閑話 齋藤真吾①
齋藤真吾は生まれた時から不遇な運命を背負っていた。
齋藤真吾の両親は、交際相手を選ぶ時に、120%見た目の良さだけを基準にして相手を選んだ。
その理由は、互いに自分の見た目に対する強く不快、憎悪にも似た嫌悪感を抱いていたからだった。
齋藤真吾の父は、母は、互いに理想の妻を、夫を、見付けて夫婦となった。
これ程に見た目の良い女なら、男なら、自らの凶悪なコンプレックスをも打ち消してくれるだろう。
未来に生まれる子供は、妻に、夫に似て美しい見た目をしているに違いない。
少なくとも、自分よりはマシな見た目の子供が生まれるだろう。
そうであれば、心の底から子供を愛せる。
そして妻を、夫を、心底愛して、誰よりも幸せな家庭を築いていこう。
結果、生まれてきた子供は、吐き気を覚える程に醜悪であった。
実際にはそうではない。
生まれたばかりの齋藤真吾は、世間的に見れば普通の赤子だ。
しかし、自らの見た目に強烈なコンプレックスを持つ者から見れば、自分のコンプレックスばかりを受け継いで、更に醜い要素を鍋に入れてぐつぐつ煮込んだ様な見た目に見えた。
齋藤真吾の両親は、どちらも数千万円単位の金額を投資した、整形美男と整形美女であった。
元の面影などありはしない男女が知り合い、理想の相手として結婚して、幸いにも子供を授かった。
結果として生まれた子供は。
厚ぼったい一重瞼。
潰れた鼻。
角張った輪郭。
薄い唇。
顔中の黒子。
それぞれのコンプレックスを見事に全て受け継いだ、2人にとって最悪の見た目だった。
齋藤真吾は、両親の愛情を少しも受けずに育った。
両親はふつふつと湧き上がる憎悪を隠しながら。
世間体だけを気にして。
最低限息子に関わり、最低限の暮らしをさせた。
暴力を振るわれる事こそなかったものの、常に冷たく、理不尽なまでに厳しい両親に育てられた齋藤真吾は、幼い事から他人を怖がって生きていた。
他人はいつ、何がきっかけで激情するかわからない。
他人は全てが恐ろしく、畏怖する対象でしかない。
保育園までは、周りが幼く、両親以外の大人の支えがあって、どうにかなっていたが。
小学校に入ってからは駄目だった。
齋藤真吾は、小学校1年生から高校3年生の現在まで、常に誰かに虐められて生きてきた。
何度か不登校になりかけたが、世間体を気にする両親はそれを許さない。
齋藤真吾の両親は、息子が虐められているのに気付きながら、教師にも誰にも相談せず、波風立てずに学校で過ごすよう命じた。
それ以来、一度も誰にも相談せずに、齋藤真吾は虐めを受容してきた。
齋藤真吾への虐めは苛烈であり、誰も彼を助けようとはしなかった。
そんな全てを諦めていた齋藤真吾にとって、初めていじめっ子から守ってくれた青年は、何よりも、神よりも輝いて見えた。
成木原裕哉。
齋藤にとって、何ら印象に残ってすらいなかった同学年の有象無象。
そんな成木原が、頭を使って見事にいじめっ子の鮫島凌を追い払ってくれたのだ。
自分ほど醜悪ではないが、決して目立つ存在でもないモブが、あの誰もが恐れる鮫島凌を撃退した。
それは齋藤真吾に強烈過ぎるインパクトを残し、神話よりも神話として語り継ぎたい出来事となった。
それだけではない。
成木原は齋藤に。
「俺は、お前には勇気があると思っているよ」
と口にした。
神にも等しい男が、ゴミムシ以下の自分に、あんなにも心洗われる言葉を掛けてくれた。
確かに現実逃避に始めたNOT THE GAMEで鮫島を殺した。
その後で何人かのNPCも手に掛けたが、現実世界であんな素晴らしい言葉を掛けて貰えるだなんて、思っていなかった。
その日から、齋藤は変わった。
傍から見ればいつもの齋藤だが、心の内では明確に変わった。
絶望の中に、ほんの一筋の希望が芽生えた。
成木原裕哉という、絶対神の存在によって。
そして齋藤は7月8日の【あの瞬間】を成木原と共に迎えた。
NOT THE GAMEと同じく、目の前で腹に穴を開けて、情けなく倒れる鮫島凌。
齋藤は初めて明確に他人を見下した。
隣には絶対神の成木原裕哉。
もしも鮫島と2人きりだったならば。
きっと恐怖に打ち震えていた事だろう。
しかし齋藤にとって至上の存在である成木原が隣にいた。
強い全能感があって、少しぽっちの恐れも感じなかった。
成木原自身が、あまりにも冷静であったのも大きい。
『この人は、僕の神は1人でだって、こんなに落ち着き払っていられるんだ。やっぱり凄い。凄過ぎるよ、成木原君!』
齋藤は何とも言えない満足感を抱えて、家に帰った。
両親は日曜日で家にいたが、息子の帰宅に少しも気にする様子がない。
齋藤は部屋へと直行して、NOT THE GAMEのゲーム機を装着した。
ログインして、真っ先に向かったのは自宅のリビング。
齋藤慎吾は躊躇う事無く、NPCの両親を殺めた。
成木原の確かな言葉を信じ、7日後に恨めしくて仕方がない両親からの開放を心で祝った。




