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死にたがり男と、死なせない女子高生

作者: 只野 唯
掲載日:2026/03/12


 男は橋の欄干に肘をついていた。

 川は黒く、夜は静かで、ここから落ちたらどんな音がするのか想像できないくらい、世界はよくできている。

 ため息をひとつ。


「……今日なら、いける気がする」


 誰に聞かせるわけでもない独り言だった。

 そのとき。


「ねえ」


 後ろから声がした。

 振り返ると、制服の女子高生がいた。コンビニ袋をぶら下げて、ポテチを食べながら、こちらを見ている。


「そこで何してるの?」


 男は答えなかった。

 答える義理もないし、説明するほどの気力もない。

 女子高生はポテチをもう一枚食べた。


「もしかして、死のうとしてる?」


 男は苦笑した。


「……最近の子は直球だな」

「当たった?」

「まあ」

「ふーん」


 女子高生は橋の欄干の隣に立った。

 カサ、とポテチ袋の音がする。


「やめときなよ」

「なんで?」

「死んでも楽になれないかもよ」


 男は思わず笑った。


「それ、宗教?」

「違うよ」


 女子高生はポテチを食べながら言う。


「だってさ、死んだあとって誰も体験談ないじゃん」

「まあ」

「もしさ、死んでも普通に意識あったら最悪じゃない?」

「……」

「しかも体動かせないとか」


 男は想像してしまった。

 川の底で、ただ意識だけある自分。


「それ地獄じゃん」

「でしょ?」


 女子高生はうんうん頷いた。


「だから私、死ぬの怖いんだよね」


 男は欄干から体を離した。

 女子高生はそれをちらっと見てから、ポテチ袋を差し出した。


「食べる?」

「……いらない」

「遠慮しないで」


 強引に一枚渡された。

 男は仕方なく食べた。

 塩味だった。

 びっくりするくらい普通の味だった。


「ねえ」


 女子高生が言った。


「うん」

「死ぬの、明日でもよくない?」


 男は少し考えた。


「……なんで」

「私、明日暇なんだよね」

「だから?」

「一緒にラーメン食べよ」


 男は笑った。


「死にたい男をラーメンに誘う女子高生ってどうなんだ」

「いいじゃん」

「なんで俺?」

「だって」


 女子高生は言った。


「死にそうな顔してる人、放っておくと気になるじゃん」


 男は黙った。

 夜風が橋を抜ける。

 女子高生は言った。


「とりあえずさ」

「うん」

「死ぬの明日に延期しよ」


 男は少し考えてから言った。


「……明後日じゃだめ?」


 女子高生は笑った。


「どんどん延期してこ」


 その夜、男は死ななかった。

 そして翌日、ラーメンを食べた。

 女子高生は替え玉を三回した。

 男はその顔を見ながら思った。

 もしかしたら。

 もう少しだけ生きてみてもいいかもしれない。


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