新たな旅立ちとエリックの決意
エリック一行を見送った後のアルフォンスとリーン。
二人は新たな旅の仲間であるセレストに跨った。
リーンはアルフォンスの後ろに座り、しっかりと手綱を掴む。
「準備はいいか? リーン」
「はい。いつでも」
アルフォンスは軽く手綱を叩いた。
セレストは一声嘶いて、白銀の世界へと駆け出していった。
「まずは……どこへ向かう?」
アルフォンスが問いかけると、リーンがすぐに答えた。
「東部戦線へ向かいましょう」
アルフォンスは一瞬考え込んだ。
「東部か……しかし今あの地域は激しい戦闘が続いているはずだ」
「わかっています。でも……私たちが行くべき場所だと思うんです」
リーンの目には決意の光が宿っていた。
「残りの四天王が攻めているのでしょう? ならば私たちも向かうべきです」
アルフォンスは小さく笑った。
「君は本当に勇敢だな」
リーンの顔が赤くなる。
「……だって、アルフォンス様をお助けしたいんです」
彼女の言葉にアルフォンスは胸が熱くなるのを感じた。
「わかった。行こう。東部戦線へ」
しかし進路を考える必要があった。
「北部から東部へ抜ける山脈は厳しすぎる。迂回しなければならないな」
「帝都の方面を通って、途中で北東へ向かうのが最短だと思います」
アルフォンスは頷いた。
「確かに。多少帝都に近づくことにはなるが……仕方ない」
彼は内心複雑な気持ちだった。
帝都に近づくことで、予期せぬ遭遇があるのではないか。
しかし、リーンの安全を守るためにも最適な選択をする必要があった。
「大丈夫ですよ、アルフォンス様」
リーンが彼の背中に優しく声をかける。
「以前も帝都の近くを通ったじゃないですか」
アルフォンスは苦笑した。
「あの時は……もっと必死だったからな」
「今回は私たち二人です。きっと大丈夫です」
リーンの温かい声に勇気づけられる。
「そうか……そうだな」
アルフォンスは手綱を握り直した。
「では行こう。東部戦線へ。そこに待つ最後の四天王の元へ」
セレストが勢いよく雪道を駆けていく。
白銀の世界の中を二人を乗せ、その先に待つ試練に立ち向かうために……
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エイリュシオン帝国、帝都グランフェリア―夕刻
エリックは宮殿への道を足早に進んでいた。
普段よりも騒がしい街の声が彼の耳にノイズとして聞こえる。
「おい聞いたか!?ついにあの方が──」
「さすがだよっ、すごいことだよな──」
「四天王を倒したって――」
断片的に聞こえてくる声は皆興奮に満ちていた。
エリックは苦々しい表情を押し殺し、冷静を装う。
(ふん……カズマの凱旋を待つ騒ぎか
しかも……民衆はあの男の本性を知らない……)
エリックは唇を噛んだ。
アルフォンス団長の婚約者だったアリシア嬢を奪い、
彼を陥れ追放しておきながら英雄気取りの召喚勇者カズマに怒りが湧いてくる。
それでもエリックは使命感を胸に足を速めた。皇帝の命だ。
私情を捨てなければならない。
宮殿の門をくぐり抜け、衛兵の敬礼を受けながら謁見の間に通される。
謁見の間には昨日と同じように皇帝グレゴリウス十三世のみが座していた。
重厚な装飾が施された玉座からエリックを見下ろす皇帝の表情は読み取れない。
「お呼びいただきまして光栄でございます」
エリックが形式通りに膝をつき頭を垂れると、皇帝は静かに口を開いた。
「昨日の報告、アルフォンスのことだが……」
エリックの背筋に緊張が走る。この話題が出ることを覚悟はしていたが—。
「魔族に関する特別な言及はなかったと言っていたな?」
「はい。アルフォンス様からは何も……」
皇帝は鋭い視線をエリックに向けた。
「ふむ……そうか」
室内に沈黙が落ちる。
エリックは額に滲む冷や汗を感じながら次の言葉を待った。
「街の騒ぎに気づいているか?」
「はい。召喚勇者カズマ殿の凱旋を待つ民衆の声かと存じます」
皇帝は微かに首を振った。
「違う。昨夜から市中に広まっている噂がある」
エリックの鼓動が早まる。何か悪い予感がした。
「"解放者"と"救済者"が四天王のうちグラヴィウスとリザミアを倒したという噂だ」
「それは……」
エリックは言葉に詰まった。
アルフォンスの指示で秘密にしていた情報が漏れている。
誰かが口を滑らせたのか?
「"解放者"と"救済者"を讃えるが故の根拠のない噂だと思います」
と彼は慎重に言葉を選んだ。
「既に調べはついているぞ。
昨夜遅くに酒場で貴様の部下が口を滑らせたようだな」
「……」
エリックはすぐに誰か分かった。彼の心臓が高鳴る。
アルフォンスに薫陶する若き騎士。休暇を辞退し「団長の元へ」と主張した青年。
その熱意に胸を打たれ送り出したばかりだというのに。
「彼は……」
エリックが言い淀むと、皇帝は容赦なく続けた。
「そう。貴様と共にアルフォンス捜索に当たっていた者だ。
名は何といったかな?アルフォンスに心酔しているようだが……
些か忠誠心が行き過ぎているようだな」
「申し訳ございません!」
エリックは深く頭を下げた。全ては己の監督不行届きだと痛感する。
「今回の過失は上司である私の責任、如何なる罰も覚悟しております」
エリックの言葉に嘘はなかった。全ての責を負う覚悟はある。
それは全てアルフォンスの為、彼の居場所を隠し通す為に。
「今更罰する意味もない。いずれ民衆に真実が知れ渡るであろう」
皇帝は淡々と言い放った。
エリックは顔を上げた。
皇帝の表情には焦りのようなものが漂っていた。
「"解放者"と"救済者"の正体がアルフォンスとその仲間だと……
辺境で彼らに救われた村々から噂は広まるだろう。そうなれば……」
皇帝は言葉を切った。
「貴様も知っているはずだ。
アルフォンスが召喚勇者カズマに陥れられ、婚約者を奪われ、
名誉も地位も身体の一部も失ったという事実をな」
エリックの拳が震えた。まさに自身が知る残酷な真実なのだから。
皇帝の目が厳しい光を帯びる。
「帝国は奴を見捨てた。だが今になって民衆がその真実を知れば……
召喚勇者を優遇する我々の……国の在り方はどうなる?」
皇帝は身を乗り出して言った。
「そこで貴様の任務だ」
「一刻も早くアルフォンスを説得し、帝都に連れ戻せ。
奴が我らの味方であることが民衆に伝わるようにする為にな」
エリックは膝をついたまま顔を上げた。
「必ずや成し遂げます」
その強い意思表示に皇帝は小さく頷いた。
エリックは深く一礼し、謁見の間を後にした。
扉が閉じられると、皇帝は深い溜息をついた。
「ままならんものよな……」
彼の瞳には苦悩の色が浮かんでいた。
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宮廷の重い扉を出たエリックは深く息を吸い込んだ。
冬夜の冷たい空気が肺を満たし思考を整理してくれる。
「アルフォンス様は帝都には戻らない……」
皇帝の命令とは逆の真実を握りしめながらエリックは確固たる決意を胸に刻んだ。
誰の被害も出ない場所で魔王と対峙するというアルフォンスの決意を尊重する。
エリックたちの役割は皇帝の勅令の達成ではなく真の勇者の盾となることだ。
(国でも陛下でもなく……私はアルフォンス様に仕える)
頭上を見上げると、雲間から細い月が覗いていた。
まるでアルフォンスの行く末を照らすかのように。
「陛下の危惧する政治の話しなど関係ない」
エリックは自嘲気味に呟いた。
これまで仕えてきた帝室への忠誠心を捨てることになるが構わない。
彼の心は既に別の主人に捧げられていた。
足早に騎士団宿舎へ向かいながら、街の騒めきに耳を澄ませた。
カズマ称賛の声だと思っていたが実際には違っていた。
「まさか本当なのかよ……」「四天王を二人も……信じられない」
「本当にそんな奇跡が……」「これならきっと魔王だって倒せるよな……」
「きっと今もどこかで人知れず戦っているんだろ……」
どうやら"解放者"と"救済者"の噂で持ちきりのようだ。
あちらこちらから聞こえてくる"解放者"の噂に胸が熱くなる。
かつての団長が英雄として称えられている事実に。
(共に行く騎士たちにも意思を確認しよう)
夕暮れの街路をエリックは歩み続けた。
騎士団の仲間たちを集めて重大な決断を迫る為に。
まさか先の話しと合わせて6,000文字かけて
まだ目的のシーン辿り着かないとは……
本日の午後の6投稿が全て説明回みたいになってしまいました。
冗長にしているつもりは無いのですが無駄が多いのでしょうね。




