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 不鮮明な意識がたゆたっている。


 水の上に浮かんでいるような、不思議な感じがする。


 周りにある景色は霞んでいて、よく見えない。

 

 カナタノシロガネと一体化しすぎたことで、境界線がわからなくなる。


 鎧に呑み込まれて、自分というものが希薄になっていた。


 ……消えていく。体も、心も。自分という存在が薄まっていく。


 このまま、暗くて大きな穴のなかに引きずり込まれていき、いなくなってしまう。


 リオンという存在は、この世界のどこにも残らなくなる。


 眠りにつくように、意識が途絶えていった。


『…………ちゃん』


 ……声。


 声が聞こえた。


 知っている声だ。


『……リオンお兄ちゃん』


 その声のおかげて、消えかけていた意識が辛うじてつなぎとめられる。


 自分というものを取り戻していく。


 不確かだった目を凝らす。徐々に視界が定まっていく。見えなかったものが、見えるようになっていく。


 そしてボヤけた景色のなかに、彼女がいた。


 もう会うことはできない女の子が。


「……ノエル」


 名前を呼ぶ。


 ぼんやりとだが、ノエルの姿が形を持って、そこにいてくれた。


 ……ノエルが、ノエルが目の前にいる。いなくなったはずのノエルが、また会いにきてくれた。


 今はただ、そのことが、この上なくうれしい。これ以上はないというほどに、胸の奥が歓喜で震える。


『お兄ちゃん。まだダメだよ。ルリアお姉ちゃんやダイン先輩が待っているんだから』


 眠りにつこうとする俺を、そっと起こすようにノエルはやさしい声で語りかけきた。


『自由の翼でどこまでも、どこまでも羽ばたいて。わたしたちの夢を、ちゃんと叶えてくれなきゃやだよ』


 淡い光につつまれたノエルは、穏やかに微笑んでくる。ここにいてはダメだと教えてくれる。


 ……そうだった。俺は帰らないといけないんだ。まだやらないといけないことがあるんだ。


『それから、伝えなきゃいけないこともあるんだ。前はごめんって、謝ってばかりだったから』


 ノエルは悪戯っぽく笑うと、穏やかな眼差しで見つめてくる。


『ありがとう、お兄ちゃん。お兄ちゃんたちがいてくれたから、わたしは学院のなかにいても、毎日が楽しかったよ。生まれてきてよかったって、心からそう思えた。だから、ありがとう。それがわたしの、本当に伝えたかったこと』


 小さな手を伸ばしてくる。やわらかな指先が、頬に添えられるのを感じる。


『わたしと出会わなければよかったなんて、自分のせいだなんて、そんなことは思わないでね。わたしはお兄ちゃんたちと出会えて、幸せだったんだから』


 それだけは本当なんだと、やさしい笑顔で教えてくれる。


 ……そうか。こんな俺でも、誰かの助けになれていたんだ。


 誰かの心を支える翼に、なれていたんだ。


『好きだよ、お兄ちゃん。わたしもずっと、お兄ちゃんのことが大好き」


 はにかみながら笑うと、頬に添えられていた手が離れていく。その小さな手が、俺の胸に触れてくる。


『ちゃんと帰って、ルリアお姉ちゃんとダイン先輩のことを安心させてあげて』


 ルリアの手が、俺を押してくる。


 暗くて大きな穴から引き離されていく。


 同化していた鎧と切り離されて、曖昧になっていた境界線が明確に違うものになる。


 リオンという自分を、取り戻していく。


 光のなかをさまよっていた意識が目覚めようとしている。


 現実に帰ろうとしている。


 その前に、最後に一言だけ。


 ……ありがとう。 


 もう会うことができない女の子に伝えるために、その言葉をつぶやいた。





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