22
両肩に疲労の重みを感じて、ぐったりと椅子に腰掛ける。割れている窓の外は明るくなっている。長かった夜が明けた。
昨日まで賑わっていた食堂は静かだ。俺以外には、誰一人としていない。ここで食事を取っていた生徒たちは、みんないなくなってしまった。
ノエルの遺体は、校舎裏の庭に丁寧に埋葬された。埋めるのをルリアとダインも手伝ってくれた。
他の子供たちも何人か埋葬したけど、あまりにも数が多いので全員にまでは手が行き届かなかった。昨夜は死人が出すぎた。
その原因である魔物たちは、もうどこにもいない。校庭にいたのは俺が全部始末したし、学院内は姉さんが子細に調査して、まだ残っていた魔物を発見したら片づけていった。
学院を蔓延っていた魔物たちは殲滅できた。それでも、ぽっかりと胸にあいた大きな穴が埋まることはない。
「リオン。ここにいたのか」
黙々と座り込んでいたら、声をかけられる。
「姉さん……」
食堂にやって来たアシェル姉さんの表情には陰りがあった。何があったのかは、もうルリアたちから聞されたんだろう。
それはわかっているのに、姉さんの姿を見た瞬間、閉ざしていた心の鍵が壊れて、言葉が口をついて出る。
「……ノエルが、死んだよ」
そのことを姉さんに告げる。そうすることで、大切な人を失った現実を再認識する。
「ノエルが、死んでしまった……。まだやりたいことがいっぱいあったはずなのに。生きたかったはずなのに……」
壁の外に出て、いつか再会しよう。そう約束した。その約束が果たされることはなくなった。
最後までノエルは自由を手にすることなく、この世を去ったんだ。
どんな気持ちだったんだろう? 思い描いていた未来が手に入らなくて、命を落としてしまうなんて……。きっと、幸せではなかったはずだ。
胸のなかで渦巻いていたものを述懐していると、姉さんが隣の椅子に腰を下ろしてきた。
頭に温かい感触が触れてくる。姉さんの手だ。やわらかな手つきで、頭を撫でてくる。そのまま胸元に抱き寄せられる。姉さんの体温が直に伝わり、鼓動が聞こえてくる。
「リオン。おまえは悪くない」
そう耳元でささやかれる。
姉さんは、俺に許しを与えてくれた。
目頭が熱くなる。泣かないように堪える。
この世界に、ノエルがどこにもいない。それを受け止めなきゃいけない。わかっているのにできない。体の一部を失ったような喪失感だけがつきまとう。
ノエルがいなくなったのは俺の罪なんだと、心のなかで自分を責めていた。俺が悪いんだって、そう思っていた。
それを、姉さんは抱きしめながら否定してくれる。
決して気持ちが軽くなることはない。でも、そう言ってもらえたことで、穏やかなものが体の内にしみるようだった。
頭から手が離されると、姉さんの胸元から顔をあげる。
姉さんは切なそうに目を細めて、見つめてくる。
「リオン。心を強く持て。これからおまえたちには、想像を絶するほどの試練が待ち受けている」
「……どういうこと?」
意味がわからずに聞き返すと、姉さんは一瞬だけ泣きそうな顔になった。
「どんな苦難が待っていようと、耐えるんだ。負けないように」
鋭い痛みを我慢するようにその言葉を振りしぼると、姉さんは椅子から立ちあがった。
深呼吸をすると、表情を切り替えてくる。
「行こう。学院長が待っている」
そう言ってくる姉さんは、感情が希薄になったような静けさをまとっていた。




