24
「この世界には、魔王なんてモノはいない」
告げられた言葉の意味を、すぐには理解できなかった。ルリアとダインも両目を見張ったまま、固まっている。
「数百年前に、勇者一行が致命傷を与えて魔王は弱体化し、行方をくらませて現在も居場所がわからない……とおまえたちは教え込まれているんだったな。だが、真実は異なる。勇者たちはその命と引き換えに、魔王を殺している」
もう魔王が死んでいる。勇者たちも、そのときの戦いで命を落とした。
それが真実。これまで俺たちが真実だと信じてきたことは偽りの情報。にわかには受け入れがたい話に、目まいがする。
魔王がいないのなら、俺たち勇者候補はなんのためにいるんだ?
「ところが魔王は、死の間際に強力な呪いをまき散らした。魔物たちを無尽蔵に生み出し続けるという呪いだ。魔王の死後も呪いの効力は持続し、大陸中を覆いつくしている。魔王の呪いを消し去る方法は、未だに見つかっていない」
魔物たちを生み出し続ける呪い。魔王がいなくても、その呪いによって魔物たちは出現する。
それが、外の世界にある真実の一端。
……だけどまだ、肝心なことを聞いていない。俺の質問には答えてもらっていなかった。
あの半身が魔物になっていた子供たちは、なんだったのか?
疑念を深める俺を尻目に、システィナは話を続ける。
「低レベルの魔物なら人間でも対処できるが、高レベルの魔物となると、とてもじゃないが太刀打ちできない。一体倒すだけでも多くの犠牲者が出てしまう。なので、つくることにした」
「つくる……」
不穏な響きに、肌が粟立つ。冷たい汗が、こめかみから流れてくる。
システィナは目をそらさずに、俺たちを見据えてきた。
「王国にいる魔術師たちの手によって、人間と魔物を融合させる実験が行われた。試行錯誤を繰り返し、ようやくソレを完成させるに到った。生まれたソレは、常人よりも身体能力が優れており、魔力量も多い。魔物に対抗できるものだ」
システィナは小さな吐息をこぼすと、感情のない眼差しを向けてくる。
「ソレがおまえたち、勇者候補と呼ばれる存在だ」
広間が静寂につつまれた。
苦しい。息がうまくできない。
あの女は、なんと言ったのか?
勇者候補がつくられたもの? 魔物に対抗するために? 人間と魔物を融合させた?
俺たちの半分は人間じゃなくて……まもの。
「――――うそ」
ルリアが足元から崩れ落ちていき膝をつく。語られた真実の重さを受け止めきれずに否定する。だけど、その声は届かない。ここにいる大人たちは、誰もルリアに手を差し伸べようとしない。
ダインも唇を震わせている。何かを言おうとしているけど、喉が引きつって声が出せていない。何か言ったところで、システィナの言葉が否定されることはない。
自分の肉体が自分のものではないような、何か別のものが混じっているような、そんな不気味な感覚が頭の天辺から足のつま先まで駆けめぐる。ここにいる自分という存在が信じられなくなる。
そしてまだ、システィナの話は終わっていない。
「だが、勇者候補でもその身一つで高レベルの魔物に対処するのは難しい。そこで、おまえたちと似たような製法で、魔力を帯びた特殊な金属と魔物どもを組み合わせてつくり出したのが勇者の鎧だ。魔物どもからつくられたモノだから、同じように魔物を宿している勇者候補でなければ鎧を装着することはできない」
それはずっと前から、疑問に思っていたことだった。どうして勇者の鎧は、俺たち勇者候補にしか装着することができないのか? その答えが、最悪の形で示される。
「444号。昨夜見かけた子供たちがなんなのか、気になっていたようだな? あれらはこの学院の生徒だよ。もっと正確に言えば、生徒だったモノだ」
顔をあげる。システィナを見る。
学院の生徒? 半分が魔物と化していた、あの泣いていた子供たちが?
「あれらは能力不足と判定されて退学処分になった元生徒たちだ。別の施設に送らずに、この学院内で魔物の部分を強めて操れるかどうか、その実験を行っていた。まぁ失敗だったがな」
あの子供たちが、どうしてあんな異様な姿になっていたのか。なんであんなに慟哭していたのか。
システィナの口にした言葉が、答えだった。
「ちなみに別の施設に送られたところで、何らかの実験に使われることになるのは変わりない。この学院だけが、退学処分になった元生徒を使い捨てているわけじゃないぞ」
魔物との戦闘訓練や、勇者の鎧に呑み込まれて消滅するよりは、能力不足と判定されて退学処分になったほうがマシだと、そう思っていた。
けど、そんなことはなかった。現実を突きつけられて、甘い幻想を打ち砕かれる。
「うっ…………」
膝を崩していたルリアは前のめりになると、口元を手で押さえる。
昨夜の騒動のなかで見た子供たち。退学処分になった多くの生徒たちの末路を知って、吐き気を覚えている。
自分を慕ってくれた下級生たちのことを、ルリアは思い出している。そのなかには、退学処分になった子供がたくさんいたはずだ。
「どのみち、実験対象は処分する予定だった。昨夜見たモノに罪悪感を覚える必要はないぞ」
システィナはうずくまったルリアのことを見下ろしながら、事も無げに言ってくる。まるで、あの子供たちの命にはなんの価値もないのだと伝えるように。
「……なんなんだ? 俺たちは一体……なんのために生まれて……?」
痛いくらいに奥歯を食いしばる。揺らぎそうになる意識をつなぎとめて、問いかける。
これまで見てきたもの、信じてきたもの、全てが偽りだとするなら、一体なにを信じればいいのか?
その問いに、システィナは変わらない冷たい表情で、なんでもないことのように答えてきた。
「道具だよ。おまえたちは魔物という人類の敵を殺すための道具。そのための存在だ。それ以上でも、それ以下でもない。そこに他の意味なんてありはしない」
魔物を殺す。それだけのためにつくられた。そこに何か意味を求めること自体がまちがっている。システィナは淡々とそう告げてくる。
「都合よく使える道具にするために、偽りの情報を与えて教育してきたんだ。それが大陸中にある勇者学院の役目だからな」
壁に囲まれた勇者学院。ここは魔物と戦える道具なのか、それとも使えない道具なのかを選別するための場所だ。
以前から俺たちを見てくるシスティナの目は無感情で、同じ人間に向けるようなものではなかった。どうしてあんな目をしていたのか、今ならわかる。この女は本当に、俺たちのことを、道具としてしか見ていないんだ。




