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もうどれくらい時間が経っただろう? 何時間も石の壁を見つめ続けているだけで、時が過ぎていく。
考えなくてはいけないことがたくさんあるのに、ぜんぜん頭が働かない。呆けたまま、座り込んでいる。
幼い頃は、ここに入れられると不安でたまらなかった。世界にたった一人取り残されてしまったような、孤独を感じた。なのに今は、思考が鈍っているせいで、そんな感情さえ湧いてこない。
今日はこの寒い地下牢で一夜を過ごすことになる。そろそろ横になろうかと思ったが、まだ眠りにつくわけにはいかないようだ。
姉さんに続いて、また別の来訪者が現れた。
冷たい床に座り込んだまま顔をあげて、鉄格子の向こう側に目を向ける。
「寮に戻らなくていいのか? もうすぐ就寝時間だろ?」
「あんなところで寝れるかよ。昨夜の一件で寮のなかはめちゃくちゃだ。俺とルリアは別のところで寝るように指示されている」
ダインは軽口を返してくる。その目には余裕がない。相当焦っているみたいだ。
表情は真剣そのものだ。おそらく大きな決断を下して、ここに来たんだろう。
ダインは唇をきつく結んだまま右手の指を伸ばして手刀をつくると、鉄格子の隙間に差し込んできた。
もぐりこませた手を、牢のなかにいる俺に向けてくる。その掌が淡い光を帯びていく。魔術を発動させようとしている。
ダインが何のためにここに来たのか、察しはついていた。
「……俺を殺しに来たのか?」
「そうだ」
返事に迷いはない。戸惑うところを見せまいとしている。
「ムカつくけど、八年生のなかじゃリオンが一番優秀だ。そのことを隠すために、わざと訓練では手を抜いていたんだろ? リオンだけが突出していたら、俺とルリアが退学処分になるかもしれないから」
なるべく同級生たちを退学させないために、成績に差が出ないように調整してきた。そのことに、ダインはとっくに気がついていたようだ。
「リオンがいなくなれば、ルリアが卒業生になれる」
「……俺を殺した後で、自分も死ぬつもりだな?」
俺とダインがいなくなれば、必然的に一人だけ残されたルリアが卒業生になる。
ダインは答えない。彫り込んだように眉間の皺を深くして、唇の片端を噛みながら唸っている。
「……あいつには、幸せになってもらいたい」
こちらを見つめながら、胸の内を吐露してくる。その言葉には強い想いが込められている。
それは、ダインがずっと願い続けてきた夢だ。ルリアが幸せになることが、ダインにとっては最優先すべきことなんだ。
だからこそ、俺はダインを否定しないといけない。
「学院を卒業して外の世界に出ても、ルリアは幸せにはなれないぞ。それは姉さんを見ていればわかることだ」
「そんなことはわかってる。……だけど、他にどうしろってんだ?」
現実は残酷で、どうすることもできない。追い詰められたダインは、こうすることしか選べなかった。
例えルリアを連れて学院から出ようとしても、張り巡らされた結界によって阻まれてしまう。壁の外に行けたとしても、肉体に刻印された【自爆の魔術】が発動する。
逃げ場はどこにもありはしない。
「……物心ついたときには、俺はこの学院のなかにいて、誰ともうまくやれなかった。他の同級生たちは仲間をつくってうまくやれているのに、俺だけは違った。みんなみたいに、周りと打ち解けることができなかった。そんな俺でも、ルリアとだけはつながっていられた」
低学年の頃のダインは周りから浮いていた。ルリアがいなければ、いつも一人でいたかもしれない。
「学院に来る前の記憶は消されていたが、ルリアが双子の兄妹だってのはすぐにわかった。ガキの頃は、外見が瓜二つだったからな」
壁に囲まれている学院のなかで、ダインにとって兄妹であるルリアの存在は救いだったんだろう。
そのうちダインは、ルリアの助けもあって俺とも話すようになった。アシェル姉さんとも仲良くなって、ノエルからも声をかけられるようになっていった。それも全て、ルリアがそばにいてくれたからだ。
「あいつを犠牲になんてできない。ルリアがいない世界でなんか、俺は生きたくない」
こっちに向けられたダインの右手が光を強めていく。俺を殺すイメージをふくらませている。
ほの暗い地下牢で輝くダインの右手を見つめる。まぶしくて視界が白濁となるが、それでもまばたきをすることなく見つめ続ける。目をそらすことはしたくなかった。




