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㉝妹

「おい。おい、野良犬。お前本当は自由を愛してなんていないだろう」


 朝、オイラを外に出してやろうとしたら、一歩出た所で踵を返して家に戻りやがった。

 どうやら暑くて外に出る気が失せたらしい。


 そして冷房の効いた涼しいリビングで納豆とミルクを味わっている。


 その食べ合わせ、イケるんか―――?


 クソ不味かったからもうしない。


 オイラには後で散歩に連れて行ってやると言って、学校へ。

 東雲鈴音と招木猫には、オイラが無事うちに来たと伝えておく。


 初日は驚きと好奇心の視線に晒されても、3日もすれば皆慣れる。

 スクールカーストのトップ2とつるんでいても、特に面白い事件など起こったりせずに放課後。


 家に帰って日暮れにオイラを連れて散歩へ。

 オイラは家から出るのを滅茶苦茶渋って、『おいらはここから絶対に動かないんだぞ!』という強い意志を感じたが、抱っこして強引に連れ出した。

 外に出るまで滅茶苦茶暴れたが、玄関ドアを閉めると観念したのか、さっさと行くぞと先頭を歩き出した。


 お前、昨日までの誇り高き野良犬精神は何処にやったの?


 今日はこれといったイベントも起こらず、久しぶりに心穏やかな一日だったな―――。


 そんな事を考えている時ほど、事件は起きるのだ。

 散歩を終えて家の近くまで帰ると、家の前に怪しい人影が見えた。


 怪しい…明らかに怪しい…。


 物陰に隠れて様子を窺う。

 その人影は長身で、顔を見られない様にか、スカーフを使って髪を隠し、顔の半分は隠れる大きなサングラスを掛けている。

 90年代ドラマの再放送で見た、怪しさしかないバレバレの変装だ。


 グルグルグルグル周りながら俺の部屋の窓を見上げては、手を上げたり、大手を振ったり。

 怪しさ満点で奇行に矜持ている。


 あまり放っておくと、ご近所さんに通報されちゃうな…。


「東雲さん、どしたの?」


「わ、わわ、私は東雲鈴音なる人物ではないぞっ。ただ、可愛過ぎる犬を一目モフりたいだけの通りすがりだっ」


 顔は見えなくても、どう考えたって東雲鈴音だ。

 声でバレバレなのは置いといて。

 こんな奇行、そこらの変態だってしやしない。


 ところで一目モフるって何だ。

 目でモフるって念動力でも使うつもりか?

 奇行がこうじて人ならざる力にでも目覚めてしまったのか?


 さっきまで悠然と先行していたオイラが俺を使って身を隠す。

 どうやら野生の勘で身の危険を感じているようだ。


 暑くてお外出たくない時点で野生の感はないんだけれども。


「ええっと、取り敢えず家入る?」


「いいのかい!?」


「ここまで来たのに追い帰せないでしょ。所で門限は大丈夫なの?」


「だ、だだだ、大丈夫、だよ…」


 絶対的に大丈夫じゃないやつじゃん…。


「こういう時はにゃんにゃんに丸投げしよう。よっと。暑いからさっさと中に入ろうか」


 オイラを抱えて家の中へ。

 我が家はNOT THE GAMEと違って土足厳禁なので、ウェットシートを使用。

 嫌がって暴れたので、東雲鈴音と現実で初めての共同作業である。


「冴えない息子が超絶美人な彼女を連れてきた…ですって…?」


「冴えないは余計だよ。彼女じゃなくて友達な」


「か、かかか、彼女じゃなくて、友達の東雲鈴音です」


 彼氏だ彼女だ恋人だの話になると、異常にどもるの何なのだろうか。

 俺と付き合ってるって勘違いされるのが余程嫌なんだろうな。

 そうに違いない。


 母を適当にいなして部屋へ。

 東雲鈴音がベッドにダイブしようとしたので、気を逸らす為にオイラを放してやると追いかけっこが始まった。

 オイラがベッドの上に逃げ込んだせいで、結局ダイブはされたんだが…。


『東雲さんがオイラをモフりたくて家に来ちゃったんだけど』


『やっぱりかにゃ…

 リンリンの親にはあたしから言っとくにゃ

 一応あたしも行くから住所教えて欲しいにゃ』


『ありがとう

 頼りになるなお姉ちゃん』


『放っておくと心配だからにゃ…

 あたしに世話焼かせるなんて大したもんにゃ…』


 招木猫は30分後に来訪した。


「冴えない息子がロリコンだった件…」


「同学年だよ。あと自分の息子に冴えないを畳み掛けないでくれる?自覚はあっても傷付くから」


「招木猫にゃ。ナルキンにこんな美人のお母さんがいたなんて驚きにゃ。あたしの事はにゃんにゃんって呼んで欲しいにゃ」


 強烈なお世辞で一瞬にしてうちの親に取り入るとは、流石学校一のコミュ強招木猫。

 なんかもうハグしてるんだけど、いつから母は西洋人にカブレたの?


 お夕食食べて行きなさいって…え、ピザ頼むの?

 我が母の燥ぎっぷりに、ちょっぴり引いている俺がいるんだけど。

 オイラの歓迎会も兼ねて?

 それだったらまあ、納得かな?


 招木猫を部屋に連れて行くと、東雲鈴音がオイラを捕まえてモフモフしていた。

 恐らく逃げても無駄だと悟ったのだろう。

 完全に諦めた顔をしている。


 犬の感情とか表情からは読み取れないけれども。


 と思ったら招木猫の姿を確認すると、全力で抵抗して招木猫に擦り寄った。

 生足の脹脛に頭をすりすりして、尻尾をブンブン振って、しゅきしゅき構って構ってって言ってるのが、言葉無くても伝わってくる。

 中身は別にして、オイラという白毛玉犬の構ってに抵抗出来る人間など、居はしないだろう。


「こんばんはにゃ。リンリンの親にはあたしと一緒だって言っといたにゃ。NOT THE GAMEのゲーム機持って来たから、今日は皆で遊んで、帰りはナルキンに送って貰うにゃ」


 スルーしたぁぁぁ!

 オイラ最大のアピールポイントである可愛さを全く意に介さない気紛れ猫メンタル。

 オイラは思わずズッコケて腹を見せた状態で固まっている。


「にゃんにゃん、本当にありがとう。気が付いたら成木原君の家の前に立っていたんだ」


 そんな事を言いながら、オイラを拾い上げた東雲鈴音。

 何だこの全体的に一方通行な状況は。

 俺を除け者にした謎のトライアングルが完成したじゃないか。


 トントンターン♪


 おっと、スマホに着信だ。

 勉強机に置いたスマホ画面を見ると、そこには妹である成木原心晴(なるきはらこはる)の名前が表示されていた。

 どうして音声通話でなくてビデオ通話なのだろう。


 客がいる前でホストが断りなく通話をするのはマナーに反するかもしれないが、一方通行は続いているので構わないだろう。


『あ、繋がった。お兄ちゃーん、元気ー?』


 留学しても妹は変わっていない。

 前回見たのは春休みだったので3ヶ月前になるか。

 心晴はイギリスに行く前から西洋カブレで髪を金髪にしていたし、瞳の色もカラーコンタクトで青くしていた。


 まあ少し伸びた前髪をヘアピンで留めているぐらいの些細な変化しか見て取れない。

 兄としては、逆にそれが安心でもある。

 

「まあ、元気かな。そっちは?」


『見ての通り元気だよ。何かそっち賑やかじゃない?お兄ちゃんには珍しく友達来てるの?』


「珍しいとは何事か。俺だって小学生の頃は友達と遊んで…ってのは良いか。そうだよ。友達?が来てる」


『へー、他人に汚されたくないって京香ちゃんすら部屋に上げなくなったお兄ちゃんがねー。どういう風の吹き回し?』


 そんな事、言ったんだったか?

 多少の潔癖はあるものの、部屋に誰かを入れるのを、そこまで嫌悪した覚えは無いが。

 多分思春期特有の恥ずかしさで、柊を遠ざける言い訳に使ったのだろう。


「成木原君、そちらはどなたかな?」


 部屋の中でビデオ通話している俺が気になったのだろうか。

 東雲鈴音がスマホを覗き込んだ。

 カメラの画角に東雲鈴音が収まり、心晴の方にも東雲鈴音の姿が映る。


 すると心晴はあんぐりと口を開いて固まった。

 その間に、東雲鈴音に妹の心晴だと紹介する。


 そして心晴は3秒機能停止をしてから、画面が唾だらけになる勢いで叫んだ。


「冴えないお兄ちゃんが超絶美人な恋人連れ込んでる!?」


 既視感。

 どうして母と同じ感想を口にするのだろうか。

 リアクションの大きさは大差で西洋カブレに軍配が上がるのだが。


「冴えないは余計だぞ。あと東雲さんは友達だ」


 本当に、身内に冴えないなんて言葉を使うやつがあるか。

 友達通しの冗談なら兎も角、身内が口にすれば、それは最早真実でしかないんだぞ。


「こ、こここ、ここ恋人だなんて。わ、わわわ、わわ私達みたいな子供にはっ、まだ早いというかっ…」


 こっちは母の時より激しく動揺しているのが謎なんだが。


「東雲さん落ち着いて。俺達もう18だよ?早ければ幼稚園児でもカップルになるよ?」


「そ、そそ、そうなのか…。私は東雲鈴音だ。心晴ちゃんさえ良ければ、私と友達になって欲しい」


 自己紹介がてら、しれっと友達を増やそうとしてて笑う。


『鈴音ちゃんね。オッケーよろしく。お兄ちゃんの事、よろしくお願いします』


「任された。何たって私と成木原君は友達だからね。そして友達の心晴ちゃんに頼まれたのだから、一層成木原君とよろしくしようと思うよ」


「誤解が生まれる言い回しは止そうな?」


 思春期以降のよろしくするは、アダルチーな意味合いを多分に含みかねないからね?


「にゃんにゃんも、成木原君の妹さんに挨拶をしておこう」


 東雲鈴音が招木猫を手招きする。


 いや、何故猫の手で手招きを…?

 動くタイプの招き猫と同じ動きだけど、やるなら招木猫の方じゃね?


「招木猫にゃ。ナルキンの妹ちゃん、よろしくにゃ」


 招木猫が東雲鈴音の反対から画角に収まると、心晴は目を剥いて固まった。

 今度は一体どんなリアクションを見せてくれるのだろうか。

 期待に胸が高まらない。

 少しも胸が高まらない。


『冴えないお兄ちゃんがロリコンにジョブチェンジした件…』


「既視感…。妹が母親に似過ぎている件…。言っておくが、こう見えて同学年だからな。合法だ合法」


 厳密に言うと招木猫はまだ17歳だから合法ではないのか?

 俺の言葉に思うところがあったのか、心晴は思案顔で首を傾げてから口を開いた。


『お兄ちゃん、ラブコメ始まった?』


「始まらない。冴えないモブがラブコメするのは物語の中だけなんだぜ?」


「にゃはは。妹ちゃんも面白いにゃ。髪の色も似合ってて格好良いにゃ」


 またお世辞言ってる。

 典型的な日本人顔の心晴は、家族特有の贔屓目を持ってしても金髪が似合わない。

 それは心晴自身もわかっている筈で、わかっていて金髪にしているんだけどな。


「そ、そうかな…?やっぱり、本場に来て似合う様になっちゃった…?心晴、こっち来てちょっと大人っぽくなったし…?」


 ミリ単位まで細かく見ても、少しも変わっていないが?

 照れる心晴を手放しに褒めるって招木猫独特の遊びが一段落したところ。

 ついでにオイラも紹介しておくかな。


「それから、この犬を飼う事になったぞ。名前はオイラだ。昼間は放し飼い()(かっこ)だけどな」


 机の上で腹を撫でられているオイラを抱き上げる。

 珍しく大人しく抱っこされたなと思いつつ、カメラの画角に納めてやると、オイラはカメラの前で可愛らしく舌をペロンと出してみせた。

 心晴との初対面だからって、俺には絶対に見せない表情を作りやがって。


 この犬、あざといが過ぎる―――。


 NOT THE GAMEで本性さえ知らなければ、オイラはわんわんおカーストの最上位に位置する可愛さだと言って良い。

 こんなあざと可愛さを見せ付けられては、我が妹もコロッと騙されて甘やかしタイムに入るのが目に見えている。

 犬の中でも、恐らく世界トップクラスの頭脳はわんわんおであるオイラは、どうすれば人に愛されるのかを知り尽くしていて、頭で考えて、行動に移せるのだ。


 本性さえ知らなければ、オイラの可愛さに逆らえる人間なんて、この世には存在していないと言い切れる。


「可愛いけど性格悪そう」


「きゃふぉっ!?」


「見抜かれてて草」


 流石は鋭い。

 女の勘ってやつだろうか。


 手を放してやると、オイラは机の上に寝転がり、不満気な顔で鼻を穿った。

 その短い前足で器用だな、こいつ。

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