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――全速力。一瞬も立ち止まらずに地下を駆け抜けていく。恐るべき速力を発揮して突き進む。目に映る景色が高速で流れていく。
校舎の一階に着くと、割れた窓から飛び出す。日の光を浴びて校庭まで舞い戻る。
砂埃を散らしつつ地面を滑って着地し、状況を把握する。
「……リオン!」
「やっと来たか……」
ルリアとダインが生きている姿を目にして、人心地がつく。
二人とも満身創痍だ。青い鎧はほとんどが剥げ落ちていて、兜も砕けて素顔が見えている。装着していたアオハガネは大破していて、生身の肉体が露出していた。
二人とも死に物狂いで耐えてくれていたみたいだ。
白銀の鎧をまとって現れた俺を見て、ルリアは笑っていたが、その表情が戸惑いに変わっていく。
「ヘーレス先生は……?」
あの男の姿が見当たらないことに、ルリアは疑問を抱く。
ルリアの問いかけに、俺はかぶりを振ることで答えた。
ルリアは顔をくしゃりとさせる。ノエルが命を落とした原因をつくった相手とはいえ、ヘーレスとは長い付き合いだ。その死を知れば、心に暗い影を落とさずにはいられない。
「勝手に死にやがって。これじゃあ直接手を下せねぇじゃねぇか……」
ダインは歯痒そうに傷だらけの拳を握りしめる。憎い相手が死んだというのに、気分が晴れることはない。
「……あとは俺がやる」
二人とも下がっているように伝える。
ルリアとダインは顔を見合わせると、素直に従ってくれた。俺のことを信じてくれている。
二人が離れていくと、正面にいる人を見る。
クロノハオウを装着した姉さんは、赤い輝きを帯びた【光の槍】を握っていた。漆黒の鎧は無傷だ。二人を相手に、一方的な戦いをしていたのがうかがえる。
「学生用の鎧ではないな。学院に送られてきたという例の失敗作か」
カナタノシロガネについては、姉さんも情報を知っていたようだ。
「抗っても無駄だということを教えてやろう」
カナタノシロガネを装着したところで、姉さんにとっては脅威にはなりえない。自分の勝利は揺るがないという確信を抱いている。
クロノハオウの周辺に無数の円が描かれていく。【魔法陣】が配置される。二十、三十、四十とその数が急増していく。
こちらもイメージ――相手に負けないほどの数を思い描く。カナタノシロガネから【魔法陣】を読み込むと精神が乱れた。奥歯を食いしばって正気を保つ。おいていかれるわけにはいかない。有りっ丈の【魔法陣】を展開する。
そしてクロノハオウの周辺に配置された【魔法陣】が一斉に輝き出した。すかさずこちらも展開していた【魔法陣】を輝かせる。
姉さんが右手に握った槍を振るうと、それを合図となって無数の【魔法陣】から【光の矢】が放出される。同時にこっちも【光の矢】を一斉に撃ち出す。
流星雨さながらの光の豪雨が駆けていき衝突する。数え切れないほどの火花が散り、空中で間断なく閃光が弾ける。
「ぐっ……!」
両腕を交差させて防御の姿勢を取った。
火力で負けている。向こうのほうが、展開した【魔法陣】の数が多い。何発かの【光の矢】が飛んできて、カナタノシロガネに直撃する。肉体に衝撃が走り、白銀の鎧を通して熱と痛みを感じた。
高性能の鎧を装着したというのに、姉さんには届かない。越えられない壁がある。幼い頃から感じていた力量の差は、どうあっても覆せない。
「――リオン。おまえでは、この領域に達することはできない」
無数の【魔法陣】が消失すると、クロノハオウは地面を蹴って跳躍。高く舞い上がると、漆黒の鎧の背中から光彩が放たれる。あふれ出す輝きは空を覆うほどにひろがっていき、大きな両翼を形成する。
【光の翼】を生やして空から見下ろしてくると、クロノハオウは槍を構えて滑空――迫り来る。
イメージ――切れ味の鋭い刃を思い描く。一振りではダメだ。足りない。両手に熱を感じる。二つの掌が輝く。【光の剣】を左右の手に一本ずつ具現化して握りしめる。
急降下してきたクロノハオウは、赤く光る槍から電光石火の連撃を繰り出す。二振りの剣を振るい、刺突を弾いていく。刃と穂先がぶつかると、肉の焼けるような音が鳴った。
だが二刀流の斬撃でも、全てはさばききれない。致命傷だけは避けようとする。【光の槍】がカナタノシロガネの肩や膝をかすめ、傷をつけて、鋭い痛みが走った。
反撃を試みて一撃を叩き込むが、クロノハオウは【光の翼】を羽ばたかせて後退し、造作もなくかわしてみせる。刃で斬れるイメージが湧かない。
模擬戦のときとは比べ物にならないほどのスピードとテクニックだ。あのときは本当に手加減してくれていたんだ。
「その鎧を装着すれば、わたしに勝てるとでも思ったか?」
そして、もう姉さんは手加減してくない。
クロノハオウの握る槍の穂先が赤々と輝き出すと、槍そのものが伸長する。間合いをあけたところから攻めかかってくる。
伸びた穂先が屈曲し、あらゆる角度から強烈な刺突が飛んでくる。
二本の【光の剣】で弾こうとするが、対応できる速度ではない。伸縮自在の刺突によって肩や足がえぐられる。白銀の鎧に亀裂が生じ、痛みと熱が激しく伝わる。
「っ……」
視界が傾いた。体勢を崩しそうになる。
その機を逃すことなく、クロノハオウは踏み込んでくる。右手に魔力を集束させていく。逆手に握り直した槍が、灼熱の炎のごとく真紅の輝きを発する。膨張して巨大な槍へと変貌していく。
――来る。そう思ったときには、姉さんは至近距離から巨大化した槍を投擲していた。
二本の【光の剣】を交差させて構える。しかし巨大な槍の勢いをとどめることはできず、二本の剣は粉々に砕け散った。真っ赤な光に目の前が埋めつくされる。
この世の終焉を告げるような轟音を耳にすると、肉体が宙に投げ出された。
全身に痺れを感じる。気づけば青空を見あげていた。地面に仰向けに倒れている。装着した白銀の鎧は、あらゆる部位が焼けただれて煙をあげていた。
体中の感覚が麻痺している。もうまともに痛みを感じることさえできなくなっていた。
なんで? どうして? そんな疑問が浮上する。
どうして、カナタノシロガネを身につけても、姉さんに追いつくことができないんだ?
ルリアとダインを助けることもできずに、このままやられてしまうのか?
このまま、倒れてしまうのか?
そしてまた、あの感覚が訪れる。
暗くて大きい穴のなかに引きずり込まれていく。装着した鎧が、俺を呑み込もうとしている。
一度引きずり込まれたら、二度と戻れなくなる。
この世界から跡形もなく消滅する。
そしたらもう……大切な人たちに会うことができない。




