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 中天に昇った太陽の光を窓越しに見あげて、吐息をこぼす。


 腰掛けた椅子に座り直すと、長机に並べられた食事に目を落とした。


 陶器の皿には肉とチーズと野菜を挟んだ食べかけのパンが置かれていて、木製の器のなかでは飲みさしの水がゆらゆらと波打っている。


 空腹を満たすには申し分ないが、肝心なものが足りていない。もう少し早く食堂に来ていたら、食べられたかもしれないのに……。


「リオンお兄ちゃん」


 愛くるしい声がすると、膝の上にやわらかな感触と重みが乗っかってくる。 


 まだ幼さの抜けていない可愛らしい顔立ちをした女の子が、紫色のつぶらな瞳をキラキラとさせながら見あげてきた。瞳と同じ紫色の髪は二つ結びにしてあって、肩口からなだらかに垂れている。甘い香りが漂ってきて、鼻先をくすぐってくる。


 青を基調とした勇者学院の制服を着ている小柄な体は、膝の上に座られてもまるで重さを感じない。


 年齢は、俺よりも少し下の十三歳だ。


「ノエル。なんで俺の膝の上に座ってるんだ? 席なら周りにいくらでも空いているだろ?」


「え? なに言ってるのお兄ちゃん? わたしの専用席はお兄ちゃんの膝の上だよ。これ常識だからね」


「えぇ~、ほんとぉ? 知らなかったよ、そんな常識」


 かれこれ八年も学院で過ごしているが、そんな話は耳にことがない。そして遠目にジロジロとこっちを見てくる下級生たちの視線が痛い。


 膝の上にちょこんと乗っかったノエルはクスクスと笑うと、ちょっぴり真面目な顔つきになって、上目づかいで見つめてくる。


「ねぇ、お兄ちゃん。頭を撫でて、いい子いい子してあげよっか?」


「いきなりなに言ってんのおまえ? こわいよ?」


「むぅ~。お兄ちゃんを元気づけてあげようと思ったのに。なんだか落ち込んでるみたいだからさ」


 ぷくりと頬をむくれさせると、膝の上でジタバタと小さな体をよじってくる。膝の上で暴れるのはやめなさい。


「俺が食堂に来たときには、もう甘い物がなくなっていたんだよ」


「あ~、それで」


 元気がない理由を説明すると、ノエルは納得がいったようにポンッと拳で掌を叩いた。


 勇者学院での生活において、甘味は数少ない楽しみの一つだ。男子生徒のなかには甘い物が好きじゃない生徒もいるが、俺は大好きだ。


 今日はいつもより食堂に来るの遅れたから、甘いお菓子は他の生徒たちに先に取られてしまい、全滅状態だった。


 事情を聞いたノエルはフッと気取ったような笑みをこぼすと、キリッと表情を引き締めてくる。


「リオンお兄ちゃんは、騙されているんだよ」


「……どういうことだ?」


「お菓子は一人一品って決まっているのに、ズルしてたくさん食べたヤツがいるんだよ。ソイツらのせいで、お兄ちゃんがこんな憂き目を見るはめになったんだよ」


「な、なんだってぇ! 一体どこのどいつが、そんな非道な真似を!」


「それはね、わたしとルリアお姉ちゃんが、今日たくさんお菓子を食べたからだよ」


「黒幕は貴様らか!」


 両手で脇腹をくすぐってやると、ノエルは「きゃ~」と黄色い悲鳴をあげて顔をほころばせる。


「そんな落ち込んでいるリオンお兄ちゃんを、なぐさめてあげるね」


 ノエルは皿の上に置かれたパンを手に取って細かくちぎると、その切れ端を口にくわえた。


 そして「ん~」と言いながら目を閉じて、くわえたパンの切れ端をこっちに突き出してくる。


「……なにしてんの?」


「お兄ちゃんにパンを食べさせてあげるよ。こんなにかわいい女の子に口移しで食べさせてもらえるなんて、最高に幸せだよね」


「遠慮するけど」


 そんなことをしたら、あらぬ誤解を生んでしまう。ていうか他人が口に含んだものとか衛生的に受けつけない。あとよく自分のことを自分でかわいいとか言えるな。


 ノエルはくわえていたパンをモグモグと噛んで飲み込むと、ハッとしてから顔をうつむかせた。


「……そう、だよね。わたしたち、血のつながった兄弟だもんね。そういうことは、できないよね」


「……つながってないけど?」


「え? え? え? つながってないの? やったぁ! それじゃあわたしたち結婚できるね! 絶対に結婚しようね! ね! ね!」


「しないけど」


「またまたぁ~!」


 とろけそうな笑みを浮かべると、ノエルは頭頂部を俺の胸にグリグリと押しつけてくる。ちょっと、それ痛いんだけど?


 なんだか深いため息をついて、天井を仰ぎたい気分になる。


 こんなにもノエルに懐かれるようになったのは、何年前からだろう?


 確か生徒同士で班を組んで魔物と戦う訓練を下級生たちが行っていたときに、ノエルが所属していた班が魔物に対処できず窮地に陥っていたんだ。


 それを見かねて、俺と、当時はまだ学院の生徒だったアシェル姉さんが助けに入った。


 下級生の授業に無許可で介入したことで、俺と姉さんは教員たちからこっぴどく叱責された。特に学院長からは厳しく咎められて、地下牢でしばらく反省までさせられたな。


 ノエルが懐いてくるようになったのは、あれからだ。





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