⑥対人戦(PvP)訓練(後)
「さて、初めての対人戦な訳だが」
「作戦はあるのかい?」
「今回のPvPに合わせた作戦は、無い」
「無いのかい…?」
『にゃはは!あたしでもそうすると思うにゃ。でも大枠では決めるにゃ?』
「そうだな。基本的な立ち回りはPvEと同じ。俺はブラフも混ぜるから、混乱しないようにだけ気を付けてくれ」
「ブラフ…?わかっ…た…」
『不安しかないにゃ…。リンリンはナルキンから名前を呼ばれた指示以外無視して良いにゃ』
「うん、それだったら私でも大丈夫だよ!」
「不安しかないな…」
東雲鈴音は見た目と違って脳筋に片足突っ込んでるところがあるからな。
ぶっちゃけ対人戦においての不確定要素をふんだんに背負い込んでるんだよな。
加えて不確定要素は他にもある。
「まずはおいらが戦場を駆け回って撹乱するんだぞ?クルクル無双なんだぞ」
「クルクル無双って尻尾追い掛けて回転するやつだろ?命懸けの戦いで可愛いが意味を持つと思うなよ?」
今回は命懸けじゃないけれど。
オイラもあまり俺の指示を聞いてくれない。
こいつが俺の指示通り動くのは、敵が強くて自分の身に危険が迫ると判断した時だけだ。
つまり今回のPvPにおいて、おいオイラの力を全面的に当てにするのは危険だ。
あれ?実質3対2ぐらいのハンデ戦なんじゃね?
『ナルキン、頑張るにゃ』
「どうにかして壁ぶっ壊せないかな…。ガチで…」
せめて招木猫がいれば。
東雲鈴音はちょっぴりマシなポンコツに進化するかもしれないし、オイラも指示を聞くかもしれない。
エリアを隔てるあの見えない壁が恨めしい。
「そろそろ始めるか」
鵯親子と別れて凡そ5分。
55秒から5秒までの間に開始の合図を出す訳だが。
前か後か。
急かすか焦らすか。
東雲鈴音と視線を合わせて。
タァン
55秒でさっさと始める。
少しでも相手側に動揺を与えるならば、10秒間の間で最も可能性の幅がある5秒前を選ぶ。
相手が弱メンタルならば焦らす選択も大いにアリだが、時間を後にずらせばずらす程に【今】の可能性を高めてしまう。
覚悟を決める時間を与えてしまう事にもなりかねないので、俺はこの選択がベターだと思う。
まず東雲鈴音が民家の陰から飛び出し、オイラ、俺と続く。
お互い開始地点から後ろには下がれないと取り決めをしたので、前に出るか待機かの二択しかないのだ。
鵯親子は誰一人として姿を晒していない。
あちらの選択は待機。
門の内側が開始地点と決めているので、そこからこちらの出方を窺っているのだろうが。
この作戦は敵ながらあっぱれと言わざるを得ない。
何故なら…。
「行くんだぞ!おいらに付いてくるんだぞ!」
こうやって迂闊に飛び出すわんわんおがこちらにはいるからだ。
鵯彩里は流石にオイラの事を理解していらっしゃる。
そしてオイラの速力は111。
装備品で相当にステータスを盛らなければ、オイラのスピードには追い付けない。
「オイラちゃんは私が守らねば!」
「待った。オイラは大丈夫だ。東雲さんはオイラを追い掛けながら攻撃準備をしてくれ」
「了解した!」
オイラが全力先行。
東雲鈴音がやや後方から追い掛ける。
鵯親子が隠れている門まで距離が無いのが救いだな。
距離があったら秒では追い付けない程に引き離されるところだ。
「頂きですわぁ♡」
門の前に到達したオイラに鵯彩里の強烈な打ち上げ。
ゴルフスイングの様な棍棒での一撃は、小動物をガチで殺しに来ているとしか思えない。
あれ、致命傷NGじゃなかったっけ?
「まずは御一方片付けましたわぁ♡」
対面の家に向かってぶっ飛んでいくオイラを目で追いながら(目隠ししているけれど)恍惚の表情を浮かべる鵯彩里。
完全にオイラを仕留めたと思っているだろうが、残念ながらそうはいかない。
「サリーに叩かれる気分も悪くはないんだな!」
オイラがちょっぴり変な趣味に目覚めたような発言が気に掛かるが…。
オイラには装備の綿毛シリーズに付与されている【ふわふわ】という特性をLv5で持っている。
この【ふわふわ】、打撃系の攻撃に対して威力を軽減する効果を持っている。
特性は所謂パッシブスキルに近いもので、Lv5ともなると大抵の打撃はオイラには通らない。
どうしてそんな無茶苦茶な性能なのかと思うが。
これはNOT THE GAMEの仕様の話。
別ゲームの多くが取得したスキルの効果をレベルを上げる事で徐々に効果を上げるのに対し。
NOT THE GAMEのスキルや特性はレベルが上がると爆発的に効果が上がる仕様になっている。
つまり重ねれば重ねるだけ効果が大幅に上昇し、打撃威力軽減の【ふわふわ】はLv5で非常に大きな軽減効果となっている。
恐らく今のオイラに打撃でまともなダメージを通すには、力のステータスを相当に盛らなければ不可能だろう。
但し体が軽いオイラは文字通りぶっ飛んで優雅な空中散歩中なので、戦線復帰には時間が掛かるかな。
「よくもオイラちゃんを!」
東雲鈴音が鵯彩里に斬りかかる。
胴体を真っ二つにする勢いなんだけど、これって殺し合いじゃ無かったよね?
「くっ…。お父様!」
「ほいさ!私に任せなさい!」
両手で殺人鉄球を持った鵯父が東雲鈴音との間に入った。
鎖の部分をピンと張って東雲鈴音の攻撃を受けようとするが。
「しっ!」
東雲鈴音の剣筋がS字を描き、刀の峰で鵯父の膝を打った。
「ぐあっ!」
致命傷にはならないが、打ち所がエグイ。
東雲鈴音が持つ【一押し】の特性は、攻撃に僅かな追加威力を加える。
文字通りもう一押しの威力が出るので、峰打ちの打撃でも痛みは相当なものだろう。
「ナイスですわぁ、お父様♡」
膝を押えて崩れ落ちた鵯父に隠れる様に攻撃態勢を整えていた鵯彩里が強烈な突きを放つ。
狙いは東雲鈴音の喉元。
だから首への攻撃は禁止だって。
「甘いっ!」
東雲鈴音は刀の側面を根に当てて突きを逸らした。
そこから僅か3秒足らずで、金属同士がぶつかり合う音が8度も響いた。
東雲流剣術を修めた東雲鈴音の剣技は相変わらず凄いが、それについていく鵯彩里もまた凄い。
但し僅かばかり東雲鈴音が優勢なのは見て取れる。
純粋な1対1ならば負けはないだろうと予想出来るが。
不確定要因として、姿を見せていない鵯母の存在がある。
俺は取り敢えず、そこを潰しておくか。
「誘導弾、発動!」
タァンタァンタァン
誘導弾。
放たれた攻撃から最も近いパーティーメンバー以外へと攻撃が誘導されるスキルを発動して銃を撃つ。
狙いは鵯家を囲む壁を飛び越える形で無作為に3発撃って鵯母を狙う。
「お母様、逃げて!」
鵯彩里は東雲鈴音と競り合いながら、慌てた様子で母親に指示を出す。
俺が放った光球は狙い通りに壁を越え、鵯母が隠れている壁の内側へ向けて弾道を変え…。
ずにそのまま家の当たって霧散した。
攻撃を回避しようとした鵯母が姿を現した。
待機場所から下がる事は出来ないのだから、俺の攻撃を避けるなら前へ出るしかなかった。
それを見越して、敢えて大声で持ってもいないスキル名を口にして無意味で有意義な攻撃を仕掛けてみたのだ。
結果は狙い通り、想定した中で最高の結果になった。
「ブラフですの!?」
鵯彩里が気付いたとおりだ。
そもそも俺は対人戦でスキルを発動する時、馬鹿正直にスキル名なんて口にしない。
「赤スキル、発動」
NOT THE GAMEの仕様上。
プレイヤーはスキルを発動する時、どのスキルを発動するのか口に出して宣言する必要がある。
但し必ずしもスキル名を口にする必要は無く。
赤オーブのスキルであれば『赤スキル』、青オーブのスキルであれば『青スキルといった具合に、スキル名を隠して発動する事が可能だ。
PvEであるならば、そこまで気にする必要もないが、PvPにおいてはスキル名からスキルの効果を想像出来てしまう。
想像が出来たなら、事前の対処も可能となる。
故にスキル名を隠せるこの仕様は、PvPでは非常に有効な手段になってくると考える。
逆に敢えてスキル名を口にするって戦略も有りよりの有り有り有りだけどな。
今発動した赤スキルは【追撃】。
5秒の間、放った攻撃から僅かに遅れて低威力の攻撃が追い掛けるってスキルだ。
「橙スキル、発動」
続いて【命中補正】のスキルを発動する。
【命中補正】はパーティーメンバー以外で視界に存在する対象の弱点に向かう線が可視化されるってスキル。
この線をなぞる形で攻撃を放てば、相手が馬鹿みたいに静止している場合に限って、確実に弱点に攻撃が当たる。
タァンタァンタァン
銃の最大連射数は3発。
1発につき1秒間のCTが存在していて、CT中に次の攻撃を放つと、そこから2秒間のCTに更新される。
2秒間のCT中に3発目を放てば、CTはそこから3秒だ。
撃ち終われば隙だらけになる3発全てを使って狙うは鵯母。
鵯母の動きを予測し、弱点から僅かに逸らせて狙いを定めた。
理想は【追撃】が当たって鵯母が戦闘不能に陥るって状況だ。
「母さん!」
鵯父が光球の前に立ちはだかったが、1発だけすり抜けて鵯母に命中した。
狙い通り当たったのは【追撃】の方だ。
俺も随分と射撃が上手くなったものだな。
腿を撃たれた鵯母と庇って光球を受けた鵯父が蹲る。
銃って武器は少々癖のある仕様で、絶望的なまでに近接戦が向かないが。
後衛に徹していれば、個人的にかなり優秀な武器だと考えている。
こういう訓練で手加減し出来ないのは辛い所であるけどな。
後は東雲鈴音に任せてしまって問題ないだろう。
東雲鈴音と鵯彩里との1対1は、徐々に東雲鈴音が押す展開となり、結果として鵯彩里を完封した。
2人がスキルを使わなかったのは、使えばダメージ的に危険と判断したからだろうか。
初めての対人戦は、非常に有意義なものになった。
鵯親子への貸しも出来たし、これ以上ない結果と言えるだろう。




