死にたがり男と、死なせない女子高生
男は橋の欄干に肘をついていた。
川は黒く、夜は静かで、ここから落ちたらどんな音がするのか想像できないくらい、世界はよくできている。
ため息をひとつ。
「……今日なら、いける気がする」
誰に聞かせるわけでもない独り言だった。
そのとき。
「ねえ」
後ろから声がした。
振り返ると、制服の女子高生がいた。コンビニ袋をぶら下げて、ポテチを食べながら、こちらを見ている。
「そこで何してるの?」
男は答えなかった。
答える義理もないし、説明するほどの気力もない。
女子高生はポテチをもう一枚食べた。
「もしかして、死のうとしてる?」
男は苦笑した。
「……最近の子は直球だな」
「当たった?」
「まあ」
「ふーん」
女子高生は橋の欄干の隣に立った。
カサ、とポテチ袋の音がする。
「やめときなよ」
「なんで?」
「死んでも楽になれないかもよ」
男は思わず笑った。
「それ、宗教?」
「違うよ」
女子高生はポテチを食べながら言う。
「だってさ、死んだあとって誰も体験談ないじゃん」
「まあ」
「もしさ、死んでも普通に意識あったら最悪じゃない?」
「……」
「しかも体動かせないとか」
男は想像してしまった。
川の底で、ただ意識だけある自分。
「それ地獄じゃん」
「でしょ?」
女子高生はうんうん頷いた。
「だから私、死ぬの怖いんだよね」
男は欄干から体を離した。
女子高生はそれをちらっと見てから、ポテチ袋を差し出した。
「食べる?」
「……いらない」
「遠慮しないで」
強引に一枚渡された。
男は仕方なく食べた。
塩味だった。
びっくりするくらい普通の味だった。
「ねえ」
女子高生が言った。
「うん」
「死ぬの、明日でもよくない?」
男は少し考えた。
「……なんで」
「私、明日暇なんだよね」
「だから?」
「一緒にラーメン食べよ」
男は笑った。
「死にたい男をラーメンに誘う女子高生ってどうなんだ」
「いいじゃん」
「なんで俺?」
「だって」
女子高生は言った。
「死にそうな顔してる人、放っておくと気になるじゃん」
男は黙った。
夜風が橋を抜ける。
女子高生は言った。
「とりあえずさ」
「うん」
「死ぬの明日に延期しよ」
男は少し考えてから言った。
「……明後日じゃだめ?」
女子高生は笑った。
「どんどん延期してこ」
その夜、男は死ななかった。
そして翌日、ラーメンを食べた。
女子高生は替え玉を三回した。
男はその顔を見ながら思った。
もしかしたら。
もう少しだけ生きてみてもいいかもしれない。




