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「さて、おまえたちの今後についてだが……」 

 

 心に深い傷を負った俺たちのことなど気にも留めず、システィナは話を進めてくる。


 学院は壊滅状態に等しい。残された生徒は三人だけ。教員も大半が命を落とした。それでもこの女は、学院長としての役目を全うする。


「予定通り、卒業試験を執り行う。課題を合格できた者は、壁の外に出られるわけだ」


 もうこの第四勇者学院はまともに機能していない。立て直すのも時間が掛かるだろう。早々に俺たちを外の世界に追いやりたいようだ。


 ずっと、壁の外に出たいと思っていた。外の世界に行くことが憧れだった。


 隠されていた真実を知った今、もう純粋な気持ちで卒業を喜ぶことはできない。


 そしてシスティナは、卒業試験の内容を知らせてくる。


「卒業試験は、戦闘によって最も優秀な生徒を決めてもらう。そこで生き残った一人を卒業生とする」


 システィナの口からそのことが語られると、呆然としていた意識がはっきりと目覚めた。


 この女は、一体なにを言っているんだ? 


 俺たちに、何をさせようとしているんだ?


「……なに、それ?」


 うつむいていたルリアが顔をあげる。消え入りそうな声で、聞き返していた。


 システィナは嘆息すると、煩わしそうな目を向けてくる。


「毎年これを伝えるときは面倒で仕方ない。卒業間近の生徒はみんな同じような反応をするからな」


 苦々しげに呟くと、システィナは冷然とした目つきで見てくる。


「もっとわかりやすく言ってやる。おまえたち、殺し合え。勝った一人だけが卒業生になれる。それが勇者学院の慣例となっている卒業試験だ」


 同級生たちとの、命の奪い合い。


 ルリアを、ダインを、これまで一緒に生きてきた仲間たちと戦え。壁の外に行きたいなら殺せ。システィナは厳然とした口調で、そう言い放った。


 それが卒業試験なんだと。


 赤くなる。目の前が怒りで真っ赤に燃えあがる。


「そんなことできるわけ……!」


 ダインが怒鳴り散らして、システィナに殴り掛かろうとする。


「っ、リオン!」


 だけど、走り出したのは俺のほうが先だった。とっくに目の前は真っ赤に染まっている。胸中は怒りの炎で燃え滾っている。このまま黙って従うなんてできない。


 一気に広間を駆け抜けていき、システィナのもとまで迫る。激情に任せて、振りかざした拳を叩きつけた。


 快音が響く。拳が止められた。


「……姉さん!」


 信じられなかった。どうしてそんな女を守ろうとしているのか。


 システィナを庇うようにアシェル姉さんは立ち塞がり、俺の拳を掌で受け止めていた。


「姉さん、どいてくれ!」


 拳に力を込める。姉さんを押しのけようとする。


 しかし、姉さんは微動だにしない。まるでそこに鉄の壁があるかのように、姉さんの体から堅牢な力強さが伝わってくる。


 激痛が走った。拳が軋む音がした。


 姉さんの手が物凄い力で俺の拳をつかみ、そのまま握り潰そうとしてくる。膝が震えて、足元が崩れそうになる。


 続いて腹部に衝撃。目の前にいたはずの姉さんが遠ざかり、天井と床が回転する。


 ごほっ、と咳が出る。ヘソの下に鈍い痛み。気づいたら、床にうつ伏せになっていた。


 姉さんが左手の拳で殴ってきたんだ。速すぎて、まともに防ぐことすらできなかった。


 そして気づいてしまう。アシェル姉さんはこの学院の卒業生で、慣例となっている卒業試験を合格していることに。


「……アシェルお姉ちゃんは、同級生の仲間たちを……」


 ルリアも気づいたようだ。血の気が引いたように青ざめて、姉さんのことを凝視している。


 ダインもゾッとして背筋を震わせると、言葉を失っていた。


 知りたくもなかった真実を目の当たりにした俺たちを、姉さんは感情をどこかに置き忘れてきたような面持ちで見てくる。


「そういうことだ。388号は優秀であることを証明して、卒業生となった。本当の意味で、勇者候補の一人になったというわけだ」


 システィナは姉さんのことを横目で見やる。その視線は、有用な道具であることだけを求めていた。


「わたしに危害を加えようとした罰だ。444号を地下牢にぶちこんでおけ」


 システィナが命じると、顔をそむけていた教員たちがぞろぞろと近づいてくる。倒れている俺の手足を恐る恐るつかんでくると、強引に立ちあがらせてきた。


 反抗して暴れまわる気力なんてなかった。そんなことをしても、姉さんに押さえつけられるだけだ。それに突きつけられた真実の重さに心が折れて、手足にまともな力が入らなかった。


「頭を冷やすことだな、444号。与えられた役目を大人しく演じられないのであれば、そいつは舞台から下ろされるだけだ」


 システィナの声はガラス越しに響いてくる音のように、うまく聞き取れなかった。


 教員たちに無理やり連れていかれる。そんななかで、俺はアシェル姉さんだけを見つめていた。 


 ずっと憧れていたその人は、暗い目をしていた。深淵の底を覗いたような、光を失った瞳。ぜんぜん知らない人みたいだ。


 教員たちが何かを言って急き立ててくる。動かしたくもない足を動かして、ルリアやダインと引き離される。


 アシェル姉さんとも離れていく。


 ついさっきまであんなにも近くに感じていたのに、姉さんの存在を遠くに感じる。もう手を伸ばしても二度と届かないところに姉さんが行ってしまったように思えた。


 それが悔しい。どうにもできない自身の無力さが、歯がゆい。


 外の世界への憧れも、自由になりたいという夢も、生まれてきた意味さえも、全てを奪われた。


 何もかも失って、打ちのめされるなかで、ただ一つのことだけを想う。


 ……翼がほしいと思った。


 そうすれば、あの壁を越えて、どこまでも飛んでいけるのに。


 どこまでも、どこまでも、羽ばたいていけるのに……。


 ……だけど俺には、翼がなかった。





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