第4章:生放送
1:放送事故と最強の乱入者
ドゴォォォォォンッ!!
爆弾が直撃したかのような凄まじい轟音が、キー局の看板ニュース番組『報道LIVE』の生放送スタジオを激震させた。
「ひぃっ!?」
「な、なんだ!? 爆発か!?」
数千万人が見守る全国ネットの生放送中という、絶対に何事も起きてはならない「究極の安全圏」。その根底を物理的に破壊されたスタジオ内は、一瞬にして阿鼻叫喚のパニックに陥った。
悲鳴を上げて逃げ惑うコメンテーターたち。腰を抜かして床に這いつくばる大物政治家の黒田。
吹き飛んだ扉の向こう側、もうもうと舞い上がる白い砂埃の中から、一人の男がゆっくりと姿を現した。
中肉中背の草臥れた作業着の初老の男。しかし、その全身から立ち昇る怒気と暴力の気配は、画面越しにすら日本中の視聴者を震え上がらせるほどの圧倒的なプレッシャーを放っていた。
「テ、テロリストだ! 逃げろ!!」
事態を察知したチーフカメラマンが、恐怖で顔を引きつらせ、数百万円のテレビカメラを放り出してスタジオの裏口へ逃げ出そうとした。
「おい、待て」
地を這うような雷蔵の低い声が、ピンと張り詰めたスタジオの空気をビリビリと震わせた。
逃げようとしたカメラマンの足が、蛇に睨まれた蛙のようにピタリと止まる。雷蔵は、赤い『ON AIR』のランプが点灯したままのメインカメラを指差し、ドスを効かせて一喝した。
「カメラは回しとけ。……これからお前らに、大事な話がある」
「ひっ……は、はいぃっ!!」
圧倒的な強者の命令の前に、怯えきったスタッフたちは言われるがまま持ち場に戻り、震える手でカメラのピントを雷蔵へと合わせた。
かくして、前代未聞の「凶悪テロリスト」の堂々たる姿が、一切のフィルターも編集もなく、全国のモニターに大写しにされたのである。
「貴様ら! 何をしている! 私を護れ!!」
床に這いつくばった黒田が、泡を食って叫んだ。
その声に呼応するように、スタジオの隅で待機していた黒田の専属SP(要人警護班)の男たちが、スーツの懐から特殊警棒を振り出し、一斉に雷蔵へと飛びかかった。彼らは先ほどエントランスを突破された一般の警備員とは格が違う、国家の威信を背負った武術のエキスパートたちだ。
「大先生から離れろ!!」
先頭のSPが、鍛え上げられた全霊のタックルを雷蔵の胴体へと見舞う。並の男なら肋骨が砕け、数メートルは吹き飛ぶであろう完璧な一撃。
しかし。
ゴツンッ!!
「ぐはぁっ!?」
SPの巨体は、まるでダンプカーの鋼鉄のバンパーに生身で激突したかのように、雷蔵の肉体にぶつかった瞬間に無惨に跳ね返され、床を転げ回った。
「……チッ。邪魔くせえな、若造が」
雷蔵は、服の埃を払うようにボヤいた。当然、彼自身は1ミリも痛がっていない。むしろ、怒りでパンパンに硬質化した彼の筋肉の鎧に自らぶつかっていったSPの肩が、完全に外れてしまっていた。
「化け物か……ッ! 構わん、総員で制圧しろ!!」
残りのSPたちが、前後左右から一斉に襲いかかる。
だが、雷蔵は全く慌てることなく「ほいよ」と右手を伸ばし、飛びかかってきたSPの胸ぐらをガシッと掴んだ。
「よっこいしょ、っと」
雷蔵はまるで駄々をこねる子供をあしらうかのように、手首の絶妙なスナップだけを使って、屈強なSPたちを次々とスタジオの隅にあるウレタンマットの山へポイポイと放り投げていく。
ドサァッ! ボスッ!
「うわぁぁっ!」
彼らは無力化こそされたものの、骨折などの大きな怪我は一切負っていなかった。雷蔵が「無駄に怪我をさせない」という、恐ろしく精密で理不尽な力加減で彼らを投げ飛ばしていたからだ。
ものの十秒。
国家の精鋭であるはずの専属SPたちは、ウレタンマットの上で折り重なり、赤子のように手も足も出なくなっていた。
静まり返った生放送のスタジオに、雷蔵のペタペタというサンダルの音だけが響く。
雷蔵と大物政治家・黒田との間に、もう立ち塞がる壁は何一つ残されていなかった。
2:詭弁と屁理屈の限界と、公開説教
国家の精鋭であるはずの専属SPたちが、ウレタンマットの上で、うめき声を上げている。
頼みの綱である「物理的な盾」をすべて失った大物政治家・黒田は、顔面を土気色に変え、革靴を滑らせながら無様に後ずさりした。
「く、来るな! 貴様、自分が何をしているか分かっているのか!」
黒田は震える指を雷蔵に突きつけ、必死に声を張り上げた。
「ここは神聖なる報道の場だぞ! 不法侵入に器物破損、さらには国家の要人たる私への暴行未遂! 警察だけではない、自衛隊を出動させてでも貴様を地の底まで追い詰めてやる! 私を誰だと思っている!」
物理で勝てないと悟った権力者がすがりつくのは、いつでも「法律」と「肩書き」という見えない鎧だった。自分が作り上げたルールの内側から、相手を言葉で打ち据えようとする卑劣な防衛本能だ。
その黒田の叫びに呼応するように、スタジオの隅で縮こまっていた有識者気取りのコメンテーターたちが、安全な距離を保ったまま口々に加勢し始めた。
「そ、そうです! 暴力は何も生みません! 話し合いましょう!」
「どんな理由があろうと、手を出した時点であなたの負けなんですよ! 現代社会において、野蛮な暴力は絶対に許されないんです!」
彼らは本気でそう信じていた。自分たちのいる場所は「絶対に殴られない安全圏」であり、言葉こそが最も正しく、暴力は無条件で悪であると。
だが、雷蔵はその「綺麗事」を聞いて、ピタリと足を止めた。
そして、怯えるコメンテーターたちの方へゆっくりと顔を向け、氷のように冷たく、底知れぬ怒りを孕んだ目で彼らを射抜いた。
「……話し合い、だぁ?」
雷蔵の低い声が、マイクを通して全国のお茶の間に響き渡る。
「暴力は何も生まねえ? 手を出した方が負け? ……笑わせるな」
雷蔵は、テレビカメラのレンズを真っ直ぐに指差した。
「お前ら、そのカメラの向こうから、毎日毎日、寄ってたかって気に食わねえ奴を袋叩きにしてるじゃねえか。事実も確かめず、勝手な理屈をこね回して、他人の人生をオモチャにして壊してるだろうが」
「そ、それは……我々は報道の自由と、正当な言論の権利を……」
「言葉なら、どれだけ人を傷つけても『暴力』じゃねえってのか? 殴らなきゃ、血が出なきゃ、お前らの手は綺麗だって言いてえのかよ」
コメンテーターたちが息を呑み、沈黙した。
「お前らのその薄っぺらい『言葉』で、何人が泣き寝入りして、何人が首を括りそうになってると思ってんだ。……お前らの言葉は、立派に人を殺してんじゃねえか」
雷蔵の放った真実の刃に、スタジオの誰もが反論できなかった。
雷蔵は再び黒田に向き直ると、そのままズカズカと距離を詰め、逃げ惑う黒田の高級スーツの胸ぐらを、軍手を外した分厚い右手でガシッと掴み上げた。
「ひ、ひぃぃっ! や、やめろ!」
「よっこいしょ」
雷蔵が軽く右腕を持ち上げると、体重八十キロを超える黒田の体が、まるで空っぽの案山子のように軽々と宙に浮いた。両足が床から離れ、黒田は無様に宙で足をバタバタともがかせた。
全国ネットの生放送。数千万人が見つめる画面の中央で、国を動かす大物政治家が、一介の老人に片手で吊るし上げられている。歴史的な放送事故であり、権力の完全なる敗北の瞬間だった。
「離せ! 離せぇっ!! 放送を止めろ! 早く止めんか!!」
黒田が泣き叫ぶが、怯えきったスタッフは誰一人としてカメラのスイッチを切ることができない。
「さて、全国の皆さんに聞こえるように、きっちり答え合わせをしてやろうじゃねえか」
雷蔵は黒田を吊るし上げたまま、もう片方の手で黒田の頬をパンパンと軽く叩いた。
「お前のドラ息子が被害者? 嘘つけ。あのクソガキは、俺の死んだお袋を侮辱しやがったから、俺が躾としてビンタを一発食らわせただけだ。そしたらあいつ、ショックでションベン漏らして気絶しやがったんだよ」
全国の視聴者が、その暴露に度肝を抜かれた。
「自分のガキが喧嘩に負けてションベン漏らした腹いせに、お前は機動隊やらSITやらを私物化して俺の家にけしかけた。それが通じねえと分かると、今度はどうした?」
雷蔵の目に、さらにドス黒い怒りが宿る。
「俺に飯を食わせてくれた善良な定食屋や、商店街の連中のところに、金で雇ったサクラの活動家を送り込んで、嫌がらせの通せんぼをさせたよな。……関係ねえ一般人を巻き込んで、影からコソコソと石を投げさせた。それが、お前らみたいな『偉い奴ら』のやり方か」
黒田の顔面が、屈辱と恐怖でグシャグシャに歪む。カメラは、彼が完全に図星を突かれて反論できない醜悪な顔を、高画質で全国に配信し続けていた。
雷蔵は、宙吊りにして泡を吹いている黒田の顔をカメラに向けさせると、テレビの向こう側にいるすべての「安全圏の住人」たちに向けて、静かに、しかし腹の底に響くような声で言い放った。
「安全な場所から石を投げるのが、そんなに楽しいか?」
それは、黒田への説教であると同時に、ネットの匿名という盾に隠れて言葉の暴力を振るう、現代社会全体に向けた強烈な一撃だった。
「自分は絶対に反撃されない場所に隠れて、顔も名前も出さずに、束になって他人を叩く。手を出したら負けだというルールを逆手にとって、相手が何もできないのをいいことに言いたい放題わめき散らす。……そんな卑怯な真似が、いつからこの国の『正義』になったんだ」
雷蔵は、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「いいか。言葉で人を殺そうとする奴はな、いつか自分が『生身の暴力』でブチ殺されても文句は言えねえんだよ。殴られたくねえなら、最初から人様に石を投げんじゃねえ」
沈黙。
スタジオだけでなく、テレビの前の数千万人の視聴者が、雷蔵のその真っ直ぐで、あまりにも原始的な「真理」の前に息を呑んでいた。
理不尽なクレーマーに土下座させられていた店員。ネットのいじめに泣いていた若者。職場のハラスメントに耐えていたサラリーマン。彼らの心の中に、雷蔵の言葉が雷のように深く、熱く突き刺さっていく。
屁理屈と詭弁の時代に終わりを告げる、圧倒的な「物理」と「正論」の融合。
タガの外れた老人が放ったその説教は、狂った現代社会の目を覚まさせるには、十分すぎるほどの熱量を持っていた。
3:誘拐と生放送の「お宅訪問」
全国数千万人の視聴者が見つめる中、雷蔵の放った真理の刃は、スタジオを深い沈黙で包み込んでいた。
宙吊りにされたままの黒田は、自らの醜悪な手口を全国ネットで完全に暴露され、政治家としての生命線である「権威」と「体面」が音を立てて崩れ去っていくのを感じていた。
だが、長年権力のトップに君臨してきた絶対的な自己愛と傲慢さは、彼に「反省」という選択肢を与えなかった。圧倒的な屈辱は、やがて逆ギレという名のドス黒い憎悪へと変貌する。
「……き、貴様らのような、底辺のクズどもがァァッ!!」
宙で足をバタつかせながら、黒田は顔を真っ赤にして唾を飛ばした。
「私を誰だと思っている! 国を動かしているのは私だぞ! 貴様のような社会のゴミが、偉そうに説教を垂れるな! 貴様も、あの貧乏くさい定食屋のオヤジも、喫茶店のマスターも、商店街の連中も……私の権力で、一人残らず社会的に抹殺してやる! もちろん、貴様を産んだ薄汚い母親の墓も……ッ」
その瞬間。
雷蔵の目の奥で、決定的な何かが弾けた。
空気が凍りつき、スタジオの温度が急激に下がった錯覚を全員が覚えた。雷蔵は黒田の胸ぐらを掴んだまま、もう片方の右手を高く、大きく振り上げた。
これまでSPたちを跳ね返し、防音扉を吹き飛ばしてきた、純度百パーセントの暴力の結晶。それが黒田の顔面に直撃すれば、間違いなく首の骨が折れ、最悪の場合は即死する。
「ひっ……!?」
死の恐怖に直面した黒田は、情けない悲鳴を上げて目を固く閉じた。コメンテーターたちも惨劇を予感し、顔を覆う。
ブンッ!!
空気を切り裂く恐ろしい風切り音がスタジオに響いた。
……しかし、衝撃は来なかった。
「……あ?」
黒田が恐る恐る薄目を開けると、雷蔵の分厚い掌は、黒田の鼻先わずか数ミリのところでピタリと寸止めされていた。
「……お前みたいな腐った外道は、俺の拳で殴る価値すらねえ」
雷蔵は氷のように冷たく言い放つと、ゴミを捨てるようにパッと手を離した。
「痛ッ!」
床に無様に尻餅をつく黒田。雷蔵は彼を見下すことすらやめ、深い溜め息をついて背を向けた。これ以上、この卑小な男の相手をするのは時間の無駄だ。晩飯の買い出しにでも行こうと、サンダルを鳴らして出口へ向かい歩き出す。
だが、その背中めがけて、床に這いつくばった黒田が最悪の悪手(捨て台詞)を吐いた。
「お、覚えてろよ……ッ! 絶対に後悔させてやるからな……!!」
ピタリ。
雷蔵の足が止まった。三流の悪党が吐く、耳にタコができるほど聞き飽きた定型文。しかし、空腹と苛立ちが頂点に達していた雷蔵の導火線に再び火をつけるには、十分すぎる一言だった。
「……覚えてろ、だぁ?」
雷蔵はゆっくりと振り返り、面倒くさそうに首の骨をゴキリと鳴らしながら、再び黒田の元へとズカズカと戻ってきた。
「ひっ! な、なんだ……」
「お前みたいな口だけの卑怯者は、どうせまた見えないところからコソコソ石を投げてくるんだろ。だったら……」
雷蔵は、尻餅をつく黒田の高級スーツの襟首を掴むと、ひょいっと片手で持ち上げ、そのまま自分の脇の下にガッチリと抱え込んだ。まるで、言うことを聞かない犬でも運ぶかのような無造作な扱いだ。
「な、何をする!」
黒田が手足をバタつかせて必死にもがくが、万力のような雷蔵のホールドから抜け出せるはずもない。
「お前の『自宅訪問』でもしようじゃねえか。どんな立派な御殿に住んでるのか、お茶でもご馳走になりに行くぞ」
「ふ、ふざけるなァァッ! 離せ! 誘拐だぞ! 警察を呼べぇっ!!」
雷蔵は脇に黒田を抱えたまま、スタジオの隅で震えているカメラマンやディレクターたちに肩越しに視線を送った。
「おい、お前ら」
「は、はいぃっ!!」
「カメラ、回しとけって言ったよな。この大先生の立派なお宅を、全国の連中にたっぷり見せてやろうぜ。……ついてこい」
逆らえば殺される。しかし、同時にこれは「テレビ史上最大のスキャンダル映像」になる。恐怖と報道の血が入り混じり、チーフカメラマンと音声スタッフは、無言で機材を担ぎ上げ、雷蔵の後を追うように駆け出した。
かくして、大物政治家が脇に抱えられて生放送で拉致されるという、前代未聞の「テレビ局お出かけロケ」が、全国の視聴者が見守る中で幕を開けたのである。
4:手出し無用の大名行列
真昼の港区。日本のビジネスとメディアの中心地である大通りに、信じがたい光景が展開されていた。
「離せ! 貴様ら、見物していないで警察を呼ばんか!」
草臥れた作業着にサンダル履きの初老の男が、最高級スーツに身を包んだ与党の大物政治家を小脇に抱え、ズカズカと我が物顔で歩いている。その後ろには、必死の形相でカメラを回し続けるテレビ局のクルーたち。全国ネットの生放送は、未曾有の「お宅訪問(拉致)ロケ」へと突入していた。
道行く人々は一様に足を止め、目を丸くしてその異様な行進をパシャパシャとスマートフォンで撮影し始めた。SNSのタイムラインは瞬く間にこの映像で埋め尽くされていく。
「うお、マジでテレビの生放送じゃん!」
「あのジジイ、黒田議員抱えてるぞwww」
黒田はこれまで、権力とメディアという安全圏から他人を炎上させ、社会的に抹殺してきた。しかし今、自分自身が無様な姿で無数の一般人のカメラに晒され、最大の「見世物」としてリアルタイムで消費されているのだ。絶対的権力者が大衆のオモチャに転落する、これ以上の皮肉はない。
「お、おい! 話を聞け…ッ」
「うるせえな。大人しく運ばれてろ。お前の立派な家はどっちだ?」
雷蔵は暴れる黒田の脇腹を軽く締め上げ、黙らせる。万力のホールドから逃れられない黒田は、涙目になりながら高級住宅街のある方向を指差すしかなかった。
ウゥゥゥゥーーーッ!!
やがて、けたたましいサイレンと共に数十台のパトカーが駆けつけ、大通りを封鎖した。完全武装の警察官たちがパトカーを盾にして拳銃を構えるが、彼らの顔には深い絶望と困惑が浮かんでいた。
「対象を確認! しかし……人質が黒田先生だ! 絶対に発砲するな!」
「迂闊に近づくな! 相手はSPを素手で全滅させたバケモノだぞ!」
国家権力のトップに立つ重要人物が、文字通り「盾(物理)」にされているのだ。万が一にも流れ弾が黒田に当たれば、撃った警官の首が飛ぶ。
結局、警察にできることは何もなかった。彼らは雷蔵と黒田を取り囲むように、ただ遠巻きに一定の距離を保って歩くことしかできない。
サイレンを鳴らすパトカーの群れと、生放送のカメラクルー、そして無数の野次馬たち。それらすべてを引き連れて大通りを練り歩く雷蔵の姿は、まるで現代に蘇った前代未聞の『大名行列』であった。
誰も手を出せない絶対的な暴力のパレードは、黒田の住む豪邸へと向かって、ただただ真っ直ぐに進んでいった。
5:悪事のショーケース(生放送)
パトカーのサイレンと野次馬の喧騒を引き連れた前代未聞の大名行列は、都内の一等地に建つ要塞のような大豪邸の前に到着した。
高いコンクリートの塀と、堅牢な電子ロック付きの鉄門。表札には『黒田』と刻まれている。
「さ、警察の皆さんもご苦労さん。ここからはプライベートな『お宅訪問』だ」
雷蔵は脇に黒田を抱えたまま、空いている片手で分厚い鉄門の隙間に指を差し込んだ。
「ば、馬鹿な! その門は特注の……!」
黒田が叫ぶ間もなく、メキャァァァンッ! と凄まじい金属音が響き、電子ロックのシリンダーごと鉄門がひん曲がって強制開放された。雷蔵は「お邪魔しますよ」と、敷地内へとズカズカ踏み込んでいく。
後ろには、ぴったりとついてくるテレビ局のカメラクルーたち。外の道路では、警察官たちが「突入するか!?」「馬鹿、人質がいるんだぞ!」オロオロするばかりで、結局一歩も中へ入れなかった。
広大な庭を抜け、玄関の鍵も文字通り「握り潰して」破壊し、雷蔵は土足のまま大理石の廊下へと上がり込んだ。
「ひぃぃっ……! 不法侵入だ! 犯罪だぞ!」
もはや抵抗する気力もなく、ただ喚くことしかできない黒田。
雷蔵は脇に抱えた黒田の頭をポンと叩き、ふと思い出したように言った。
「昔、お袋とよく観てた刑事ドラマでやってたんだよな。お前みたいな悪どい政治家は、見られちゃマズいものを大抵家の奥に隠してるもんだってな。……どれ、ちょっと物色させてもらうか」
「な、何を……やめろ! 撮るな! 放送を止めろォォッ!」
黒田の悲痛な叫びも虚しく、カメラの赤いランプは無情にも回り続けている。
廊下を進むと、二階の一室から重低音のクラブミュージックが漏れ聞こえてきた。
黒田の顔色が、土気色から真っ青へと変わる。
「ま、待て! その部屋は……!」
雷蔵はためらいなく、その高級な木製のドアを蹴り飛ばした。
バァァァンッ!!
ドアが蝶番から外れて吹き飛ぶ。
「うおっ!? なんだよ急に!」
部屋の中にいたのは、三人の若者だった。その中心にいたのは、生放送で黒田が「テロリストの被害に遭い、病院のベッドで恐怖に震えている」と涙ながらに語っていたドラ息子――ハルキである。
彼は病院になどいなかった。それどころか、取り巻きの不良たちと一緒に、テーブルの上に広げた白い粉や怪しげな錠剤をストローで吸引し、完全にラリって瞳孔を開かせていたのだ。
「あ……? あれ……? 親父……と、あの時のジジイ……?」
ハルキは、焦点の合わない目で雷蔵とカメラを見つめ、間抜けな声を漏らした。
雷蔵のビンタの恐怖がフラッシュバックしたのか、ハルキは「ヒッ」と短い悲鳴を上げ、またしてもその場で股間に生温かい染みを広げて失禁した。
テレビの生放送のカメラが、テーブルの上の大量の違法薬物と、失禁して泡を吹くドラ息子の姿を、一切のモザイクなしで全国のお茶の間にドアップで届けた。
「ほほう」
雷蔵は鼻で笑った。
「重傷で入院してるはずの息子さんは、随分と元気にお薬のパーティー中だったみたいだな。これも俺のせいだってテレビで言うつもりか?」
「あ、あああ……っ」
黒田は、息子の破滅が全国に中継されたショックで、言葉にならないうめき声を漏らした。だが、雷蔵の「お宅訪問」はここでは終わらない。
「ガキの部屋はこのくらいにして、次は親玉の寝室だ」
雷蔵はさらに奥へと進み、最も豪華な扉を押し開けた。そこは黒田の寝室兼、プライベートな書斎だった。
部屋を見回した雷蔵は、壁に飾られた巨大な西洋絵画の裏から、微かな「機械の匂い」を嗅ぎ取った。彼のアナログな職人の勘だ。絵画を無造作に引き剥がすと、そこには壁に埋め込まれた巨大なチタン合金製の金庫が隠されていた。
「や、やめろォォォッ!! それだけは! それだけは絶対に開けるなァァッ!!」
黒田が今日一番の悲鳴を上げ、雷蔵の腕の中でもがいた。
「へえ、開けるなって言われると、開けたくなるのが人情ってもんだ」
雷蔵は金庫のダイヤルなど見向きもしなかった。金庫の分厚い扉の隙間に指をねじ込むと、「ふんっ!」と短く息を吐き、腕の筋肉を丸太のように膨張させた。
バキバキバキバキッ……!! メキャァァァァァッ!!
絶対に開かないはずのチタン合金の扉が、凄まじい金属音と共に、まるでツナ缶のフタのようにメリメリと引き剥がされていく。
ガコンッ、と重い扉が床に落ちた。
金庫の中身が、生放送のカメラの強烈なライトに照らし出された。
「こりゃあ、たまげたな」
雷蔵が呆れたように呟く。そこには、銀行の帯封がついた一万円札の束が、文字通り山のように積み上げられていた。ざっと見ても五億円は下らない。明らかな裏金、そして完全なる脱税の証拠だ。
だが、雷蔵の目は現金の山ではなく、その横に置かれていた黒い革張りの分厚いノート――『名簿』に向けられていた。
雷蔵はパラパラとそのノートをめくり、カメラのレンズに向かってバッチリと中身を見せつけた。
「『〇〇建設からの献金、五千万円』『〇〇大臣への裏金ルート』……なるほど。これがこの家の一番臭えゴミの正体か」
「あ、ああ……終わった……」
黒田は白目を剥き、雷蔵の脇の下に抱えられたまま、ついに完全に気絶してだらんと首を垂れた。
全国ネットの生放送。
被害者を装っていた政治家の嘘、息子の薬物パーティー、五億円の脱税資金、そして政界を揺るがす裏金の名簿。そのすべてが、たった一人の老人の「強引なお宅訪問」によって、数千万人の国民の前に白日の下に晒されたのだ。
「……さて、大先生の化けの皮も剥がれたことだし」
雷蔵は気絶した黒田を、五億円の札束の山の上にゴミ袋のように放り投げた。
そして、カメラに向かって、やり切ったような清々しい顔で告げた。
「今日の『説教』はここまでだ。あとは、警察の連中にでも任せるさ。……ああ、腹減った。定食屋のオヤジの生姜焼きでも食って帰るか」
雷蔵がサンダルを鳴らして寝室を去っていく後ろ姿を、カメラは静かに映し出していた。
日本政治の歴史上、最も恐ろしく、最も痛快な「悪事のショーケース」は、こうして伝説となったのである。




