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 それからノエルは先ほどの感覚を忘れないように、【光の矢】をまっすぐ飛ばして正面の壁に命中させる練習を繰り返した。


 何事も上達するには反復が必要だ。そして焦らないこと。焦って無茶な努力をしたら、継続するのが辛くなってくる。無理のない範囲で努力して継続することが大切だ。


 毎回命中するわけではなく、何度か外してもいたが、ノエルは明確なイメージをもって【光の矢】を放つことで、着実に命中率をあげていった。


 あんまりやりすぎると疲れが溜まって、午後の授業に支障をきたす。そろそろ止めに入ろうとしたら、ノエルは何かを思い出したようにこっちを見てきた。


「……そういえばお兄ちゃんたちに、話しておきたいことがあったんだ」


「話しておきたいこと?」


「うん。えぇ~っとね……」


 ノエルは下唇に人差し指を当てると、両目を閉じて「むむむっ」と妙な声をもらしていた。


「もしかして、話しにくいことなのか?」


「そうじゃないんだけど……そうなのかな? うぅ~、変なふうに思わないでほしいんだけど」


 しばらく煮え切らない態度を取ってくるが、ノエルは「よし」と頷くと意を決したように真剣な表情になって口を開いた。


「お兄ちゃんたちは、死んだ人たちの声が聞こえたり、姿が見えたりするのかな?」


 ノエルの質問に、ルリアとダインは唖然となっていた。答えを持ち合わせていない問いかけに混乱している。


 俺も少しだけ困惑するが、どういうことなのかノエルに詳しく聞いてみる。


「もしかして、ノエルには死者の声が聞こえたり、姿が見えたりするのか?」


「うん。ここ最近になってからだけどね。学院の訓練で命を落とした子供たちの声が聞こえてきて、その姿がぼんやりと見えるときがあるんだ。何を言おうとしているのかまでは聞き取れないんだけど。お兄ちゃんたちも、こういう体験があるのかなって」


 驚くべきことに、ノエルは霊魂の声を耳にしていたようだ。そういうことは自分以外にも起こりえるのかと、心細そうに尋ねてくる。


 成績が伸び悩んでいたことだけじゃなくて、そのこともノエルを不安にさせていた一因なのだろう。ここは慎重に答えないとな。


「え? こわっ? なに言ってんのおまえ? 頭大丈夫か?」


 どう答えるべきか、俺が思考を働かせていたら、先にダインが無神経極まりない返答を口走っていた。そういうとこだぞ。


「なんだぁ、てめぇ~?」


 ノエルはイラッとしたようで、ニッコリとした花のような笑みを咲かせながらダインのほうに向き直る。


 自分の失言に気づいたようで、ダインは目をそらすと、口のなかをモゴモゴとさせていた。


 呆然としていたルリアはハッとすると、思いっきり拳を振りあげる。


「こ、こらぁ~、ダイン。そういうことは~、えっと……だめなんだよ?」


 どこかのんびりとした声音でダインを叱りつける。迫力は皆無だ。


 俺、ダイン、ノエルに「なにやってるのこの人」という視線を向けられると、ルリアは見る見るうちに顔を真っ赤に染めていった。


「う、うぅ~」


 上手く叱れなかったことが恥ずかしかったようで、ルリアは両手で顔を隠して体を縮こまらせる。


「ルリアお姉ちゃん、かわいすぎだよぉ~!」


「ちょっ、ノエル~!」


 照れるルリアにキュンときたらしく、ノエルは目を輝かせてルリアにムギュッと抱きつく。抱きつかれたルリアは頬を紅潮させたまま、両手をパタパタと振り回していた。


 女の子二人が仲むつまじく抱き合っているのを見て、ほっこりする。


「勇者候補のなかには、亡くなった別の子の声が聞こえたり、姿が見えたりする人もいるみたいだ。そういう話は、前にも耳にしたことがある」


 なにもノエルに限った話ではない。死者の声が聞こえたり、死者の姿が見えていた子供は少数ではあるが、他にもいた。


「例え命を失っても、勇者候補である俺たちはつながっていられる、ってことだ」


 そうだといいな、という希望を込めて言った。そう信じていたほうが、お互いのことを大事に思いあえる。


 ノエルはホッとしたように微笑むと、抱きついていたルリアから離れる。

 

「ほらぁ~、わたしの言ったとおりだったでしょ? まったく、これだからザコザコなダイン先輩は」


「くっ……」


 ノエルが胸を張ってドヤ~と誇らしげに笑ってくると、ダインはすっごく悔しそうにする。「くっ……」って言っちゃうくらい悔しそうだ。


「こんなふうにみんな揃って話ができるのも、あと少しだけなんだね」


 ルリアがしんみりとしながら、呟いてくる。


「わたしは卒業して学院を離れるのが、不安でたまらないよ。壁の外のことは知識でしか知らないし、わからないことだらけだもん。それにもっと下級生の子たちと一緒にいたいし」


 ダインと違って、ルリアは年下の子たちに慕われている。たまに図書室の本を借りて、下級生たちに読み聞かせてあげたりしている。そうやって一緒に時間を過ごすことが多い。


 みんなと別れたくなくて、ここを離れたくないという名残惜しさがある。だからこそ、壁の外という未知の世界に踏み出さなきゃいけないことに、懸念を抱いている。


「俺はさっさとこんなところは卒業したいね。大人たちに見張られて過ごすのには辟易してんだ。今すぐにでも壁を越えて、外の世界に行きてぇよ」


 ルリアとは対照的に、ダインは学院への名残はなく、外の世界に踏み出したいという欲求が勝っているようだ。


「え? え? えっ? なに格好つけてるの? ダイン先輩は下級生たちから好かれていないから、特に思い残すことがないだけでしょ?」


「……余計なお世話だ」

 

 ダインが恨めしそうな目つきで、クスクスと笑ってくるノエルを睨んでいた。図星なんだろうな。


 まもなく行われる卒業試験。その内容は、生徒たちに知らされないのが慣例となっている。実際に卒業試験が行われるまでは、どんな課題を与えられるのか、俺たちが知ることはない。


 だけど、例えどんな難題を突きつけられようとも、三人で合格するつもりだ。


 ノエルとの別れは寂しいが、無事に卒業できれば、ようやくこの学院という檻から出られる。


 あの壁を越えて、夢に見ていた外の世界に行ける。


 自由になりたい。それだけは、消えないように何年も持ち続けてきた夢だ。


 卒業できずに退学処分になったら、別の施設に送られて、また不自由な生活を強いられるかもしれない。 


 そうはなりたくない。俺は絶対にルリアとダインと一緒に卒業して、自由をつかみ取ってみせる。


 それに、姉さんと約束したから。学院を卒業して、必ずまた会うって。


 あの夜に交わした約束を、果たさなきゃいけない。


「本当にお兄ちゃんたち、もうすぐいなくなっちゃうんだね」


 くしゃりとノエルは表情を崩すと、まつ毛を震わせて泣きそうになるのを堪えていた。


 ノエルの気持ちは、痛いほどよくわかる。


 姉さんの卒業が間近に迫ったとき、俺も取り残されるのが寂しくて、不安に押し潰されそうだった。


 あのとき姉さんが俺にそうしてくれたように、今度は俺が、ノエルに声をかける。


「一足先に卒業したら、外の世界でノエルのことを待っているよ。ノエルが学院を卒業したら、そのときはまた、あの壁の向こう側で会おう」


 再会の約束を口にすると、ノエルは呆気に取られていて、つぶらな瞳を大きくしていた。


「わたしも、ノエルのことを待ってるよ。だから卒業までがんばろうね」


「まぁ、しょうがねぇから、待っててやるよ」


 ノエルを励ますように、ルリアも笑いかける。ダインは頭を掻きながら、ぶっきらぼうに再会の約束を取りつけていた。


 先輩三人の言葉を聞くと、ノエルは胸のなかで燻っていた負の感情が消え去ったようで、ぱあっと顔を輝かせる。


「うん。わたしも卒業したら、会いに行くよ。そしたらリオンお兄ちゃん、わたしと結婚しようね」 


「結婚はしないが」


「またまたぁ~」


 ニシシシシと歯を見せて笑うと、ノエルは俺の右腕に両手をからめてきて、もたれかかってくる。小さな体はやわらかくて、甘い花のような香りがした。


「お兄ちゃんたちが卒業するまでは、できるだけ一緒にいるよ。たくさん思い出をつくっておきたいからね」


 ノエルは破顔すると、ほんのりと頬を色づかせて、それが今の自分の願いなんだと伝えてくる。


 その気持ちは、俺もルリアもダインも同じだ。


 この学院のことは、あまり好きにはなれない。ていうか嫌いだ。


 でも、ここにいる勇者候補の生徒たちのことは仲間だと思っている。


 学院を去るまでは、一つでも多く、ノエルとの思い出をつくっておきたい。





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