3 お茶会
私が王宮の庭園に足を踏み入れたとき、すでに全員が揃っていた。
色とりどりの礼装。整えられた銀食器。噴水の水音。
そして――一斉にこちらへ向く視線。
私が姿を現した瞬間、全員が椅子から立ち上がり、優雅に頭を垂れた。
……あ。そっか。
一応どころか、今の私、普通に王族だったわ。
「面を上げてください」
自然に口から出た。
え、今の私、ちゃんと王女っぽかった?
体が覚えているのか、それともリリアーナの記憶が残っているのか。
とりあえずセーフ。席に着く。
――やばい。
マナーってどうだっけ?
一番身分が高い人から食べ始めるんだっけ?いや、でも毒見みたいに持参して人が口をつけてから?え、というか、今この場で一番偉いの私だよね???
混乱。お茶を持つ手がわずかに震える。
そのとき。
「本日はこのような場を設けていただき、光栄に存じます。改めて自己紹介をさせていただいてもよろしいでしょうか」
顔を上げる。
金の髪が陽光を反射し、碧い瞳がまっすぐこちらを見つめている。
――来た。
原作で、リリアーナが恋に落ちた瞬間。
形よく細められた碧い瞳。気遣うような微笑み。柔らかな声。
ドクン、と胸が鳴る。
いや待て。
こいつは顔面偏差値が高いだけだ。これはこのお茶会を恐れおののいていることによる吊り橋効果だ。
落ち着け私。焦るな。
落ちたら断罪ルート一直線だ。
私は王女らしく頷く。
「ええ、ぜひ」
「ゼルヴァイン公爵家嫡男、アレクシス・ジュナン・ゼルヴァインです。将来は父のように国政を支えられる存在になるべく、日々学んでおります。」
完璧。8歳でその完成度どうなってるの。
周囲の子息たちも感心したように頷いている。
そして一人、勢いよく立ち上がった少年がいた。
赤みのある茶髪を短く刈り込み、日に焼けた肌。すでに同年代より広い肩幅。ガーネット色の瞳。
「グ、、グラ、グランベル伯爵家嫡男、レレ、レ、レオルド・ヴァルナー・グランベルです!!!」
ちょっと噛んだ。声でかい。元気よすぎ。
「父は王国騎士団長を務めております! 私も将来は騎士団に入り、王国の剣となることを目標にしております!」
まっすぐ。嘘がない。瞳がきらきらしている。
忠犬タイプ。
でも、敵だとに回すと厄介なやつ。
「まあ、頼もしいこと」
私は微笑む。
すると、ひとりの少女が椅子から立ち上がった。
淡い銀色の髪を高い位置で結い上げ、胸元には小さな聖印のペンダント。真っ直ぐなアクアマリン色の瞳。
年齢は私たちと同じ、8歳。
だがその立ち姿は凛としていた。
「セラフィーネ・マリア・ルクレティアと申します。」
優雅にスカートを摘まみ、完璧なカーテシー。
「ルクレティア公爵家の娘であり、現教皇の子でもあります。」
ざわ、と空気が揺れる。
教皇。
その肩書は、この国において特別だ。
「将来は父を支え、神の教えを広めることが私の使命です。」
声は落ち着いているが、芯がある。
そしてふと、彼女は私を見上げた。
「ですが、それ以上に……私はこの国が好きです。」
まっすぐ。打算のない言葉。
私は穏やかに微笑む。
「心強いお言葉ですわ、セラフィーネ様。」
すると彼女は少しだけ頬を赤くした。かわいい。
横でレオルドが小声でぼそっと言う。
「すげぇな……教皇様の娘って本当にいるんだな……」
子供らしい感想。
その素直さに、セラフィーネがぴくりと眉を動かす。
「“いる”とは何ですの? わたくしは幻ではありませんわ」
「い、いや! そういう意味じゃねぇ!」
ちょっと気が強い。でも悪意はない。いいバランス。
私はそっと紅茶を口に運ぶ。
知性の公爵令息。
武の王国騎士団長の息子。
心の教皇の娘。
そして、まだ登場していないヒロイン。
原作は、まだ始まっていない。
けど――
私の人生の歯車は、確実に回り始めている。
リリアーナの記憶は美咲が転生する前のものもあります。




