第十話 勇者降臨
『晶石の授与』の時間は思ったよりも掛からなかった。
生態系として格が上がったような気がしたが、肉体にこれといった変化は無い。
「うぉぉぉ! 勇者だってよぉ!」という感動が無いのは前世の職業と、一つの事件によるものだろう。
俺の魔晶石はどこだ?
「ムミョン……なんで『晶石の授与』を」
顎を外さんばかりにルメアは、俺を見ていた。
正直俺にも分からない。
ルーンを授かり、適性を判断され職業が定まるのは五歳だと聞かされていた。
父がまたしても嘘をついた、などということは無い。
何故か、ルメアもそれを知っているからだ。
俺と出会う前、世界の常識のように知っている。つまり、五歳で授与があるのは間違いないとみた。
「なんで、まさかオレに年齢を偽ってたの?」
「まさか、そんなわけないだろ。僕にもどういうわけか分からない」
「じゃあ何で、ムミョンはルーンを授かったんだ?」
「それは……」
「二人で授かろうって、約束してたのに残念だよ」
ルメアはどこかイラついた様子であった。
当然だろう。
約束を俺は違えてしまった。
しかし、三歳児であることに変わりはない。
転生直後に年齢を数え間違えたのか?
「それで、何のルーンを授かったのさ」
「えぇっと、ルーンが見つからないんだよね」
「そんな訳ないだろ。今オレの目の前でルーンを貰ってたじゃないか」
「いやでも、本当に無いんだ」
「ムミョンそういうのはいらないからさ」
まさか黒衣の下敷きになっているのやも、そう思った俺は一度装束を脱ぎありうる可能性全てを探った。
にも関わらずルーンを見つけることはできなかった。
「全く、ルーンを無くすなんて君らしくない」
「そんなはずは……えぇ?」
心の中で、「ステータスオープン」の真似事として「ルーンオープン」と唱えた。
すると──、
「おぉわぁ!」
目の前に俺の情報がバー表示された。
ジョブ名は──やはり勇者だ。
この俺が勇者、どういったわけやら。
てか、また勇者か……前世も勇者だったんだが。
アビリティとして、付属がいくつかある。
まず一つ「全状態異常無効化」。
はぁ? 状態異常無効って……そんなん貰っていいのか!?
二つ目「全属性半減」。
いやいや、魔法ほぼ効かないじゃん。
つーか、この世界選ぶ時Lvがかなり高いって言われたんだが、あの神嘘ついてんじゃないのか?
「なるほどねぇ」
「一人で楽しんでるところ悪いんだけど、目標を忘れてないよね? 早く行くよ」
「待ってー、あとちょっとだけ」
「もう置いてくからね」
「ちょ、せっかちだなぁ。すぐ行くよ」
まぁ後でゆっくり一人で確認してみるとするかな。
俺は装束を再び纏い、ルメアの後を追った。
※※※
「本当にこっちで合ってるの?」
「『剣神』がこっちに歩いて行ったんだ。間違いないよ」
少しの冒険気分と共に俺たちは貧民街を抜けようとしていた。
外の世界は如何なものかと気になってやまない。
こんな貧民を見下し、実力こそが至上とする馬鹿げた世界を拝んでやりたい。
と、思っていたのだが貧民街は意外と広大のようでいつまで経っても抜け出すことが出来なかった。
「そもそもその『剣神』が偽物であった可能性は?」
「いや、無いと思う。あの圧力は並の人間が出せるものじゃなかった」
「ほんと?」
「ルメアも会ってみれば分かると思う」
他愛もない話をしつつ俺たちは『剣神』が歩いて行った方角にひたすら歩いた。
有難いことに迷路のように行き止まりは無い。
「もう数十分あるいてるよ」
「そうだね。ルーンを使って何か出来たらいいんだけど」
適当なことを呟き、手のひらを天に掲げた直後、廃れた地面にルートを示すように光が迸った。
それを見た俺とルメアは驚愕する。
「な、どういうこと?」
「まさか勇者のルーンが……」
この勇者のルーンは万能タイプなのか?
分からないが、助けてくれるのであれば頼る他は無いだろう。
「これに沿って行こう」
「……分かった。ルーンってすごいね」
「うん。ルメアも授かる時が楽しみだね」
俺たちは光の指し示す通路の上を歩いて行った。
その間、何故かギクシャクとした雰囲気が俺たちの中を漂っていた。
※※※
その光を辿ること再び数十分、ルメアが今度はこの光が嘘なのではいかと言い出した。
だが、不思議と俺にはそのように感じられない。
理由は、発生源が俺のルーンだからだろうか。
『晶石の授与』にて、天変地異のように大きく世界が揺らいだような気がした。
不吉な予兆で無いことを願うばかりだ。
アビリティは豊富で強いものばかりだが、何故だろうか。
一つの疑念というか、何かおかしいんだ。
「あのさ、ルメア。俺、もしかしたら──」
話しかけた瞬間、通路の先に眩い光が見えた。
まさかと思い、走って行った。
刹那、大量の人が跋扈し、賑やかさが順風満帆な場所に飛び出た。
汚れ一色の世界であったあの場所とは異なり、そこは十人十色。虹色に溢れ、陽光が燦々と輝いていた。
「これが、平民の世界──」
「…………」
廃れた衣服ではなく、清潔で手入れの届いた服を纏い、肌の血色はこの世界で見た誰よりも良い。
骨が浮き出ているということはなく、良い肉のついた体で、舗装まで行き届いていた。
貧民街の生活に溺れること二年、俺も以前までは目の前の生活が当たり前に変化していたのだ。
しかし、貧民の生活を送ってよりは貧民の生活組織が当たり前となった。
当たり前とは、こんなにも恐ろしいのか──。
俺たちは本来の目的も忘れて、目の前で広げられるあらゆる事象に息を呑んだ。
物の売買、にこやかに行われる会話、母が子を連れていく様、試食する様、石畳を踏む音。その全てが新鮮なように感じられた。
「……っと、本来の目的を忘れてないよね」
「あぁ、そうだった」
「頼むよ。どうやら、こっちでは何も起きてないみたいだね」
「僕の予想通りだったね。貧民街を中心にあの試験は行われていた。となれば、やっぱり父さんは──」
「国家反逆罪で死刑になってもおかしくないかもよ」
「……確かにそれが現実を帯びてきたね」
「『剣神』に頭を下げるしかないんじゃない?」
『剣神』に、再び会うのか……。
となれば、あの重圧をもう一度ってことか。
ため息をつかずにはいられないな。
「「陛下バンザーイ!」」
耳を劈くような歓声が聞こえてきた。
ビクッと体が跳ねた瞬間、無意識に後ろを振り返っていた。
「陛下、まさか王様か?」
「そんなはずは、いやでも陛下って確かに聞こえたね」
今日は建国祭か、はたまた王様の誕生日か。
だが、鐘が鳴っていない。
敢えて鳴らしていないのか、それとも忘れるほど祝福すべきことなのか。
「王のあるところに『剣神』あり」
「え? 何それ」
「知らないの? ムミョン、本を読んでいるのに知らないなんて、ダメだなぁ。ちゃんと知識として受け止めておかないと」
「確かに……。その言葉の意味からするに、あそこに『剣神』がいるってこと?」
ルメアは大きく頷いた。
だが、会ってどうする。
いきなり膝まづいたところで、『剣神』が父を解放してくれるのか。
「なぁムミョン、何のジョブだった?」
「えぇっと、勇者だって」
「勇者、ね。なるほどねぇ。じゃあそれを餌に使ってみれば王様も足を止めてくれるんじゃない?」
言われてみればそうだ。
王と勇者の関係はどんな世界でも切り離せないほど表裏一体だ。
一件の後、王は俺を重用してくれるだろう。さすればルメアも推挙することが出来る。
結果、俺たちは成り上がりを行いやすくなる。
「おぉ!? なんだ!?」
「おい、黒装束だぞ!」
「なんだ賊か!?」
俺たち二人は気が付けば走り出していた。
見たところ『剣神』はいなかった。故に目的とする人を変える。
人々の行列と、歓声の間に入って行き王が乗っているであろう豪華な装飾が施された神輿の前に飛び出す。
「止まれ! 近づくでない!!」
数多の兵士が槍と剣を俺たちに向ける。
歓喜に溢れていたパレードは一変し、怪訝な顔を浮かべる者たちで溢れた。
そしてルメアが神輿の前に頭を下げる。
「どうか父を解放してください!」
「な、何だこのガキ!」
俺も同じく頭を下げる。
「お願いします。父を牢獄から解放してください!」
兵士達が有無を言わさず武器を突き出してくる、俺たちに当たる直前──。
「待て。幼き子供だぞ。何をしている」
重厚感のある大声が周囲に響いた。
すると、ササッと兵士達が武器を収める。
その声源は担がれている神輿から。
王であろう人物は顔を出すことなく続ける。
「そち達は何者だ」
「オ──いえ私は名も無きものでありますが、こちらの者は勇者のルーンを所持している者です」
「なに──!?」
神輿が大きく揺らいだのを目の端に捉えた。
王の威厳のある言葉に焦りが伺える。
捜し求めていた勇者をようやく見つけられたことが余程に嬉しいのか、神輿の中で立ち上がってみるのが分かる。
加えて周囲の群衆もぶつくさと何かを言っているようだ。
結局は人生イージーだな。
いよいよ、王が次の一言を放つ──、
「この者達を捕らえよ! 忌まわしき勇者であると、そう名乗った!」
「は……ぇ?」
「急げ、急ぐのだ! この者を生かしておいては世界に再び闇が訪れる!」
王の言葉に動揺を隠せないまま、俺とルメアは大量の兵士に取り囲まれた。




