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「えぇ~っと……」


「なにやってんだ、おまえら?」


 回想にふけっていると、一組の男女が近づいてきた。二人とも困っているような、呆れているような、微妙な表情をしている。


 そういう反応になるのも無理はない。なんたって俺の膝の上に乗っかっているノエルが、グリグリと頭頂部を胸に押しつけてきているんだからな。なんだこれ?


 戸惑いつつも笑っている女の子のほうは、ルリア。穏やかで端整な顔立ちをしていて、雪のような白いふんわりとした髪を肩口までのばしている。瞳の色も白くて、その眼差しにはやわらかさがある。


 そんなに身長は高くないが、制服越しでも女性らしい豊満なスタイルをしているのが見て取れる。


 呆れながらこっちを見てくる男子のほうはダイン。粗野な雰囲気をまとっているが秀麗な目鼻立ちをしていて、白い髪を短めに切りそろえている。髪と同じ色をした白い瞳は遠慮がちではあるけど、卑屈な視線をこちらに向けていた。


 制服を着ている体は上背があって、程よく筋肉がついていて、よく鍛えられている。


 そしてこの二人は、どことなく顔立ちが似ている。


 というのも、ルリアとダインは双子の兄妹だからだ。


 年齢は俺と同じ十五歳。


「わたしとリオンお兄ちゃんが結婚しようって、話をしていたんだよ。わたしたち将来を誓い合った仲だから」


「俺の記憶が正しければ、そんな誓いを立てた覚えはないが?」


「もぉう、お兄ちゃんってば恥ずかしがり屋さんなんだからぁ。いくら拒んでもダメだよ。これは強制イベントだからね。回避不可能な絶対運命なんだよ」


「そこまでいくと、運命というか、もはや呪いの類にしか思えないな」


 俺とノエルのやりとりを聞くと、ルリアは乾いた笑みをもらし、ダインは呆れたように目を細めていた。二人とも微妙な顔をしたまま、俺たちの対面に腰を下ろす。


 椅子に腰掛けると、ダインは陰気な空気をまといながら肩を落としてきた。


「ダイン。もしかして、またやらかしたのか?」


「ん。まぁな」


 歯切れの悪い返事をすると、横目でチラチラとこっちを見てくる。気分が沈んでいるみたいだ。そういうときは、誰かに吐き出したほうが楽になる。


 視線で促すと、ダインは唇をモゴモゴとさせながら打ち明けてきた。


「成績のことで不安になっている下級生がいたんだよ。それで励まそうとしたんだが……その、なんだ。うまく言葉が見つからなくて、俺の言い方がぶっきらぼうだったっていうか……」


「キツイ言い方をして、また下級生の子を泣かせてしまったのか」


「……あぁ」


 きまりが悪そうに目をそらしてくると、ダインは指先で頬を掻く。


 ダインは人当たりがあんまりよくないからな。そのせいで下級生に恐がられて、泣かせてしまうことが度々ある。本人もそのことを気にしているみたいだ。


「クズだね」


「いや、別に泣かせたくて泣かせているわけじゃねぇよ」


 ノエルがニッコリと微笑みながらズバッと舌鋒鋭く指摘すると、すかさずダインが反論してきた。


「若い子との接し方とか、ホントによくわかんねぇんだよ」


 ガリガリと頭を掻きながら、ダインは愚痴をこぼす。


 まだダインだって若いのに、もう若者との会話に困っているようだ。


「えっと、そのことを聞きつけてわたしがダインを叱ろうとしたんだけど、迫力不足でなんだかグダグダになっちゃって、下級生の子たちまで困らせちゃったんだ」


 あっははは、とルリアが頬を染めて笑う。


 その場に居合わせた下級生たちは、さぞ困惑しただろう。


「ルリアお姉ちゃんは叱るのが下手だもんね。わたしだったらダイン先輩をボロクソに貶しまくった後にシバキ倒して、もう二度と逆らえないようにするのに」


「おまえのそれは叱るのを通りこして、俺をなぶり殺しにきてるからな」


 ダインが薄目で睨みながら抗議すると、膝の上に座っているノエルがニコッとした。悪意しかない笑顔。


 他の下級生たちとも、これくらい打ち解けて話せればいいんだが……ダインに遠慮なく暴言を吐ける下級生は、ノエルくらいだから難しいな。


「あっ、そうだリオン。ヘーレス先生から聞いたよ。朝の訓練、いつもより魔物が凶暴になってて大変だったって」


 ぐいっとルリアはテーブルに身を乗り出してくると、きれいな形をした眉を下げてくる。


「あぁ。最後は魔物に仕込まれていた【自爆の魔術】が発動して、吹き飛んだけどな」


 おかげで俺が手を下すまでもなく、体が半分だけになっていた魔物は粉々に飛び散った。できれば教員たちには、もっと迅速に対応してほしかったよ。


「なんでそんなことが起きたんだよ? 俺たちが戦うのは、学院内で管理されている訓練用の魔物だろ? いきなり凶暴になるなんておかしいだろ?」


「理由を聞いても原因不明の一点張りだったよ。ヘーレス先生も『調べておくよ』と言って、ニヤニヤ笑いながら何も教えてくれなかった」


 その騒動のせいで、いつもより訓練が終わる時間が押してしまい、食堂にやって来るのが遅れてしまった。おかげで俺は甘味を食べ損ねるという悲劇に見舞われている。


「わたしもお兄ちゃんのことが心配だったよぉ~」


 ノエルは俺の背中に両腕まわしてくると、ギュ~と思いっきり抱きついてくる。


「二人が見ている前でそんなふうに抱きつかれると、さすがに恥ずかしいから離れてもらえないか?」


「やだ」


 やだって。えぇ~、やなの?


「だって、もうすぐお兄ちゃんたちとはお別れなんだもん。できるだけリオンお兄ちゃんのエネルギーを摂取しないと」


 ノエルは拗ねたように唇をとがらせて呟いてくる。


 近ごろやたらとベタベタしてくるのは、そういう理由からか。


 八年生である俺とルリアとダインは、卒業試験が間近に迫っている。卒業試験を無事に合格できたら、この第四勇者学院とはお別れだ。そうしたら……。


 窓のほうに視線を向ける。学院を取り囲んでいる白い壁が遠目に見えた。ずっと俺たちの前に立ち塞がってきた壁。見あげるほど高く、外界を遮断して、この学院のなかに生徒たちを閉じ込めている。


 学院を卒業すれば、あの壁の向こう側に行ける。自由な世界に。


 ノエルは俺から手を離すと、眉間を寄せながら不満をこぼす。


「わたし、リオンお兄ちゃんとルリアお姉ちゃんがいなくなったら寂しいよ」


「……俺は?」


 ダインが聞き返すと、ノエルは真顔で「えっ?」と驚いていた。


「えっと、ごめん。ちょっとどういう意味かわかんないかも?」


「いや、なんでだよ。わかんだろ? 俺もいなくなるから寂しがれよ」


「あ~、うん。寂しい寂しい」


「こいつ……」


「あっははは、冗談だってば。ダイン先輩がいなくなったら、からかう相手がいなくなって寂しいよ。だからそんな怖い顔しないで。あんまり怖い顔していると、下級生たちからもっと敬遠されちゃうよ?」


 ノエルが悪戯っぽく笑いかけると、ダインは顔をしかめて唸っていた。


 気にしていることを指摘されて悔しいのと、ちゃんとノエルが寂しがってくれるのがうれしいのとで、複雑な心境みたいだ。


「卒業試験を受けられるだけで、お兄ちゃんたちは十分すごいよ。さっきダイン先輩が言っていた下級生じゃないけど、大半の生徒は能力不足で退学になっちゃうから。自分の成績が心配になるのも無理ないよ」


 ノエルの声は、徐々に尻すぼみになっていった。不安なのはノエルも同じのようだ。


「わたしだって、お兄ちゃんたちほど優秀ってわけじゃないもん。最近は成績があんまり伸びてなくて、ちゃんと卒業できるかもわかんないし。もしも卒業できなかったら、もう二度とお兄ちゃんたちとは会えなくなっちゃうかも……」


 暗い気持ちが首をもたげてきたようで、ノエルは顔をうつむかせる。


 ルリアは「ノエル」と名前を呼ぶと、目を細める。ダインも何か言いたそうにノエルを見つめている。


 落ち込んでいるノエルを目にすると、かつての自分を思い出す。


 あのときは、姉さんが声をかけてくれた。そのおかげで、俺は立ち上がることができた。


 こういうときこそ、先輩の出番だよな。


 皿の上に残っているパンをつかむと、思いっきりかぶりついて一気に食べてしまう。器に入っている水を飲み干して、口のなかにあるパンを腹のなかに落とすと、「ぷはぁ」と息を吐き出した。


 手早く昼食を済ませる俺を見て、三人は目を丸くしていた。


「なぁノエル。このあと時間あいているか?」


 ニッと白い歯をこぼして尋ねる。


 膝の上に乗っているノエルは、不思議そうに小首をかしげていた。





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