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「づっ……!」
――生きる!
生きて、生きて、生き抜いてやる!
死んでなんてやるもんかっ!
そのことを強く念じる。
負けてなんていられない!
こんなところで、終わってなんていられない!
俺はルリアとダインと一緒に、絶対に、あの壁の向こう側に行くんだ!
「……おまえだって悔しいだろ! こんなふうに使われて! こんな姿に変えられて! はらわたが煮えくり返っているはずだろ!」
呼びかける。
最もそばにいる相手に。一体化している相手に。
身につけた白銀の鎧に向かって、激しく声をかける。
このまま呑み込まれたりなんてしない!
そっちが俺を呑み込もうとするのなら、こっちだってオマエを食いつくしてやる!
俺がオマエを、完全に支配してやる!
「悔しいなら、もっとだ! もっともっともっと! もっと俺に力をかしやがれえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
全力で殴りつけるように、右の拳で自分の胸をブッ叩いた!
金属音が鳴り響く。熱くなる。全身が熱い。肉体だけじゃない。精神も燃えあがる。
ちゃんと呼吸ができなくて、苦しい。
それでも潜る。深く、深く、深く。もっと深くに潜っていく。カナタノシロガネの奥深くに潜って、より一体となって同化率を上昇させる。
極限まで力を引きずり出す。鎧との境界線が曖昧になっても構わない。
限界を超えた向こう側へ――。
その先に手を伸ばす――。
そうして朦朧としていた意識が現実へと帰還する。倒れたまま跳び上がると、両足で直立した。
呼吸が荒い。口からこぼれる吐息から炎のような熱を感じる。
「正気か……! そんな力を使い続ければ、鎧に呑み込まれるぞ!」
姉さんが困惑している。
まともじゃないことをやっているのはわかっている。わかっているが、そうでもしなければ、目の前の人には追いつけない。
命を賭けなければ勝つことができないなら、俺は自身の全てを捧げる。
イメージ――決して折れることのない無敵の剣を思い描く。瞬時に右手のなかに【光の剣】を再び具現化。先ほどよりも熱を帯びた剣から強い力を感じる。
倒すべき相手を見据えると、地面を蹴って直進――スピードが格段に増している。一瞬で肉薄して斬りかかる。
「っ……!」
姉さんは、新たな【光の槍】を具現化して迎え撃つ。
剣と槍が衝突すると、爆音じみた轟きが響き渡った。
斬撃を槍で受けたクロノハオウが後退を強いられる。武器の威力と肉体の膂力でカナタノシロガネが勝っている。
「どうして抗う! どうしてそこまでする……!」
クロノハオウはつま先で地面を蹴った。【光の翼】を羽ばたかせて飛翔する。
太陽の光を遮るように空高く舞い上がると、鎧の周りに無数の円を描く光が浮かびあがり、こちらを見下ろしながら【魔法陣】を展開してくる。
「おまえもいつか現実を知って、わたしに追いつく! この世界には自由なんてないことを知って、絶望する! どんなに理想じみた夢を見たって、その先には何もありはしないんだ!」
空から聞こえてくるのは、悲痛な慟哭だった。
姉さんが胸のなかに負ってしまった深い傷だ。
いずれは俺もそうなってしまうと、あの人は知っている。
それを、全力で否定する。
「俺の限界を勝手に決めてんじゃねぇ! それは理不尽な現実に直面してつまづき、立ちあがることを忘れてしまった、アンタの限界だ!」
イメージ――空に浮遊している【魔法陣】を凌駕する。頭のなかが焼き切れそうになるが、知ったことか。自身の周辺に数多の【魔法陣】を展開する。
「俺はアンタを超える! 姉さんを追い越して、もっともっと、その先へと進んでいく!」
クロノハオウが赤い槍を振り下ろすと、空中に浮遊している無数の【魔法陣】が輝き出し、【光の矢】が豪雨となって降り注いだ。
対抗する。必中をイメージし、展開した全ての【魔法陣】から【光の矢】を撃ちまくる。
上空と地上から撃ち出された矢が、激しい勢いで衝突する。中空でいくつもの閃光が散っていく。
より多くの【魔法陣】を展開したことで、火力で圧倒していた。クロノハオウはこちらの【光の矢】が直撃しそうになると、槍を使って弾いていく。
まだ足りない。物量で勝っても、決定打にはなりえない。
だからもっとだ。もっとカナタノシロガネから力を読み込む。姉さんの領域に達するための魔術を発動させる。
イメージする。どこまでも、空高く羽ばたいていける翼を――ずっと憧れつづけていたものを――。
背中に魔力を集中させる。焼けるような熱さを感じると、極大の光が噴き出した。急速に成長する大樹のように光が拡大していき、一つの形を成していく。
七色に輝く【光の翼】が、カナタノシロガネの背中から生み出される。
これなら、姉さんのもとにたどり着ける。
イメージ――空を飛ぶことを。どこまでも羽ばたいていけることを。
大地を蹴ると、体が浮かびあがる。まるで使い慣れた肉体の一部のように【光の翼】が羽ばたき、空へと飛翔する。
「おまえも翼を……!」
クロノハオウが展開している【魔法陣】が瞬き、夥しい【光の矢】が放出される。
防ぐことも、避けることもしない。風圧を感じつつ、降り注ぐ光の雨のなかを突き進んでいく。矢に当たっても勢いを落とすことなく、両翼を羽ばたかせて上昇する。
空を飛んで、ひたすら姉さんとの間合いを詰める。
「俺にはルリアが、ダインが、ノエルがいてくれる! つまづいても、手を引いてくれる仲間たちがいる! みんながいるから、何度だって立ち上がれる! みんなの存在が、俺の進むべき道となる! みんなの想い、その一つ一つが、俺の翼となって、力を与えてくれるんだ!」
熱い。全身が焼け焦げる。力を引き出しすぎたことで魔力の奔流がほとばしり、白銀の鎧が赤熱する。
姉さんは【光の槍】を逆手に握り直す。魔力を集束させていく。煌々と輝く槍が肥大化していった。
流れるような所作で腕と腰をひねると、巨大化した真紅の槍を投擲してくる。
凄まじい速度で落下してくる巨大な槍を見あげてイメージする。あの槍を斬り裂くための刃を思い描く。左手のなかにもう一振りの【光の剣】を具現化する。
両手に握った【光の剣】を水平に構えると前方に突き出す。猛然と迫ってくる巨大な槍のなかに突っ込んでいく。
――閃光。空中を焼きつくす爆炎の荒波が吹き荒れる。
その衝撃で、突き出していた二本の【光の剣】が粉々に消滅する。赤熱する白銀の鎧は到るところに亀裂が走り、とっくに限界を迎えている。
それでも翼を羽ばたかせる。爆炎のなかを突っ切って、もっと上へと飛翔する。
「どんな困難が待っていようと、どんな絶望が待っていようと、乗り越えてみせる! どんな壁があっても突破する! この翼はいつだって、いつまでだって輝き続ける! 決して消えることのない、俺の夢なんだああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
飛翔するカナタノシロガネが輝きを強めていき、炎上する。
止まることなく上昇していって、姉さんの姿を、この目に捉える。
クロノハオウに向かって、カナタノシロガネを突っ込ませていき激突させた。
――大気が震撼する。青空を灼熱に変えるほどの爆破が起きる。
俺も姉さんも、猛炎のなかに包み込まれる。
まばゆい光に視界を埋めつくされて、何も見えなくなった。
意識が、大きな光のなかへと吸い込まれていく。




