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 上級生になればなるほど、教室の風景は物寂しいものになっていく。最上級生である八年生の授業風景は、とりわけ閑散としている。


 数年前までは同級生が三十人以上いたが、今となっては校舎一階の教室にいるのは俺とルリアとダインの三人だけだ。


 他の同級生たちは、みんな能力不足で退学処分になったり、戦闘訓練で再起不能の重傷を負って学院からいなくなったり、命を落としたりしてしまった。

  

 たくさんの同級生が一つの教室に集まって騒がしくしていた時期が、遠い昔のように思える。


 そんな教室で行われる座学の授業では、大陸の歴史や一般教養などといった、外の世界に出ても問題がないように生きていくための知識を教えられる。生徒同士で戦う模擬戦や、勇者の鎧を装着して魔物と対峙する戦闘訓練に比べれば、怪我の心配がないので安全だ。


 いくつもの空席の長机が並んだ殺風景な教室のなかで、教壇の正面にある最前列の真ん中の席に腰掛けて、担当教員を待ち続ける。


 午後からの授業はとっくに開始時刻を過ぎているのに、教員が現れる気配は一向になかった。


 できれば早く来てほしかった。


 なぜかと言うと、さっきからずっと右隣にいる同級生がジト~とした目つきで、俺を見てくるからだ。その湿っぽい視線に耐え続けるという謎の苦行を課されている。


「なぁ、ダイン。さっきからルリアが無言の圧をかけてくるんだけど? 変な汗が出そうなんだけど?」


「俺に聞くなよ……」


 左隣に座っているダインに助けを請うてみるが、しかめっ面をするだけで問題解決に力を貸してはくれない。


 いくら双子でも、全てを理解できるわけじゃないか。


 親友からの助力は期待できそうにない。仕方ないので、直接お伺いを立てることにする。


「……えっと、ルリア。機嫌が悪そうだけど、どうかしたのか?」


 右隣に座っているルリアのほうに向き直って笑いかける。


 半開きの目でこっちを見ていたルリアは、ムスッと下唇を曲げてきた。


「……リオン。ノエルと結婚の約束をしてるんだ。小さい頃にわたしと結婚するって約束したのに。それなのにノエルとも結婚するんだ。そうなんだ」


「…………」


 なるほど。それでさっきからずっとこっちに無言の圧をかけていたのか。


 ルリアは下級生たちの前では、優しいお姉ちゃんであろうと心がけている。それはノエルの前でも同じだ。ノエルには優しいお姉ちゃんとして接している。


 なのでノエルの前では、いろいろと我慢していたんだろう。


 そしてノエルがいない今は、優しいお姉ちゃんという仮面を外して、我慢することなく本音をぶつけてきているわけだ。


「あれはノエルが勝手に言ってることであって、俺はそんな約束をした覚えはないぞ?」

 

 というかルリアとの約束も、学院に来たばかりの幼い頃に交わしたものだから、とっくに有効期限は切れていると思っていた。……というのを口にしたら、何かが終わってしまいそうなので、絶対に言わないけど。


「だけどリオン、思わせぶりなことばかりしているよね? 最近ずっとノエルとベタベタしているし。今日だって、食堂でパンを口移しで食べてたし」


「食べてないから。俺はきちんと断ったって」


 ていうか見てたのかよ。見てたなら早く止めにきてよ。なんでちょっと待機してたの? 少しゾッとしたんだけど。


「それにノエルのこと、当たり前みたいに膝の上に乗せてたし」


「してないよ?」


「してたでしょ」


「……それはしてただろ」


 堂々とウソをつけば誤魔化せるかと思ったが、右隣からも援護射撃がきた。ダイン、余計なことを。そういうとこだぞ。


「わたしとは、あぁいうこと絶対にしようとしないよね」


「いや、だって同い年だし。ルリアを膝の上に乗せてたらおかしいだろ?」


「そうだよね。わたしとはただの同級生だもんね。やってたらおかしいことを、ノエルとはできちゃうもんね」


 ルリアは「あっははは」と笑いながら、「ただの同級生」という部分をやたらと強調してくる。目だけはぜんぜん笑っていない。


 なんでさっきから責められているんだ? 俺はただ、毎日みんなと仲良く過ごしていただけなのに、どうしてこんなことに……。


 こういうときこそ、親友の助けが必要だ。双子の兄妹なんだから、ダインならルリアを止められるはず。


 オネガイタスケテ、と左隣に座っている親友に視線で呼びかける。


 親友は、サッと目をそらしてきた。


 こいつぅ~!


「……お菓子」


「え? なに? お菓子がどうかしたのか?」


 聞き返すと、ルリアは拗ねたように下唇を突き出していた。


「お昼はわたしと一緒に食堂のお菓子を食べて。そしたら、ノエルとのことは目をつむるよ。ノエルもリオンといっぱいお話したいだろうし」


「そんなことでいいのか?」


「うん。だけど……」


 ルリアは頬を朱色に染めると、上目づかいになって注文を付け加えてくる。


「今みたいに、ちょっとだけイジワルなこと言っちゃうかもだけど、それは許してね」


「ん。まぁ、それくらいなら……」


 ルリアだって、完璧なお姉ちゃんってわけじゃない。不満を口にしたいときだってある。それを聞くのも、友達の役目だ。


「そういうことだから、すっぽかしたらダメだよ」


 ルリアは人差し指を立ててくると、エヘヘとはにかんで笑ってくる。


 機嫌がよくなったみたいでよかった。やっぱりルリアには、笑顔が似合う。この笑顔のために、俺もできるかぎりのことはしよう。





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