希望の道標と双翼の侵攻
雪深い辺境の集落が炎に包まれていた。
「見よ! あの青年が魔物の大群を押し返したのだ!」
凍てつく氷原に蠢く魔物の群れ——
それは単なる狼の姿をしていたが狂気に染まり人の村を襲った。
絶望に沈む住民たちの眼前で隻腕隻眼の青年、アルフォンスは剣を振るった。
彼の右腕は光速の如く猛吹雪を裂き、握られた剣は一瞬にして魔物の首を刈った。
「"解放者"さまだ……」
住民たちは祈るように見つめた。
剣を収めたアルフォンスは微塵も疲労を見せない。
隣に佇む純白のローブを纏った銀髪の少女リーンが両手を組み合わせ、
傷ついた村人に優しく語りかけていた。
「大丈夫よ、痛みは消えます」
眩い白光が彼女の掌から溢れ出し、血塗れの村民が呻きを止める。
治癒の奇跡——それは女神が聖女リーンに授けた恩恵だった。
「あなた方こそが……本当の勇者様なのですか?」老人が震える声で問う。
アルフォンスとリーンは顔を見合わせた。彼は苦笑し、
「まだ自分たちには成すべきことがありすぎる……ですが希望は持ち続けてください」
その一言に村民達は涙ぐんだ。
"解放者"と"救済者"の二人こそが、真の勇者と聖女だと希望を見出していた。
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雪深い辺境の集落を後にしたアルフォンスとリーン。
女神の啓示が導くままに、荒涼とした山岳地帯へ足を踏み入れていた。
吹き荒ぶ風雪は容赦なく二人の体力を奪う。
「……この先は地元の人々でさえ、
誰も訪れることがない場所だと聞いたが。それでも……」
アルフォンスの言葉を遮るようにリーンが頷く。
その目は確信に満ちていた。
「ええ、間違いありません。ここは私が啓示を受けた地……
アルフォンス様の前に女神フィリアに選ばれた勇者様が眠る場所です」
険しい山道を越え谷底に降り立った時、二人は息を呑んだ。
そこには古びた石碑と苔むした祭壇があった。
長年の風雨に晒されながらも、なお威厳を保つ遺跡。
「これが……」
「前勇者様のお墓です」
リーンが静かに告げる。その声音には深い敬意が込められていた。
「信じられない……こんな場所が残されていたなんて」
アルフォンスは驚きを隠せなかった。
この世界の歴史書には女神に選ばれた勇者の存在など記されていない。
数千年以上前の英雄ということになる。
「前勇者様は最後の戦いの後でこの地に住まわれました。
その頃のこの場所は豊かな土地で多くの人々が住んでいたそうです」
リーンの視線の先には朽ち果てかけた石像。
勇者の姿と思われるが損傷が激しく原型を留めていない。
「勇者様は天寿を全うされて弔われましたが……それからの長い時間の
中でこの地は、このように風雪で埋もれる辺境と変わったそうです」
「それほどの昔の事なのか……だが、ここには……」
「はい。今も前勇者様の遺品が残されています。それこそが……」
リーンは石碑の中央にある亀裂を指差した。
その奥には何かを納める穴がぽっかりと口を開いている。
「真の勇者が持つべき剣……神具として受け継がれるべきものなのです」
その言葉と共にリーンは静かに膝をつき両手を合わせた。
雪の降り積もる中で二人はしばし祈りを捧げるのだった。
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幾千年以来の埃を踏みしめる音が廃墟に響く。
苔むした石段を下りていくアルフォンスとリーンの眼前に広がったのは——
壮麗なる地下神殿だった。
「まさか……」
燐光を放つ壁面に刻まれた女神フィリアの紋章。
かつての栄華を物語るように巨大な柱が天井を支えている。
遠くに見える神殿の最奥には祭壇があり、剣柄と思しきものが石台から突き出ていた。
「あれが……」
「ええ。前勇者様が使われたと言われる神具でしょう」
リーンの声が僅かに震える。畏れとも期待ともつかぬ感情が混じっていた。
アルフォンスが祭壇に向かおうとした瞬間——
「動くな」
氷のように冷たい声が神殿に谺した。
柱の陰から現れたのは二人の魔将だった。
緑鱗の肌に銀の髪をなびかせる女魔導師と、銀髪に紫水晶の瞳を持つ青年。
アルフォンスの隻眼が警戒に細められる。
「魔王軍四天王……リザミアとグラヴィウス!」
「あら? 私達のことをご存知でしたのね」
リザミアが嘲笑を浮かべる。
「"解放者"とやらも我々の素性くらいは把握済みか」
紫水晶の瞳を鈍く輝かせてグラヴィウスは二人を睨みつけた。
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神殿内の空気が一瞬で張り詰めた。
「なぜここにお前たちがいる」
アルフォンスの低い問いにグラヴィウスが淡々と答える。
「我らは魔王陛下の命を受けている。
勇者カズマでもなければ正規軍でもない者に興味はない……」
リザミアが扇で口元を覆いながら冷笑する。
「でもね……帝国中で"解放者""救済者"と称されるあなた達は別なのよ」
アルフォンスは左腕を欠落した身体でリーンを庇うように立つ。
「この場所の重要性も知らずにやってきたか……」
リザミアの瞳孔が縦に伸びた。
「魔物避けの結界もない古臭いただの遺跡でしょう?
そんなことよりも……ねえグラヴィウス?」
グラヴィウスの翼が微かに震え、床石に罅が入る。
「ええ……召喚勇者よりも警戒すべきと感じた私の直感は正しいようです。
"解放者"アルフォンスと"救済者"リーン……この場で確実に滅せねば!」
リーンがアルフォンスの袖を掴む。
「アルフォンス様……彼らはここで戦わせてはいけません」
「わかっている。この神殿を汚させるわけにはいかない。
リーン、俺が時間を稼ぐ……だから俺の提案に乗ってくれるか?」
リーンは一瞬、躊躇したが頷いた。
「……承知しました。アルフォンス様の為にも必ず成し遂げます!」




