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冷たいものが降ってくる。
ポタポタと額や頬の上に落ちてきて、弾けている。
暗闇のなかに光が差し込んだ。青空に浮かんでいる太陽の光だ。
閉ざしていたまぶたが、おもむろに開いていく。
「リオン……!」
目を開けたら、ルリアの顔がそこにあった。目元から大粒の涙をこぼしながら、頬が赤くなるほど泣きじゃくって見下ろしてきている。
ルリアは泣きながら笑ってくる。その表情は、喜びに満ちあふれていた。
「やっとお目覚めかよ。これくらいで死ぬような男じゃないだろ」
傍らにはダインもいた。悪態をついてくるけど、安堵したような笑みを浮かべている。
二人とも、壊れたアオハガネを脱いでいる。もう使い物にならないので捨てたようだ。
そして意識が戻らずに眠りについていた俺を、心配していたのだろう。
仰向けに倒れていた上体を起こす。その拍子に、まだ体の手足や肩に残っていたカナタノシロガネの破片が崩れ落ちた。
クロノハオウに激突して、そのまま校庭に落下した際に、白銀の鎧は大破したようだ。
「ついさっきまで、自分のことがわからなくなっていて、鎧に呑み込まれそうになったけど……声が聞こえたんだ」
「声?」
「ノエルの声だ。ノエルが目の前に現れて、そのおかげで、鎧に呑み込まれずに済んだ」
自分でも信じられない体験だった。もしかしたら、幻を見ていたのかもしれない。だけど確かに、ノエルの存在を近くに感じた。幻だとは思えない。
俺の話を聞いてルリアは呆気に取られていたけど、すぐに口元をやわらげて微笑む。
「ノエルが助けてくれたんだよ。リオンのことを、守ってくれたんだよ」
「命を失っても、勇者候補はつながっていられる……だったか。やるじゃねぇかよ、あいつ」
ダインはちょっとだけ唇を尖らせて笑みをこぼす。もしもノエルがそばにいてくれたなら、そう思っているのだろう。
きっと、ルリアの言う通りだ。
ノエルがいてくれたから、俺は帰ってくることができた。ノエルが助けてくれたんだ。
どれだけ感謝しても、しきれない。ありがとうって、いっぱい伝えたい。
こうしてまた、ルリアとダインに会えたことがうれしい。
生きていることが、たまらなくうれしかった。
喜びを噛みしめていると、ハッとして顔をあげる。
音がした。腐食した金属が崩れていくような音だ。
正面に向かって目を凝らす。人影が立っている。
「……姉さん」
その姿を確認すると、ルリアとダインも息を飲んだ。
クロノハオウは大破していて、体のあちこちに鎧の断片をまとっている。兜が剥がれ落ちていて、顔が露わになっていた。肉体は傷だらけで深刻なダメージを負っている。
それでもまだ、アシェル姉さんは立っている。全身から戦意を放ってくる。
地面に手をついて起きあがる。おぼつかない足つきで立つと、姉さんと睨み合う。
ルリアは動揺しつつも身構えている。ダインも苦い顔をしていたけど、いつでも動けるようにしていた。
アシェル姉さんの両目が見開かれる。突き刺すような殺気。姉さんが地面を蹴って、躍りかかってくる。
こっちには戦う余力なんて残っていない。それでも構える。向かってくるというのなら受けて立つ。
閃光が弾けた。血の霧が飛び散る。
「なっ……!」
右の側面から【光の矢】が飛んできた。本来であれば、その矢は俺を射抜いていただろう。
だけど、そうはならなかった。
アシェル姉さんが、俺たちを守るように立ちふさがったからだ。漆黒の鎧が剥がれ落ちたその背中で、飛来してきた【光の矢】を受けていた。
「余計な真似を……。今さら逆らうというのか?」
システィナが左手を構えて立っている。負傷している右肩は血がにじんでいて、外套が赤黒く染まっていた。
「都合のいい道具のままでいればいいものを!」
冷厳な雰囲気をまとうシスティナは、憎々しげな表情で姉さんを睨みつける。
もしも姉さんが庇ってくれなかったら、今ごろ俺は倒れていた。
「お姉ちゃん。わたしたちを……」
「姉さん……」
毒気を抜かれたようにルリアとダインは、傷ついた姉さんを見つめる。
「388号……!」
システィナの左手が光を灯す。次の矢を放とうとする。
「わたしを番号で呼ぶな! わたしはアシェルだ! アシェルっていう、名前があるんだ!」
姉さんは素早く振り返ると、右手を構えて【光の矢】を撃ち出した。
システィナも【光の矢】を放とうとしたが、先んじて放った姉さんの矢が直撃する。光が弾けると、システィナは射抜かれた胸から鮮血をこぼす。
「こいつらはまだ、諦めていないんだ。諦めずに、夢を見ているんだ。だから、邪魔をしちゃいけない……」
姉さんが皮肉げに笑いかけると、システィナは悔しそうに顔を歪める。
その唇がわずかに動くが、何も言葉を発することはできずに、体が傾いていって背中から倒れた。
この学院の長である女の死を見届けると、アシェル姉さんも足元から崩れていく。




