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「よし。それじゃあはじめるか」


 食堂から室内訓練場に移動すると、同行してきたノエル、ルリア、ダインに声をかける。


 四方にひらけた訓練場は、床も壁も天井も白一色に染められている。体を動かすには申し分ない広さだが、いつ来ても味気ない眺めだ。

 

 使用許可を取るために訓練場の扉の前にいた教員に話しかけたら、顔を引きつらせていた。俺たちを見てそういう反応をする教員にはもう慣れているので、いちいち気にしたりはしない。


「ノエルは魔術の命中率に不安があるんだよな?」


「うん。狙って撃っても当たらない時があるし、調子が悪いときは上手く魔術が発動しなかったりもするんだ……」


 ノエルが自分の成績で不安に感じている点については、移動中に話を聞いておいた。

 

 改めてそのことを語るノエルは歯切れが悪く、なんだかいつもより小さく見える。自信がなくて、萎縮してしまっている。


 魔術は内部にある魔力を出力して、イメージすることで指向性を持たせて発動させるものだ。


 だけど生身の人間では、あまり高度な魔術は使用できない。あらかじめ魔術が刻印された杖や道具などを用いれば話は別だが、その身一つでは高火力の魔術は扱えない。


 そこは普通の人間も、勇者候補である俺たちも同様だ。


 ただし、勇者候補である俺たちは、勇者の鎧を装着すれば高火力の魔術を引き出して使えるし、魔術の発動時間も早めることができる。


 もっとも、勇者の鎧や杖を用いたとしても、傷ついた肉体を癒やすことはできない。神に祈りを捧げて癒やしを得ることができた回復魔術は、既に失われた技術だ。勇者パーティの魔術師ですら、回復魔術は使えなかったそうだ。


 人の傷を癒やす回復魔術は、もはや小説などの物語のなかだけにしかない幻想となっている。


「それじゃあノエル、試しに撃ってみてくれ。そうだな、【光の矢】をまっすぐ飛ばして、あそこの壁に当ててくれるか」


 正面にある白い壁を指差す。俺やノエルの立ち位置から五十歩ほど離れているから、かなりの距離がある。


「うぅ、魔術訓練の授業じゃないのに、なんだか緊張してきた……」


「気楽にやればいいさ。これは別に訓練じゃないんだからな」


 口元を崩して笑いかけると、ノエルはキョトンとする。


 それで少しは緊張がほぐれたのか、一度だけ深呼吸をすると、落ち着いた面持ちになって離れている正面の壁を見据えていた。


 ノエルは右手を前に突き出すと、掌を発光させて【光の矢】を発動する。右手の輝きが一瞬だけ閃き、そこから光で形成された矢が放たれる。


 飛来した【光の矢】は風に乗るように室内を走っていき、弾けるような音を立てて壁に命中する。


 当たった。当たったが、そこは俺は指差した位置から大きく左にそれていた。つまり外れた。


「俺もあんまり魔術の命中精度は高いほうじゃないけど、それにしてもノエルは下手クソだな」

 

「あぁぁん?」


 ダインがボソッと口をすべらせると、ノエルがこめかみに青筋を立てて威嚇する。


「もぉう、ダイン。そういうとこだよ?」


 ルリアが胸の前で両手を握りしめながら注意すると、ダインは気まずそうに口ごもる。


 悪気はないのだが、ついつい心の声がこぼれてしまったようだ。


「やっぱり上手くいかなかったよ」


 ノエルは自分への失望からか、ハァ~と重たいため息をつく。


 俺はなるべく朗らかに微笑むと、ノエルのもとに歩み寄っていき、その肩にそっと手をおいた。


「魔術はイメージに左右される。大切なのは【光の矢】を放つときに、絶対に命中するという明確なイメージを持つことだ」


 勇者の鎧を装着するときも同じで、はっきりとしたイメージを思い描くことが肝要になってくる。イメージ次第で魔術の精度や威力は変動し、戦闘に影響を及ぼす。


「別に壁じゃなくてもいい。何かに当てる情景をしっかりと頭のなかで作り出してから、撃ってみるんだ。ノエルがやりやすいイメージをな」


 助言を送ると、ノエルの肩から手を離す。


 ノエルは目をしばたたかせて、こっちを見あげてくる。俺の言葉の意味を理解すると、ニコッと笑ってきた。


「うん、わかったよ。今度はダイン先輩に当てるところを想像しながら撃てばいいんだね。それなら毎日考えているから簡単かも」


「ねぇ、さらりと怖いこと言わなかった、こいつ?」


 顔をしかめたダインがノエルを指差しながら尋ねると、ルリアは「あっははは」と苦笑していた。


 たぶん冗談だよ。たぶん。


「よ~し、やるぞ~!」


 自分を奮い立たせるために声を張りあげると、ノエルは再び右手を突き出して構えを取った。


 掌が輝き出すと、先ほどよりも勢いよく【光の矢】が放たれる。確固たる意思を持っているように矢は一直線に飛んでいき、狙い違わず正面の壁に命中した。


 放った矢がまっすぐ飛んでいき壁に当たったのを見届けると、ノエルは口を開けたまま固まる。そしてこっちを振り向いてくる。


「当たった! 当たったよ、お兄ちゃん!」


「あぁ。ちゃんと命中したな」


 やったぁ、とノエルは両手を伸ばしてその場でピョンと跳ねる。全身で喜びを表現していた。


 ノエルがはしゃいでいるのを見ると、なんだかこっちまで胸が温かくなる。


「ダイン先輩を的に見立てたら、ちゃんと当たったよ! 今度からは毎回ダイン先輩を殺るイメージで撃てばいいんだね!」


「だね、じゃねぇよ。毎回やるなよ」


 ダインが抗議すると、ノエルはこめかみを拳でこつんと叩いて「てへっ」と舌を出す。そのあざといポーズにイラッとしたようで、ダインは低い声で唸っていた。


 これでノエルが抱えていた不安を、少しは払拭できたようだ。


「リオンお兄ちゃん、ルリアお姉ちゃん。わたしのために付き合ってくれてありがとう。あとついでにダイン先輩もね」


「ついでかよ」


 ししししっ、とノエルは口元に手を当てて笑ってくる。


 視線を横にやると、ルリアと目が合った。

 

 ノエルが元気を取り戻したのを見て、ルリアも安心したようで、軽く肩を上下させて目尻をゆるめる。





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