『真・魔王』と『四天王』
魔王城最深部——漆黒の大理石で覆われた謁見の間。
四本の巨大な柱が支える天井からは赤い月光が漏れ入る。
その中心に君臨するのは、魔王ガルグリムその人であった。
「報告します」
グラヴィウスの声が広間に響く。
漆黒のローブに包まれた魔王は微動だにしなかったが、
その闇の中から声が流れた。
『続けよ』
謁見の間には四天王全員が揃い恭しくかしずいている。
それぞれ個別の任務で離れていることが多い彼等が一堂に会する場は珍しい。
グラヴィウスが緊急召集を求めたため四天王全員が揃ったのだ。
「召喚勇者の活動は緩慢ですが……」
グラヴィウスは言葉を区切り、次の言葉に力を込めた。
「市井で噂になっている "解放者" と "救済者" こそが我々にとって最大の脅威です」
『ほう?』
最古参のガルドムが低く唸るように言った。
灰色の肌に六本の角を持つ老魔族はゆっくりと首を巡らせる。
「奴らは我々の拠点ではなく辺境の村々を救い回っていると聞く。
それほど重大なのか?」
「表面的な被害だけではない」
グラヴィウスは報告書を広げる。
「彼らの活動により我が軍の将校が既に数名討たれている。
放っておけば更に損害は増える」
「そうですね。それに"その者"をリーダーとして民草から我らへの
反抗軍が集まる可能性も考えられますね」
魔導師服を纏ったドラゴン族の女、リザミアが同意するように頷いた。
緑色の鱗肌と尖った耳が特徴的な美女だった。
「ではどうする? 召喚勇者は放置か?」
西部戦線担当の四天王ヴェインが低い声で問いかける。
影のような黒い毛皮に四本の腕を持つ豹型獣人の姿は異様だったが、
誰もそれを気にする様子はなかった。
『両方に対応すればよい』
魔王ガルグリムが突然発言した。
その声はまるで直接頭の中に響くような感覚を与えた。
『四天王全員で彼奴等を討つことを許可しよう』
「「「「我ら全員ですか!?」」」」
四天王全員が一瞬驚愕した。
だが魔王の続く言葉がその驚きを鎮めた。
『召喚勇者はまだ我々にとって脅威ではない。
しかし "解放者" と "救済者" —あの者たちは違う』
グラヴィウスは眉を寄せた。
なぜそこまで彼らを危険視するのか尋ねようとした時、
『我の直感だ。それに従うが良い』
魔王の声が再び響く。
そして不思議なことにそれ以上の追及を許さない雰囲気が広間を包んだ。
魔族は人間のように仲間内での争いを起こさない。
なぜなら彼らの上に立つ魔王こそが絶対の存在であり、
すべての命令は絶対的な正義に基づくものと信じているからだ。
「了解しました」
リザミアが代表して答え、他の三名も静かに頷いた。
彼らは魔王の意図を完全に理解したわけではないが、疑念を持つこともなかった。
「だが……」
突如としてガルドムが口を開いた。
老魔族は皺だらけの顔に厳しい表情を浮かべていた。
「召喚勇者の動向を確認しなければなるまい。
もし奴が我々の想像を超えた力を得ていたら厄介だ」
ヴェインも続いた。
「そうだな。奴が四天王の一角を狙い出陣したとなれば、
返り討ちにはしないと我らの沽券に関わる」
「ならばこうしよう」
ガルドムが皺だらけの手を掲げた。
「"解放者"と"救済者"は二人の四天王で討つ。
召喚勇者カズヤは一人の四天王が迎え撃つ。
そして最後の一人は魔王様をお守りする控えとなる」
その提案に魔王は長い沈黙の後、闇の中から応じた。
『よかろう……貴様らの好きにするがいい』
ヴェインは獰猛な牙をむき出し笑う。
「では吾輩は……召喚勇者を迎え撃とう。
西部戦線がもっともヤツから近い位置だろうからな」
南部戦線担当のグラヴィウスと北部戦線のリザミアは、
自然と互いの顔を見合わせた。
「……では私とリザミア様で"解放者"を討ちに行こうと思います」
リザミアが艶然と微笑みで応えた。
残された老魔族はうなずいた。
「承知した。では儂が控えとして魔王様をお守りしよう」
その表情には不満も疑問もなかった。
ただ純粋に魔王の意思を実行するという信念だけがあった。
『進めよ』
魔王の声が広間に響き渡ると同時に四天王は一斉に立ち上がった。
魔族に人間のような迷いはない。
絶対者の命令こそが唯一の指針であるからだ。
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四天王たちが去った後、魔王ガルグリムは独り広間に佇んでいた。
その漆黒のローブの中は闇に包まれたまま——
『"解放者"と"救済者"か……』
誰に語るでもなく呟く。彼の意識の奥には遠い記憶があった。
数千年前にも似たような存在がいたことを忘れていない。
女神の使いと呼ばれた者たち。
そして今回現れた者たちも——
『やはり来たか……』
魔王はゆっくりと手を伸ばす。
虚空に触れた指先から暗黒の靄が広がっていく。
『この世界で再び相まみえるのは我らの通過儀礼だからな……』
その声には奇妙な期待が込められていた。
魔の神としての彼の意識は既に次の段階へと向かっていたのだ。




