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巨体の魔物は熱い吐息をこぼすと、禍々しい眼光をギラつかせて、肌がヒリつくような敵意を向けてくる。
レベル4以上の魔物は、勇者候補でも生身では対処不可能とされている。戦うには、勇者の鎧を装着しなければいけない。
そのことを承知しているルリアとノエルは、身を縮こまらせて気圧されていた。ダインも小石を噛み砕くように、苦り切った表情をしている。
「鎧がなくても戦うんだ! ここはやるしかない!」
咄嗟に声をかける。そうすることで、仲間たちを勇気づける。今ひるんだら、敵の勢いに呑まれてしまう。
俺の叱咤に三人はハッとする。戦わなければやられるという当たり前のことを思い出したようで、体の硬直が解けていった。
「三人とも聞いてくれ」
魔物は人間の言語を理解することができない。なので気にすることなく、即興で思いついた作戦を仲間たちに伝える。
「本気かよ? それだとリオンが……」
「大丈夫だ。俺は死なない」
仲間たちを安心させるための言葉であると同時に、そう言い聞かせることで己を奮い立たせる言葉でもあった。
力のこもった眼差しで見つめると、ルリアもダインもノエルもその体から恐怖心が消えていく。俺のことを信じてくれている。
「ここが正念場だ。やるぞ」
視線で合図を送る。ルリアとノエルが右手を構えて【光の矢】を放った。飛来した光は魔物に命中して弾けるが、その巨体に大した傷をつけることはできない。防御力が増している。
魔物はルリアとノエルを睨むと、広間全体に響くような咆哮を叫んで跳びかかろうとする。
駆け出した。ルリアたちと魔物の間に割り込む。意図的に魔物の視界にすべり込む。
右手を突き出して、構えを取る。
また【光の矢】が放たれることを警戒した魔物は、標的を俺に変更してきた。巨体にそぐわない機敏な動きで襲いかかってくる。
釣れた。もう魔物の目には、俺しか映っていない。
問題はここから。猛然と迫り来る魔物は巨大な剛腕を振るうと、固く握った拳を叩きつけてくる。
生身の状態では、一発もらうだけで死にかねない。
心音が激しく胸を乱打する。緊張感が高まる。失敗したらという悪い想像が湧きあがる。
それらを全て振り払い。俺ならやれると言い聞かせる。
イメージ――次の一撃は絶対に当たる。そう信じて右手から【光の矢】を発射。風を切るように飛んでいき、思い描いたとおり魔物の顔面に直撃する。
魔物の視界が光と煙に覆われると、繰り出した拳が勢いを失って鈍る。左側に跳び、打撃をかわす。続けて【光の矢】を撃ち込む。
爆音が鳴ると魔物の巨体がよろけるが、倒れることはない。やはり殺せない。
顔面を覆っていた煙が晴れると、魔物は吠え声をあげて俺を睨みつける。全身から殺意をみなぎらせる。
再び殴りかかってこようとするが、それよりも早く広間の奥で暗闇を照らす光が瞬いた。
「間に合ったみたいだな」
胸を撫で下ろすと、魔物の背中で三連続の閃光で弾けて炸裂する。生身のときよりも威力が増した【光の矢】を受けると、魔物は悲鳴をあげて巨体を傾けた。
広間の奥では、青色の全身鎧を装着したダインが佇んでいた。その周辺には三つの【魔法陣】が浮遊している。
作戦通り、俺が魔物を引きつけている間にアオハガネを装着したみたいだ。
「大丈夫だ」と言ったが、正直なところ確信なんてなかった。でも誰かが魔物の注意を引かなければ、成功の見込みはない。他のみんなを危険にさらすくらないなら、その役目は俺が引き受ける。
アオハガネを装着したダインは展開した【魔法陣】を消すと、右手に【光の剣】を具現化する。刃を握りしめて、迅速に走り出す。
魔物は振り返って迎え撃とうとするが、次の瞬間には腰の辺りを【光の剣】で斬り裂かれて、巨大化した肉体を二つに両断されていた。
ずるりと上半身がすべり落ちていくと、腰から下も均衡を失って崩れていく。
最後の一体の魔物が、床の上に倒れ伏して沈黙する。
「なんとかなったな」
「オトリになるとか、無茶しすぎだろ」
ダインと軽口を叩き合う。そうすることで、うるさい心音を静める。
張り詰めていた空気がゆるんでいくと、ルリアとノエルも笑っていた。
なんとか無事に生き残ることができた。
でも、これで終わりじゃない。学院内にいる魔物たちの数を減らさないと。
戦っている姉さんの手助けをしないといけない。
鉄箱に入っている別の球体を取るために、広間の奥へと足先を向ける。
――凶暴な獣の声がした。
転がっている死体のなかから、一体の魔物が飛び出す。
最初の奇襲で全部倒したと思っていたが、まだ生きているヤツがいたんだ。
驚愕から動き出すのが遅れてしまう。悲鳴が聞こえる。知っている声。嫌な音がする。血の臭いがした。誰かが倒れる。
怒り狂った叫び声が響き渡った。暗闇のなかで【光の矢】が飛んでいき、閃光が弾ける。
飛び出した魔物が矢に射抜かれて倒れる。今度こそ確実に息の根が止まる。




