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学院内の壁や床は血痕で汚れていた。調度品も壊れてしまい、荒廃した廃墟さながらのひどい有様を呈していた。明るくなると、その光景がはっきりと目につく。
まだ不安定な精神は落ち着きを取り戻していないけど、姉さんに連れられて校舎内の広間まで足を運ぶ。普段は大勢の生徒たちを集めて、教員が連絡事項などを伝えてくる場所だ。
室内の左右に並んでいる支柱の表面は赤黒い血で汚れていて、なかには壊れているものまである。ここも魔物に荒らされたみたいだ。
「リオン」
広間には、ルリアとダインの姿があった。
姉さんに同行している俺を見るなり、ルリアは口早に名前を呼んでくる。
大丈夫だと、笑いながらそう言ってあげたい。だけど、今はそんな強がりもできない。どうにか頷いて、応えるのが精一杯だ。
ルリアの隣にいるダインも暗い面持ちをしている。昨夜の出来事を引きずっているんだ。
二人のもとまで近づいていき、足を止める。
姉さんは立ち止まらずに広間の奥のほうまで歩いていった。その先には数名の教員を引き連れたシスティナが佇んでいた。あんなことがあったというに、厳然とした雰囲気はそのままで変わりがない。
「444号。やはり普段の戦闘訓練では、手を抜いていたか。アオハガネを装着した昨夜のおまえは、訓練時よりも遙かに戦闘能力が向上していた」
これまで意図的に能力を低く見せていたことを指摘されるが、そんなことはどうでもよかった。昨夜の騒動で多くの生徒たちが命を落とした。俺には、それを救えるほどの力なんてなかったんだから。
反抗的な目を向けると、システィナは鼻を鳴らしてくる。
「第四勇者学院で生き残っている生徒は、ここにいるおまえたち三人だけだ。他にも魔物の殲滅に取りかかっていた生徒たちがいたが、全員死亡が確認されている。それ以外の生徒たちも、生きている者はいない」
淡々と告げられる事実が胸の奥をえぐってくる。生き残ったのは八年生である俺たちだけで、他の生徒は誰一人として生き残ることができなかった。
「生徒だけでなく、教員も大半が命を落とした。第四勇者学院は壊滅的な打撃を受けたことになる」
システィナは苦虫を噛み潰したような顔をして、悔しげに語ってくる。学院を管轄する責任者としては、相当な痛手なのだろう。
「どうして、あんなことが起きたんですか?」
「それについては調査中だ」
教えるつもりはない、とそう言っている。はっきりと拒絶された。
傍らにいるダインが前歯を軋ませる。多くの犠牲者が出たにも関わらず、まだ真相を隠そうとするシスティナに憤慨していた。
「既に王国への使者は出した。遠からず救援がやって来るだろう」
それまでは学院のなかで生活しないといけない。水や食料はどれだけ残されているのか。少なくとも俺たち勇者候補は、こんな状況になっても壁の外に出ることは許されない。
「しかし面倒なことになった。おまえたちには厄介なモノを見られてしまったな」
システィナの言う厄介なモノとは、昨夜の騒動のなかで目撃した、半身が魔物に覆われていた勇者候補の子供たちのことだろう。
あの子供たちの泣いてる顔を思い出すと、腹の辺りをたくさんの虫が這いまわっているような不快感がせりあがってくる。
「アレは、あの子供たちは、一体なんなんですか?」
目元に力を込めて睨みながら問いかける。昨夜は白を切られた。あんな説明では納得できない。
「見られてしまったからには、いつまでも隠し通せるものではないか。どちらにせよ、不信感を持たせるよりは、納得した上で従わせなければ意味がないな」
システィナは独り言のように呟くと、目つきを鋭くしてくる。
「これから開示する情報は、外の世界でも限られた一部の者しか知らないことだ」
喉が音を立てる。口のなかに溜まっていた唾液を飲んだ。システィナの言葉には、緊張を強いてくる圧力があった。
……胸騒ぎがする。聞いてはいけない。聞いてしまったら、もう後戻りできなくなる。だから聞いちゃダメだ。頭のなかで警鐘が激しく鳴っている。
周りにいる教員たちが、後ろめたそうに目をそむける。誰もこっちを見ようとしない。
システィナだけが、俺たちのことを冷たい目で見ていた。
そして、その口が開かれる。




