。

一体これは何だろうか。

分からない。 

分からない。

分からない。

思考が出口のない袋小路に入ったように思える。


――そんな考えは男の子に胸を揉まれた瞬間に吹き飛んだが。


『へぇ、思ったよりでかいな』

暢気に話す少年の声が遠くのように聞こえた。

「…………」

ミラの口はぱくぱくと何かを告げようとするが、少年の予想外の行動に泡を吐くだけだった。

少年はミラが何も抵抗を見せないのをいいことに更に胸を揉む力を強めてきた。

その指捌きは実に器用で、その部分を意識したと思ったら今度は予想もできない場所責め、優しく撫でたとおもったらいきなり強く摘んでくるといった強弱合わせた技でその発育し始めた胸を弄ぶ。

「ん……!」

見た目どおりの年齢とは思えない熟練した妙技に、未知の感覚が全身にぴりぴりと染み渡り思わず吐息が漏れる。

感じたのは熱。

胸が熱くなりそこだけぽかぽかと暖かくなってくる。

ほんのりと優しい心地よさが断続的に頭に伝わってきた。

次第に心地よさは強まる。

それと同時に何か得体のしれない恐怖がわきあがってきた。

魔物に囲まれたときでもこんな恐怖は感じたことがなかったというのに……


「や……め、て」


そんな呟きが気が付けば口から出ていた。

母が死んでから、抵抗の意志を示したのは初めてだった。

いつもの彼女の笑顔は既にもろく崩れ去っている。

ミラの言葉を聞いた少年は、そのあどけなさとは無縁そうなあくどい顔を浮かべると、『やっぱ、こっちが弱かったか』と呟き更なる責めを加えようとした所で…………起きてきた赤髪の子に殴られて吹き飛んでいった。


『あんたは何やってんのよ!!』

『いや、気持ちよさそうな胸だなーって』

『死ね!!』


先ほどの雰囲気とは打って変わり、少年は赤髪の子と取っ組み合いになるとギャーギャー喚きながら喧嘩する。

男の子はもうあの顔ではなく普通の少年らしさを思わせる笑顔になっていた。

不思議な少年だった。

まるで何個も人格を持っているような、得体のしれない少年。

鋼のように硬かった自分の心がいとも簡単に崩された。

ありえない行動で自分の心の隙をつかれた。


その存在にミラは恐怖よりも嫌悪を覚える。

彼は自分の在り方を変える危険な存在だと頭が勝手に判断し、苦手な人物と結論を下す。


ミラの心の中では今までにない混乱が起き始めていた。





薄暗い森の中魔物たちの雄たけびと肉と肉がぶつかり合う音が響きわたる。

その戦場の中をカルマ達は物陰に身を隠しながらひたすら奥へ奥へと進んでいく。

戦場はもはやばらばらに散らばりあちこちで戦いが行われている。

このいつ襲われるか分からない中で悠長にミラを探すのは至難の技だといえた。

だが、カルマには秘策があった。


魔力に目覚めた人はその身体から微量な魔力波を発している。

これは空気中の魔素を取り込んだ際に魔力に変換する作業が脳の超感覚分野で行われ、完全に変換出来なかった魔力が漏出したものといわれている。


ミラがこの魔力波を発しているのは馬車の中で会話したときにわかっている。

ならばそれを気を探るような感覚と同じように行うだけだ。


カルマは一息つくと、自分の魔力を薄く薄く森の中に広げていく。 これにミラの魔力波がぶつかるとそこに揺らぎが生じる。

それを辿ればいいだけだ。


「見つけた」


カルマ達のいる場所から東に300メートル。

樹木が邪魔してここからでは見えないが、近くにはいたようだ。

だが、その距離は徐々にだが離れていっている。


ミラは自身でこの戦場から離脱しようと動いてるのか。


しかしあのミラが自分で動くだろうか。

カルマは不審に思う。


カルマの見立てでは、彼女は自発的な行動というものをどこか嫌っている……いや無意識に避けているように思えた。

カルマが胸を揉んだ時も何らかの抵抗があって叱るべきなのだが、彼女は笑いながらその行為を受け止めた。


その際、瞳に宿ったのは諦観と喜び。


面白いくらいに歪んだ感情はどのような思考を辿りそこに行き着いたのか。

前世では人間観察が趣味でもあったカルマとしては実に興味深かった。

まぁ……多くの人間を見てきたカルマにはおおよそ事情を推測はできるが。


「さてさて、お姫様を迎えにいきますかね――っと」


横から襲ってきたゴブリンの斧を手の平で捌きながらカルマは虚空に呟いた。

周りに敵がいないのを確認し、後ろの木陰に隠れているアイシャとノーレに手招きをする。

アイシャはいいがノーレは体力がないのでこうして少しずつ少しずつ進まないといけないのだ。

だが状況が変わり、すこし急がなくてはいけない理由が出来た。


「ノーレ、俺の背中におぶさってくれ」


「う、ん……ご、めんなさい」


ノーレはカルマの言葉に、早く走れないことに対する叱責のように感じ取ったのか申し訳なさそうに謝る。

その仕草に少し罪悪感を感じ、カルマはノーレの考えを否定する。


「あー、違うんだ。 ミラがどんどん離れて行ってるからもしかしたら魔物にさらわれてるんじゃないかって思ったんだ」


「どういうことよ」


横からアイシャが疑問を投げかける。


「そのままの意味だよ。 ミラが魔物にさらわれてこの速度だと見失いそうだから急ぐんだ。 ノーレは無理だけど、アイシャなら走れるだろ?」


「そういうこと。 なら急ぐわよ!」


アイシャはその性格故に熱くなりやすい。

すぐにカルマの言葉の意味を飲み込むと二人を置いて駆け出した。


「――っておい! そっちじゃない! 反対だ!」


東とは真逆の西に走り始めたアイシャにカルマは叫びながら、自身もノーレを背負い東に走り出す。


「え、嘘! ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!」


後ろからアイシャの慌てる声が聞こえてきたが、そのお茶目な行動をからかう余裕は今はない。


(まぁ後でおもっくそからかってやるけどな!)


「……お、兄様。 わるい、顔してる」


意地悪い笑みを浮かべる様子はノーレにしっかり見られていた。




走り出してから一、二分ぐらいでミラは見つかった。

最も、カルマの想像通り一匹のオークに担がれて運ばれている状況だったが。


(おいおい……)


オークの方は恐らく戦いから逃げ出した逃亡兵という所だろう。

生き残るために戦うという行為よりも逃げるという行為を選び、そのついでに偶然見つけた上玉の女も攫っていこうみたいな。

その証拠にオークは仲間や敵に見つからないように周りをキョロキョロと警戒し、碌に足元を見ていないために木の根や窪みにつまずいている。

別にそれは構わない。

逃げることも立派な戦略であるからして。

分からないのはミラのほうだ。

目が開いていることから意識はあるのは分かるのだが抵抗というものをしないで素直に運ばれている。


「まぁ……いいや。 とりあえず助けなきゃな」


カルマはミラの悪癖を一旦無視するとノーレを地に下ろす。

後ろから追ってきていたアイシャも止まらせると、落ちていた手ごろな石を掴みオークに向かって投擲する。


「ミラ。 当たったらごめん!」


ミラに当たる可能性無視で放たれた石は果たしてオークの右肩に直撃した。

だが、頑強なオークの身体に対してひ弱な子供の力で投げられた石は大きなダメージを与えるのには至らない。


が、それで十分だった。


周りを警戒していたオークは石がぶつかった瞬間、びくっと身体を震わせ足を止める。

そして振り返ろうとした瞬間を、魔力で身体強化したカルマが刹那の間で接近しその喉を手刀で一突きした。

「ガァッ!」


オークの口から鮮血と共に断末魔の叫びが漏れその命を終わらせる。

カルマはオークの喉から血にまみれた手を引き抜くと、近くの木から葉をむしとり血を拭い取る。


そして呆けているミラの顔に目を向ける。

その表情にいつもの笑みはなく、むしろカルマを見る瞳に僅かなおびえが見えた。

その様子を見てカルマは自分の作戦が成功しつつあることを知り内心喜ぶ。

馬車の中でかけたモーションは失敗ではなかったようだ。


「大丈夫?」


カルマはわざと顔を近くしてミラに声をかけた。

前世では悪魔のような性格と称されたのは伊達ではない。

彼女の中に芽生えだしたカルマに対する苦手意識を煽るのは赤子の手をひねるより簡単なことだった。


「だ、大丈夫だから」


ミラは取り繕うように笑みを作るとカルマから一歩はなれた。

その挙動から、魔物に襲われていても眉一つ動かさなかったミラの動揺具合が見てとれる。


「大丈夫ってことないだろ? ほら魔物にも攫われてたしぃ?」


にやにやと趣味の悪い顔をしながらカルマは更に身体を近づけた。

おまけとばかりにミラの顔を両手で挟み、ぐいっとこちらに引き寄せる。


「どっか傷ができてそこから病気になったら大変だろ」


「本当に大丈夫だから!」


どん、と軽い感触と共にカルマの身体は後退する。

ミラの二度目の抵抗だった。

その瞳は恐怖と嫌悪が占めている。

カルマを突き飛ばした本人は一瞬自分が何をしたのか分らないとばかりに両手を眺めるとそのまま後ろの木に寄りかかり、静かにうずくまった。

そして頭を抱えながら何かをぶつぶつと唱えだした。

「わ……え。わ、……ら………わ、え」


「お、おーい。 ミラさーん」

ちょっとやばい様子のミラについやりすぎてしまったかと危惧する。

とそこへ


「ちょっと、何してんのよ!」


カルマとミラの一連のやり取りを見て後方で待機していたアイシャが叫びながら駆けつけてきた。

顔は赤く蒸気し、憤慨の表情を示していた。


「いや、ミラの身体に怪我がないかだな……」


「だからってあんなに顔近づけなくてもいいでしょ!? これだから男は!」


お前はどこかの委員長か……と思わず呟きそうになったが何とか飲み込む。

今、ここで茶々をいれると厄介なことになりそうだったからだ。

なんかやり過ごす良い方法はないか、とカルマが視線を一周させた時丁度良いものが見つかった。

そして誤魔化すように後ろを指差す。


「ほ、ほらアイシャ。 向こうから敵がきてるぞ~」


「えっ!? ってそんなのに引っかかるわけないでしょ! 馬鹿なんじ――」


「いや、わりとマジで」


「えっ!?」


アイシャが振り返るとそこには、


「ほ、ほんとにいっぱいいる……」


ゴブリンやオークだけではない。

蜘蛛型にワニのような外見、他にも見たことない種類の魔物が周囲から迫りつつあった。

戦場で流れた血に加え、アイシャの大きな声は森の中の魔物を呼び寄せていたのかわらわらとその数を増やしていく。

サァーと青い顔になるカルマとアイシャ。

二人は恐る恐る顔を見合わせると


「逃げるか」

「逃げましょ」


一分の反論の余地もない互いの意見の一致。

カルマは未だに目が虚ろなミラを担ぎ、アイシャも無言でノーレを背負う。

状況判断の早いアイシャとのコンビだからできる無言の連携だった。


「俺が走りながら前の敵をできるだけ削いでく! お前は絶対に俺の後ろから離れるな!」


「分かった!」


カルマは右手にあるオークから奪った大振りのナイフを構えると敵が薄そうな場所を即座に知覚。

殺気を限界まで放出し魔物を威嚇しながら足を踏み出した。


「ハッ!」


一閃。

最初に立ちふさがったオオキリ蜘蛛の頭部を一刀のもとに切り裂き、次にその斜め後ろにいたジュエリーポップに蹴りをいれアイシャの進路を確保する。

次々と切り裂かれていく魔物たちに数匹の魔物は太刀打ちできないと悟ったのかカルマたちから離れていく。

だが、それでも四人を追う魔物は尽きない。

『万物の森』の名は伊達ではなかった。


「クソッ! キリがないな。 アイシャ、大丈夫か!」


「ぜーぜー、だい、じょうぶ、なわけ、ないでしょ!」


「そっか! ならまだ行けるな!」


「ちょ、ほんとに限界、なのよ!」


走り出してから数分。

肩で息をし呼吸を荒くする彼女の言葉には真実味が増していた。

魔力で身体強化しているカルマならまだミラを担いでいても余裕があるが、生身のアイシャでは、小柄であってもノーレを担いで走るのには限界があるのだ。

カルマは悩む。


「うーん、そろそろ限界か。 でも正直ここで魔力を使い果たすのは厳しいしなぁ……」


悩んでいる間もアイシャの体力は刻々と減っていく。

しかし、ここで全力を費やして逃走しても地理がない彼らでは目的地が設定できないのだ。

これではゴールのないマラソンを走るようなものだった。

だからカルマは選択を委ねることにした。


「なぁアイシャ、ノーレ」


「何よ」

「な、に……」


「じりじりと死ぬのと、一発どかんと死ぬのどっちがいい?」


あえて抽象的に話したのは少し弱音が漏れてしまったのかもしれない。

男として情けなく思うが、この状況で全員守れる保障はどこにもなかった。

この状況で訳もわからない二人に選択を委ねるのは卑怯だとも思うが、せめて死ぬ可能性があるなら選択させてあげたかったのだ。


「そんなの一発どかんにきまってるじゃない」

「私は、お兄様の、……好きなほう」


二人は躊躇いもせずに答えた。

彼女達らしい答えにカルマから笑みがこぼれる。

横でその笑みを意味ありげにミラが見ていた。


「じゃあ、一か八かのでっかい賭けと行きましょうかね。 死んでも後で文句は言うなよ?」


「勿論」

「う、ん……」


二人が頷くのを見届けるとカルマは急停止した。

そして右肩にアイシャ、左肩にミラ。

背中にノーレをしがみつかせると、一気に魔力を脚を中心に循環させ太股の辺りで流れを抑えた。。

身体強化の基本は魔力の循環だが、一部の流れを塞き止めることで解放された時の魔力は数倍の強化を与える。

代償はそれなりにあるが今こそ使う時。


「うっし、行くぞ!」


掛け声で脚にたまっていた魔力を爆発させる。


瞬間、景色が前から後ろに流れていった。

追ってきていた魔物たちに視覚の追随すら許さず、カルマは三人を担いだまま森の中を高速で進んでいく。


(予想以上にきついな……)


今、四人合計の体重は百キロ近い。

カルマの魔力量と力の消費具合から考えてあと五分もてばいいといったところだった。


(さて吉と出るか凶と出るか……)


この先に更なる強敵が出てきたら、待っているのは確実な死だ。

もし身体を長時間休ませられる所ならば生。

まさに一か八。

その結果が五分後に待っていると思うと無性に楽しくなってくる。

前世でもギャンブラー気質があった彼はこうしてスリルを感じると異様にテンションがあがるのだった。


「ひゃっほーーーー!!」



まだカルマ達の逃走劇は続きそうだった。


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