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夢を録画できる装置  作者: 海狼ゆうき


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1/1

その夢、本当に“あなたのもの”ですか?

 最初にそれを見たとき、ただの悪ふざけだと思った。


 夢を録画できる装置。


 そんなもの、あるわけがない。


「だからさ、これで見れるんだって」


 机の上に置かれたそれを、友人が指で叩く。


 黒い箱。


 手のひらに収まるくらいのサイズ。


 表面には何のロゴもない。


 ケーブルが一本、だらりと伸びているだけ。


「寝るときにこれつけるだけ。起きたらスマホにデータ飛んでる」


「……嘘くせえな」


 俺は眉をひそめる。


 どう見ても怪しい。


 というか、完全にアウトだろう。


「まあ見てろって。昨日のやつ、再生するから」


 友人がスマホを操作する。


 画面に動画が表示される。


 再生。


 最初は、ノイズみたいな映像だった。


 ぼやけた光。


 歪んだ輪郭。


 音はない。


 ただ、ゆっくりと焦点が合っていく。


「……え」


 気づいたときには、前のめりになっていた。


 映っていたのは、街だった。


 見覚えのある駅前。


 人の流れ。


 夕方の光。


 そして、その視点。


「これ……お前?」


「そう。昨日の夢」


 映像は、確かに“本人視点”だった。


 カメラが揺れる。


 視線が動く。


 手が映る。


 足が動く。


 完全に、


 “自分が見ている世界”そのものだった。


「……マジかよ」


 思わず声が出る。


 作り物には見えない。


 編集した映像とも違う。


 もっと生々しい。


 現実と、ほとんど区別がつかない。


「でさ、ここ」


 友人が画面を一時停止する。


 指で指す。


 そこに映っていたのは、


 見知らぬ女性だった。


「この人、誰だと思う?」


「……知らねえよ」


「俺も知らない」


 そう言って、友人は笑う。


「夢の中で話してたんだよ。普通に」


「……は?」


「名前も聞いたし、会話もした。でも起きたら思い出せない」


 再生する。


 映像の中で、確かにその女性と会話している。


 口が動く。


 相手も応じる。


 でも、音はない。


「音は取れないらしい。まだ」


「まだって……」


「開発中なんだとさ」


 にやりと笑う。


 どこまで本気なのか分からない顔。


「これ、マジでやばくね?」


 その言葉に、俺は頷いていた。


 やばい。


 確かに。


 これは、もし本物なら——


 世界が変わる。


「貸してくれ」


 気づけば言っていた。


「いいよ。どうせ俺、もう飽きたし」


「飽きたって……」


「だってさ、夢なんて所詮夢だし」


 そう言って、あっさり装置を渡してきた。


 軽い。


 拍子抜けするくらいに。


「壊すなよ」


「壊さねえよ」


 それだけのやり取りで、


 俺はそれを手に入れた。


 その夜。


 ベッドに横になる。


 部屋の電気を消す。


 スマホを手元に置く。


 装置を手に取る。


 ケーブルの先端。


 小さなパッドのようなもの。


「……ほんとかよ」


 半信半疑のまま、


 それをこめかみに貼り付ける。


 冷たい感触。


 特に痛みはない。


 そのまま、目を閉じる。


 しばらくして、


 意識が沈んでいく。


 いつもの眠り。


 いつもの暗闇。


 そして——


 夢を見た。


 知らない場所だった。


 薄暗い廊下。


 古い建物。


 蛍光灯がちらついている。


 足音が響く。


 自分のもの。


 前に進む。


 誰かを探しているような感覚。


「……」


 声を出そうとして、


 出ない。


 廊下の奥に、扉がある。


 開ける。


 中は部屋。


 ベッド。


 そして——


 誰かが横たわっている。


「……」


 近づく。


 顔を見る。


 知らない人間だった。


 でも——


 なぜか、


 強い既視感があった。


 どこかで見たことがある。


 でも思い出せない。


 そのとき、


 その人間の目が開いた。


「——」


 何かを言った。


 でも、聞こえない。


 音がない。


 口の動きだけが、はっきりと見える。


 そして——


 その顔が、


 ゆっくりと歪んだ。


 笑ったのか、


 苦しんだのか、


 分からない表情。


 そのまま、


 視界が暗転した。


 目が覚める。


 天井。


 自分の部屋。


「……夢か」


 体を起こす。


 少しだけ、心臓が速い。


 嫌な夢だった。


 はっきりしない。


 でも、妙に印象に残る。


 スマホを見る。


 通知が来ている。


 動画ファイル。


「……」


 タップする。


 再生。


 映像が始まる。


 さっきの夢だ。


 そのまま、映っている。


 廊下。


 部屋。


 ベッド。


 そして——


 あの人間。


「……」


 息が止まる。


 現実として再生されている。


 夢が。


 そのまま。


「……すげえな」


 思わず呟く。


 気味は悪い。


 でも、それ以上に——


 面白い。


 未知だ。


 記録できる。


 夢を。


 自分の見た世界を。


「……」


 しばらく考えて、


 カメラロールに保存する。


 そして、


 軽い気持ちでSNSにアップした。


 タイトルは適当。


「夢、録画できた」


 それだけ。


 数分後。


 通知が鳴り止まなくなった。


「……は?」


 コメント。


 いいね。


 リツイート。


 爆発的に増えていく。


「これマジ?」


「加工じゃないの?」


「怖すぎ」


「どうやってるの?」


 画面が追いつかない。


「……バズってる?」


 信じられない速度で拡散されていく。


 ただの夢の動画。


 それだけなのに。


「……やば」


 笑いがこみ上げる。


 もう一度再生する。


 あの夢。


 知らない場所。


 知らない人間。


 でも——


 なぜか、


 妙に“リアル”だった。


 作り物じゃない。


 想像でもない。


 まるで——


 誰かの記憶を見ているみたいに。


---


翌朝、目が覚めてすぐにスマホを開いた。


 通知はまだ止まっていなかった。


 昨夜投稿した動画は、信じられない勢いで拡散され続けている。


「……一万?」


 再生数。


 コメント数。


 フォロワーの増加。


 全部が、昨日までの自分とは別の数字になっていた。


「やばいな……」


 笑いが漏れる。


 ただ夢を録画しただけ。


 それだけで、こんなことになるとは思っていなかった。


 コメント欄をスクロールする。


「これ、実在する場所じゃない?」


「見覚えある気がする」


「この廊下、○○病院っぽい」


「……病院?」


 指が止まる。


 昨日の夢。


 薄暗い廊下。


 古い建物。


 言われてみれば、


 確かに“それっぽい”。


「いや、でも……」


 ありえない。


 夢だ。


 たまたま似ているだけ。


 そう思おうとする。


 でも——


 妙に引っかかる。


「……行ってみるか」


 口に出していた。


 検索する。


 コメントに書かれていた病院の名前。


 ヒットする。


 画像。


 場所。


 そして——


「……」


 画面を見たまま、固まる。


 映っている廊下。


 夢と同じだった。


 完全に一致しているわけじゃない。


 でも、


 構造。


 光。


 雰囲気。


 あの夢と、ほとんど同じ。


「……嘘だろ」


 喉が乾く。


 偶然?


 それとも——


 確かめるしかない。


 その日の午後、俺はその場所に向かった。


 古びた建物。


 少し外れた場所にある病院。


 入口に立つ。


 躊躇する。


「……」


 でも、来てしまった以上、引き返す理由はない。


 中に入る。


 受付。


 人は少ない。


 どこか静かすぎる空気。


 理由をつけて、奥へ進む。


 廊下。


 そして——


「……」


 足が止まる。


 目の前の光景。


 夢で見た場所。


 そのままだった。


 壁の色。


 照明。


 床の模様。


 一つ一つが一致する。


「……マジかよ」


 声が出る。


 現実だ。


 夢じゃない。


 ここは、確かに存在している場所。


 ゆっくりと歩く。


 足音が響く。


 夢の中と同じリズム。


 同じ感覚。


 そして——


 あの扉。


 奥にある、一つの部屋。


「……」


 手を伸ばす。


 ドアノブに触れる。


 冷たい。


 ゆっくりと、回す。


 開ける。


 中は——


 夢と同じだった。


 ベッド。


 機械。


 静かな空気。


 そして、


 そこに横たわる人間。


「……」


 近づく。


 顔を見る。


 昨日の夢で見た人物。


 そのままだった。


 同じ顔。


 同じ姿。


「……なんで」


 理解が追いつかない。


 夢で見た。


 でも、それは“夢”だったはずだ。


 なのに、


 現実にいる。


 しかも——


 その人間は、


 意識がない。


 眠っている。


 いや、


 昏睡状態。


「……」


 呼吸音だけが、かすかに聞こえる。


 そのとき、


 背後から声がした。


「……何か御用ですか?」


 振り返る。


 看護師だった。


「あ、いや……」


 言葉が出ない。


 言い訳を探す。


「見舞い、ですか?」


「……違います」


 思わず否定する。


 その一言で、


 空気が少しだけ変わる。


「こちらの患者さんは、ご家族以外の面会は——」


「この人……」


 遮るように聞く。


「この人、どうなってるんですか?」


 看護師は一瞬だけ迷った顔をした。


 でも、


 やがて小さく息をつく。


「交通事故です」


「……事故」


「数日前に運ばれてきて、そのまま意識が戻っていません」


「……」


 数日前。


 つまり——


 俺が夢を見る前から、


 この人はここにいる。


「……」


 喉が締まる。


 夢じゃない。


 これは、


 未来でもない。


 じゃあ、何だ。


「……」


 もう一度、その人を見る。


 眠っている。


 でも——


 違和感がある。


 昨日の夢。


 あの人間は、


 目を開けた。


 そして——


 何かを言っていた。


「……」


 映像を思い出す。


 口の動き。


 声はなかった。


 でも、


 確かに言葉はあった。


「……」


 スマホを取り出す。


 動画を開く。


 再生。


 夢の映像。


 あのシーン。


 止める。


 顔のアップ。


 口の動き。


「……」


 何度も見る。


 ゆっくり再生。


 巻き戻し。


 もう一度。


「……」


 理解した瞬間、


 背筋が凍った。


「……助けて」


 そう、言っていた。


「……」


 スマホを持つ手が震える。


 ありえない。


 だってこれは——


 夢の中の出来事だ。


 でも、


 現実と繋がっている。


 この人は、


 ここにいる。


 意識がない。


 でも——


 夢の中で、


 俺に話しかけていた。


「……なんで」


 答えは出ない。


 でも、一つだけ分かる。


 これは、


 ただの夢じゃない。


 そして——


 これは、


 俺の記憶でもない。


「……」


 その場を離れる。


 外に出る。


 空気を吸う。


 現実感が、少しずつ戻る。


 でも、


 頭の中はぐちゃぐちゃだった。


「……誰なんだよ」


 呟く。


 夢。


 現実。


 記憶。


 全部が混ざっている。


 その夜。


 もう一度、装置を使った。


 確かめるために。


 これは何なのか。


 自分が見ているものは、


 本当に“夢”なのか。


 眠る。


 沈む。


 意識が落ちる。


 そして——


 また、あの場所だった。


 同じ廊下。


 同じ空気。


 同じ部屋。


 そして——


 あの人間。


 今度は、


 はっきりと分かった。


 これは夢じゃない。


 “誰かの中にいる感覚”だった。


 視界。


 身体。


 思考。


 全部が、自分じゃない。


 なのに、


 “理解できる”。


 感情が流れ込んでくる。


 恐怖。


 痛み。


 後悔。


 そして——


 強い、願い。


「……」


 目が覚める。


 荒い呼吸。


 汗。


 震え。


「……なんだよ、これ」


 呟く。


 もう分かっている。


 これは夢じゃない。


 想像でもない。


 未来でもない。


 これは——


 誰かの“現実”だ。


---


 それから、夢を見るたびに確信が強くなっていった。


 あの場所。


 あの廊下。


 あの部屋。


 そして、あの人間。


 繰り返し現れる。


 少しずつ、変化しながら。


 最初は、ただ見ているだけだった。


 次は、近づいた。


 そして今は——


 “中にいる”。


 視界が違う。


 感覚が違う。


 でも、分かる。


 これは、自分じゃない。


 なのに、


 完全に“理解できてしまう”。


「……」


 目が覚める。


 朝。


 天井。


 息が荒い。


 汗が滲む。


 スマホを見る。


 動画ファイル。


 再生する。


 夢の映像。


 でも、もうそれは“夢”には見えなかった。


 記録だ。


 誰かの人生の断片。


 切り取られた、現実。


「……」


 再生を止める。


 気づいている。


 これが何なのか。


 でも、


 まだ言葉にしたくなかった。


 その日の午後、


 もう一度、あの病院へ向かった。


 理由はない。


 ただ、確かめるため。


 同じ廊下。


 同じ部屋。


 ドアを開ける。


 中に入る。


 ベッド。


 そして——


 空だった。


「……え」


 思わず声が出る。


 誰もいない。


 昨日まで、確かにいたはずの人間が、


 いなくなっている。


「……」


 足がすくむ。


 看護師を探す。


 見つける。


「すみません、この部屋の人……」


 言いかけて、止まる。


 看護師が、不思議そうな顔をする。


「この部屋、ずっと空室ですけど」


「……え?」


「入院予定もありませんし……どうかされましたか?」


「……」


 言葉が出ない。


 理解できない。


 いや——


 理解してしまう。


 あの人間は、


 最初から存在していなかったことになっている。


「……」


 スマホを取り出す。


 動画を開く。


 再生。


 あの映像。


 廊下。


 部屋。


 そして——


 ベッド。


 そこには、


 誰も映っていなかった。


「……は?」


 手が震える。


 さっきまであったはずの映像。


 あの人間。


 全部、消えている。


 最初から、


 存在していなかったみたいに。


「……」


 呼吸が乱れる。


 分かってしまった。


 これは——


 夢じゃない。


 記憶でもない。


 これは、


 “再生”だ。


 誰かの人生が、


 終わっていく順番に、


 ここで再生されている。


 そして——


 終わったものから、


 消えていく。


「……」


 そのとき、頭の中に一つの考えが浮かぶ。


 じゃあ、


 次は誰だ。


 次に“消える”のは、


 誰の記憶だ。


「……」


 嫌な予感がする。


 確かめるしかない。


 スマホを開く。


 自分のSNS。


 投稿一覧。


 スクロールする。


 止まる。


「……」


 最初の動画。


 夢を録画したやつ。


 再生する。


 映像が流れる。


 廊下。


 部屋。


 そして——


 ベッド。


 そこに、


 人影がある。


「……」


 昨日までと違う。


 別の人物。


 別の顔。


 でも——


 どこかで見たことがある。


 じっと見る。


 近づく。


 映像の中の視点が、ベッドに近づく。


 顔が映る。


「……」


 息が止まる。


 それは——


 俺だった。


「……は?」


 頭が真っ白になる。


 もう一度見る。


 同じ。


 間違いない。


 ベッドに横たわっているのは、


 自分自身。


「……なんだよ、これ」


 声が震える。


 ありえない。


 でも、否定できない。


 顔。


 髪。


 体格。


 全部、自分だ。


「……」


 そのとき、


 夢の中の感覚が蘇る。


 あの違和感。


 あの“中にいる”感覚。


 視界が、自分じゃないのに、


 理解できてしまう理由。


「……」


 理解した瞬間、


 全身が冷えた。


 俺は、


 見ていたんじゃない。


 再生されていたんだ。


 自分自身の記憶を。


 もう終わっているはずの、


 自分の人生を。


「……嘘だろ」


 呟く。


 でも、思い出せない。


 事故の記憶。


 死の瞬間。


 何もない。


 空白。


 でも——


 それが、答えだった。


 だから見ている。


 だから再生されている。


 “終わった後”だから。


「……」


 スマホの画面を見る。


 動画は続いている。


 自分が横たわっている。


 動かない。


 そのとき、


 映像の中の自分が、


 わずかに動いた。


 目が開く。


「——」


 口が動く。


 音はない。


 でも、


 分かる。


 前と同じだ。


 読める。


「……助けて」


 同じ言葉。


 同じ口の動き。


「……」


 手が震える。


 スマホを落としそうになる。


 でも、目が離せない。


 これは誰に向けた言葉だ。


 過去の自分が、


 誰に助けを求めている。


 そして——


 今の自分は、


 それを見ている。


「……」


 理解する。


 これは救いじゃない。


 再生だ。


 ただの記録。


 終わったものの、


 繰り返し。


「……」


 ゆっくりと、スマホを閉じる。


 静かになる。


 部屋。


 自分。


 でも、それも——


 “本当に今の自分”なのか、


 分からない。


「……」


 外を見る。


 人が歩いている。


 車が通る。


 普通の世界。


 でも——


 その中に、


 どれだけの“再生された存在”がいるのか、


 分からない。


「……」


 スマホが震える。


 通知。


 知らないアカウントからのメッセージ。


 開く。


《それ、見えてるんですね》


「……」


 固まる。


 続き。


《夢じゃないですよ》


《それ、あなたと同じです》


「……は?」


 画面を見つめる。


 心臓が強く打つ。


 指が震える。


《もうすぐ、あなたも消えます》


 そのメッセージを最後に、


 アカウントは消えていた。


「……」


 スマホを握る。


 画面には、


 何も残っていない。


 最初から、


 存在していなかったみたいに。


「……」


 静かに息を吐く。


 分かっている。


 もうすぐだ。


 自分の順番が来る。


 この“再生”も、


 終わる。


「……」


 ベッドに横になる。


 目を閉じる。


 眠る。


 そして——


 次に目を開けたとき、


 そこに映る世界が、


 まだ自分のものなのかは分からない。



---




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