聖女と勇者、それぞれの戦い、魔王は空気
投稿が遅れてすみません。どうにも上手く表現出来ませんでした。
魅了とやらの影響を受けて、カズマの元に向かってしまったと思ったリーン。
だが、彼女がカズマの元で跪いたと思った数瞬の後──
突如、カズマが呻き声を上げた。その声はまるで焼け爛れた鉄杭で心臓を
抉られたかのような苦悶に満ちていた。ように聞こえた。
直後、眩いばかりの光がカズマを包み込み──
次の瞬間には奴の姿は跡形もなく消え失せていた。
「──何故だ!? リーン! 一体何が起こっているんだ!?」
俺は思わず叫んでいた。 あまりの不可解な光景に理性が追いつかず混乱していた。
魔王との攻防を繰り広げていた最中にも関わらずリーンにのみ集中してしまう。
「カズマは……カズマはどこへ消えたんだッッ!?」
気付くとガルグリムも何かを思案していた。なんだ……何かを知っているのか?。
だが今は魔王を抑えつつリーンの真意を知りたいと願ってしまう。
人の命運を掛けた戦いなのに俺はリーンのほうが……
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クズを消し去った純白の閃光と共に、私と女神の創った神具は消え去った。
残されたのは、つい先ほどまでクズが蠢いていた絨毯についた僅かな血痕のみ。
うん、これならバレませんね。それに死角になるようにしましたから、
アルフォンス様には決めていた通りお伝えすれば良いだけです。
ああそれにしても——清々しました。
けれど……正直、足りませんでしたね。
本当はもっと惨たらしく刺してから消し去ってやりたかったですけど……
時間がありません。あと、あのクズには僅かでも触れたくもありませんでしたし。
それに……そろそろアルフォンス様が……
「——何故だ!? リーン! 一体何が起こっているんだ!?
カズマは……カズマはどこへ消えたんだッッ!?」
やはり……状況に困惑されて私にお声をかけられましたね。
ガルグリムと戦いをお続けになりながら困惑されておられます。
良かった。私があのゴミを文字通り生ゴミにしたことを見られないですみました。
これも予定通りに上手くいきました。
本当に申し訳ありません。
予めあのゴミを殺す以外の本当の事はお伝えしようと思ったのですが――
私が臆病だったために伝えられないままこの場に至ってしまいました。
でも貴方の為に――貴方に気付かれないようにやり遂げます。
魔王は……私が魅了に掛かって無いと分かって少し残念そうですね。
本当に舐めてるんですね。……だけどまだ私の目的を分かって無いみたいです。
だからアルフォンス様と本気で戦って無い。
ならもう少しは時間がありますね。予定通り。
あの二人が巻き添えになる前にこの場から……
クズの消え去った跡地から立ち上がり、私は深呼吸を一つしました。
時間はありません。アルフォンス様に安心して頂かねばなりません。
「大丈夫です!安心してください、アルフォンス様!」
声は自分でも驚くほどよく通りました。これまで一度たりともこんな風に大きな声で
アルフォンス様を呼びかけることなどなかったのに。喉が少しヒリヒリします。
「召喚勇者を……彼の本来の世界に送還しただけです!」
声が震えないよう努めながら続けました。
「彼がここに居ると危険ですし……アルフォンス様の心もお辛いでしょうから……」
ああ……心が痛む。真実を隠していることに。でもこれは貴方のためなのです。
貴方の手を穢さない為……いえ、本当は私のエゴですね……憎いあのゴミへの。
「独断で行ってしまいました……申し訳ありません」声を少し落としました。
反省の態度を示さなければ……でも本当は後悔なんて微塵もありません。
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リーンはカズマが消えた場からゆっくりと立ち上がった。
その細い指先はいまだ震えているように見えたが、俺の目を見つめて――
「大丈夫です!安心してください、アルフォンス様!」
いつも静かに語りかけてくれた彼女の声が、
今夜ばかりは空気を切り裂くように響いた。胸の奥で何かがざわめく。
「召喚勇者を……彼の本来の世界に送還しただけです!」
意味が分からなかった。召喚勇者? 送還?
カズマは確かに異世界人だった。だが、そんなことが可能なのか?
「彼がここに居ると危険ですし……アルフォンス様の心もお辛いでしょうから……」
彼女の言うことは正しい。あのカズマの状態ではこの場においては危険だろう。
それに俺にとっても……思うところはまだしっかりとある。
しかし……あの身体のままでいいのか? 元の世界に帰れば戻るのか?
「独断で行ってしまいました……申し訳ありません」
リーンの顔には痛々しいほどの決意が刻まれている。
普段は柔和な微笑みを浮かべているその顔が今は鬼気迫るものに変わっている。
彼女の唇は薄紅色の鮮血で濡れており、
おそらく叫びすぎたせいであろうその痛みさえも感じさせないほどだ。
リーンの指が微かに震えているのを俺は見た。
それでも彼女は俺の目をまっすぐ捉えて離さない。
彼女の深い碧色の瞳は暗闇の中で唯一の灯火のように輝いていた。
その輝きはかつての弱々しい聖女ではなく、揺るぎない強さを持った戦士のものだった。
(……色々と思うところや疑問はあるが)
彼女の強い意思──それが俺の全ての迷いと不安を吹き飛ばしていく。
(リーン)
その名を呼ぶだけで胸の奥から温かいものが込み上げてくる。
彼女の想い、そして覚悟の深さを今更ながら痛感する。
(お前がそこまで言うなら──)
喉の奥に溜まった重い塊を吐き出すように自分の中に言葉を紡ぐ。
(──俺は信じる)
ただ信じるしかない。それが俺にできる唯一のことだ。
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次に私は視線をアルフォンス様の右肩越しに見える黒い影――
まだ動けないでいる女二人へと向けました。
「私はこれからあの二人の女を保護します!」
保護――本当でもあり嘘でもあります。ああ、アルフォンス様にまた嘘を……。
私はこれからあの女に、しなければならない事があるのです。ですから――
「アルフォンス様は今は魔王との戦いだけに集中されてくださいっ!」
これだけは真実です。貴方が気にすべきは私やあの女どもではありません。
目の前の障害物――魔王ガルグリムとの決着。そして貴方のこれからの幸せのみです。
アルフォンス様は最初は怪訝なお顔をなさいましたが――
私の言葉を聞くうちに徐々に表情が変わられ……最終的には――
ああ……ああっ……改めて気合をいれられたお顔になりました。
得心されたようです。かなり無理のある説明だと自覚していましたが……
それだけ貴方は"私"を信じておられるのですね。
私にそんな価値はないにの……本当にごめんなさい、アルフォンス様。
そしてすぐに――
私の言った通りに、アルフォンス様は改めて魔王への臨戦態勢に戻られました。
良かった……本当に良かった……これで今しばらくは時間を稼げるはずです。
魔王は……まだ本気には至ってないようですね。
私の意図を深読みしているのでしょう。
慎重だと思いますが……それがお前の命取りとなるでしょう。
出来る限り時間をかけて考えてなさい。
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リーンは俺に一瞥をくれると、再び大広間の先へと目を向けた。
その視線の先にあるのは……四肢を失った状態で呆然としている二人の女──アリシア。
「私はこれからあの二人の女を保護します!」
リーンの声が響く。
「アルフォンス様は今は魔王との戦いだけに集中されてくださいっ!」
リーンは……彼女は俺と同じように今を戦っているんだ。
場所は違っても彼女の矜持の為に……なら俺に出来ることをやり遂げる。
俺は魔王に改めて向き合う。漆黒の禍々しいオーラを放ちながら立ちはだかる。
その俺を見たリーンは微かに微笑んだように見えた。
それだけで十分だった。
魔王との対峙。しかし──意外なことに魔王はリーンの動きを追い続けていた。
先の思案を続けながら俺と戦っている。奴の瞳の奥に困惑の色が見て取れる。
リーンの動きが不可解に思っているのか?
ならば好都合だ。魔王が本気で無いのならリーンの為にもこのまま抑えて時間稼ぎを。
そう思ったその時──
「いやあああああ!!! なんでぇぇぇぇ!!!」
耳を劈くような女性の叫び声が聞こえた。
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と、あの女の内の一人……ミリアが騒ぎ出しました。
アリシアとミリア、クズが死んで魅了が解けましたね。
自身が自由となったのに気付くのに時間がかかったみたいです。
ああっあの女、アルフォンス様に気付きましたっ マズイ呼びかけてますっ
なんで戦いの邪魔をするのだっ! お前なら分かるだろうっ!
アルフォンス様がどれ程の緊張感で戦いに臨まれているかっ!
どれだけ一緒にいたのだお前はっ!
お前がやる事は喚く前に援護だろうがっ!
その四肢の無い身体でもあのクズを"魔法で援護"したのだろう!?
と言っても致し方ありませんね。それは八つ当たりというものです。
あの女が声をかけたのは救いを求めてで無いのは知ってますし。
ですが、ああ、やはりアルフォンス様が気にしてられます。
魔王をなんとか退け、あの女のもとに向かわれようと藻掻いておられます。
ですから私は――
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アリシアともう一人の少女。混乱と恐怖が混ざり合った絶望的な響き。
心臓が激しく鼓動し始める。頭の芯が冷えていく感覚が走る。
リーンと魔王の攻防を注視しながらも──視界の隅で蠢く影が気になって仕方がない。
床に転がるアリシア。彼女の姿が俺の脳裏に飛び込む。
間違いなくカズマの魅了とやらからあの二人は目覚めたんだ。
だからあれ程取り乱している。
どれだけの心への痛みが彼女たちを襲っているんだっ!
カズマにされた事全てが自分の意思を無視してされてしまったのか?
今の四肢が無い身体のことは?
その理由を俺は分からないが、もしかしたら彼女たちはそれを覚えているのか?
だとしたらどれ程の苦しみ。
そしてアリシアも――
俺を裏切ったと思った1年前からずっと心を侵され尊厳を傷つけられて、
仮初の心と精神に身体を使われカズマに媚び寄り添わされたのかっ!
リーンを信じているが……アリシアの元に行きたいっ助けたいっ!
彼女は……俺の名前を呼んでいる、助けを求めている。
あのアリシアは……かつての、あの頃のアリシアなんだっ!
リーンを信じると決めたのに――
俺の身体は無意識に魔王を退けアリシアの元に向かおうとしていた。
左腕を焼き払い、顔を、左目を焼いたあの時の痛みは今も鮮明だ。
もしもあの頃の俺だったら、操られていたと言われても
許せず恨んだままだったかもしれない。
だが……今の俺は"それ"を飲み込めている。
何よりもアリシアの心の痛みが――
むき出しの心を魂を裂かれるような痛みが――
真っ直ぐに俺に伝わってくるんだ。
(リーンを信じて、魔王を抑えなければならない)
理性では分かっている。全身全霊でこの魔王を食い止めなければならない。
それなのに――身体が止まらない!俺の足は勝手に動き始め、
魔王を抑える為の戦いではなく、出し抜こうとする戦いをしてしまう。
アリシアの絶望に満ちた声が聞こえる。苦悩に歪む表情が見える。
俺は――彼女の元へ行かなければならない!
だが、そんな忸怩たる思いの俺にリーンは――
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「アルフォンス様っ! あの二人は私にお任せをっ!」
「女神の御力で、この場から連れて避難してまいりますっ!」
「転移という御業を使いますっ 一時的にこの場から消えて戻りますので、
今しばらくだけ魔王を願いいたしますっ!」
アルフォンス様は今度はかなりの時間を逡巡しされた。
お優しいからこそでしょう。私を信じている。あの女どもも気にかけている。
二つの感情がせめぎ合っていたのが見えました。
でも――最後には魔王を見据えられ、再び戦闘に意識を戻されました。
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澄んだ声が背中に刺さるように響いた。
(――っ!?)
驚愕と安堵――相反する感情が同時に心を貫く。
振り返りたかった。リーンの瞳の色を確かめたかった。
だが――今は魔王から目を離すわけにはいかない。
(リーン……お前は)
彼女の言葉が冷たい刃のように俺の心を制する。
同時に、心の奥底に柔らかな光が差し込んでくるようだった。
彼女は分かってくれている。俺の迷いを。
それ以上に俺の使命も役割も分かっていて、
その上で――あえて言ってくれたんだ。
『お任せを』と。
(……そうか)
唇が微かに震える。息を深く吸い込み――吐き出す。
荒れ狂っていた波が少しずつ落ち着いていくのを感じる。
そうだ。リーンがいる。
あの日、俺と共に戦うと誓ってくれた聖女が。
(……分かった……転移と言う御業がどんなものか分からないが……)
(……俺はこの場で魔王と戦い続ける!)
口には出さなかった。ただ胸の内でそう呟いただけだった。
俺の無言の意思を感じてくれたであろうリーンは、
やはり無言で頷き二人の元で跪く。
彼女の頷きは俺の胸を締め付けた。言葉にできない確信があった。
リーンの碧い瞳には強い意志と一抹の不安が交錯していた。
それでも彼女は躊躇なく動いた。俺の決断を尊重して。
(あの瞳に嘘はない)
心の中で何度も唱える。不安に押し潰されそうな心を必死に支えながら。
リーンの覚悟を無駄にしてはならない――俺は魔王と向き合う。
全身全霊をかけた戦いが待っていることを理解していた。
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ホッと胸を撫で下ろしました。
私の言葉を信じてくれたのです。どんなに嬉しかったことか。
でも同時に胸が苦しくなります。だって嘘だから。
そろそろ双方の小手調べが終わりそうです……急がなければ。
戦いは新たな局面を迎えようとしていました。
魔王ガルグリムの赤い瞳が不気味に煌めき、アルフォンス様の隻眼が更に鋭く細められます。
空気そのものが張り詰め、ピシリと空間に亀裂が入る音さえ聞こえそうです。
私は駆け出しました。
長い聖法衣の裾を翻しながら、全力で走ります。
大広間の絨毯の上に足跡を残しながら。向かう先は勿論あの女たち。
四肢の無い身体で藻掻いたのでしょう。
床に転がっていたアリシアとミリアの元へ辿り着きます。
ミリアは……彼女は聖教会の孤児院からクズに連れ去られた少女。
今の四肢の無い身体、クズに自身の貞操を――尊厳を奪われた事を、
今までの記憶をに脳と心で反芻してるのでしょう。分かります。可哀そうに。
このままにしておくと、また自死してしまいますね……。
そして、この女――アリシアは――
「アっ……アルフォンス様っっ! アルフォンス様ぁぁっ!」
「魔王はっ! 私をっ!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔。
四肢を失った事実よりもアルフォンス様に自身がさせられた事の懺悔、
クズに踏みにじられたアルフォンス様の尊厳への悲しみ、
それらが綯い交ぜになりながら魔王の力を伝えようとしてるのでしょう。
いえ……それだけでは無いですね。
アルフォンス様から信頼されているように見える私への嫉妬もあるようです。
そうですね……私も同じ状況だったらそう思うでしょう。
アリシア。その気持ちは良く分かりますよ。ですが――
気持ちは分かるのですが、今はアルフォンス様の為に黙れっ!
そうでないなら、舌を噛んで自死しろっ!本当に虫唾が走るっ!
これが同族嫌悪だからこその気持ちだとはいえ……
と、ミリアが舌を噛み切り始めました。マズイ、急がねば……
私は左手を宙に掲げ、転移の準備に入りました。
女神に神力を消費してしまう奇跡。歪な聖女である私では幾度も使えない。
この為にとっておいたのですから。
結果、この国の偉い人達は皆いなくなったようですがどうでも良いです。
いえ、本当はすごく嬉しいです。ざまあみろ。
と、それより今は――女神様……どうか私に力を……
私の指先が震えています。でも、やらなければならない。
アルフォンス様の為にも。そして……この二人の為にも。
転移の為の祈りの言葉を唱え始めます。
詠唱が始まると同時に、私の周囲の空間がわずかに揺らぎました。
大広間に満ちる熱気や埃っぽい空気、
魔王とアルフォンス様の衝突する魔力の波動が遠くなり、
ここだけが別次元になったかのようです。肌寒いくらいです。これが……転移。
アルフォンス様を見上げます。魔王の猛攻を避け、反撃を試みていらっしゃる。
その姿はまさに勇者の鑑。凛々しく……勇ましく……そして美しい……。
貴方をこの目で見るのも……今はあと少し。
私は目を閉じました。祈りがより深く精神に響くように。
瞼の裏に浮かぶのは貴方のお姿。私の全てである貴方。
ああ……アルフォンス様。どうか無事で……必ず私は……戻ります。
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リーンは四肢を失ったアリシアと少女の傍に屈み込んだ。
その小さな肩が微かに震えているのが見えた気がした。
悲しみと怒りと慈しみ――複雑な感情が彼女の背中に滲み出ている。
そして――光が爆ぜた。
大広間の中央に白金色の光球が現れる。リーンを中心にして膨れ上がる。
眩しさに思わず目を細める。閃光が網膜を灼き尽くさんばかりだ。
(これは……転移の奇跡?)
初めて目にする奇跡のような光景。
リーンたちが周囲の景色と合わさったかと思ったら――
溶けるように消え失せていた――
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私は転移を発動させます――我に道を開け給え――
眩しい光が視界を覆い尽くし、耳鳴りが私の意識を支配します。
周囲の景色が溶けるように消え失せ――別の場所の断片が瞬いては消え――
私は――私達は宮廷内の訓練場に転移していました。
難しいですね。こういうのは。
リーンちゃんの暴言はすごく楽しいのですが。。。
何が書きたかったかとうと。男は弱いし騙されるのも致し方なし。
という事でしょうか。まあ、事によると思いますが。主人公はお人好しの鈍感ですし。
実際は各方面の思惑や禊を少々といったところです。
魔王が空気なのは見逃してください。このあとアル君は酷い目に合う予定ですから。
次回はアリシア正気sideですがガガガ……時間が定められないです。
可能なら今日。21時までには。無理なら明日6時に。




