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 人心地がついたのも束の間、いきなり校庭側の窓がガンッと開け放たれた。窓枠に足をかけると、中年男性が勢いをつけて教室に飛び込んでくる。


 その奇行に俺たちが目を白黒させていると、男性は着地に失敗。足をもつれさせて盛大にズッコける。生徒たちの前で、両腕と両腕を伸ばしたまま床に突っ伏した。踏み潰されたカエルみたいだ。


「…………」


 俺たち三人が冷ややかな目線を送っていると、男性は床に手をついておもむろに立ちあがる。


 片目をすがめつつ、もう片方の目は見開き、特徴的な鷲鼻をひくつかせながらクックックッといやらしい笑い声をもらす。その表情はどこからどう見ても悪人顔だ。


 肩まで伸びている黒い髪には、どういうわけか木の葉が何枚かついている。着崩している教員用の外套は、裾の部分が黒ずんでいて土埃で汚れていた。


 年齢は三十代後半くらい。勇者学院の教員の一人であり、午後からの授業を受け持っているヘーレス先生が、風変わりな入室をかましてきた。


「やあやあ、三人とも。待たせてすまないね」


 ヘーレスは肘や腰を軽くはたくと、何事もなかったかのように挨拶をしてくる。さっき転倒したときに打ちつけた額は、痛々しいくらいに赤く腫れあがっている。


「……こんにちは、へーレス先生」


「なんにも見なかったことにした!」


「いや、だってルリア。これ反応したら、なんか面倒なことになるぞ」


「ん? なんだい? どうして僕が窓から入ってきたのか気になるのかい? しょうがないなぁ。そんなに僕のことが知りたいなら、かいつまんで話そうじゃないか」


 ヘーレスは猫背になると口の端をつりあげてクヒヒヒヒと笑い、粘つくような視線を向けてくる。


「な?」


「……うん。ごめん。リオンが正しかったね」


 ルリアはまぶたを伏せると、肩を落として反省する。


 左隣にいるダインも、面倒くさそうに眉間の皺を深くしていた。


「校庭の隅で年少の生徒たちと木登りに興じていてね。ついつい童心に返って、夢中になってしまったよ。そしたらいつの間にか授業開始の時間になっていたのさ。なるべく早く教室に入るために、校舎の廊下を経由せずに、外から窓を使ってショートカットを実行した次第だよ」


 なるほど。子供たちと遊んでいたら遅刻してしまったのか。大人とは思えない言い訳だな。


 教員のなかには勇者候補の生徒を怖がる人もいるが、ヘーレスはそういった感情を一切見せずに、友好的に生徒と接してくる。学院にいる大人たちのなかでも奇特な人物だ。


「ヘーレス先生は、小さい子供たちから人気だもんね」


「なんでこんな怪しいオッサンが好かれて、俺が怖がられるんだ?」


 ルリアは困ったように苦笑を浮かべて、ダインは不服そうに愚痴っている。


 ヘーレスは弁が立つ。他人との会話が得意だから、生徒たちからも好かれるのだろう。特に年齢の低い子供たちからは懐かれている。


 それでもどことなく胡散臭さは拭えないので、ここにいる三人は他の生徒たちのようにヘーレスに気を許すことはしない。


「さて、本日の授業だけど」


 ヘーレスは教壇に立つと、俺たちの顔を順番に見回してくる。掌を上に向けると、大仰な仕草で肩を竦めてきた。

 

「困ったことに、学院での厳しい競争を生き抜いてきたキミたちにはもう教えることがないんだよね。自習ということで、好きに喋ってていいよ」


 授業が終わるまで各自で時間を潰せというヘーレスの指示に、ルリアとダインは呆れていた。


 俺もため息をつきたくなる。


 こんなことなら図書室で本を借りてくればよかった。でも図書室の本はあらかた読みつくしているので、もう読む本はほとんど残っていない。同じ本だって、既に何度か繰り返し読んでいる。


 図書室に置かれているのは、どれも学院の検閲を受けた本ばかりだ。外の世界に行けば、学院の調べが入っていない本を読むことができるので、それも卒業後の楽しみだ。


 ちなみにノエルも、俺の影響でよく本を読んでいる。同じ作品でも俺とノエルとでは感想が違うので、そういうのを語り合う時間はおもしろい。


 今は手元に本がないので、授業が終わるまではルリアやダインと雑談を交わすとしよう。


「そういえば、リオンくん。新しい魔術をこっそりと練習しているようだね」


 同級生たちと他愛もない話をしようとしたら、ヘーレスがニヤニヤと笑いながら尋ねてきた。


「こっそりと練習しているのに、なんで知っているんですか?」


「たまたまキミが訓練場で魔術の練習をしているのを見かけたと、他の教員から教えてもらったのさ」


 クックックッと細身の体を揺らしながら、ウソくさい笑みを浮かべてくる。


「習得できたらラッキーってくらの、軽い気持ちで練習していただけですよ」


「リスクがあって使い勝手も悪いから、あんまりお勧めはしないよ。これまで見てきた生徒のなかでも、あの魔術を習得できたのはごくわすかだ。ま、急場凌ぎくらいには使えるかもしれないね」


 覚えたところで有用性は低いと、生徒のやる気を削ぐようなことを言ってくる。ヘーレスなりに助言しているのだろう。


「もうちょっとで習得できそうだから、俺なりにがんばってみますよ」


「そうかい。好きなようにすればいいさ」


 ヘーレスは口角をあげると、それ以上は止めようとせずに俺の判断を尊重してくれた。


 自分の意見を無理に押しつけずに生徒の自主性に任せる。こういうところも、子供たちから好感を持たれているんだろう。


「あぁ、そうそう。もう少ししたら、学院長が外出から戻ってくるそうだよ」


「げっ」


 学院長という響きに、思わず声がもれる。


 ルリアも困ったような顔をしていた。ダインにいたっては、眉間をひそめて露骨に不快感を表している。


 そんな俺たちの反応を見て、ヘーレスは満足そうに笑っていた。やっぱこのオッサンは好きになれない。


「ついでに、おもしろいモノもついてくるそうだ」


「おもしろいモノ?」


「それは内緒だよ。楽しみにしていたまえ」


 ヘーレスは人の悪い笑みを見せてくるだけで、肝心なことは教えてくれない。中途半端に情報を出し渋り、俺たちの反応を楽しんでいる。


 腹が立ったが、それを表情に出してもヘーレスの思う壺なので堪える。


「それとリオンくんは、新しく届いた勇者の鎧の実験を行ってもらうから、授業が終わったら地下の広間に来るように。忘れてはいないと思うけど、一応伝えておくよ」


 もちろん覚えている。できれば忘れていたかったけど、今日は鎧の装着実験をする予定が入っていた。


「あの、どうして新型の鎧が学院に? そんなものが配備されるなんて、これまで一度もなかったですよね?」


「いやいや、そうじゃないよ」


 ヘーレスは人差し指を立てて、左右に振ってくる。


「残念ながら、学院に送られてきたのはリオンくんが期待しているような代物じゃない」


 どういう意味なのか視線で問いかけると、ヘーレスは悪巧みでもするように口角をあげてくる。


「学院に届いたのは、とんでもない失敗作さ」





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