隻腕の剣と聖杖の契り
朝靄が立ち込める森の中、アルフォンスは右腕に握った片手剣を構えた。
隻腕での戦いにも慣れてきたが、かつての完璧な動きには程遠い。
「アルフォンス様、今日は模擬戦を行います。私が相手です」
リーンが聖杖を手に前に出る。
聖女でありながら武術の心得もある彼女の姿は凛々しい。
「ああ……始めよう」
合図と同時に二人の影が交錯した。
片腕のハンディキャップはあるものの、アルフォンスの剣技は冴え渡る。
リーンは聖魔法で身体強化しつつも聖杖で受け流す。
「なんて剣の軌道が読みにくい……!」
「隻腕だからこそ死角があるだろう」
アルフォンスの一撃がリーンの肩を掠めたが、彼女は咄嗟に後方宙返りで回避する。
「確かに……ですが貴方の太刀筋には迷いがない」
二人の戦いは三十分以上続いた。
最後には互いに息を切らし地面に膝をつく。
「……流石だな」
「貴方も……以前よりも強くなってます」
アルフォンスは左眼の眼帯に触れた。
失ったものは大きいが、代わりに研ぎ澄まされた感覚がある。
「隻眼でも敵の気配を読めるようになった。
だがまだ不十分だろう?」
リーンは神妙な面持ちで頷いた。
「はい。女神様から伺いました。
完全な勇者へ覚醒するには魂と器が揃わねばならないと。
今の貴方は、その左腕と左目の分の欠落があるとの事です……」
二人は訓練後の休息中に語り合う。
焚き火の炎が揺らめく中でリーンが自分の出自について話し始めた。
「私は……生まれた時から正教会の神殿で育ちました。
父も母も知らず、物心つくまえから修道女として教育を受けていたのです」
「それで……努力が実って聖女に?」
「いいえ……私は特別でもなんでもありません。
多くの修道女達のなかでも普通の女の子だと私は思っていました」
リーンは手元の枝で地面に円を描く。
「ある日、神託の間で祈りを捧げていると声が聞こえてきました。
"北の辺境にて真なる勇者が目覚めようとしている"
"彼の者を迎えに行きなさい"……と」
アルフォンスは静かに彼女の話を聞いている。
「私は自分の意志でここに来たわけではなかった。
女神様の導きに従って……貴方に出会ったのです」
「つまり偶然なのか必然なのかわからないということか」
「……多分両方です。私は貴方に惹かれてるとは思います……。
そして、貴方が勇者になって欲しいと思っています」
リーンの顔が赤らむ。焚き火のせいだけではなさそうだ。
「俺は今は……いや俺には使命がある。必ず果たさなければならない」
アルフォンスは片手剣を握りしめた。
「多くの人々が死に別れないように……魔王を倒す」
「貴方ならできます。私たちで力を合わせれば……」
リーンの目に決意の色が宿る。
アルフォンスは彼女の瞳を見つめて問いかける。
「ところでリーン。俺が隻腕隻眼であっても戦える理由を知りたくてな。
どうして今の俺のままでも十分な強さがあるのか?」
リーンは深呼吸をして答えた。
「それは……貴方の中に眠る勇者の資質が既に芽吹いているからです。
隻腕の貴方と戦ってみて初めて理解できました。
貴方の剣技は本能的なものであり、魂からの発露なのだと」
「なるほど。だからこそ鍛錬を通して魂も鍛えられているという事か……」
「はい。現在は不完全な状態ですが、私との鍛錬により徐々に五体に
近い力を身に付けられると考えています、そうすれば覚醒も出来ると」
アルフォンスはふと思い出したように尋ねる。
「それにしても……なぜ女神様は君を選んだんだ?
修道女の中でもっと力のある者はいたってことだろう?」
リーンは少し寂しそうな表情を見せた。
「実は……私自身もその答えを探しています。
他の修道女達よりも私に与えられた役割が特別なのかもしれません」
そう言いながらも彼女は何かを思い出そうとしている。
その表情が一瞬だけ別人のように見えたが……気のせいだったのかもしれない。
「きっと何か意味があるはずです。
これからも共に戦いましょう、アルフォンス様」
二人の間に絆が深まっていくのを感じながら夜は更けていった。
アルフォンスの内なる勇者の魂は目覚めつつある。
そして彼にも彼女にもまだ知らない真実がある。
リーンという少女の役割について……
彼女の背後には女神フィリアの意思が確かに在ったのだから。