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「来たね、リオンくん。すっぽかされなくてよかったよ」


 授業を終えると、校舎の地下にある広間まで足を運んだ。つい先ほどまで教室で一緒だったヘーレスが、いやらしい笑顔で出迎えてくれる。


 なんでこんな胡散臭い中年男に立て続けに会わないといけないのか、という不服はあるが、学院からの命令に逆らえば面倒な処罰を受ける。


 気乗りはしないが、来ないわけにはいかないだろう。


「サボって地下牢にぶち込まれるのは避けたいですからね」


「昔に比べて、ずいぶんと分別がつくようになったね。僕個人としては無鉄砲だった頃のキミも嫌いじゃないよ」


 そうですか、と生返事をして安い挑発を受け流す。


 こちらの反応が淡泊なことにがっかりしたようで、ヘーレスはやれやれとかぶりを振っていた。


 奥行きのある広間を見渡すと、周りには俺やヘーレスの他にも人がいた。学生用の勇者の鎧であるアオハガネを装着している生徒と、それを監視している教員たちが散見される。


 勇者の鎧を装着する訓練や、どこまで鎧と同化できるのかを確かめる実験を行っているようだ。


 勇者の鎧は、身を守るために着る通常の鎧とは異なる。防御だけでなく、攻撃にも用いる。勇者候補しか装着することができない、特殊な武装だ。 


 鎧を装着しているときは、被っている兜のスリットから外部が見えるし、知覚が増しているので、生身のときよりも周囲の状況を鮮明に把握できる。


 そして身体能力や魔力量がはねあがり、格段に強化される。


 生身では使えないような高火力の魔術も刻印されており、鎧の力を引き出せば、それらを使用することだってできる。魔術の発動速度や、射撃の精度も増すので、戦闘を有利に運べるわけだ。


 ただし、鎧との同化率が低いと刻印されている魔術を使用することはできないし、身体能力や魔力量も同化率によって変化する。


 強力な武装になるかどうかは、装着する者次第ということだ。


 それに勇者の鎧は、ただ着るだけのものじゃない。装着者が身にまとった鎧と一体化しなくてはいけない。同化することで鎧との境界線が曖昧になり、鎧そのものになって戦わないといけない。


 同化率があがれば、それだけ強くなれるが、危険も伴うことになる。あまりにも鎧と同化しすぎれば、鎧に呑み込まれてしまう。そうなったら勇者候補は跡形もなく消滅して、装着していた鎧だけが残される。


 実際、鎧との同化率を上昇させすぎて帰ってこなくなった生徒は何人もいる。命を落とすのは、なにも魔物との戦闘訓練に限った話ではない。


 勇者の鎧は強力な武装だが、一歩間違えれば死の淵に引きずり込まれる諸刃の剣だ。


「俺が着なくちゃいけない鎧は、どこにあるんですか?」


「あぁ、それならここに」


 ヘーレスは外套の懐に手を入れると、白銀色の球体を取り出した。


 これも勇者の鎧に刻印された魔術の一つだ。大きさを圧縮することで、掌に収まるほどの小さな球体に変形している。


 勇者候補が魔力を流し込めば球体は光を放ち、本来の鎧の形状となって装着される。


「失敗作って言ってましたけど、どういう意味なんです?」


「額面通りに受け取ってくれて構わないよ。高レベルの災害級の魔物を討伐することを目指して、性能を高くしすぎたのさ。そしたら誰も装着できないものになっちゃったんだよ。仮に装着できたとしても、大半の勇者候補はこの鎧に呑み込まれてしまう」


 どれだけ強力な武装であろうとも、使い手がいなければ無用の長物にすぎない。


「ていうか、そんな話を聞かされたら、その鎧を着たくなくなるんですけど?」


「おっと、いけない。余計なことを言って、リオンくんを怖がらせてしまったかな」


 絶対にわざとだな。だって頬が裂けそうなほど口をひろげて笑っているし。


「これも学院からの指示だ。誰かがやらなくちゃいけない。学院のなかではリオンくんが最も適任だと思うよ。他の子たちだと、この鎧に呑み込まれかねないからね」


「俺だって大丈夫な保証はないでしょ?」


「そうかい? キミがいつものように手を抜きさえしなければ、この失敗作を使いこなすことは十分に可能だと思うよ」


「何を言っているのかわかりませんね」


 取り合わないことを態度で示すと、ヘーレスは「そういうことにしておくよ」と言って口元の笑みを深くする。


 そんな危険な鎧を着るのはまっぴらごめんだが、他の生徒が着るのはもっと嫌だ。親しい誰かが苦しむくらいなら、自分が傷つくほうがいい。そのほうが気持ちが楽でいられる。


 授業が終わって教室を出ていく際に、ルリアは心配そうに見つめてきた。ダインも言葉にこそしなかったが、俺の身を案じていた。そしてどこから話を聞きつけたのか、ノエルもやって来て声をかけてくれた。


 みんなに心労をかけたくない。今回の実験は、問題なく済ませないと。


「あぁ、ちなみにこの鎧は何度か暴走を引き起こしていてね。膨大な魔力が鎧からあふれ出して、全身が燃えちゃったそうだよ。もちろん装着者は鎧に呑み込まれて消失したけどね」


 ……このオッサン、またいらん情報を。


 生徒の不安を煽っておもしろがるとか、ホントいい性格をしている。


「それと、この鎧には翼があるんだ」


 何を言っているのか理解できず、眉根が寄ってしまう。


 けど、その言葉には不思議と引きつけられるものがあった。


「もしかして、その鎧……」


「ご察しの通りだよ。この鎧は飛行する魔術が刻印されているのさ。もっとも、そのためにはありえないほど同化率をあげなくちゃいけないけどね。死ぬ覚悟があれば、空だって飛べるってことだ」


 空を飛んだら死ぬって、そんなの全力で遠慮したい。


 翼があるという魅力的な響きに胸が高鳴ったが、ヘーレスの説明を聞いて、その熱は冷めていった。


「リオンくんなら大丈夫だと信じているけど、この鎧に引きずり込まれないように注意することだね」


 ヘーレスは唇で弧を描くと、白銀の球体を差し出してくる。


 受け取ろうとはしなかった。ヘーレスの手にある白銀の球体を、黙って見つめる。


「どうしたんだい? まさか怖じ気づいたのかな?」


「そんなんじゃないですよ。ただ……」


 勇者候補を拒絶し続けてきて容赦なく呑み込んできた、忌避されるべき鎧を受け取る前に、聞いておかなきゃいけないことがあった。


「その鎧、名前はあるんですか?」


「なんだい? 気になるのかい?」


「名前は大切ですからね」


 どんなモノだって、この世に生まれてきたからには名前をもらいたいはずだ。名前をつけてやることは、存在することのはじまりでもある。授けられた名前を呼んでやることで、そこに意味や価値が生まれていく。


 真剣に聞いてくる俺を見て、ヘーレスはフッとそぞろ笑むと、落ち着きのある声で言ってきた。


「カナタノシロガネ。それがこの鎧の名前だよ」


 名前を教えられると、差し出された球体を受け取った。


 鎧を手渡すと、ヘーレスは後ろに下がっていく。万が一のことを想定して、俺から距離を取ってくる。


 右手のなかにある白銀の球体を見下ろす。心臓が胸を叩く早さが増していく。口のなかに苦みがひろがる。自分で思っていたよりも、ビビっているみたいだ。 


 いつも装着している学生用の鎧とは違い、こいつは相当危ない。獰猛な猟犬のようなものだ。自分という存在を保てるように、強い気持ちを持たないと食い殺される。


 さぁ、いくぞ。


 右手に魔力を集めていき、白銀の球体に流し込んでいく。


 球体が光を放つと、全身が包み込まれた。


 その瞬間――世界が一変する。自分と鎧の境界線が曖昧になり、心がかき乱される。大きくて黒い穴のなかに引きずり込まれていく。引きずり込まれたら、もう二度と戻ってくることはできない。


 学生用の鎧とは比べ物にならないほどの負担が、精神にかかってくる。このまま引きずり込まれたほうが楽になれると、誘惑に負けてしまいそうになる。


 心を強固に持ち続ける。魔術と同じように、イメージをふくらませる。


 ルリア。ダイン。ノエル。そして姉さん。


 みんなと過ごしてきた時間。


 自分という存在を形作っている周りの人達のことを思い浮かべて、自身が崩れないように明確な意識を保った。


 そしたら引きずり込まれそうな感覚が消え失せていく。強張っていた全身の力が足元から抜けていった。


「僕の見立ては正しかったようだね。無事に装着できたみたいだ」


 閉ざしていた目をあける。兜のスリットから、いやらしい笑みを浮かべているヘーレスの顔が見えた。


 生身のときよりも視界は良好だ。体中に目がついているように知覚が広がり、周りの空間をつぶさに把握できる。


 そして手足や胴体には、神秘的な煌めきを放つ白銀の鎧を装着していた。


「まるで物語のなかに登場する聖騎士のような素敵な外見だよ」


 ヘーレスは軽く拍手をしながら賞賛してくる。


 だけどこれは、そんな美しいモノなんかじゃない。


 内側からあふれる凄まじい力を実感する。身体能力も魔力量も爆発的に向上している。


 今なら誰にも負ける気がしない。魔物の軍勢が相手でも、造作もなく一掃できる。


 頭のなかで快楽を促進する液体がドバドバと流れているようで、万能感に酔い痴れそうになる。


 ……危険だ。


 戦闘では圧倒的な力を発揮するバケモノかもしれないが、この鎧は装着者を狂わせる。長く使用し続ければ、装着者すらも殺して呑み込んでくる。


 ヘーレスの言うとおり、とんでもない失敗作だ。


「その鎧の凄さと恐ろしさを体感してくれたようでうれしいよ。それで、気分はどうかな?」


 こんな鎧を着せられた身としては、言いたいことが山ほどある。主に文句ばかり。


 しかし高揚しているからか、頭がうまく働かない。


 なので端的に皮肉をこめて、一言だけ返すことにした。


「……最高に気持ち悪ぃ」





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