③サリー
オイラが守りたいと言ったサリーと言う人物については、招木猫が詳しく教えてくれた。
本名は鵯彩里。
通称サリー。
見た事も聞いた事もなかったが、うちの近所に住んでいる全盲の少女なのだという。
高い壁に囲まれた3階建ての家に住んでいて、オイラが遊びに行くと必ずおやつをくれる優しい女の子だそうだ。
目が見えないから、犬が食べちゃいけない物も平気でくれるらしい。
それはお前、どうなんだオイラよ…。
「おいらは受けた恩は必ず返す、誇り高き野良犬なんだぞ。今までサリーに世話になった分、このイカレた世界で守って恩返ししてやりたいんだぞ」
オイラの言い分は理解出来る。
NOT THE GAMEという異常な世界の中で、目が見えない少女に一体何が出来るだろうか。
プレイヤーとNPC、どちらなのかはわからないが、目が見えなければ、足下のスライムに気付かず、飲まれて死んでしまう可能性が高いと言わざるを得ない。
NPCであるならば、現実世界と似通った動きをするので外出はしないのだろうが。
プレイヤーであったならば、迂闊にも外へ出て魔物の餌食になる可能性は捨てきれない。
「わかった。まずは会ってみよう」
招木猫以外には塩対応なオイラが守りたいという人間がいる。
もしもここでオイラの思いを切り捨てたら、今の関係に罅が入るのは明らかだ。
「案内はオイラに任せるぞ」
「任されたんだぞ」
真夏の暑さが体の芯から蒸し上げる現実世界と違って、NOT THE GAMEの外は快適な温度に保たれている。
故にオイラは躊躇いなく外に出て、先を歩いて先導する。
時折振り返って、ちゃんとついて来てるか確認するんだけど、こいつもう野良犬の感性失われてない…?
「あそこの角を曲がればサリーの家なんだぞ」
うちからここまで徒歩5分も掛かっていない。
確かに近所ではあるが、奥まった場所にあるので認識出来ていなかった。
ここは用があるか迷い込みでもしなければ、決して訪れないだろう。
「戦闘音か?」
ガキンと、金属が地面を叩くような音が聞こえた。
NOT THE GAMEであの音は、どう考えたって戦闘音に違いない。
武器持ちの魔物は多くないが、プレイヤーがPKやNPCKを企んでいたとしたら。
鵯彩里の命が危ない。
同じ考えに至ったのか、オイラが駆け出して猛烈に加速。
そして角を曲がったところで急ブレーキした。
もしや、もう遅かったのか。
オイラの後を追って、東雲鈴音、続いて俺と角を曲がる。
すると、衝撃的な光景が目に飛び込んできた。
「はぁぁぁ♡貴方を挽き肉にしてあげますわぁ♡」
老婆の様な白髪に真っ白な肌。
白い布で瞳を隠した鵯彩里 というプレイヤーが、金属の棍を振るって、引く程に狼の魔物をボコボコにしていたのだ。
戦闘が終わって魔物が消えたのを見て、鵯彩里の間合いの外から声を掛ける。
「えっと、鵯彩里さんで合っているかな?」
「聞き覚えの無いお声ですが、貴方様はどちらさまでしょうか?」
鵯彩里は、まるで目が見えているかの様にこちらへ向き直った。
根の先をこちらへ向けているのは、味方か敵かを計る前の警戒の意図だろう。
「俺は成木原裕哉。それでこちらが…」
「東雲鈴音と申します」
「成木原様と東雲様ですね。それで、お二人の目的は何でしょうか?時折我が家にいらっしゃる、そちらのわんちゃんと関係がおありですか?わんちゃんのNPCもいらっしゃるのですね。うちの子はおりませんのに」
鋭い。
というか、本当に目は見えていないのか?
五感の一つないし幾つかを失うと、残っている感覚が研ぎ澄まされると聞いた事はあるが。
それにしたって鋭過ぎやしないだろうか。
いや、おいらをプレイヤーとして認識出来ていない時点で、頭の上に表示された文字を読めていないのは間違いない。
目が見えない人間の動きには見えなかったから、驚きでしかないが。
そんな話は今は良いか。
ここから先はオイラに任せるとしよう。
「サリー。実はおいらもNOT THE GAMEのプレイヤーなんだぞ。それで、おいらは君を…」
サリーは「君を守りたい」というオイラの申し出をノータイムで断った。
「解せぬ、なんだぞ」
今日だけはオイラに優しくしてやろうと思う。




