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「キミたちの勝利を祈っているよ」


 ヘーレスは巻き込まれないように脇のほうへと歩いていった。この場では役には立てないと、わきまえているようだ。


 両隣に立っているルリアとダインに目配せをする。二人とも頷いた。三人で同時に右手を突き出して構える。


 イメージ――矢が姉さんに命中する瞬間を思い描く。そんなことはありえないという雑念が混じる。それを振り払って、確固たるイメージを思い浮かべる。


 三人の右手が輝き出す。ルリアとダインもイメージを生み出せている。三本同時に【光の矢】を撃ち放った。


 すかさず姉さんも右手を構える。掌に輝きが灯ると、凄まじい速度で光が明滅を繰り返し、【光の矢】が三連発で速射される。 


 俺たちと姉さんとの間で、三つの閃光が弾ける。


 三人で同時に放った【光の矢】は、姉さんが一人で放った【光の矢】によってことごとく打ち消されてしまう。


 勇者の鎧を装着しての戦闘だけでなく、生身での戦闘においても圧倒的であることを見せつけられる。


 姉さんは軽く鼻を鳴らすと、地面を蹴った。長い黒髪を揺らめかせながら駆け出し、距離を詰めてくる。


「俺が行く!」


 咄嗟にダインが飛び出す。真正面から姉さんに立ち向かう。


 恐ろしい速度で迫ってくる姉さんに向けて、ダインは握り固めた拳を叩きつける。


 姉さんは片足でダンッと床を踏みしめて立ち止まった。流れるような動きで右手を回して円を描くと、飛んできたダインの拳を軽くさばいてみせる。 


 拳を受け流されたダインは唖然とすると、肉体の均衡を保てなくなりつまづきそうになる。


 そこに姉さんの左拳が炸裂する。破裂音と聞き間違えるほどの強烈な音。顔面に鉄拳を叩き込まれたダインは血を吹き出しながら殴り飛ばされ、冗談みたいに床を跳ねて転倒した。


「がっは……!」


 横倒しになったダインは鼻と口から鮮血をこぼして咳き込む。


 間髪入れずに俺とルリアはイメージをふくらませると、再び【光の矢】を発射。二条の光が空間を裂くように飛んでいった。


 姉さんは冷静な面持ちのまま、軽快なステップを踏んで左右に動く。蛇行するような軌道で走り、二本の【光の矢】をかわしてみせる。そのまま速度を落とすことなく疾走し、ルリアのもとまで肉薄してくる。


 反射的にルリアは拳を繰り出そうとするが、先んじて姉さんの放った前蹴りが直撃。胸と腹の間を蹴り飛ばされたルリアは体ごと吹き飛ばされ、壁に背中を強打する。

 

 ごほっ、とルリアの口から音がもれる。そのまま床に崩れ落ちていく。


 二人が倒れてもイメージを継続させる。まだ諦めない。


 右手で姉さんに狙いをつけると、【光の矢】を撃ち放つ。


 ところが、姉さんに届く前に矢は細かな光の粒となって飛散した。姉さんが瞬時に放った【光の矢】によって、相殺される。


 姉さんは右手を突き出したまま、続けて【光の矢】を連射してくる。


 右足に力を込めて真横に跳ぶ。数瞬前まで立っていた場所を、姉さんの【光の矢】が通過する。


 そして左足で地面を踏みしめると、驚愕する。そのときには既に姉さんが眼前まで迫ってきていた。瞠目しつつも反射的に右拳を打つ。


 天地が何度も逆転する。胸の辺りを中心として重たい激痛が肉体に浸透した。息苦しくて咳き込む。


 なんだ? なにが起きた? 思考を高速で回転させる。


 ……いつの間にか床の上に仰向けになって倒れていた。


 距離をあけたところには、アシェル姉さんが立っている。


 俺が殴るよりも先に、姉さんの放った拳が胸に当たったんだ。信じられないほど鋭くて速い、強烈な打撃。あまりの威力に、体の芯がぐらつきそうになって視界が何度かボヤける。


「その程度では、一生かかってもわたしには追いつけないな」


 姉さんは右手を下ろして構えを解くと、暗い瞳で見つめてくる。深い闇をたたえた両目には、床に這いつくばる俺の姿が映し出されている。


「これでわかっただろ? 抗ったところで、どうにもならないと」


 感情の乏しい声で「諦めろ」と言ってくる。


「づっ……!」


 床に手をつき、両足に活力を込める。腹の底に力を入れて、立ちあがる。


 殴られた衝撃で体は重くなり、呼吸がうまくできない。下半身が震えている。だけどその場に踏みとどまり、悠然と佇む姉さんと向かい合う。


 俺だけじゃない。ルリアとダインもその足で立って、姉さんのことを見つめていた。


「今の姉さんは、外の世界で辛いことを体験したせいでつまづいて、落ち込んで立ちあがれずにいるだけだ。また少しずつでいいから、自分の信じた道を進んでいけばいいんじゃないのか? そうすればまた、忘れていた夢を取り戻すことができるんじゃないのか?」


 掌の皮が裂けそうなほど強く、拳を握りしめて語りかける。 


 もう夢を見ないと姉さんは言っていた。確かに、一度は諦めてしまったのかもしれない。


 それでもまた、何度だって夢を抱くことはできる。


 その胸に熱を灯すことは、今からだってできるはずだ。


「…………」


 姉さんはどこか遠くを見ているような、白けた表情をしていた。


 フッと薄紅色の唇を曲げて、小さく笑ってくる。喉を鳴らすと、徐々に笑い声が大きくなっていく。


 姉さんは天井を振り仰ぐと、狂ったような哄笑を響かせてきた。

 

 ゾッとするような笑い声だ。


「まるで昔の自分を見ているようだな。リオン、おまえはわたしの間違いそのものだ。外の世界に行けば自由があるなどと、ありもしない幻想を見てしまい、おまえにまで夢を与えてしまった。後悔でしかない」


 笑い声が止まる。魂が抜けた死人のような空虚な顔つきになる。


 姉さんは心を閉ざしたまま、冷え切った瞳をしている。


 ……俺の言葉は届かなかった。


 胸が痛い。殴られたのとは別の痛み。自分では姉さんの心を動かすことはできないという、無力感に打ちのめされる。


 ……それでも、負けるわけにはいかない。


 息を吐いて呼吸を整えると、ルリアとダインに目を向ける。


「アレをやる」


 すぐに二人とも意図を察してくれたようで、表情を固くしていた。


「できるのかよ?」


「あぁ、やってみせる」


 完璧とは言えないまでも、成功率はそれなりに高い。何がなんでも決めてやる。


「リオン……」


 ルリアは心配しつつも眉を逆立てると、応援するように見つめてくる。背中を押されているようで、気力が湧いてきた。





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