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「訓練用の魔物たちに凶暴化する魔術を施すのは大変だったよ。それに魔物たちに刻印された【自爆の魔術】が発動しないように、解除用の杖も拝借しないといけなかった。それだけの仕事をこなすのは、僕一人では到底無理だったろうね。成功したのは、同志たちの協力があってこそだ」


 学院内を蔓延っていた魔物たちが凶暴化していたのは、この男と、その仲間たちの仕業によるものだった。


 数日前の戦闘訓練で、俺が対峙した魔物も様子がおかしかった。たぶんあれは、俺がどれほど実力を隠しているのかを測るためにやったんだろう。


 そして訓練用の魔物たちを解き放って、第四勇者学院を壊滅状態に追いやったのも……。


「おまえが、やったのか?」


 殺気立ったダインが低い声で糾弾する。鬼気迫る相貌は怒りで燃えあがっていた。


「うん。そうだよ。僕と同志たちの手で、この学院の生徒や教員たちを殺したのさ」


 いやらしい笑みを崩すことなく、ヘーレスは肯定してきた。


 そしてヘーレスが口を開くのとほぼ同時に、ダインは跳びかかっていた。手を伸ばして首をつかみ、ヘーレスを体ごと壁に押しつける。


「おまえのせいでノエルが……! 他のみんなが……!」


 ダインは凄まじい剣幕で叫ぶと、ヘーレスの首をへし折りそうなほど手に力を込める。


 自分を怖がらずに接してくれるノエルのことを、ダインは友人だと思っていた。他の後輩たちのことだって、同じように大切に思っていた。それを奪った元凶を絞め殺そうとする。


「言い訳はしないよ。目的のために生徒たちを犠牲にしたのは事実だからね。申し訳ないとは思っているさ」


 首を絞められて息苦しいはずなのに、ヘーレスは笑みを消すことなく声をしぼり出して語りかけてくる。


「僕は若い頃から疑問を抱いていてね。この世界には何か大きな秘密があって、誰かがそれを隠している。そのことを漠然と感じ取っていた。一部の人間だけが、本当のことを知っているとね。そしてそれは間違いじゃなかった」


 ヘーレスが抱いていた疑問。それは、俺も学院のなかで感じていた。この世界には、何かが隠されていると。


 そして最悪の形でシスティナから真実を告げられて、打ちのめされることになった。


「今の王国の在り方は間違っている。情報を一部の人間のみが掌握している。真実は平等に共有されるべきだ。僕は本当のことが隠されるのも、本当のことを言えないのも我慢がならない」


「テメェの主張なんか知ったことか!」


 首の絞まる音がする。ヘーレスの顔が土気色に染まっていき、口の端から泡がこぼれ落ちる。


 それでもヘーレスは笑いながら話しかけてくる。


「僕と協力しないかい? 勇者候補とういう戦力がほしいんだ。実際、過去には僕たちの勢力とキミたちが手を組んだことがある。三人とも無事に卒業させてあげるよ」


「寝ボケたこと抜かしてんじゃねぇぞ! オマエなんか信じられるわけねぇだろ!」


 三人とも無事に卒業という甘言に、一瞬だけダインは戸惑いを見せたが、その迷いを振り切るように右手を力ませて、ヘーレスを絞め殺そうとする。


 ヘーレスはかすかに開いた唇を震わせる。もうまともに喋ることができないみたいだ。

     

 第二勇者学院での蜂起。アシェル姉さんの口から語られたことが思い出される。姉さんの心を壊した出来事。あれも、ヘーレスが属する勢力の仕業なのだろう。


 そのことを話す姉さんは、暗い瞳をしていた。もう夢を見ることができなくなっていた。


 深い闇のなかに沈んでしまった姉さんの姿が、まぶたの裏にはりついて離れない。


「…………」


 自分を罰するように、頬の内側にある肉を奥歯で噛んだ。舌の上に血の味がひろがっていき、焼けるような鈍い痛みがする。 


 こんなんじゃぜんぜん足りないけど、今は自分を傷つけたかった。


「……ダイン。ヘーレス先生から手を離すんだ」


 鉄格子の向こう側に声をかける。


 ダインはぴたりと止まると、信じられないものでも見るように両目を剥いて振り返ってきた。


「なに言ってんだ、リオン?」


「ヘーレス先生からの申し出を受ける」


「なっ……! 本気かよ! こいつのせいでノエルは……!」


 ダインの怒声が途切れる。俺の目を見たからだ。冷たい怒りの炎を湛えた目を。


 ちゃんと真意が伝わったみたいだ。


「三人で卒業するためには、ヘーレス先生の協力が必要だ。それにここで教員を殺したら問題になる。ヘーレス先生が間者だと証明して、他の教員たちに信じてもらえる方法はない」


「……っ!」


 ダインは歯軋りをしながら、鋭い目つきでもう一度だけ俺を見てきた。


 あぁ、わかっているよ。借りは返す。その男には絶対に報いを与えてやる。決して許したりはしない。


 そのことを目線で伝えると、ダインは難色を示しつつも右腕に込めていた力をゆるめていき、ヘーレスの首から手を離した。


 ゲホッゲホッと激しく咳き込むと、ヘーレスは「あ~」と唸りながら上着の袖で口元をぬぐう。


「いや~、よかったよ。ダインくんは怖いね。あやうく本気で殺されるところだった」 


 ヘーレスは浅い呼吸を繰り返しながら、ニヤニヤと笑いかけてくる。


 ダインは憎々しげに眉間をひそめて、目をそむけた。もうまともにこの男の顔を直視したくないんだろう。


 俺も気持ちは同じだ。この男と同じ空間にはいたくない。


 それでも三人で無事に卒業するためには、この男の力を一時的に借りる必要がある。


「それじゃあ、よろしく。他の教員が来たら面倒だ。今のうちに詳しい話を詰めていくとしよう」


 ヘーレスは人を食ったような笑みを浮かべると、壁の向こう側に行くための段取りを説明してくる。





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