表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/76

役者は揃った - 愚者に狙われた聖女 -

やや胸糞に思われる個所がございます。。。



魔王ガルグリムの闇は、広間にいた者たちを飲み込み霧散して消えた。


闇が消え去った謁見場大広間──

皇帝の威光を誇示するために豪奢に飾られていた空間。


後に残るは倒れたテーブルや荒れ果てた贅を凝らした料理に飲物、

和馬の振るった聖剣が切り裂いた無機物、アリシアの魔法で炎をあげている床や壁。

床に落ちたままの聖剣・レヴァティーン。


先刻までの熱狂や絶望の叫びが嘘のように静まり返った空間──



その空間に残っているのは一柱と三名のみであった。


一柱は当然、魔の創造神ガルグリムの化身たる魔王が悠然と佇んでいる。


三人のうの一人は必死に呼吸を繰り返しているだけの和馬。

もう二人は魅了状態のまま、いまだ彼の心配をするアリシアとミリア。


三人とも闇に飲まれずに済んだ――つまり、見逃されたようであった。

そして"三人"ともが"四肢"を失っていた。そう、和馬でさえも。



和馬は見逃された──生にしがみついた──

という安堵感よりもまず、自分の現状への混乱に襲われた。


ブワッ――床に転がり視界が上下逆さまに歪む。


先ほどまで自分の手足として動かしていた貴族令嬢たちの腕と脚が、

跡形もなく消え失せていることに気づく。


芋虫のように這いつくばり、唯一残された胴体が情けなくも床を這いずる。


(え……? なんで……!? さっきまでちゃんと動かせたじゃないか!)


(あの令嬢たちの綺麗な腕や脚はどこに行ったんだ!? 魔王のヤツが消し去ったのか!?)


ふと周囲を見回す。謁見場はすでに無人の墓場と化している。


ほんの少し前まで悲鳴を上げていた貴族たちも騎士団長たちもラファエルも皇帝も……

すべての"四肢"を喪失した者たちが闇に飲まれ消え去ってしまったのだ。


「おい……魔王テメェ! どういうことだよ!!」

「なんで俺だけこんな惨めな目に遭わなきゃならないんだ!?」


和馬の叫びが無人の大広間に響く。その声は怒りと焦燥に染まりきっている。


(こんな姿……まるでゴキブリじゃないか……)

(これじゃ何もできないじゃないか……)


心の中でそんな悪態をつくものの、実際に自分の手足のあった部位は消失し、

無様に這い回ることしかできないのだ。


「答えろよ魔王! お前はなんで俺の腕と脚を消しちまったんだ!?」


和馬のあまりにも自己中心的な問いに、

魔王ガルグリムはさも当然という声色で答える。


『当然の理だ』


ガルグリムの赤い瞳が嘲るように煌めく。


『お前の借り物の手足の貸主どもが消滅したのだからな?

 ならば借り物の手足も消え去る。これが道理というものであろう?』


それは冷酷な真実。貴族令嬢たちの手足は彼女たちの肉体が

存在しているからこそ借りることができた。その持ち主が闇に飲まれた今、

和馬の支配下にあったはずのその美しい四肢も存在意義を失い霧散したのだ。


魔王の言葉は続く。


『もし仮にお前が私に勝っていたとしても結局は同じことだったろうな?

 勝ったとしてもその先にあるのは、借り物の四肢が返され胴体のみで生きるだけだ』


魔王ガルグリムは口元を歪めて嗤った。


『どの道お前は勝てなかっただろうが……

 まあいい。結局今のお前は私に弄ばれただけの滑稽な玩具だ』


魔王の声に込められた嘲笑が和馬の耳を刺す。


暫し唖然とした後、芋虫のように床に転がる和馬の胴体が激しく蠢いた。


「ふざけるなっ!」

「なんだよこれ! なんだよこの状況はよぉおっ!」


怒りに任せて残された胴体で床を叩きつける。

だが、その衝撃は空虚な音を立てるばかりで何の解決にもならない。

文字通り“手も足も”出ない無力さが彼のプライドを粉々に砕いていく。


その和馬の姿を眺めながら魔王ガルグリムは低く嗤った。


『せっかく哀れな人形二体ともども生かしてやったというのに』

『その恩を仇で返すかのような醜態……滑稽以外の何物でもないな?』


アリシアとミリアは依然として魅了に囚われたまま呆然としている。

和馬を心配する言葉を時折呟くのが聞こえるが、もはやそれすらも虚しい背景音になっていた。


魔王の嘲りに和馬は一瞬言葉を失う。

しかしすぐさま現実逃避が始まる。


(そうだ……さっき魔王の部下は言ってた……聖女の治癒で部位欠損が完全に治ると……!)


彼の脳内で希望の光が点った。


(つまり、聖女が来たら俺の手足も復活できるんだ……)

(魅了を使って聖女を手に入れて……魔王はアルフォンスに押し付ければ……)

(全員救われるじゃん!それに聖女を加えた女の子3人……最高のハーレムができるぞ……!)


一瞬のうちに彼は夢想の世界に飛び込んでいった。

自分を中心とした異世界での輝かしい未来予想図が次々と浮かぶ。

魅了の力で聖女を手中に収め、アリシアとミリアとともに永遠に暮らす……。


そんな甘美な幻想に耽溺する和馬を、現実へと戻す魔王の大気を震わす声――



『ようやく……この時が来たか……』


魔王ガルグリムの声が、まるで天井から降り注ぐ荘厳な鐘の音のように響いた。

その言葉に込められた重みと歓喜が謁見場の大気を震わせ染み渡る。


和馬は夢想から引き戻される。


(なんなんだよ…… “この時”って……?)


和馬の不安と疑念が膨れ上がっていく。その背筋に戦慄が走るのを感じつつ――


エイリュシオン帝国宮廷、謁見場大広間の扉が開かれ……


重厚な扉が軋む音すらも空間に吸い込まれそうな静寂の中――


開かれた扉から漏れる柔らかな光の中に二人の影が浮かび上がった。


一人は漆黒の鎧に身を包み、肩にかかる銀髪が月光のように輝く男――


かつてこの国の騎士団長であり女神の勇者アルフォンス。


もう一人は純白の聖法衣に包まれた美しい銀髪に碧眼の少女――


その清廉な美しさは見る者の魂を浄化させるかのような――


女神に"選ばれし" 聖女リーン。


彼らが一歩ずつ広間へと踏み入る度、魔王に震われた空気が静寂へと変わる。

先刻までの破壊と絶望の痕跡が一掃されていくような錯覚すら覚える。


その存在感はこの謁見場に蔓延っていた負の波動を消し去り

この場を聖域のように変えてしまう程だった。魔王ガルグリムの赤い双眸が妖しく輝く。


『ほう……来たか。女神の真の勇者……そして……我と比肩する聖女よ』


その声には期待と歓喜が入り混じっていた。


----------------------------------------------------


場面は変る。

エイリュシオン帝国宮廷、謁見場大広間での惨劇がフィナーレを迎えた少し後——。


謁見場大広間へ続く廊下は争ったあともなく以前の光景のまま静まり返っていた。


アルフォンスは背筋を伸ばし、リーンと共に大広間の両開きの扉の前に立つ。

二人の間には沈黙があったが、それは冷たいものではなく信頼と覚悟に基づく静けさだった。


アルフォンスは右手で自らの胸を軽く押さえた。

そこには勇者の証たる微かな鼓動がある。


(俺は……この魂を信じている)

(どんな困難があろうと俺がこの身体を魂を鍛えてきたんだから……)


彼の魂の結実である勇者のチカラは、彼が生まれながらに宿し育ったチカラだ。

知らずに幼少期より騎士を目指すべく、厳しい訓練と夢のために心身を鍛え続けてきた結果——


その長年の研鑽の末に鍛え上げられ羽化した魂の結晶がある。


だが――それは万全とは言い難かった。


互いが騎士団に入る前、魔導師団に入る前から許嫁として

心から寄り添い、交流を重ねた婚約者のアリシアがカズマの元に行き媚び寄り添い――


召喚勇者カズマに嵌められ申し入れた一騎打ちの場で肩から左腕を切り落とされ――


カズマの従順な女となったアリシアに、

左腕は燃やされ灰とされた。さらには顔の左側を焼かれ左目を失った――


左腕と左目――奪われたのは単なる肉体の一部ではない。

勇者と結実した魂そのものが削られ抉られたのと同義なのだから。


そしてその欠落部分を残った身体と魂を鍛え上げて補填してきた。

それでも魔王に勝つのは容易ではないことは骨身に沁みて理解している。


(それでも……)


リーンに差し伸べられた温かい手を思い出す。


聖女リーンの慈愛に満ちた微笑みは、アルフォンスの凍てついた心を溶かした。

彼女はただ黙ってアルフォンスの左肩に残された黒く焼けただれた皮膚を撫でた。

その優しさだけで、アルフォンスは立ち上がる力を得たのだ。


そしてリーンを通して語られる女神フィリアの存在――


(まだ見ぬ女神よ。貴女が俺に剣を与えてくれた。

 貴女に選ばれた聖女であるリーンが俺を絶望から掬い上げてくれた)


その感謝は胸の中で滾る焔となり、彼の血肉となっている。


(今のこの身体で……魔王と戦い……勝つ)

(それが……今の俺にできる唯一のことだ)


アルフォンスはリーンと並び立つ。


彼女は聖法衣の裾を翻し聖杖を掲げた。その瞳には揺るぎない意志が宿っている。


(リーンと共に……この剣を振るう)

(人々のために……女神フィリアのために)



その時――不意に、分厚い扉の向こうから低い咆哮のような声が轟いた。


「―――ふざけるなっ! なんだよこれ! なんだよこの状況はよぉおっ!」


怒りに満ちたその声は間違いなく召喚勇者カズマのものだった。


予想外のタイミングで響いた彼の声に、アルフォンスの身体は一瞬硬直した。

その声は彼にとって忌まわしい記憶を呼び起こすものであり――


アリシアを奪われ、左腕と左目を失った痛みを思い出させるものだったからだ。


リーンはアルフォンスの僅かな変化に敏感に反応した。


彼女は聖法衣の裾を揺らしながら身を寄せ、そっと彼の右の手を取った。

その小さな手の温もりが凍えた剣士の指先にじんわりと広がる。


「ありがとう、リーン……大丈夫だ! 」


アルフォンスは小さく息を吸い込むと、リーンの手を優しく握り返した。

彼は覚悟を決め伴わせて落ち着いた笑みを浮かべた。


そしてリーンもまたカズマの声に身を竦ませていた。

彼女の肩が微かにワナワナと震えているのが伝わってくる。


それでも彼女は意を決して、アルフォンスを見上げた。


「行きましょう……魔王の元へ」


リーンの声は柔らかくも確固とした意志に満ちていた。

その眼差しを受け止めた彼は深く頷き、神具の剣「聖輝」を握り締めた。


「ああ……行こう!」


二人は互いの存在を確かめ合いながら、

ゆっくりと大広間の重厚な扉に向かって歩き出した。


---


アルフォンスが大きく扉を押し開けた瞬間、

ひやりとした空気が二人を迎える。


リーンが僅かに身を寄せるのを感じながら、共に一歩を踏み出した。

そこはエイリュシオン帝国宮廷の謁見場大広間だったはずだ。


しかし今や豪奢な装飾も重々しい空気も、

本来の目的を忘れ去ったかのように静まり返っている。


がらんとした広大な空間。


数刻前までの熱狂と絶望の痕跡は拭い去られたかのように見えた。

血の匂いも、肉の焼ける匂いもしない。あるのはただ、静寂と冷気。


その空間の中央に――その“男だけ”が立っていた。


漆黒のローブに身を包んでいる。


夜の闇がそのまま人の形を取ったかのようだ。体格は痩身。成人男性に見える。

ローブの裾が床に長く垂れ下がり、その奥にあるはずの肉体の輪郭は全く窺えない。

まるでローブの中身自体が闇で出来ているかのようだ。

顔すらも深いフードに隠され、こちらからは一切見えない。


だが――その存在感だけでアルフォンスには分かった。


(この男が――魔王だ)


確信が彼の身体を貫いた。

本能的な恐怖と同時に、これまでの旅路で培われた感覚が告げる。

この男こそが人類を脅かす根源。女神フィリアの対極にいる真の魔王――


魔の創造神。


魔王の圧倒的存在感に意識が集中していたアルフォンスだったが――


ふと視線を動かした先で違和感に気付いた。


魔王と向き合う中央の空間。立っているのは確かに魔王ただ一人。

しかし、そこに横たわる影が3体あった。


一人はカズマ。先刻の咆哮の主で間違いない。


一人はボブカットにピンク色の髪をした華奢な少女。


そして――もう一人の姿にアルフォンスの視線は釘付けになった。


巻いていただろう金髪は見る影もなくボロボロに崩れ、

かつて濃かったであろう化粧も汗か涙かで流れ崩れている。

最初の印象はただの疲弊した女性。


だが――アルフォンスの心臓は凍りついた。


(……まさか……)


彼の視線が改めてその人物に注がれる。よく見れば――


その崩れ落ちた巻き髪の隙間から覗く面影。

化粧が落ちてもなお美しい曲線を描く頬。

それが誰なのか、今はっきりと認識できた。


可憐で清楚で、流れるように輝く金髪を持っていた少女。

誰よりも近くで見てきたはずのその人物。


「……アリシア……」


アルフォンスの口から無意識にその名が零れた。彼の瞳が驚愕に見開かれる。


そこには彼が知る可憐で清楚なアリシアの面影はほとんどなかった。

まるで別人のような変わり果てた姿に衝撃を受ける。


しかし、彼の絶句の原因はそれだけではなかった。


召喚勇者カズマは床に這いつくばっている。

アリシアは壁にもたれかかり、もう一人の少女も同様だった。

そして、三人の四肢は――まるで初めから存在しなかったかのように消え失せていた。


異様な事に、四肢の切断面と思われる箇所から血の一滴も滲んでいない。

しかも彼らの表情に痛みの色はない。まるで悪い夢の中のように現実離れしている。


これは――なんという悪趣味な光景だろうか。


こんな常軌を逸したことが可能なのか。いや目の前の存在なら有り得る。

アルフォンスはそう直感した。この異常な状況を作り出した張本人。


広間の中央に佇む漆黒のローブを纏った男。その深いフードの奥から覗く鋭い眼光。

この男こそが人類の敵、魔の創造神。魔王なのだ。


魔王がこんな悪夢のような状況を生み出したのだろう。


理由など分からない。だが確信に近い推測に至ったアルフォンスの喉が急に干上がった。

口内に溜まった唾を無理やり飲み込み、右手で握る神具の剣「聖輝」を強く握り直す。


魔王への警戒が高まる中、アルフォンスは隣に立つリーンの様子を窺った。

この常軌を逸した光景にショックを受けているのではないかと心配したのだ。


しかし彼の想像とは少し違っていた。


リーンはただじっと一方向のみを見つめていた――

彼女が見つめる先には召喚勇者カズマがいて――


その視線は絡み合い、彼女はその隻眼を震わせて見つめていた。



匂わせ……です。が、お叱りはバシバシ送ってください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
これで魅了されるというのがリーンが知っていた役割の話の真相だったら、最後の扉を開ける手前の和馬の声が聞こえた瞬間のアルフォンスの動揺を見ながら結局自分の躊躇いとかを優先して伝えなかったのは不義理以外の…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ