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 電撃が走るように、目の前がチカチカと光った。【身体強化】を使用した影響で体中の筋肉が軋み、その痛みで視界が不確かになる。

 

 校舎内に踏み込むと、ヘーレスに連れられて地下へと降りた。ここにはまだ教員や魔物たちの死体が残っていて、通路の壁際に押しやられている。


「大丈夫かい? 反動がだいぶキツイようだけど。だからその魔術はお勧めしないんだよ」


 隣を走るヘーレスが冗談でも言うような軽い口調で話しかけてくる。身を案じてくれているわけではないのだろう。


「キツイから休ませてください、って言っても休ませてはくれないですよね?」


「当たり前じゃないか。校庭ではキミのお友達が頑張っているんだ。それにリオンくんは、どんなにボロボロになっても絶対にそんなことは言わないだろ?」


 こちらの内心を見透かすように笑ってくる。癇に障る笑みだ。


「そろそろだね」


 ヘーレスは口元の笑みを絶やすことなく、ほの暗い前方の通路を見る。


 ここまで教員に鉢合わせすることはなかったが、カナタノシロガネが保管してある地下の広間には何人かの教員が配置されているはずだと、ヘーレスは推測していた。


 曲がり角を進んで広間に踏み込むと、はたしてその推測の正否が判明する。


「なぜここに! 今ごろ卒業試験が行われているはず……!」


 広間にいた教員の数は全部で三人。みんな俺たちを視認すると、一様に立ち竦んでいた。


 両足に痛みがかかることも意に介さず疾走する。手近な教員のもとから順番に迫っていき、拳で顎を的確に打ち抜いて昏倒させていく。


 五秒とかからずに、三人の教員は床に転がった。


 ダメ押しとして、ヘーレスは倒れている三人の教員たちの顔に右手を寄せて、紫色の霧を吸い込ませることで、更に意識を遠い彼方へと飛ばす。


「これで当分は、この三人が目覚めることはないよ」


 ヘーレスは肩を揺らしながら満足げに笑うと、広間の奥に向かって歩き出す。


 壁際にある長机の前まで行くと、その上に置かれている鉄箱のフタを開ける。箱のなかには、禍々しい気配を放つ白銀の球体が入っていた。


 ヘーレスは唇の端をつり上げると、白銀の球体を手に取った。


 がくりと膝が抜けたように上半身が傾く。後ろから飛んできた光が脇腹に命中して、ヘーレスの着ている外套が赤く染まった。


「……やれやれ、参ったね」


 ヘーレスはなんとか踏み堪えると、顔をしかめながら後ろを振り返る。


 すかさず俺も、広間の出入り口に視線を向けた。


「システィナ……」


 広間の出入り口には、冷厳な雰囲気をまとったシスティナがいた。両脇には二名の教員を引き連れている。そのうちの一人が右手を突き出していた。先ほどヘーレスに向けて【光の矢】を放ったのは、その教員だ。


 システィナは俺とヘーレス、意識を失っている三人の教員、ヘーレスが握っている白銀の球体と、素早く視線を移していき状況を把握してくる。


「学院長。生徒たちの卒業試験を見届けるために、訓練場にいなくてもいいんですか?」


 ヘーレスは脇腹の痛みを堪えて顔を引きつらせつつ、システィナに向かって笑いかける。


「黙れ。貴様の戯れ言に付き合うつもりはない」


 システィナは踏み潰した羽虫でも見下ろすような酷薄な眼差しをヘーレスにそそぐ。荒々しい語気には怒りが垣間見えた。


「444号たちが室内訓練場に現れないので嫌な予感がした。正面玄関には388号を配置させている。アレに対抗するとしたら、真っ先にここにある鎧を取りに来るはずだと踏んでいたが……どうやら的中したようだな」


 そのことを見越して、わざわざここまで足を運んだのか。


「正面玄関や校庭が騒がしいようなら近寄るなと、他の教員たちには言い渡してある。バケモノ同士の戦いに巻き込まれて、これ以上人員が減っては困るからな」


「それはそれは、部下想いなことで……」


 辛うじてヘーレスは笑みを保っているが、脇腹から流れ出す血は止まらない。顔が汗ばんできている。


「貴様のことは以前から目をつけていたが、反抗勢力の間者だと確信を持つには到らなかった。こうなるのであれば、他のネズミどもと同じく狩っておくべきだったな。学院の被害を考えれば、今さら貴様一人を殺したところで釣り合いは取れないが」


 怪しんではいたが、なかなか尻尾を出さないヘーレスを始末することはしなかった。だが、それもついさっきまでの話だ。


 この広間に踏み入った瞬間に、システィナにとってヘーレスは確信を持って殺すべき相手となった。


「学院長は怖い人だ。僕と同じで目的のためなら手段を選ばない。まるで生きた武器だね」


 人でありながら人の心を持ち合わせていないと、ヘーレスは自分とシスティナのことを皮肉ってくる。

 

「……やれ」


 ヘーレスの言葉に耳を貸すことはしない。システィナは眉一つ動かさずに殺すように命じる。


 両脇に控えている二名の教員は右手を輝かせる。ヘーレスは反撃しようとするが、脇腹の傷のせいで反応が鈍くなっている。


 二名の教員の手元が明滅した。二本の【光の矢】が放たれて、ヘーレスを狙う。


 火花が散る。閃光が弾けて、光が打ち消された。俺が連続で放った二本の【光の矢】が教員たちの【光の矢】とぶつかって、弾け飛ぶ。


「素晴らしいよ、リオンくん」


 薄い笑みを浮かべるとヘーレスは左手を構える。光が瞬くと、システィナのそばにいた二名の教員が仰け反って床に転倒する。


 ヘーレスが二連射で放った【光の矢】が、二人の教員の胸を打ち抜いて血を噴き出させる。あれではもう助からない。


「チッ!」


 システィナは忌々しそうに右手を突き出す。その手から矢が放たれるのに先んじて、俺は【光の矢】を撃ち込んでいた。


 システィナは目を見開くと避けようとするが、放った矢は右肩をかすめて鮮血を飛び散らせる。


「444号……!」


 右肩を負傷すると、システィナは烈火のごとき怒りを燃やして凄んでくる。強烈な殺気を帯びた眼差しだ。


 その勢いに臆することなく睨み返す。


「俺を番号で呼ぶな! 俺には名前があるんだ! リオンって名前が!」


 大切な人からもらった、大切な名前だ。


 もう誰にも、番号なんかで呼ばせたりはしない。


 右手を向けて、負傷しているシスティナに狙いを定める。ためらうなと自分に言い聞かせてイメージを固めると、【光の矢】を放った。


 まっすぐに飛んでいった矢が弾ける。壁に当たった。外れた。システィナが素早い身のこなしでかわした。


 システィナは憤怒の形相で俺を睨みつけると、出入り口から去っていった。一人では対処できないと判断して、逃げていく。


 追いかけることはしない。今は他にやるべきことがある。





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