表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

婚約者に不倫されて捨てられたので全てを壊すことにしましたが、隣国王子に拾われて溺愛されながらざまぁ完了しました

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/03/28

 ――それは、あまりにも軽かった。

「リシェル・アークライト。君との婚約は、ここで破棄する」

 夜会の中心で告げられたその一言は、まるで紙切れでも捨てるかのような軽さだった。

 ざわり、と空気が揺れる。

 視線が一斉にこちらへ集まる。嘲笑、興味、そして少しばかりの同情。そんなものが混ざり合った、濁った空気。

 ……ああ、なるほど。

 全部、仕組まれていたのね。

「理由をお聞きしても?」

 私は淡々と問うた。声は震えていない。むしろ、驚くほど冷静だった。

 婚約者――アルベルト王子は、隣に寄り添う女の肩を抱いた。

 その女は、わざとらしく胸元を強調したドレスを着ている。甘ったるい香水の匂いが、ここまで届いてきそうだった。

「君は冷たい。愛を知らない女だ」

「……それで?」

「私は、真実の愛を見つけた。彼女――ミレイユこそが、私の運命の相手だ」

 その言葉に、会場がざわめく。

 ミレイユ・フォン・クラリス。下級貴族の娘でありながら、最近やたらと王子に取り入っていた女。

 そして――

(不倫、ね)

 胸の奥で、何かが静かに燃え上がる。

「……つまり、あなたは婚約中にその方と関係を持っていた、と?」

「言葉を選べ、リシェル!」

「選んでいますわ。事実を申し上げただけです」

 私の言葉に、アルベルトの顔が歪む。

 ミレイユはすかさず、涙を浮かべて彼にすがりついた。

「ひどい……私たちは、愛し合っているだけなのに……!」

 ――ああ、茶番。

 その仕草、その声、その表情。全部が計算されている。

 だけど、周囲の人間はそれに騙される。

「リシェル様が冷酷だから……」 「王子が可哀想だ……」

 ひそひそと囁かれる声。

 それを聞きながら、私は静かに息を吐いた。

 ――いいわ。

 そこまで言うなら。

「分かりました。婚約破棄、受け入れます」

「……は?」

 アルベルトが間抜けな声を出す。

「ただし」

 私はゆっくりと微笑んだ。

「後悔しても、もう遅いですわよ?」

 その言葉に、何人かが息を呑んだ。

 でも、もう止まらない。

 全部、壊してあげる。

 あなたたちが軽く扱ったものが、どれほど重かったのか――思い知らせてあげる。

 ◆

「……随分と、派手にやられたな」

 夜会を後にした私に、声をかけてきた男がいた。

 振り返ると、そこにいたのは見慣れない青年。

 銀髪に蒼い瞳。どこか人を食ったような笑みを浮かべている。

「どちら様でしょう?」

「名乗る前に一つ。君、行く当てあるのか?」

「……ありませんわね」

 家には戻れない。婚約破棄された令嬢など、価値はないと判断されるのがオチだ。

 私は一瞬だけ考え、そして正直に答えた。

「なら、来い」

「は?」

「俺の国に。面白いものを見せてやる」

 唐突すぎる誘い。

 普通なら断るべきだろう。

 でも――

(どうせ、失うものなんてもう無い)

「……条件があります」

「言ってみろ」

「私の復讐に、手を貸していただきます」

 青年は一瞬、目を見開き――そして笑った。

「いいだろう。むしろ望むところだ」

「お名前を」

「レオン・ヴァルディス。隣国の第二王子だ」

 ――なるほど。

 これは、面白くなりそうだ。

 ◆

 それからの展開は、速かった。

 レオンの国に連れて行かれ、私は保護される形になった。

 そして彼は言ったのだ。

「証拠はあるのか?」

「ええ、もちろん」

 私は静かに微笑む。

 婚約者の不倫を疑わないほど、私は愚かではない。

 手紙、密会の記録、証言。全部、揃っている。

「完璧だな」

「でしょう?」

「なら、あとは叩き潰すだけだ」

 その言葉に、胸が高鳴る。

 ――復讐の時間だ。

 ◆

 数週間後。

 王都で、大きな裁きの場が設けられた。

 アルベルトとミレイユは、誇らしげに立っていた。

 自分たちが正しいと信じて疑っていない顔。

 ――滑稽。

「では、証拠を提示いたします」

 私がそう言った瞬間、会場の空気が変わる。

 次々と突きつけられる証拠。

 密会の日時、やり取りされた手紙、証言。

 逃げ場はない。

「こ、これは……!」

「そんな……嘘よ!」

 ミレイユが叫ぶ。

 でも、その声はもう誰にも届かない。

「婚約中の不貞行為。加えて虚偽の告発。重罪だ」

 レオンが冷たく言い放つ。

 その瞬間、全てが決まった。

「いやだ……! 助けて、アルベルト様!」

「くっ……リシェル、お前……!」

 憎しみに満ちた視線。

 でも、もう遅い。

「申し上げましたでしょう? 後悔しても遅いと」

 私は静かに微笑んだ。

 ◆

 全てが終わった後。

 静かな庭で、私は一人立っていた。

「満足したか?」

 背後から声がする。

「ええ」

 振り返ると、レオンがいた。

「なら、次はどうする?」

「そうですね……」

 私は少しだけ考え、そして答えた。

「生き直しますわ」

「いい答えだ」

 彼は笑う。

 そして、何気ない調子で言った。

「じゃあ、そのついでに――俺の婚約者になるか?」

「……は?」

「嫌か?」

「いえ、そういう問題ではなく」

 突然すぎる。

 思考が追いつかない。

「俺は気に入った女しか口説かない主義でな」

「随分と軽いですわね」

「本気だぞ?」

 真っ直ぐな視線。

 ……困る。

 こういうのは、ずるい。

「……条件があります」

「またそれか」

「溺愛は、ほどほどに」

 その言葉に、レオンは一瞬黙り――

 次の瞬間、大笑いした。

「無理だな」

「は?」

「もう手遅れだ。かなり好きだぞ、俺」

 ――ああ、もう。

「……本当に、面倒な方ですわね」

 でも、嫌じゃない。

 むしろ――

(少しだけ、嬉しい)

「覚悟しろよ。これからはずっと一緒だ」

「……はいはい」

 呆れたように返しながら、私は小さく笑った。

 復讐は終わった。

 だけど、ここからが――

 新しい人生の始まりだ。

 そしてきっと。

 この男に、振り回される日々が続くのだろう。

 ――それも、悪くない。



◆ ◆ ◆ ◆




「リシェル!!!!!」

「朝からうるさいですわね!!!!!」

 結婚して三日目。

 私はすでに確信していた。

(この人、想像以上に面倒くさい……!!)

 寝室の扉を勢いよく開けて飛び込んできたレオンは、満面の笑みでこう言った。

「見てくれ! 結婚記念日用の計画を立てた!」

「まだ三日目ですわよ!!??」

「先手必勝だろ?」

「何と戦っているんですの!?」

 しかも紙を広げると、びっしりと予定が書き込まれている。

「朝は花束百本、その後に馬車で王都一周、昼は豪華ディナー、夜は――」

「待ちなさい最後が怪しい」

「夫婦の時間だ」

「濁し方が雑!!」

 思わず頭を抱える。

 いや、この人本当に王子よね?

 隣国の第二王子よね?

 どうしてこんな、テンションの高い犬みたいな生き物なの?

「気に入らなかったか?」

「規模が大きすぎますわ!! あと日程が意味不明!!」

「じゃあ全部やめるか?」

「極端!!」

 この男、ゼロか百しかないのか。

 私は深くため息をついた。

「普通でいいんですの。普通で」

「普通とは?」

「そこからですの!?」

 ◆

 数日後。

「リシェル、デートだ」

「嫌な予感しかしませんわね……」

 案の定だった。

 連れて来られたのは――訓練場。

「……デートとは?」

「夫婦の共同作業だろ?」

「戦闘は違いますわよ!?」

 しかも剣を渡される。

「はい」

「はい、じゃありませんわよ!!」

「俺と手合わせだ」

「却下です!!」

 するとレオンは真顔で言った。

「俺に勝てたら、一日中抱きしめてやる」

「いりませんわよその報酬!!」

「え?」

「え?じゃありません!!」

 というか――

「勝てなかった場合は?」

「俺が一日中抱きしめる」

「どっちに転んでも同じじゃありませんの!!」

 完全に罠だった。

 ◆

 その日の夜。

「……疲れましたわ」

「楽しかったな!」

「価値観の相違が激しいですわね」

 私はソファに沈み込み、ぐったりしていた。

 一方のレオンは妙に元気だ。

 この体力お化けめ。

「ほら」

 そう言って差し出されたのは、温かい飲み物。

「……ありがとうございます」

 受け取ると、ほんのり甘い香りがした。

「疲れてるだろ」

「まあ、それなりに」

「無理するなよ」

 その声音は、昼間とは打って変わって優しい。

 ずるい。

 こういう切り替えが、ずるい。

「……あなた、本当に」

「ん?」

「外面と中身の差が激しすぎますわ」

「どっちも本音だぞ?」

「余計にタチが悪いですわね」

 そう言いながらも、少しだけ頬が緩む。

 ◆

 さらに数日後。

「リシェル」

「今度は何ですの」

「一緒に寝よう」

「もう寝ていますわよね今」

「違う、同じベッドで」

「同じですわよ!!」

 思わずツッコむ。

 この男、本当に遠回しというものを知らない。

「夫婦だぞ?」

「知ってますわ!!」

「じゃあ問題ないな」

「論理が飛躍してますの!!」

 じりじりと距離を詰めてくるレオン。

 私は後ずさる。

「待ちなさい近い近い近い」

「ダメか?」

「ダメとは言ってませんが!?」

「じゃあいいな」

「強引!!」

 そのまま腕を引かれ――

 気づけば、隣に寝かされていた。

「……本当に、あなたという人は」

「嫌か?」

 少しだけ、不安そうな声。

 ――ああ、もう。

「……嫌では、ありませんわ」

「そうか」

 途端に、満足そうに笑う。

 単純すぎる。

 でも――

「温かいな」

「……そうですわね」

 悪くない。

 むしろ、安心する。

 ◆

「リシェル」

「何ですの」

「好きだ」

「知ってますわ」

「言いたかっただけだ」

「毎日言ってますわよね?」

「何度でも言う」

「しつこいですわ」

「愛情表現だ」

「押し付けですわ」

 そんなやり取りをしながら。

 私は、ふと思う。

 ――あの時、全てを失ったと思っていた。

 でも違った。

 失ったからこそ、手に入ったものがある。

「リシェル」

「何ですの、まだ何か?」

「これからもよろしくな」

「……仕方ありませんわね」

 小さく笑って、私は答える。

「一生、ツッコんで差し上げますわ」

「頼もしいな」

「誰のせいですの」

 ――騒がしくて、面倒で。

 でも、どうしようもなく温かい。

 そんな日々が、これからも続いていくのだろう。

 それでいい。

 むしろ――それがいい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ