ふたりの旅路 - 宿場町の温もり -
「随分と進んだな……」
アルフォンスは手綱を握りながら前方に広がる景色を眺めていた。
北部の辺境からの道のりは厳しかったが、セレストの力強い足取りと、
アルフォンスの熟練した操縦術により予想以上のペースで進んでいた。
吹雪の日もあり凍てつく夜もあったが、
エリックたちが残してくれた物資が大いに役立った。
特に干し肉と香辛料の入った茶は、疲れた身体を芯から温めてくれた。
「そうですね。セレストが優秀なおかげです」
リーンは馬の揺れに身を任せつつも、しっかりとした声で答えた。
「それにエリック様たちの物資のおかげでなんとか凌いでいますね」
「ああ。だが……」
アルフォンスは視線を落とした。
「やはりリーンにずっと野宿をさせ続けるのは申し訳ない。
できるだけ宿のある街で休ませようと思っている」
これまでの旅は自分の生存と目的達成しか頭になかった。だが今は違う。
今のアルフォンスにとって彼女は大切な存在となっていた。
出会ってまだ数カ月。かつてアリシアと過ごした時間と比較にならない。
だが彼の心の中では不思議とアリシアへの未練とリーンへの想いが共に存在した。
彼の心の中に。彼女を粗末に扱うことはできなかった。
「アルフォンス様……ありがとうございます」
純白の衣を纏ったリーンが花のように微笑む。
その可憐な笑顔にアルフォンスの心は温かくなった。
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夕暮れ時、帝都方面と東部戦線の分岐点となる宿場町オルデンに辿り着いた。
「もうオルデンに着いたか。久しぶりだな」
アルフォンスは手綱を引き、セレストを町の入口に併設された厩舎へ導いた。
馬番の老人が驚いた様子で駆け寄ってくる。
(おお……この方は噂の"解放者"なのでは……)
隻腕で隻眼。左半顔は火傷で醜く引き攣りボロボロの鎧からは煤の臭いがした。
その異様な男の姿は普通なら恐れられて当然の容貌。
だが、ハンスは確信をもってアルフォンスに話しかける。
「おやまあ!何と見事な軍馬だね」
「セレストと言う。明日まで世話になる」
アルフォンスが懐から銅貨を取り出すと、老人は畏まった様子でそれを受け取った。
「こちらこそ光栄でございます。どうぞゆっくりお休みください」
「……?」
アルフォンスが首をかしげると、老人は深々と頭を下げた。
「あなた様方こそ……"解放者"様と"救済者"様でしょう?
この町まで噂が届いております」
「ああ……そう呼ばれているらしいな……」
アルフォンスが気恥ずかし気に右手で頬を掻いて呟く。
「やはり! 魔族の幹部や大軍を退け、辺境の村々や魔族に襲われた者達を助け……」
馬番は目を輝かせて語り始めた。リーンが控えめに会釈する。
「ありがとう。しかし……あまり騒ぎ立てないでほしいのだが」
アルフォンスが制止すると、老人ははっと我に帰った。
「失礼致しました。それでは……宿はどうされますか?
町にはいくつか宿がありますが……おすすめは『星の橋亭』です」
「星の橋亭……覚えておくよ。ありがとう」
アルフォンスとリーンはセレストを馬番に託し、町の大通りへと向かった。
夜の帳が下り始め、通りには灯が灯り始めていた。
酒場の賑わう声や料理の匂いが漂い旅人や商人で賑わっていた。
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アルフォンスとリーンは馬番に教えてもらった『星の橋亭』へと足を運んだ。
『星の橋亭』の扉が開いた瞬間、主人の顔に一瞬緊張が走った。
隻腕で隻眼の男。
左半顔は火傷で醜く引き攣り埃まみれの破れた鎧を着た薄汚れた騎士。
その後ろには清楚な白銀の髪を揺らし神聖な輝きを放つ白衣を纏った乙女。
まるで地獄の悪鬼が天界から天使をさらってきたかのような組み合わせ。
「……お客様。ご宿泊でしょうか?」
主人の声には僅かな警戒心が混じっていた。
アルフォンスが言葉を発する前に、リーンが一歩前に出て丁寧に頭を下げた。
「お世話になります。一晩のご宿泊をお願いいたします」
その澄んだ声と洗練された仕草に主人は目を見開いた。
天使のような乙女とこの異様な男が一緒だという事実に戸惑いを隠せない。
しかし次の瞬間、主人の脳裏によぎったのは町に広がっている噂だった。
『解放者』。たった一人で魔族の大軍を打ち砕き民を救う青年。
『救済者』。神の御遣いのごとく人々を癒す聖女のような少女。
目の前の二人がまさにそうなのだと理解した、
主人の顔に尊敬と興奮の色が浮かんだ。
「もしや"解放者"様と"救済者"様では?」
「……ああ、そう呼ばれているらしいな」
「おお!光栄です!どうぞ最高の部屋をご用意しますよ!」
主人の興奮ぶりにリーンが小さく苦笑いした。
部屋の鍵を受け取った後、二人は一階の食堂へと向かった。
すでに多くの客で賑わっていたが、彼らが姿を見せると店全体がざわついた。
「ほら見ろ……本物だぞ」「噂に聞いた"解放者"と"救済者"様だ……」
コソコソとした話し声が聞こえる中、二人は隅のテーブルに腰掛けた。
「騒ぎにして申し訳ございません。何か特別なものをお持ちしましょうか?」
給仕の少女が少し緊張した面持ちで尋ねる。
「普通のもので構わない。何か温かいものを」
「はい!すぐにご用意します!」
しばらくして運ばれてきたのは、香草で煮込まれた鶏肉と地元産のパンだった。
「頂きます」
リーンが一口食べると目を輝かせた。
「とても……美味しいですね」
感慨深く食べるリーンを見てアルフォンスも匙を口に運ぶ。
誰かと食べる温かい食事に旅の疲れが癒されていくのを感じた。
「確かに……旨いな」
二人は久々の温かい食事を楽しみながら旅の話を交わしていた。
しかし周囲からはまだヒソヒソとした話し声が聞こえてくる。
「まるで姫と従者のようだな……」「いやいや。噂によれば勇者だって言うぜ」
「まさか……あの姿で? 本当だったら凄いけど……」
そんな囁きの中でも既に慣れ始めていた二人は穏やかな時を過ごし、
食事を終えそれぞれの部屋に入っていった。
もしかしたら初めてまともな二人旅の話しかもしれませんね。




