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奴隷はこうして始まった。

始めまして 牡鹿です。

遅筆なので更新にいらいらするかもしれませんが楽しんでもらえるよう頑張ります。


1 異端児


異端、というのはどの世界でも排除されるらしい。

それが俺、カルマのわずか八歳で知った現実だった。

俺が前世の記憶を持って転生してやってきたこの世界、名前は知らない。

何故って?

聞く前に捨てられたからだ。

勘違いしないでほしいのだが、俺の実の親は立派な人だ。

どこかから流れてきた民のようで村では孤立していたが俺の覚えている限りでは優しく温かい人たちだった。

今は村の流行病で死んでしまったが、彼らが生きていたら俺の人生も変わっていたのだろう。

そんな俺が生まれたのは、それはもう小さな村だった。

日本のように過疎化が進み、若い人が少ない、そのせいで食べるものも無く商人も寄り付かない今にも寂れそうな村。

俺の両親はさっき言ったとおり既に死んでおり、生き残った俺も小さい時から新しい保護者に奴隷の様に扱われていた。

なまじ前世の記憶を持っているために頭がここの奴らよりいいので、手間がかからない働き蟻みたいな扱い。

迷宮やら王都やらに夢を追いかけていった若いやつらに代わって俺は馬車馬のように働いていた。

そんな俺の転機とも呼べる事件が起こったのが約一年前。

当時、村の近くで暴れていた盗賊団が攻めてきたときだった。

丁度その時しょぼい自警団は狩りに出ており、不在。

自警するためにいるんだろうって奴らがなんでいないんだよって思うが、村は慢性的な食糧不足に陥っているからしょうがないっちゃしょうがない。

で、このままじゃ村は終わりじゃーとか村長さんが騒ぎ立てるので俺が一計案じることにしたのだ。

混乱している村長に俺の作戦、題して空城の計――割と有名な作戦――をアレンジしたものを提案。

最初は相手にしてもらえないと思ったのだが俺の頭の良さが割りと広まっていたのか俺の必死の説明によって村長を頷かせることに成功。

そして八歳児とは思えない指揮によって、村の人達を避難させ、一部の男共は指定箇所へ誘導、設置し、まんまともぬけの殻となった村で強奪を働く盗賊三十人が油断した所を奇襲。

あえなく不貞な輩はお縄となった。

まぁこれだけ聞くと、なんだ簡単じゃんとか思われるけど、村の酒に睡眠薬を入れたり、馬酒香――馬や牛を酔わせる、マタタビみたいな効果の香――を風上から炊かせて馬で逃げられないようにしたりと様々な工夫を凝らし成功確立を高めたのだ。

そしてこの件で一躍有名になった俺はこの村でなんと英雄扱いにされる――なんてことはなかった。

今頃かよって、帰って来た自警団が騒がしい村の様子に気が付き村長に説明を求めたらしい。

村長はありのまま説明。

自警団のリーダーはありえないとか言って騒ぎ立てる。

わずか七歳の子供がおかしいだろーってなって、(まぁそこは否定しないが)俺は何時の間にか忌み子に認定されていたわけだ。

別にこの判断はおかしいとは俺は思わなかった。

だって普通の七歳児はそもそもが少し物事を知ってるぐらいなんだぜ?

それを俺は言葉どころか大人ですら知らない知識を披露し、あまつさえ人殺しの手段まで考えだしてしまったんだから。

正直やりすぎたなーとは思ってる。

反省はしていないけどな。

現代日本では滅多に起こらない殺人事件とか強盗強姦が珍しくない世界。

そこで生き残るには多少無茶をしなくちゃ生き残れないのだ。

自分の居場所は自分で守る。 それがこの世界の常識なのだ。

ただまぁ――俺は結果的に村の村長権限と義理の親の後押しで奴隷になってしまったわけなのだが。



ゴトゴト、とあまり優しくない刺激が俺の尻を断続的に打ってくる。

一際大きな揺れが馬車を襲い、浅い眠りについていた俺の身体は無意識に跳ねた。

ぼやーとした視界と共に意識も覚醒していく。

奴隷として檻の中に入れられてもう二日、疲れからか俺は寝ていたようだ。

ただ精神的な疲れからか俺はあまり思い出したくない夢を見ていたらしい。

俺が奴隷になった理由とあの胸糞悪い村での話だ。

夢にまで出てくるとはなんて忌々しい……

このまま二度寝を決め込んでやろうかと思ったが、俺は馬車床の固い感触を思い出し断念した。

さて、俺があの村を奴隷として出発して向かっているのは村より遠く離れたここら辺ではもっとも大きい街である。

徒歩で一ヶ月。馬車で半月と行った所にあるため非常に俺としては辛いものがある。 馬車は揺れるし、中は煤や垢で黒ずんでいるし、半月も過ごすのにこの環境は大変参るものがある。 食事もほんの僅かであるし、トイレも一日二回。

脱走しようにも檻に足かせみたいなのが巻きついていてまだ子供の身体である俺にはとても外せるものではない。

暇を持て余してもやることといったら精々外の緑豊かな悠久な自然を眺めることぐらいか。

一応俺以外にも二人奴隷はいるが、一人は成人した痩せぎすな男であるし、もう一人もヒステリックそうな女であり、どちらも悲壮な目をしながらなにやらぶつぶつ言っているためとても話しかけられる雰囲気ではない。

御者である奴隷商人もいかにも悪人です、みたいなメタボ腹と脂ぎった顔したやがるし、話したいとも思わない。


しかしこの商人は行く村先々で奴隷を集めているようで、これから先、俺の退屈を紛らわせてくれる人が来てくれる可能性もあるかもしれない

本当は来ないほうがいいのだが、今の俺は狭い空間に閉じ込めれているせいか人と話したくなってしょうがないのだ。

早く来い、と念じながら、俺はその機会が来るまで大人しく外の景色を眺めることにしたのだった。




更に二日が経った。

この日はなんと念願の話相手が馬車に乗りこんできた。

俺より少しだけ年下らしき少女である。

痩せすぎで頬がこけていて、見ているこっちが悲しくなる風貌だったが、ここら一帯の村は飢饉に襲われているという事情を考えれば納得も行く。

恐らくは村の口減らしと資金の確保として売られた娘のなのだろう。

可哀想だとも思うが、同じ俺に出来るのはせめて彼女の話相手になり、寂しさを和らげることぐらいだろう。


いや、別に俺がロリコンってわけじゃないから。

いや、まじで。

幸いなことに身体が小さいもの同士だからか同じ檻の中である。

これを機にフラグをたててやるぜ!って意気込んだはいいものの……

俺が話しかけると少女はなぜかギョロっとした目をこちらにむけるだけで後は「うん……」とか「ううん……」ぐらいしか話してくれない。

うーん。言語障害ってわけでもなさそうだしし。

これは性格なものと、奴隷として売られた時のショックが重なったものなのだろうか。

俺が近くによると直ぐに離れるし(とは言っても狭い檻の中なのであまり変わらないが)人間嫌いなのかもしれないな。

ただそれでも俺は彼女に一方的に話かけるけどね。

暇だし。

これから仲良くなっていけばいいと思う。

俺はそう考えながら馬車の上で眠りについた。



次の日、今度はまた一人少女が馬車に乗り込んできた。

他にもなよっとしたおじさんが乗り込んできたがそいつは知らん。

女の子と仲良くするのがリア充への近道なのだ。

乗ってきたのは目元が少しきつい感じのある気の強そうな少女。

赤髪ツインテールなのが更にグッドである。

早速俺は話しかけるが早々に無視された。

なんなんだろう。 俺はそんなにキモイやつなのか。

急にリア充の道が遠のいた気がするぜ。

だが一回無視されたくらいで諦めないのが俺クオリティ。

ガンガン話しかけるが少女は常に無視。

ここまで来ると最早喋れなくなる呪いでもかかっているのではないのか。

最初の子よりも無口だ。

改めて彼女の様子を伺う。

(ん……?)

ちょっとした違和感。

この子よくみると、顔が少し青いような……

気のせいだろうか。

まぁそれを言ったら明らかに栄養失調な緑髪な最初の子なんかもやばいしね。

多少の体調不良なんかは多めにみるしかない。

しかし、体調が悪いのいなら無理に話すのはよくないだろう。

俺は会話を諦め眠りに付くことにしたのであった。




更に次の日。 俺が奴隷になってから六日が経った。

今は夕食の時間である。

奴隷には一日に二度食事が配られる。

硬く、少しかびたパンと塩気もへったくれもない干し肉、それと少々の水。

正直これから成長しなくてはいけない時期にこれだけの量しか食事が与えられないと言うのは中々にきついものがある。

だが、それより俺が心配なのは緑髪のこの子。

もともとガリガリに痩せていて体力は無さそうだったのだが、ここ最近の馬車生活のせいかかなり体力を消耗してきているみたいだった。

水以外は床に直接置かれた食事をゆっくりと味わうように食べているのだが、やはそれでは足りないのか。

食べ終えても気の毒なほどにお腹を鳴らし悲しそうな顔をするのだ。

その顔が前世で見かけた、骨と皮だけになってしまった飢えた野良犬の姿に被ってしまって忍びなく思えてきてしまった。

妹がいた身としてもこれはほっとけない。

どうしても兄としての庇護欲がうずうずと出てしまう。

だからだろうか、俺も相当限界なのだが彼女に俺のパンを与えてやった。

目の前に差し出されたパンを見て、最初彼女は困惑しているようだった。

俺とパン、交互に視線を移し、自分に何を求めているのか分からなかったのだろう。

まぁ俺もただでさえ少ない食事を分け与えている奴をみかけたら気がおかしくなっただろうと思うよ。

だからこれは気のおかしい奴の奇行。 ただの自己満足である。

俺は未だパンに手をつけない少女に一言、食べな、とだけ告げた。

少女はしばらく俺の顔をじっと眺めた後、しばらくして静かにパンを口に入れた。

……それも泣きながら。

少しびっくりしたが、少女もいきなり家族と離され奴隷として連れて来られて不安だったんだろう。

そしてちょっとした親切で緊張状態が瓦解したに違いない。

俺は静かに少女の頭を撫でてやった。

一瞬びくっ、と震えたが何とか抵抗されずになでさせてもらった。

しばらく撫でていると、何とすりすりと俺の膝の上に乗って腰に抱きついてきた。

か、可愛い。

 なんだかんだで親や兄弟に甘えたい年頃だ。

俺がパンを与えたことに心を開いてくれたのかもしれない。

うん、これだけでも少しはパンをあげた甲斐があったというものだ。

ついつい頬が緩んでしまう。

これからも食事を分けてあげようと思った。

だが、俺達のこの美しい光景に異を唱えるものがいた。

……赤髪ツインテールの少女だった。

初めて聞いた声はりぃん、と鈴が鳴るような声音。

涼しげで心地良い音というべきだろうか。

しかし、その人を癒す声色とは裏腹に彼女の口から発された言葉は随分と辛辣なものだった。


曰く――私の前でくだらない茶番はやめて、と


どうやら何かが彼女の琴線に触れてしまったようだ。

普段より数段鋭さが増した瞳をこちらに向けてくる。

その鋭利な視線を受けて、腕の中にいた少女は隠れるように俺の胸に顔を埋める。 子供は雰囲気を感じ取りやすいため、俺と金髪の間に流れる空気に不穏なものが混じったのを感じ取ったのだろう。

俺は大丈夫と言い聞かせるように少女を抱きしめる腕の力を強めた。

そして金髪の方に改めて視線を向ける。

自然とにらみ合う形になる。

自分より少し年上の少女。

気が強そうというイメージは崩れていないが、ここまで喧嘩早い性格とは思っていなかった。

俺が話しかけたときも、うざい、と一蹴するわけでもなく冷静にスルーしていたためもう少し理知的な印象を受けていたのだ。

だが、今はどうだろうか。

彼女の瞳は猛烈な怒りに燃えている。

全てを憎み、この世に信じられるものなど何もないと疑わない目。

俺とこの小さな子をまるで親の仇のごとく見つめる彼女は最初感じた理知的という雰囲気は一切感じない。

俺は、その威圧する目に負けじと問う。


――何故そんなことを言うんだと。


だが俺のちっぽけな奮闘虚しく、彼女はただ睨み付けるだけだった。

口にすることすら不興ということか……

それとも彼女自身もこれが単に奴当たりというのが分かっていてこれ以上無様な姿を見せたくないか。

何ともこの世界の子供というのは子供にしては成熟した精神をもっているものだ。

安定した生活が保障された日本と違い、毎日が心を磨き上げる、密度の濃い日常ということか。

もっとも磨きすぎてすり減ってしまっている感が否めないがな……。

ただこれ以上は埒が明かない。

にらみ合うというのも中々に体力を使うので俺は肩の力を抜くと、まだこちらにキツイ視線を向ける彼女に背を向けて寝転がる。

その際、俺の腰にしがみついていつの間にか寝ていた少女も横に寝かせ、腕枕をしてやる。

とりあえずこの子と仲良くなれたことが今日の収穫のようだ。

俺は後ろの赤髪に、お前も寝れば、と声をかけてから目を瞑った。

赤髪の反応も見てみたかったが、それより先に眠気が襲ってきた。

俺はそれに逆らわずに意識を手放した。



馬車生活十日目


この日はこの辺で少し大きい村に到着した。

だが俺達は馬車の中で基本待機。

メタボ野郎は奴隷の買い付けに村の中に入っていく。

恐らく村長らへんと交渉しているのだろう。

前にも話したがここ最近、大雨や異常な害虫の発生、急激な気候の変化などの要因により軽く飢饉状態に付近の村は陥っている。

その為食料は蓄えから切り崩すか、外から商人が運んできた物を買うしかないのだが、殆どの村でこの事態が起きているので物価の上昇が著しい。

村にある金では限界があるのだ。

そこで奴隷が売られる。

村から労働力にならない若い女や年老いた男を売り、金を増やし、更に口減らしの効果も得ようというのだ。

そして飢饉の今、奴隷に落ちるものは多く奴隷の価値は相対的に下がる。

奴隷の仕入れ時としては大変都合がいい時期とも言えるのだ。

あのメタボ男がこうして長期間村を回り奴隷を集めているのも他の奴隷商人に先を越されないように必死なのだろうと思われる。

慢性的に不足している奴隷は他の地域に連れて行けば高く売れるのだ。

本来ならここらを治めている領主が飢饉対策(村に何らかの金銭的支援もしくは物質的支援)をとっていてもおかしくないのだが、この領主、魔の領域が近くに存在するため実に吝嗇家という噂であり、それは真実らしい。

緑髪の子――名前はノーレというらしい――に証明されるように、ちらほらと見えるここの住人も肉付きがいいとは決していえない。

赤髪ツインもノーレほど酷くはないが痩せている。



そうそう赤髪ツインと言えば最近彼女は何かと嫌がらせに近いことを俺達にしてくる。

俺とノーレがいちゃいちゃしていると暴言を吐いてきたり、トイレ休憩の際にはわざとよろめいて腹にブローを決めてきたり。

何もしていない時でも俺達を何かと睨み付けてくる。

思わず、やんのかゴラァ!と怒鳴りたくなるぐらいだ。

やるとノーレが怯えそうなのでやらないが。

とまぁ何かとやりたい放題の彼女なのだが今日はどうもおかしい。


日に日に顔が青くなっていくなぁとは思っていたが、今日のは明らかに様子が違った。

顔に苦悶の表情を浮かべ、何かを耐えるように歯を食いしばっている。

わずかにだが咳もしている。



これはもう何かの病気が進行している可能性が高い。

どうかしようにもあのメタボはここにはいないし。

そもそも奴隷という立場が医者に掛かるということを許しはしない。

メリットとデメリット。

この場合赤髪に医者を呼び高い金を払うというデメリットを背負ってまで、病気を治すメリットがあるか。

俺の予想ではメタボ腹は医者を呼ばない可能性が高い。

あのタイプは後々得られる利益よりも目先の利益と損害に目が行くタイプだ。

護衛が冒険者二人しかいないことからもけち臭い性格をしていると分かる。

しかし、医者にいけないとなるとどうするか。

と、俺が思考し始めた所で、赤髪が何かを咳と共に吐き出した。

床を赤く染めるそれ。

それは俺達に最も身近だけれどあまり見る機会のない液体。

赤黒く光る血だった。

これには流石に無感情な奴隷さん達も驚いたみたいで、小さく悲鳴を上げる者もいた。

赤髪はしかしそんな反応など気にしていないかのように、床に垂れた血を眺め、次に手の甲で口元を拭うと、寝転がってしまう。

俺が大丈夫か、と問いかけても無視。

軽く肩を揺すっても無視。

耳に息を吹きかけたら……殴られた。

……痛い。

とりあえず、彼女はこの現状に対して特に何も思っていないみたいである。

それこそ、死ぬんなら死んでもいいや、みたいな。

諦めの感情が伺えた。

彼女の人生に何があったかは知らない。

奴隷として捨てられるのだからよほど辛い思いをしてきたのだろう。

だけども、まだ幼いこの子が死を望むというのはどうも許せなかった。

それに確実ではないが彼女の病気の正体は分かった。

顔色の悪さ、風邪の症状、痛みを我慢してるような表情、そしてさっき近くに寄った時見えた内出血のような斑点。

ここから導き出される症状は恐らく壊血病

ビタミンCの不足により発症し、果物や野菜が取れない海賊や航海士達が多く罹り死んでいった病気だ。

この地帯を覆う飢饉。 干し肉や味のしないスープなんかだけで過ごしていたなら珍しくもない病気ではある。

しかし、治すのは簡単で、ビタミンCを多く含む食物を取ればいいのだが……いかんせんここらじゃ野菜や果物一つとっても貴重であり高価だ。

救えないわけではないのだが……

と、そこまで考えてため息ひとつ。


(こんな所で使うはずじゃなかったんだけどな……)


本来なら俺が奴隷として売られないために、交渉材料として使うはずだった物。

普通に持っていたら確実に回収されてしまうため、口の中に入れて隠していた豆粒大の宝石を俺は手の上に吐き出した。

それを見て腰にしがみついていたノーレが目を見開く。

これを知っているとは中々博識な子だ。

俺が持っている宝石のようなこれ、名を【神力結晶】という。

迷宮や自然界に極々一部湧出し、これを摂取することにより寿命が延びるという不思議な石だ。

大きさにより効果の大小が違うため、売値はピンきりだが、このぐらいの大きさなら果物や野菜を買ったとしてもお釣りが山ほどくる代物である。

ふむ……。

これを交渉に使えば彼女の病気は治るだろうが、俺は奴隷から抜け出せない。

逆に彼女を見殺しにすれば俺は助かるわけだが。

ここで彼女を助けないのはナンセンス、信条に反する。

まぁ確立は低くなるがまだ脱走する方法はない訳ではないし、人命優先といっておこうか。

そう頭で結論を出した俺はとりあえずメタボの帰還を待つのだった。




馬車生活十二日目


結論から言えば、赤髪は助かった。

この世界にはビタミンCが多く含まれる【スコの実】というのがあるのだが、それの瓶詰めを購入させ、彼女に定期的に摂取させることには成功した。

その際に予想通りといえばそうなんだが少し大立ち回りを演じ、今の俺は顔面あざだらけである。

あのメタボめ……いつかボコボコにしてやる。

とまぁ、久しぶりに身体を張ったおかげかその見返りというものはあった。

赤髪が俺の看病をしてくれるようになったことだ。

それは自分のせいで俺が殴られたという罪悪感からもあるのだろうが、時折見せる笑顔はこちらに心を開いてくれたという証だと思いたい。

看病をどちらがやるかでノーレと喧嘩するのは止めて欲しいが……

一昨日から考えればまぁ、信じられない進歩とも言えよう。

人間の歴史は戦いの歴史であるってな。

そういえばもう一人仲間が増えた。

名前はミラ。 肩まで金髪を伸ばした薄幸の美少女である。

この娘を連れて来たときメタボがニヤニヤしていたことから余程いい買い物なのだったのか、どうも訳ありっぽい少女である。

年は十二ぐらいで俺達の中では一番上であり、おっとりとした雰囲気が大人びた印象を感じさせる。

彼女はノーレやアイシャ――赤髪の名前である――と違い、こちらに敵愾心とも言うべき反抗的な感情は見せず、最初から柔らかくこちらに接してくれた。

肉体攻撃までしてきたアイシャとは大違いである。

ちょっ……痛ッ。 目は! 目は止めて!

と俺達がじゃれついていてもミラは終始笑顔である。

狭い檻にいても不満顔を一切見せず、笑顔でいるミラは確かに表面上を見れば穏やかで何の問題のない様に見える。

だが、俺の中ではどうも違和感が拭えなかった。。

奴隷という最悪な人生に落とされたものなら本来、ノーレやアイシャの反応の方が人間としては正常であるのだ。

怒り、嘆き、悲しみ、諦める。

人間として正しい状況に対して正しい感情の発露があってしかるべきであり、矛盾した感情と行動は人間として歪んでいると言ってもいい。

彼女の笑顔はまるで顔面に薄いマスクでも貼り付けたように空虚であるように感じるのだ。

心の中では何かの感情を秘めているのに、表情は真逆を表しているとでも言えばいいか。

こういうタイプは本当の意味で心を開いてくれることが難しい。

半ば、自分でも本当の気持ちに気づいていないのでいくら、無理すんなよ、とかイケメン的なことを言っても、何が?、で返されることが多い。

ここはしばし静観か。

なんだか目的が女の子を攻略することになっている気がするが、これも辛い馬車生活をハーレムうはうは状態に持ってくのには必要なことなのだ、とか自分を納得させながら今日も俺は眠りにつく。




馬車生活十三日目


俺が目を覚ましたのはまだ日も出ていない明け方だった。

いつもと違う、金属がこすれる音やぱたぱたと軽いものが地面を叩く音によって無理やり覚醒させられたのだ。


(なんだ……?)


勘でしかないが無性に嫌な予感がする……。

俺が気になってノーレ達を起こそうとした時それは、始まった。

バシュッ、という空気の切れる音。

それを皮切りに、次々と馬車の幌から突き出してくる矢じり。

それが開戦の狼煙だった。

一斉にパタパタという軽い足音がこちらに迫ってくる。

それと同時に金属と金属が打ち合ったような甲高い音が暗い馬車の中に響き渡る。

その音で他の奴隷たちも目覚めたようだ。

いかにも眠そうにしながら皆、何事かと戸惑っている。

ノーレやアイシャは子供だからか、まだ寝ぼけ眼をこすっているが。

俺は現状把握の為に身体を捻り狭い檻の中で立ち上がると、打ち込まれた矢によって作られた馬車布の切れ目から外を覗いた。

そこにいたのは、この長い旅が始まってから護衛として付いていた二人の男と、


(緑色の人間……? ゴブリンか!)


緑色の肉体と醜悪な顔。

チンパンジー並みの知能を持ち、小柄ながら腕力に優れた魔物。

複数で行動する為に、こちらに全体攻撃のできる魔法やスキルを使える相手がいないと相手をするにはきついと言われている。

ここの近くには、魔の領域があると昨日メタボが言っていたことから、奴らはそこから略奪に来たのだろう。

再び、切れ目から外を覗く。

ゴブリンの数は詳しく分からないが、およそ十五。

それに対し、こちらの護衛は二人。

彼らがよほど腕っ節に優れていない限り、結果は絶望的だった。

それに加え護衛の二人は何本か矢を食らっているようだ。

恐らく最初の奇襲の際、不意をうって攻撃をくらってしまったのだと推測。

この時点でもうだめだと判断した。

そんな二人の健闘を観戦し始めて二分。

とうとう彼らは大量の出血による影響からか膝をつき、その隙を狙われゴブリンに首を落とされた。

ころころ、と転がっていく首は何とも俺達の行く末を暗喩しているようで暗鬱な気分になる。

そして魔の手は俺達にも及んだ。

一匹のゴブリンが馬車の幌を手にした粗末なブロードソードで切り裂いていく。

そして開いた口から乗り込んでくるとその剣で男どもの首を刎ねる。

ゴブリンにとって必要なのは人族の女性であって男性ではない。

基本的にゴブリン種のような人型の魔物は人型の動物を食用にしないため、繁殖に使えない男性は捕獲対象にならないのだ。

ゴブリンは次々に悲鳴を上げて抵抗する男性を殺していく。

その中にはあのメタボも含まれていたが奴の準備不足が招いたことなので自業自得としか言いようが無い。

この三流スプラッタの様な惨劇、ノーレとアイシャには刺激が強すぎたようで今にも気絶しそうな程真っ青になっている。

しかし阿鼻叫喚がデフォルトとなった俺の視界の中に一つだけ異質なものが混じっていた。

薄幸の美少女、ミラだ。

彼女のいつもニコニコとした笑顔は確かに普段の日常では自然なものとして万人に受け入れられるだろう。

俺も普通の出会いをしていたら彼女の蕩けるような笑みにほだされていたかもしれない。


だが――この状況で笑顔でいられるのは異常だ。



首が飛び足がちぎれ血臭濃く漂う馬車内において、歴戦の戦士ならともかくただの小娘が冷静でいられる確立が何パーセントあるだろうか。


ただ一つ言えることは彼女は壊れかかっているということだけ。

人間の思い込みというのは実に厄介なものであり、一回自分はこうであると定義してしまえば中々変更が効かないということだ。

こんなのは自分のキャラじゃない、自分はもっとこうあるべきなのになどと思ったことはないだろうか。

だが性格を変えることはできずに悩んだことはないだろうか。

ころころと性格が変わるのは情緒不安定でしかないが、彼女はむしろ情緒固定になってしまっている。

笑顔でいることを己のあるべき姿、本当の自分だとおもいこんでいる。

そこから考えられるのは、彼女はいつもか笑顔で過ごさなければいけない生活を送ってきたということだ。

奴隷になる様な人達はそれぞれ重い過去を背負っている。

それは分かるし納得しなくてはいけないのだろう。

だがこのまま彼女が壊れていくのを黙って見ていられるような器用な性格をしていないのが俺だ。

本当ならゆっくりと彼女を自然体に戻していくのがいいのだろうが、生憎と今は未曾有のピンチ。

俺の命すら危ういこの状況で女の子のことを考えているのはなんとも暢気なものだと我ながら思うが性分なので仕方がない。

ピンチはチャンスとも言うし、いっそこの状況、上手くすれば奴隷からも脱せるしミラの凝り固まった心も戻せるかもしれない。

フフフ、と久しぶりに頭の中で黒い笑いがにじみ出る。

ああ、実に愉快だ。

前世も相当スリルに満ちていたが流石にリアルファンタジーには敵うまい。

命がけの状況での女の子とのロマンス、最高じゃないか!


この時の俺はテンションが上がっていた。

上がりに上がりすぎて忘れていたのだ。

今の俺の身体は七才児のそれであり、檻に鎖で繋がれているという状況を。

そして――


ゴツッ!


今まさにゴブリンが周りの男共を蹂躙しているというのに、自分も男の部類に入っていたということを……


ゴブリンに頭を殴られ薄れ行く意識の中、俺は『計画通り』と強がってみることしかできなかった。




野宿生活半日目


ざっざと草木を掻き分ける音が薄暗い森の中に木霊する。

上空から鳥類種の魔物の鳴き声が空気を揺らし、昆虫種の魔物は獲物を狩らんと

気配を断ち、目を光らせている。

ここはアルベイル王国とカーミナル帝国の北部、両国間を挟むように位置している魔の領域《万物の森》。

大陸一の規模を誇るこの森はその名の通り資源に恵まれているが、それに比例して魔物の数も異様に多く未だ人類未踏の森として名高い。

カルマ達を襲ったゴブリンもここに多く生息し、襲った人間や食料はここに運び込まれ彼らの糧として蓄えられている。

そしてカルマ達を襲ったゴブリン達も例外ではなく、巣に戦利品を持ち帰るためにこの森の中を進んでいた。

雑然とした隊列を組む彼らの行進は久しぶりの大物により興奮しているのか遅々としているがそれに余りあうほど士気が高いものとなっている。

ギーギーと叫びながらちらちらと捕らえた女性奴隷達をちらちら眺めていることから今から彼女達を犯す光景を想像して楽しんでいるのかもしれない。


だが彼らはひとつ森に住むに辺り重要視しなくてはいけないことを忘れていた。

ただでさえ魔物の世界は弱肉強食。

ちょっとした油断が命の危険を招き、刹那の隙があっさりと魂をを刈り取るのだ

。 この時のゴブリン達はは隙だらけといっても過言ではなかった。

最低でも武器を持ち警戒態勢を敷きながら進むべきであった。

極上の獲物がいるならば。


最初に異変に気づいたのは小腹が空いたために隊列から少しずれ、木に実っていた果物を齧っていた雄のゴブリンだった。

必死に木にしがみついて果物を取ろうとしていた瞬間、すぐ側で風切り音が鳴ったのだ。

何が起きたのかとまだ年若いゴブリンは戸惑い、次に地面に刺さった矢を見てようやく事態を理解した。

咄嗟に仲間に知らせようと叫ぼうとしたが、それは叶わなかった

反応が遅れた彼の頭部には既に二本目の矢が突き刺さり、その命を終わらせていたからだ。


次に危機を感じ取ったのは最後尾にいたゴブリン達だった。

ぎゃーぎゃーと仲間と騒いでいたところに大量の矢が打ち込まれたのだ。

これには前方にしか注意を向けていなかったゴブリン達には対応することが出来なかった。

一匹また一匹と倒れていく中でこの時やっと敵襲に気がついたゴブリン達は警戒態勢になった。


もう姿を隠す必要なくなったのだろう。

ゴブリンを囲むように敵の姿が木陰から現れる。

豚に似た醜悪な顔、ゴブリンよりも二周りでかい茶色の体躯。

口からよだれをだらだらとたらしているその姿は正しく、ゴブリン達の天敵とも言えるオーク種であった。


「ンゴ、ンゴッ! ブヒ!(包囲を固めたまま徐々に陣を縮小也)!」

『ブヒーッ!!!!』 ※翻訳はイメージです


リーダー格と思しきオークが咆えるとそれに答えるように周りのオーク達も雄叫びを上げる。

手に持ったぼろぼろの槍と剣を使い、ゴブリン達を徐々に葬っていく。

だがゴブリン達もいつまでも呆けていることは無い。


「ギギッ! オレヲチュウシンニミッシュウタイケイダ。イッテントッパデホウイヲヌケルゾ」

『ギィ!』 ※ゴブリンが喋ってるのはゴブリン語です。


直ぐにこちらのリーダー格も的確な指示を部下たちに出し、行動を促した。


「ギギッ! イクゾ!」


リーダーと奴隷を中心に集まり、一直線にオークの包囲を抜けるために駆け出した。

敵に囲まれた場合圧倒的な武力差が無い限り、その場に留まることはジリ貧に陥り死に繋がる。

故に、戦力を一点突破しオーク達の囲いを抜けるのは正しいことだろう。

それは知能が足りない魔人種が野生の中で身に着けた戦術だ。

だが、やはりゴブリンではそれから先の一手二手を読むことは難しい。

必死の陣で包囲を抜けた先に待っていたのは<餓狼>の群れだった。


<餓狼>は決して自分達からは攻撃を仕掛けない。

魔物達が戦っている所を遠くから眺め、両者が弱った隙を狙い牙を突き立てて漁夫の利を得るという狡猾な種族だ。

今回も血の匂いを嗅ぎ付けオークとゴブリンの戦場を伺っていたのだ。

オークの襲撃で弱っていた所に<餓狼>の襲撃を受けたゴブリン達は混乱した。

密集形態を維持できなくなり個々に散開する。

そこにゴブリンを追ってきたオークも参戦し、三者入り混じった乱戦になった。



カルマの目が覚めたとき、そこは先程と同じく戦場だった。

狼がゴブリンの腕に食らい付き、オークが二匹とも叩き潰す。

かと思えば、そのオークに数匹の狼が襲い掛かり数の暴力で肉を引き裂いていく。

当に弱肉強食。

動物の原初ともいえる光景がそこには在った。

いきなりの光景に驚いたカルマだったが、それよりも気になったのは自分の置かれている状況だった。

ゴブリンに頭を殴られたのまでは分かる。

だがそれならば何故自分は死んでいないのか。

男は不要、と首を切り捨てられるはずだった運命はどこで変わったのか。


とシリアスに考えてみるが、まぁどうせ性欲満点のゴブリンなのだ。

ショタも範囲内なのだとカルマは判断した。

そして次にするのはノーレ達の生存確認だ。

今、カルマはどこかの森の木の根元に投げ出された形で転がっていた。

奴隷よりは自分の命だとゴブリンに判断され、足手まといでしかない彼らは放りだされたのだろう。

そうなると他の女性奴隷たちも同じように辺りに転がっている可能性が高い。

カルマは持ち前の柔軟さで直ぐに状況に対応すると馬車の中で仲良くなった女子たちの行方を捜す。

ゴブリン達の死体が多く見られることからここら付近に彼女達がいるのは間違いないだろ。

案の定、ノーレとアイシャは直ぐに見つかった。

カルマが寝ていた場所から十メートルほどの所に捕らえられた女性達はまとめて転がされていたからだ。

だがノーレとアイシャ意外は助ける余裕は無い。


「おーい、起きろ」


二人の頬を叩く。

本当は叫んで起こしたかったが、ここで大声を出すことは魔物たちをひきつけることを意味する。


「う……ん」

「くっ……」


頬にはしる痛みに反応したのか二人がうめき声を上げる。


「おら起きろ」


「あれ……お兄、様。……もう、あさ?」


「寝ぼけてないでさっさと起きろノーレ。 結構ピンチなんだ俺達」


「……もう、なに? あたしの眠りを妨げるってことは死を意味するのよ」


「お前は相変わらず寝起きから物騒ですねアイシャさん。いいからさっさと起きろ」


ごねる二人を急かし、今の状況を簡潔に説明する。

二人はおぼろげに現状を確認すると、カルマにどうすればいいかを聞いてくる。

二人のなかではすっかり頼れる存在として確立されているのだ。


「まずはミラの発見。 恐らくそう離れた場所にはいないはずだ。次にこの魔物

達の突破だけどこっちは俺に奥の手があるから心配するな」


カルマは不安そうにしている二人を安心させるように自身満々に微笑む。


「うん……。 お兄様の、こと信、じる」

「……まぁ、あんたがそう言うんなら私も信じるわ」

「あぁ、任せとけ」


カルマは一つ頷くと、ミラを探すために小走りで木と木の間を縫うように先行する。

二人もカルマの後ろをなぞるように付いていく。

魔物の森で生き残る為の作戦が始まった。


結構適当に書いてるので病気名とか症状はあんまりは気にしないでもらえると助かります。


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